第六話 御節ちゃんの干支お仕置き、あわや大惨事

十二月二日、月曜日から始まった鈴菜の通う中学の二学期末テストは三日間の日程で予定通りに終了。その翌日、十二月五日から始まった涼一達の通う高校の二学期末テストの日程は土日を挟んで滞りなく進み、四日目終了後。

「今日は現社と生物で楽だったけど、明日が一番嫌だな。数Ⅰと英語、どっちも俺の苦手科目だし」

「僕は数学は一番楽しみだけどね」

「数学が得意なやつの頭の構造は理解出来んな。おれは全科目苦手やから」

「辰夫、それはやばいぞ。俺も頑張らないと」

「今日は十日だよな。今日おれの欲しい本めっちゃ出るし、さすがにメイトは遠いから駅前の本屋までいっしょに買いに行こうぜ」

「えー、あと一日だけなんだし、終わってからでいいだろ。今日買うと、絶対気になってテスト勉強に集中出来なくなりそうだし」

 辰夫の誘いに、涼一は眉を顰めながら意見した。

「おれは明日の試験完璧に捨ててるし。おれ目当てのやつは人気作だから明日には売り切れてるかもしれねえし」

けれども効果なし。辰夫の意思は全く変わらず。

「そういうのはたくさん入荷されるから、むしろいつでも手に入れ易いだろ」

 ほとほと呆れ果てる涼一に、

「あのう、利川君。僕もいち早く読みたいですしぃ、いっしょに行きましょう」

 啓作も申し訳無さそうにお願いして来た。

「……啓作まで。それじゃあ、行くか」

 涼一は五秒ほど悩んだのち、こう意志を固めた。

「みんな、お目当てのもの買ったら長居はせずにまっすぐおウチに帰って、しっかりテスト勉強しなきゃダメだよ」

困惑顔で見送った桜子をよそに三人は学校を出ると、最寄り駅の方へと向かっていった。

「真面目な涼一君の貴重な学習時間を阻害しようとしているあの辰夫君という猿みたいなお顔の悪友と、啓作君という羊みたいな間抜けなお顔の子、懲らした方がいいかもね」

 あのやり取りをモニター越しに眺め、御節はにやりと微笑んだ。

「それはグッドアイディアだね、オセチちゃん。イタズラしちゃおう」

「あたしも賛成♪ 悪い子のところにはサンタさんは来ないもんね」

 ランタンとキャロルは大いに賛成する。

「まず手始めに」

 御節が羽子板を手にし、テレビ画面を叩いた瞬間、

「いてっ!」

「どうした? 辰夫」

「何かあったのでしょうか?」

 涼一達のいる場所はこんな現象が起きた。

「なんか、いきなり誰かに後頭部叩かれたみたいなんだ」

 辰夫はそう伝えながら後ろを振り返ってみた。

「あれ? 気のせいかな?」

 しかし誰もいないことに辰夫は不思議がる。

「たぶんそうだろ」

 涼一は素の表情で突っ込み、

「僕はおそらく、冬でも活動するハナアブ的な昆虫に衝突されたのだと思います」

 啓作はほんわか顔でこう推測した。

「あー、あり得るよな、チャリ乗ってる時とかたまに虫が顔にぶつかってくるし」

 辰夫は朗らかな気分で笑う。

「啓作、さすがの推理だな」

 涼一も感心する。しかし啓作の推理は間違いだった。

御節が画面越しに辰夫の後頭部を羽子板でぶっ叩いたのだ。

 三人は当然、それに気づくはずはない。

「大成功ね」

御節は満足顔で呟いた。次の瞬間、

「うわわわぁ~っ! 蝙蝠じゃないですかぁ~。離れて下さぁ~い」

 啓作のこんな悲鳴が。

「Mission complete♪ ケイサクくんもやっぱ見た目どおりチキンだね」

 ランタンは嬉しそうに微笑む。彼女が蝙蝠を一匹召喚して、画面越しに啓作に襲わせたのだ。蝙蝠は啓作の顔の周りを数秒まとわり付いたあと、どこかへ飛び去っていった。

「けいさくも不運な目に遭ったな」

 辰夫は楽しげに笑う。

「この時期に蝙蝠って珍しいな。冬眠してる時期だと思うけど」 

 涼一はまだランタン達のしわざだとは勘付かず。

「何か不吉なことが起こりそうな予感がしますよん」

 啓作はしょんぼり顔で呟いた。

「次はあたしの番だね」

 キャロルは画面に向かって両手をかざす。

 それから数十秒後。

「さっみぃ~。今日はめっちゃ寒いよなぁ。十二月なったばっかやのにまるで真冬やん。さっきから一段と風きつなって来たし、雪もめっちゃ降って来たし。やば過ぎやで」

「今年は初雪早いな」

「尋常でなく寒いですねぇ。今日の豊中の予想最高気温は8℃でしたが、5度くらいまでしか上がらないのではないでしょうか? 僕はそんな予感がします。明日の朝は氷点下らしいですね。冬将軍様初冬から本気出し過ぎですよん」

 辰夫達はこんな会話を交わした。

「じわじわ効いてるみたいだね。涼一お兄ちゃんアンテークシ。巻き添えにしちゃって」

 キャロルは罪悪感に駆られながらもにんまり微笑む。

「E・キャロルのホワイトクリスマス攻撃に頼らなくても、今日は全国的にこの時期としては強めの寒波に見舞われてるらしいな。アタシあんなの食らわされたら一瞬で凍え死にそうだぜ」

 ハロハロはお仕置きは控えてあげた。

「こんな寒い日は熱々のパンプキンポタージュが一番だね」

 ランタンは涼一のベッドに腰掛け、召喚したそのハロウィン料理をスプーンで美味しそうに味わう。

「涼一さんには、帰って来たら暖かく出迎えてあげたいです」

 菖蒲は召喚したちまきを味わいながらほんわか顔で呟く。

「さてと、先回り地点を映して、もっときついお仕置き開始よ。この動物さんは召喚も出来るけど、こっちのを使った方が強いと思うから」

 御節はにやりと微笑み、映像を別の地点に切り替えた。

続いて、涼一が中学時代に使っていた理科の資料集のとあるページを開き、開かれた方をテレビ画面に向ける。そして背表紙をトントントンッと手で叩いた。

涼一、辰夫、啓作の三人が橋の上に差し掛かり、

「それにしてもラノベ読んでるやつって、クラスでおれらの他にあまりいないよな」

「金銭的なこともあるのでしょう。ラノベを二冊買うお金で、ジャ○プコミックが三冊買えるからね」

「でも、図書室にもいっぱい置いてあるけどなぁ。桜子ちゃんに頼んでもっと宣伝してもらおうかな」

こんなオタク的会話をしていたところ、

「あっ、あのう、利川君、寺浦君、前、前」

 突然、啓作の顔が蒼ざめた。

「どうした啓作?」

「ん?」

 涼一と辰夫もまっすぐ前方を見た。

「「「……」」」

 瞬間、三人の顔が凍りつく。

彼らのいる二〇メートルくらい先に、とある野生動物が現れたのだ。

ガゥオッ! 

それは大きく咆哮した。

トラであった。性別は、メス。体長二メートルは優に越えていた。

「ひええええええっ~! 不吉な予感が当たってしまいましたがぁ~、こっ、これは、夢でございますよね?」

「うわああああああああっ!」

「なっ、なんでこんな所にリアルタイガーがおるねん?」

 三人は慌てて全速力で逃げ出した。五〇メートル9秒を切るくらいのペースだ。

「日本国内には野生のトラは棲息していないはずなので、王子動物園か、天王寺動物園から逃げ出したとか? このトラはおそらく野生ではタイなどに棲息するインドシナトラですね」

 啓作は顔を蒼ざめさせて逃げながらも、冷静に分析してみる。

 トラも当然のように三人を追って来た。トラとの距離はみるみるうちに詰められていく。

「いい気味ね。さて、そろそろ助けてあげましょっか」

「本当にそろそろ戻した方が良いぜ。E・リョウイチには罪はないし、E・タツオとE・ケイサクに対するお仕置きもやり過ぎだと思うぜ」

「早急に回収しないと、かなり騒ぎになっちゃいますよ。というか、涼一さん達の身がいと危険に晒されます。あのう、御節さんがトラさんを元に戻すのですよね?」

 菖蒲は深刻そうに問う。

「えっと、わたくし、怖いので、誰か、やっていただけないでしょうか?」

 御節はてへっと笑った。

「あたし、トラさんは大好きだけど、檻がなかったら、怖いよぉ」

「アタシもあいつと戦う勇気はないぜ。召喚したものと違ってアタシ達が触れるか攻撃与えただけじゃ消えてくれねえし」

「ワタシも無理、無理。狼よりも遥かに強いもん」

 キャロル、ハロハロ、ランタンは苦笑いで言い張る。 

「こうなったら、助っ人を呼びましょう。またボブ君に頼もうかしら。同じ肉食系のようですし」 

「御節お姉ちゃん、あのおじちゃんは絶対出しちゃダメェーッ!」

 キャロルはむすっとした表情で要求した。

「あのロリコンに頼んでも、絶対やってくれないよ」

「幼い女の子が大好きな時点で、怖がりだと思うぜ」

 ランタンとハロハロは自信満々に主張する。 

「確かにそうね。それじゃぁ国語便覧に載ってる連銭葦毛なるお馬さんに助けもらいましょっか」

「御節さん、余計大変な事態になりそうなので、絶対やめた方がいいと思います」

 菖蒲は困惑顔で意見した。 

「その案も却下かぁ。こうなったら強そうな人……世界史Aの教科書から強そうな人を召還すれば。プロイセン王のフリードリヒ2世は、鯛焼きみたいなお顔で頼りなさそう。うーん……ナポレオン1世にするか、ルイ14世にするか、カール大帝にするか、フェリペ2世にするか、スレイマン1世にするか、ボリバルにするか、トゥーサン・ルヴェルチュールにするか……でも、どのお方も日本語は通じないだろうし、それに、とても怖そうだし、とりあえず、このお方でいいかな? 日本人だから言葉も通じそう」

 御節は世界史Aの教科書をパラパラ捲って見つけたとあるカラーページを開き、手を突っ込んだ。

「やっぱり、すごく重たいわね」

 三〇秒ほどかけて、お目当ての人物をなんとか引っ張り出すことに成功した。

「きゃあっ!」

 瞬間、菖蒲は思わず目を覆った。

「E・アヤメ、褌付けてるんだしそんな反応しなくても」

 ハロハロは笑いながら突っ込む。

「お相撲さんだぁーっ!」

「Oh,Sumo wrestler!」

 キャロルとランタンは興味津々に現れた人物の姿を眺める。力士だった。

「ペリーに対抗して力士が米俵を運んでいる図から取り出したの」

 御節は自慢げに語る。

「……どこでぇ、ここは?」

 力士は目を丸め、米俵を持ったまま周囲をぐるりと見渡す。かなり戸惑っている様子であったが当然の反応だろう。

「力士のおじちゃん、ここは二十一世紀の日本だよ。もうすぐクリスマスの時期だよ」

「力士君、落ち着いて聞いてね。ここはあなたがいる時代から、一六〇年以上先の世界なの。元号は安政ではなく平成、江戸は東京って知名になってるわよ」

「ほへっ!?」

 キャロルと御節からの説明に力士はさらに驚き、ひょっとこのような表情になる。

「キミに倒してもらいたいやつがいるんだ。そこに映ってる、トラなん……」

 ハロハロが言い切る前に、

「ひっ、ひえええええええ! はっ、箱が、しゃべったでげす。うわわわぁーっ」

 力士は顔面を蒼白させ、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら、部屋から逃げ出してしまった。

「何の音?」

 リビングにいた母は不審に思い、廊下に出た瞬間、

「うぉっ!」

 力士とばったり出会ってしまった。

「きゃっ、きゃぁっ! 何ですか? あなたは?」

 母は驚き顔で尋ねる。

「こっ、こちとら、江戸っ子の力士でぃ。今しがたまで、船に米俵を運んでいたんでぃ! でもよぉ……」

 力士はひょっとこのような表情をして強い口調で説明する。

「はぁ? 何言ってるの? あなた。警察呼ぶわよ。ひょっとして、最近このおウチの食べ物漁ったり、光熱費を使ってる泥棒?」

 母は涼一を叱り付ける時のように険しい表情で問い詰めた。

「こうねつひ、ってなんでぃ?」

「とぼけるんじゃありません。あっ、こらっ、待ちなさい!」

「ひいいいいい、これやるから見逃して欲しいでげすーっ」

 力士は母の様相に恐れをなし、片手に持っていた米俵を投げ捨てて玄関から外へ飛び出した。

「あらまっ、案外いい泥棒さんね」

 母はにこっと微笑んだ。

 力士は図中では米俵を両手に抱えていたが、取り出されるさい一つ落っことしたらしい。

涼一の自室。

「あわてんぼうで面白いおじちゃんだったね」

「うん。あの相撲取り、ハワイ基準でも大柄だな」

 キャロルとハロハロは笑顔、

「役に立たなかったね、あのスモウレスラー」

「根性が予想と全然違ってたわ。あの人も涼一君や辰夫君、啓作君と同じく七草粥系ね」

ランタンと御節は呆れ顔でさっきの力士の印象を語る。

「まだ坪内逍遥さんも生まれていない時代から、いきなり二十一世紀の世界に飛ばされたのですから、あのような素っ頓狂な反応をされても無理はないと思います」

 菖蒲はほんわか顔で意見する。

「カメハメハ3世が亡くなった頃なら、科学もけっこう発達してたと思うけどな。あっ! E・リョウイチ達、もうかなりやばい状況になってるぜ。アタシが助けに行って来るよ」

 ハロハロは早口調でそう言って、テレビ画面に飛び込んだ。

「焦眉の急ですね。わらわもお手伝い致します」

 菖蒲もあとに続いた。

「ハロハロお姉ちゃんと菖蒲お姉ちゃん、大丈夫かな?」

「あの子達ならきっと無事にタイガーを二次元に戻せるよ」

「ハロハロちゃん、菖蒲ちゃん、頑張って下さいね。大怪我したら、世界史Aの教科書からナイチンゲールを引っ張り出すので」

 残る三人は固唾を呑んでモニター越しに見守る。

その頃、涼一、辰夫、啓作の三人は高さ二メートルくらいのブロック塀に突き当たってしまっていた。袋小路だ。すぐに引き返そうとしたが時既に遅し。トラはもう、三人の一メートルほど先まで迫って来ていた。

「ひえええええっ、トッ、トラ殿。どうか、僕達の側から離れて下さいましぇ~」

「どっ、どうしよう、どうしよう。かっ、母さん、助けてーっ!」

「けいさく、りょういち、死ぬ時は、いっしょだぜ」

 三人はブロック塀に背中を付けて、手を繋ぎあってカタカタ震えていた。トラ目線からだと真ん中に啓作、右に辰夫、左に涼一という配置だった。

 グゥアゥオッ! 

鋭い牙を剥き出しにしたトラが三人の目と鼻の先まで迫り、絶体絶命のピンチに陥ったその時、

「E・リョウイチ、助けに来たぜ」

「涼一さん、助けに参りました」

 ハロハロと菖蒲が正義のヒーローのごとくタイミング良く登場した。

「一休さんでもお馴染みのトラ、アタシと勝負だぜっ!」

 ガオッ! 

トラはハロハロの声に反応して彼女の方を振り向く。

「あの、皆さん、これを付けて目隠しして下さい。強い光が出るので」

 菖蒲は三人に緑色の毛氈を手渡した。

「分かった、菖蒲ちゃん」

「どっ、どなたか知りませぬが、ありがとう、ございまするぅ」

「どっ、どうも。こうすれば、いいのか?」

 三人はすぐさま言われた通りにした。

「トラさん、やめて下さーい!」

 菖蒲はぷんぷん顔でそう叫ぶと、一秒後には顔が戦国武将に変化した。

 ガゥオッ! 

トラはびくーっと反応し、あとずさる。

「二度と使わないと決めていたのですが……二次元から取り出された動物さんに矢を放って怪我を負わせるのは心が痛むので」

 菖蒲は瞬く間に元の顔の形へと戻った。

「E・リョウイチ、あとは任せて」

 ハロハロはそう告げると、トラの顔面目掛けて手のひらから線香花火を放ち、

 ガガォゥ!

 トラをさらに怯ませた。

その隙にハロハロはクマゼミの姿に変身し、トラの背中に飛び移った。そして人間の姿に戻るとすかさず理科の資料集の該当ページを開き、トラの背中に押し付ける。

 するとトラはあっという間に二次元の世界へと帰っていった。

 ハロハロと菖蒲もそそくさこの場から退場し、涼一のおウチへ戻っていった。

「なあ、りょういち、けいさく、さっき、二次元からそのまま飛び出したような女の子が、いたよな?」

「はい、僕の目にもしっかりと見えました。さっきの出来事は、夢ではないか?」

辰夫と啓作は、ぽかんとしていた。

助かったぁ、あのトラ、御節ちゃんが召喚したか、理科の資料集か図鑑から出したやつだよな?

 正体を知っている涼一は冷静だった。 

「そんじゃ、危機は去ったことだし、気を取り直してマンガ買いに行くか」

「そうですね。今日は非常に貴重な体験が出来て、よかったであります」

「おい、おい」

 それからすぐに何事も無かったかのように通常精神状態に戻った辰夫と啓作の反応に、涼一は笑いながら突っ込んだ。

 こうして三人は予定通り、お目当てのアニメ雑誌やラノベ・コミック新刊を買いに駅前の大型書店へ向かうことに。

         ☆

「ごめんね、ハロハロちゃんに菖蒲ちゃん」

 ハロハロと菖蒲が涼一の自室に戻ってくるや、御節は深々と頭を下げて謝罪。

「いやいやE・オセチ、べつに謝らなくても。アタシ、トラ退治けっこう楽しかったぜ」

 ハロハロは嬉しそうにしていた。

「御節さん、もう二度とあのようなお仕置きの仕方はしないで下さいね」

 菖蒲はぷくぅっとふくれた。

「大変申し訳ない」

 御節はもう一度謝罪の言葉を述べて、許しを得たのだった。

「この様子じゃ、E・オセチのお仕置きは効果なかったみたいだな」

 書店にてお目当ての本を物色する涼一達三人の姿をモニター越しに眺め、ハロハロは楽しそうに微笑む。


「おかえり涼一君、テスト勉強の邪魔をしようとした悪友二人を懲らしめようとして、涼一君まで巻き添えにしちゃってごめんね」

 涼一は帰宅後、自室に入るといきなり御節から申し訳なさそうに謝罪された。

「いや、俺、全然気にしてないから。俺も誘惑に乗ったわけだし」

 涼一は気まずそうに伝え、お昼ご飯を食べにダイニングへ。

「ただいま涼一お兄さん、ママ。うち、期末の総合順位前より上がって二三七人中二六位取れたよ。涼一お兄さんもあと一日気を抜かずに頑張って♪」

 母が用意してくれた讃岐うどんを食べている最中に、鈴菜が学校から帰って来て嬉しそうに報告して来た。

「そのつもりだよ。明日が一番きつい科目だし」

 涼一のやる気はちょっぴりアップ。

「鈴菜、最高順位また更新したのね。おめでとう。約束どおりお小遣いアップするね」

 母の気分は快晴だ。

「うち、来年以降もどんどん最高順位更新していくよ♪」

 褒められた鈴菜も同じく。


「涼一くん、最後の一日だれずに頑張ろう!」

 ともあれ今日もこのあと桜子が涼一の自室を訪れて来て、昨日までと同じようにして過ごしたのだった。

        ☆

その日の夜、利川家の夕食団欒時。

『次のニュースです。今日正午前、大阪府豊中市内の路上を褌姿で走っていたとして、公然わいせつ罪の現行犯で住所不定、自称力士、常吉(つねきち)容疑者を逮捕しました。調べに対し常吉容疑者は、こちとら生まれは上総国長柄郡高根本郷村。米俵を運んでいたら、突然しゃべる箱とか、鉄で出来たイノシシとか、ペリーの黒船よりもでっけぇ建物があるべらぼうな場所に着いちまったんでぃっ! などと意味不明な供述をしており……』

「あっ! この人、今日ウチに入って来た泥棒だ」 

 七時台のニュースで数秒だけ画面に映った顔写真を見て、母は反応する。

「泥棒に入られたの? 母さん、大丈夫だった?」

「ママ、エッチなことされへんかった?」

「怪我は無かったのか?」

涼一と鈴菜と父は心配そうに尋ねた。

「当然よ。お母さんはそんなやつくらいで怯まないわ。実際すぐに逃げてっちゃったし。吉本のお笑い芸人さんかなっ? とも思ったわ」

 母は嬉しそうに、自慢げに語った。

        *

夜八時頃にまた訪れて来た桜子が十時頃に帰ったあとも、涼一は引き続き英語のテスト勉強に励む。その傍らで、 

「このチョコレートジェラート、taste very good!」

「ココナッツジェラートも最高だな」

「クリスマス用のマロンケーキもすごく美味しい♪」

 ランタンとハロハロとキャロルは、御節が洋菓子店のチラシから取り出してあげたデザートに夢中。夜食タイムだ。

「なかなか難しいわね、このお城のステージ」

 御節はおもちゃ屋のチラシから取り出した新作テレビゲームに夢中。涼一に配慮して音声はヘッドホンを通じて聞くことにしてあげた。

「……」

 菖蒲は涼一が誘惑に負け今日買ってしまった、日常系萌え4コマ漫画を熱心に黙読していた。

行事食擬人化キャラ達はすっかりあの力士のことを忘れてしまったようなのだ。

 同じ頃、

「べらんめぇっ!」

 そのお方は取調室で、やり切れない思いを江戸弁で、でっけぇ声で叫んだのだった。

         ☆  ☆  ☆

それはさておき翌日に期末テストは予定通り終わり、さらに一週間後。鈴菜の通う中学では近隣の市民ホールにて芸術鑑賞会のため、鈴菜は今日は普段より遅く九時頃に家を出た。涼一達の通う高校では帰りのSHRにて、赤阪先生から期末テスト個人成績表が配布されることになった。 

「呼ばれたら取りに来てね。網島くん」

 出席番号順に渡され、六番の啓作は受け取った瞬間、

 今学期末も副教科込みで総合トップ取れてよかったよん♪

 ご満悦な表情を浮かべた。七教科十一科目の総合得点、三一五人中またしても学年トップだったのだ。

「中間より下がってもうとるぅ。高校入学以来のワースト記録、さらに更新や」

辰夫は自身の結果を眺め、苦笑いする。全科目平均点を大幅に下回り、学年順位は二七八位だった。当然のごとく一科目も啓作に勝つことは出来なかった。

「辰夫、冬休み必死で勉強頑張らないと冗談抜きに留年かもな。俺は中間より順位けっこう上がったよ。英語特に頑張ったのが効いたっぽい」 

 涼一は嬉し顔を浮かべる。七六位から五三位まで上がっていた。

残りの男子の分が配り終わると、女子の分も配布されていく。

前より上がってる。最高記録だ。すごく嬉しい♪ あの子達と最高の環境で最高の気分でいっしょに勉強出来たおかげだよ。

桜子は受け取った瞬間、満面の笑みを浮かべた。二七位から一六位まで上がっていたのだ。家庭科では満点を取り、啓作より順位が上だった。

解散後、涼一は自身のテストの順位結果を鈴菜のスマホにメールで伝えると、

 成績アップおめでとう! 帰ったらご褒美あげるね♪

 と、返信が来た。鈴菜も嬉しがっているみたいだった。

         ☆

 その日の夕方六時半頃。

「ただいま涼一お兄さん、成績上がったご褒美にキス♪」

「うわっ! やめろ。汚いっ!」

 鈴菜は帰宅後、涼一の自室に入り込んで来るなりガバッと抱き着いて、ほっぺたにムチュッとキスをした。唾液もちょっぴり付けられた涼一は迷惑がるも、不覚にも照れくさくて頬を赤らめてしまう。

「涼一お兄さん、冬休み明けの課題テストでは三十位以内を目指そう!」

「それは絶対無理だな。上位層の壁は厚過ぎる」

「涼一お兄さんなら絶対やれるって」

「無理、無理」

「涼一お兄さん、自信持ちって」

「とにかく早く離れて。暑苦しいから。それに鈴菜めっちゃ香水臭い」

「それうちにとっては褒め言葉やで。えへへっ♪」

 そんな会話を交わしていると、

「本当に仲良いね。スズナちゃんリョウイチくん兄妹」

「鈴菜さんもいと喜ばれていますね」

「おかえりなさい鈴菜ちゃん」

「アロ~ハE・スズナ」

「鈴菜お姉ちゃん、おかえりーっ!」

 鈴菜の入室直前にいったん本来の姿に戻っていた行事食擬人化キャラ達が、一斉に人間化して来た。

「うわぁっ! みんな。まだ戻っちゃダメだってっ!」

 大いに焦る涼一に対し、

「大丈夫ですよ涼一さん、鈴菜さんにはとっくにバレていたようですから」

 菖蒲は微笑み顔で言う。

「えええぇぇっ!! みんな、すでに人間化出来ること気付かれてたの? 鈴菜、いつから気付いてたんだ?」

 涼一は唖然とした表情で問いかけた。

「おねしょ事件の時から変やなぁって思ってたの。おしっこまみれのパジャマのにおい嗅いでみて、涼一お兄さんのおしっこのにおいじゃないなぁって」

 鈴菜はにやけ顔で理由を伝える。

「きっかけが変態過ぎる」

 涼一は苦虫を噛み潰したような顔で呆れ返る。

「それでね、その日の夜、涼一お兄さんがお風呂入っとる間に涼一のお部屋にこっそり超小型ビデオカメラを仕掛けておいたの。涼一お兄さんがお部屋に入った瞬間に、この子達が人間化した映像確認してマジびっくりやで!」

「いろいろ言いたいことはあるけど、そんな前からすでに気付いてたんだな」

「うんっ! でもあのあともしばらくはうちの見間違いや思ってたんよ。うちが涼一お兄さんのお部屋に直接確かめに行ったらいっつもマジパン人形のままやったし。涼一お兄さんがおらん時にうちが触りに行ってくすぐっても振り回しても何も反応せんかったし。人間化したこの子達に直接会ったのは今朝が初めてよ。涼一お兄さんが学校行ったあとすぐ。うちがランタンちゃん達が人間化出来ることとっくに気付いとんよって言うたらあっさり出て来てくれてん。うちが生み出したキャラがこんな風になってくれて、めっちゃ嬉しかった♪ 感激したで。ママとパパにはまだナイショにしとこってことにはしたけどね」

「俺もその方が絶対いいと思う。鈴菜、最初に映像確認して以降は俺の部屋に仕掛けてないよな?」

「うん、目的果たせたし」

「本当かな?」

「ほんまやで。うちを信じて」

「その顔は絶対仕掛けてるだろ」

 涼一の目を見つめながらにやけ顔で訴えた鈴菜を、

「涼一さん、わらわ達はカメラの映像も全て確認しましたが、鈴菜さんのおっしゃることは本当ですよ」

「リョウイチくんがオセチちゃんが出したタコス食べてるシーンで録画時間制限いっぱいになって映像止まったよ」

「菖蒲ちゃんとランタンちゃんがそう言うんなら、本当みたいだな」

涼一は菖蒲とランタンの主張を考慮に入れて信じてあげることにした。

 かくして鈴菜の前でも心置きなく人間化した姿を見せられるようになれた行事食擬人化キャラ達は、この日の夜は鈴菜といっしょにテレビゲームやボードゲームなどをして賑やかに遊び、大いに楽しんだのだった。

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