最終話 スーパー銭湯に全員集合。季節感の違いで乱闘騒ぎのち大惨事!?

翌日。夜七時ちょっと前、利川宅。

「涼一、鈴菜。給湯器が壊れたみたいなの。涼一が幼稚園に入った頃からずっと使ってるからとうとう寿命が来たみたいね。明日修理屋さんに来てもらうから、今日は二人とも銭湯行ったら? 母さんは今日一日くらいいいから」

 母は、晩御飯を食べにダイニングへ来た涼一と鈴菜に、こんなことを伝えて来た。

「まあ俺はべつにそれでいいけど」

「たまには銭湯もいいわね。桜子お姉さんも誘おっか?」

 鈴菜はさっそく桜子宛のラインにその旨を送信。

 約一分後、『もちろんご一緒します♪ 行事食擬人化の皆さんも連れて来て下さい。銭湯代は私が払うので。』と返信が来た。

ってなわけで涼一、鈴菜、桜子、行事食擬人化キャラ達。計八人で利川宅からは徒歩15分程度の所にある露天風呂付きスーパー銭湯、蛍ノ湯へ行くことに。

ちなみに行事食擬人化キャラ達は利川宅から外へ出てから人間化した。

「寒い夜だけど、菖蒲ちゃんの側にいると暖かいね。うちの考えた設定通りになってるね」

「さすが初夏の端午の節句の行事食さんだね。天然のエアコンにもなるよ。笹の香りにも癒されるぅ」

 鈴菜と桜子はほんわか顔で褒める。

「いえいえ、それほどでも」

 菖蒲は照れてお顔を緋鯉のように赤くさせた。

「アタシだと暑過ぎるかな? でもアタシこんなことも出来るぜ」

 ハロハロは両手のひらから、桜子と鈴菜に向けてかき氷を噴射して来た。

「寒いよハロハロちゃん、でも氷はふわふわしてすごく美味しい♪」

「夏なら最高ね。この技もうちの設定通り♪」

 桜子と鈴菜は全身に浴びせられ、寒さでカタカタ震えるも、嬉しくも感じる。

「E・スズナ、シロップもいろんなのを出せるようにしてくれて嬉しいぜ。今回は汚れが付きにくい“すい”にしたよ。そのままだと風邪引くかもしれねえから乾燥させとくね」

 ハロハロは全身から熱気を出し付近を真夏のような暑さにし、桜子と鈴菜の体と服を急速乾燥してあげた。

 そのあともみんなで楽しく会話を弾ませながら歩き進んでいき、夜七時四五分頃に蛍ノ湯に辿り着くと、

「ここは俺、初めて来たよ」

「涼一お兄さんも女湯入る?」

「入るわけないだろ」

ロビーの受付にて涼一が代表して、みんなの分の入湯料と、持参してない行事食擬人化キャラ達の分のバスタオル代を支払った。

当然のように涼一は男湯、他のみんなは女湯の暖簾を潜る。

女湯脱衣室。

「菖蒲ちゃんと御節ちゃん、お顔以外のお肌も白くてきれいだね」

「うちのデザイン通りやね。人間化してより一層美しさが引き立ってるよ」

「どうもです」

「鈴菜ちゃん、色白和風美人にデザインして下さってありがとね」

 桜子と鈴菜に全裸姿をまじまじと見つめられ、菖蒲と御節は照れ笑いを浮かべる。

「ランタンお姉さんのあそこの毛も、うちのデザイン通りかぼちゃ色になってるね」

「ワタシ、けっこう気に入ってるよ♪」

「E・スズナ、アタシのあそこは緑のカーテンみたいにいっぱい生やして欲しかったぜ」

「ハロハロちゃんのあそこをつるつる設定にしたのは、エメラルドグリーンに煌くハワイの海をイメージしてるからよ」

「そうなのか。初耳だな」

「ちなみにキャロルちゃんのつるつる設定は、まだ子どもだからってもあるけど雪景色もイメージしとるんよ」

「そうなんだ」

「あの、鈴菜さん、わらわの下の毛はけっこう生えているのですが、生え方のイメージは、ショウブですよね?」

「あったり♪ 初期設定ではちまきのお餅の表面のようにつるつるだったけどね」

「無毛のつるつるもこの歳になると嫌ですね。薄っすらと生えさせて欲しかったな」

「わたくしのは、程よい生え方だけどイメージは注連縄かしら?」

「御節お姉さんのは松竹梅と門松をイメージしたよ」

「そうでしたか。縁起良くして下さって嬉しいわ」

 そんな会話が否応なく耳に飛び込んで来て、

 下品な話だけど、例え方は上品だね。

 桜子は思わず苦笑いを浮かべながらみかん柄ショーツを最後に脱いで、すっぽんぽんになったのだった。

 女の子達はみんなすっぽんぽんで浴室へ。

「ちょうど先客が出て行って誰もいなくなったな。まるで貸切状態だな」

「思う存分暴れ回れるね」

「ハロハロちゃん、キャロルちゃん、いくら他のお客さんおらんくても銭湯で暴れちゃダメだよー」

「はーい」

「分かりましたのだE・スズナ」

「良い子にしてないとサンタさんからクリスマスプレゼント貰えなくなっちゃうもんね。あっ! いちごの香りのシャンプーとボディーソープがあるぅ。あたしこれ使おう!」

「アタシはパイナップルの香りの使うぜ。E・キャロル、髪の毛洗ってあげるぜ」

「Kiitosハロハロお姉ちゃん、あたしはお背中流すよ」

 ハロハロ、キャロル、御節、鈴菜、桜子、ランタン、菖蒲の並びで洗い場シャワー手前の風呂イスに腰掛け、髪の毛と体を洗い流していく。

「ハロハロちゃんとキャロルちゃんと御節ちゃん、派手で美味しそうな髪飾りは付けたままなんだね」

ちょっぴり不思議がった桜子に、

「一心同体的に外れない設定にしてるからね」

 鈴菜は自慢げに説明した。

「じゃあ、ランタンちゃんの髪にふりかけられたようになってるパセリと生クリームみたいなのと、菖蒲ちゃんの髪に巻かれてるい草の紐みたいなのも外れないんだね」

「はい。わらわの体の一部ですから」

 菖蒲は満面の笑みで嬉しそうに伝える。

「この工夫もワタシとっても気に入ってるよ。ねえサクラコちゃん、リアル彼氏のリョウイチくんの特に惹かれる部分はどこかな?」

ランタンから唐突にされた質問に対し、

「優しくて、背があまり高くなくて女の子みたいな顔つきと体つきで、話し方も穏やかで威圧感がないところ。からかうと面白いとこ、かな」

桜子は悩むことなくにっこり笑顔できっぱりと伝える。

「桜子お姉さんも、やっぱうちと同じような一面に惹かれてるんだね」

 鈴菜はふふっと笑った。

「Oh! 男らしさがあまりない方がスズナちゃんやサクラコちゃんは好きなんだね」

「そうだよ。大柄で筋肉質な子とか、厳つい顔の男の子は襲われそうで怖いなって感じちゃうよ。ところでランタンちゃん、私、涼一くんのこと大好きだけど、彼氏って言われるのはなんか照れくさいな。私にとって涼一くんは、家族同然のお友達だよ。彼氏彼女っていうのは、ある程度大人になってから、思春期以降、中学生や高校生になってから初めて知り合った男の子と女の子が、お互いのことを好きになって付き合い始めた場合に初めて言えるんじゃないかな? 私と涼一くんは、赤ちゃんの頃からいっしょに写ってる写真もあるくらいの筋金入りの幼馴染同士だから」

「いやいや、デートも経験したんだからリョウイチくんとサクラコちゃんは立派な彼氏彼女の関係、恋人同士だよ」

「うちもそう思うよ」

 ランタンと鈴菜は両サイドからにやりと微笑みかける。

「あれはデートじゃなくて、交友だよ」

 桜子はてへっと笑った。

「わらわは、桜子さんと涼一さんはいとお似合いのカップルだと思いますよ」

 緑茶の香りシャンプーを使っていた菖蒲から爽やかな笑顔でこう言われ、

「そうかなぁ?」

 桜子は照れ笑いを浮かべつつ、俯き加減になり桃の香りのシャンプーで髪の毛を洗い流していく。

「桜子ちゃん困ってるし、その話はこの辺にしといてあげましょう」

 御節は微笑み顔で注意してあげた。

 その直後、みんなの頭上からドバァァァァァァァァーッ! と滝のような雨が。

 ゴロゴロゴロッ! と雷鳴も鳴り響く。

「アタシの夕立でシャワー代わりになるぜ」

 ハロハロのしわざだった。黒っぽい入道雲型の物体が豪雨と雷鳴をもたらしながら天井付近をゆらゆら漂っていた。

「これすごく楽しいでしょう? よかったらあたしのシャンメリーやブランデーのシャワーも浴びせるよ」

 キャロルはとっても嬉しがっていたものの、

「ハロハロちゃん、危ないよ。それに私まだ体洗い終えてないよ」

「これはちょっとオーバードゥーだね」

「ハロハロさん、蒸し暑くてべたついていと肌触り悪いです。今すぐやめなさい。公共の場でふざけて危険な気象現象を起こすのはマナー違反ですよ」

 桜子、ランタン、菖蒲には大不評だ。

「分かりましたのだE・アヤメ」

 ハロハロはしぶしぶ夕立現象をやめてあげた。

「うちはけっこう楽しめたけどね。夏の気象現象が冬に体験出来たんだし」

「禊の滝行気分ね」

鈴菜と御節は満足顔で伝える。

みんなが引き続き体を洗っていく中、

「E・キャロル、海水浴場の波攻撃だぜ」

「きゃんっ! やったなハロハロお姉ちゃん、仕返しぃ。くらえホワイトクリスマス!」

「さっみぃ~。でもすぐに湯船で温もれるぜ♪」

 ハロハロとキャロルは浴室内の泡の出る岩風呂へドボォォンと勢いよく飛び込み仲睦まじくはしゃぎ回る。

「ハロハロちゃんとキャロルちゃん、見ていて微笑ましいよ」

「あの、桜子さん、わらわ達の体、舐めてみませんか? 洗い立てで美味しいですよ」

「ワタシ達は体を洗うことで、作り立ての味を保つことが出来る設定にスズナちゃんがしてくれたの。一番美味しくなるのはお風呂上りに一汗流したあとみたいだけど」

「まさかこうやってリアルに舐め体験出来るなんて思いもしなかったけどね。うちはみんなの分舐めてみたよ。高級レストランで出されるような味だと思ったよ。桜子お姉さんもこの子達舐めてみぃ。一度舐めたら絶対虜になるで」

 鈴菜はえへへっと笑う。

「なんか、悪いなぁ」

 困惑顔で気まずそうにしていた桜子に、

「サクラコちゃん、どうぞ。体中どこを舐めてもかぼちゃポタージュの味だよ」

 ランタンは風呂イスに座ったまま自分の体をぐぐっと近づける。

「……じゃあ、ほっぺたに」

 桜子はランタンの体から漂うかぼちゃポタージュの美味しそうな香りにそそられて、恐る恐るランタンのほっぺたをぺろっと一舐めしてみた。

「本当に、めちゃくちゃ美味しい♪ もっと舐めたくなっちゃうよ」

 思わずもう一舐めも二舐めもしてしまう。

「Oh、Very comfortable♪」

 ランタンは頬をにんじん色に染めて恍惚の笑みを浮かべる。

「このシーンええねえ」

 鈴菜はにやけ顔を浮かべながら、尚もぺろ舐めを続ける桜子と、

「キャハッ♪」

と時おり声を出して悶えるランタンを楽しそうに傍から眺めていた。

「ごめんねランタンちゃん、ついつい二十回以上はぺろぺろしちゃって」

 一分ほど経って、ふと我に返った桜子は罪悪感に駆られながら、ランタンのほっぺたから唇をゆっくりと離した。

「I don‘t mind.ワタシ達は舐められることで快感と幸福感を得られるから」

 ランタンは満面の笑みを浮かべて幸せそうに伝える。

「桜子ちゃん、わたくしもどうぞ」

 御節も桜子の側へ。

「じゃあ、いただきます」

 桜子は舐めたい欲求が抑えられず、御節のほっぺたもぺろぺろ舐めてしまった。

「んんっ、とっても気持ちいいわ♪」

 御節はちょろぎのように頬を赤らませ、照れ笑いを浮かべた。

「私のおせちで一番好きな栗金団とか黒豆とか伊達巻とか、一足早いおせち料理の味が楽しめたよ。ありがとう」

 桜子は恍惚の笑みを浮かべ、礼を言う。

「どういたしまして。またいつでも遠慮せずに舐めてね」

 御節は照れくさそうに伝えた。

「桜子さん、わらわもぜひお舐め下さい」

「いただきますっ! んっ♪ 美味しい。クリスマス間近の時季にちまきの味を堪能出来るなんて私、すごく幸せだよ」

 桜子は菖蒲にはほっぺたにぺろぺろ舐めに加え、甘噛みもしてしまった。

「わらわもいと幸せです♪」 

 菖蒲は頬を緋鯉のように赤らめて恍惚の笑みだ。

「食べたわけじゃないのに満腹感が体験出来たよ♪ ごちそうさま」

 桜子は幸せいっぱいで満足げに呟く。

「サクラコちゃんの喜ぶ顔が見られてワタシもベリーハッピーだよ。湯船に浸かってより美味しくなってくるね。いっちばーん♪」 

 ランタンは浴室内の岩風呂はスルーして真っ先に露天風呂に向かい、湯船に静かに飛び込んだ。その瞬間に湯船のお湯がなんと、かぼちゃポタージュへと変わった。パセリとクルトンと生クリームもいっしょに浮かぶ。美味しそうな香りも漂う。

「極楽、極楽♪」

 ランタンが恍惚の表情でくつろぐ中、

「ぃえーっぃ!」

 続いてやって来たハロハロは足から勢いよく飛び込む。するとハロハロの周囲にエメラルドグリーンに煌めく海水が広がり、かぼちゃポタージュと半々くらいにきれいに分かれた。海水側にはクマノミも泳いでいた。

「ランタンお姉ちゃんとハロハロお姉ちゃん、季節感出したんだね。あたしもクリスマス風にするぅ」

 次にキャロルが入ると、かぼちゃポタージュ、海水、クラムチャウダーの三種類がきれいに分かれた状態に。

「わたくしも季節感要素出そうっと♪ おせちのお友達召喚よ」

 御節が浸かるとお雑煮要素まで入った。お餅、にんじん、ごぼう、大根、三つ葉などもお雑煮側の湯船にぷかぷか浮かぶ。

「ちょっと浸かりにくいなぁ」

「こうなる設定はうちの想定外だな」

 桜子と鈴菜は湯船を眺め、苦笑いで呟いた。

「湯船が混沌としてますね」

菖蒲はゆっくりと湯船に歩み寄り、静かに行儀よく浸かった。

 すると、湯船全体が一瞬で菖蒲湯に変化した。

「これなら安心して浸かれるよ」

「もうすぐ冬至のゆず湯だけど、この時期の菖蒲湯も良いわね」

 桜子と鈴菜はホッとしたものの、

「菖蒲お姉ちゃん、居心地悪ぅい」

「アヤメちゃんの菖蒲湯要素強過ぎ。ワタシ達のが全部打ち消されちゃったよ。ねえアヤメちゃん、ちょっと出てくれないかな?」

「E・アヤメだけ出てくれたらちょうど良い混ざり具合になるから」

「わらわは菖蒲湯が最も心地よく感じますから。肌触りの甚だ悪いかぼちゃポタージュなんかにするアメリカナイズなランタンさんが出るべきだと思います。ここは日本ですし」

 菖蒲はほんわか顔で主張する。

「嫌だよ」

 ランタンはむすっとなった。

「わらわも嫌です。ランタンさん、室内の岩風呂に浸かればよろしいのでは」

「ワタシは露天風呂に一番入りたいのっ!」

「わらわも、開放的な露天風呂が一番好きなんです。出来れば独りで満喫したいです」

 菖蒲はほんわか顔で主張する。

「アヤメちゃん自己中だよ。あ~、ムカついたぁ。狼男と狼女と、あの毒蜘蛛も召喚しちゃえっ!」

 ランタンによって空中に召喚された背丈一八〇センチほどの恰幅の良い狼男、一六〇センチに満たない小柄な狼女、合わせて二匹と、体長七センチくらいあるタランチュラ十匹は重力に逆らえず湯船の中へ。人狼はワォォォ~~~~~ンッ! と遠吠えも上げる。

「きゃっ! ランタンさん、危ないじゃないですか」

 菖蒲は慌てて湯船から出た。

あっという間に菖蒲湯要素が消え、行事食擬人化他の四名の四つ交った状態に。

「危な過ぎるよっ!」

「これはマジやばいで」

 桜子と鈴菜は急いで浴室内に逃げた。その場所から成り行きを眺める。

「ランタンさん、お仕置きです」

 菖蒲は弓を用いて雉の羽根付きの矢を放ち、すみやかに人狼二匹と、タランチュラも一匹残さず消滅させると、ランタン目掛けてちまきを数本ぶんぶん投げつけた。

「ひゃんっ! 痛いよアヤメちゃん、でもデリシャス♪」

 ランタンはちゃっかり笹の皮を剥いて頬張る。

「きゃんっ! 痛いわ菖蒲ちゃん、菖蒲ちゃんはわたくし達アニュアルイベントガールズの中で、一番攻撃が荒っぽいわね。男の子の日だけに。わたくしはお猿さんと蛇とイノシシと、十二支実在生物最強のトラで対抗するわ」

「あたしはトナカイさん召喚しようかなぁ」

「ワタシ、ゾンビと蝙蝠も召喚しちゃうよ。タランチュラのメキシカンレッドニーくんと人狼もさっきよりいっぱい召喚しないとアヤメちゃんに一蹴されちゃうね」 

「その程度のものをいくら召喚したところで、わらわの弓矢と太刀攻撃でいちころですよ」

 顔面に巻き添えを食らいちょっぴり怒りが沸いた御節と、ランタンによって危険動物達が次々と召喚されるも菖蒲は余裕綽々だ。

「アタシが召喚出来る動物には危険なのがいないのは残念だぜ。対抗馬にならねえけどオオクワガタでも召喚するか」

 ハロハロが若干悔しそうにしていると、

「ゾンビ怖ぁぁぁ~~~~~~~~いっ!」

 キャロルは今にも泣き出しそうな表情で鈴菜と桜子のいる方へ逃げていった。

 切創、火傷、蛆虫寄生、歯型、銃痕の特殊メイクが顔などに施され、血まみれでおんぼろな服を身に纏った、様々な体格の老若男女ゾンビ達が今しがた十数体召喚されたのだ。露天風呂周りを時おり奇声を上げながら徘徊する。

「わらわの戦国武将モードのお顔よりも遥かに恐ろしいですぅ」

 菖蒲もカタカタ震える。

「いやいや、キュートでしょ」

 ランタンは爽やか笑顔で主張する。

「お盆にまた会おうぜ」

 ハロハロは一部のゾンビ達とフラダンス的な動きをして戯れていた。

「露天風呂、動物園とUSJのハロウィンホラーナイト状態になってるやん。ちょっとみんな、桜子お姉さんや、他のお客様達の大迷惑になるから、すみやかに消してね」

 鈴菜は罪悪感に駆られた苦笑いだ。

「桜子お姉ちゃぁ~ん、ゾンビ怖いからあたしを舐めてぇ~」

キャロルにうるうるした瞳で言い寄られ、

「分かった。んっ♪ すごく美味しい♪ 最高級のクリスマスケーキの味だよ」

 桜子は中腰になってキャロルのほっぺたをぺろぺろ優しく舐めてあげる。

「ありがとう桜子お姉ちゃん、これで安心出来るよ♪」

 キャロルは安堵したような満面の笑みを浮かべた。

「どういたしまして。とっても美味しかったよ♪」

 桜子も幸せいっぱいの表情だ。

「キャロルちゃん、よかったね。きゃっ! サル襲って来たし。動き速っ!」

「ゃぁん。やっ、やめておサルさん」

 鈴菜と桜子は浴室に移動して来た数頭のニホンザルにしがみ付かれ、胸やお尻を揉まれてしまう。

「このお猿さん、鈴菜お姉ちゃんと桜子お姉ちゃんのおっぱいが好きなんだね」

 キャロルはすぐ側で楽しそうに眺めていた。

「鈴菜ちゃん、桜子ちゃん、大変申し訳ない」

 御節は決まり悪そうに謝罪した。

 キャッ、キャッキャッ、キャキャッ、キャァァァッ!

「あんっ、んっ♪ あっ♪ 吸い付きよ過ぎ。めっちゃ気持ちええわ~」

 鈴菜は恍惚の笑みを浮かべる。

「おサルさん、私にも懐いちゃってるみたいだよ。怖い、怖い。離れて、離れて」

 桜子は恐怖心を感じるも、気持ち良ささも感じていた。

「わらわの弓矢攻撃で瞬殺出来そうですが、それ使うと鈴菜さん桜子さんも巻き添えになってしまいますね。わらわは他の危険動物さんやゾンビさんを消滅させておきますね。きゃっ、きゃぁっ!」

 菖蒲は対象物に向かって矢を何本も放とうとした矢先、ハロハロが召喚した数匹のオオクワガタに襲われ顔や髪の毛などにしがみ付かれてしまった。

「痛いです、痛いです。挟まないで下さぁ~い。わらわの普段着の兜は鍬形ですが、わらわはオオクワガタさんの仲間ではないですぅ」

 必死に振りほどこうとする中、

「お猿さん、いい加減離れなさいっ!」

 御節は桜子を襲う一匹を攻撃しようと試みたが、

 ウキャァァァッ!

 かわされ風呂椅子上へ飛び移られた。

「いたっ、足引っ掻かれたわ」

「御節さん、大丈夫ですか?」

「うん、平気よ菖蒲ちゃん」

「御節お姉ちゃん少し血が出てるよ。手当てするね」

「ありがとうキャロルちゃん。んっ♪ 冷たいけど気持ちいいわ」

「エイ ケスタ」

 傷口をキャロルの手のひらから出る雪で冷やしてもらい、御節は恍惚の表情を浮かべた。

「E・ニホンザル、これに耐えられるかな?」

 ハロハロは自分に襲い掛かって来た二匹のニホンザルに、中心付近の最大瞬間風速五〇メートル以上の台風攻撃を食らわす。

 キャキャァッ! キャッキャッキャッ!

 見事命中し、二匹とも暴風雨に煽られ瞬く間に消滅。

「お猿さん、これでもくらえっ!」

 キャロルはホワイトクリスマスとクリスマスケーキ生クリームの合体攻撃を、桜子と御節を襲ったニホンザルに直撃させた。

 キャッ! キャッキャッ!

そのニホンザルはいちごなどフルーツまじりの生クリーム塗れになり猛吹雪に煽られ、五秒足らずで消滅。

「やったぁ! 大成功♪」

 キャロルは満面の笑みを浮かべてガッツポーズ。

「サクラコちゃん、スズナちゃん、巻き添え食らったらごめんね。かぼちゃの種攻撃で」

 ランタンが口からかぼちゃの種をププププププププッと大量に噴き出しニホンザル達に命中させると、

キャッ、キャァァァァッ!

 ニホンザル達はびくっと反応して桜子と鈴菜の体から離れてくれた。

その一秒後には消滅。これにてニホンザルは全て消えた。

「ええ体験出来たわ~。ランタンちゃんのかぼちゃの種攻撃もけっこう気持ち良かったで。ちょっと濡れちゃったよ♪」

 鈴菜は大満足げ、

「お猿さんはかわいかったけど、怖かったぁ~」

 桜子はくたびれた様子でホッと一息ついた。

「そういえば、ワタシが召喚したゾンビや蝙蝠や人狼やタランチュラは、どこへ行ったのかな? アヤメちゃんもう消した?」

 ランタンは周囲をぐるりと見渡してみる。

「いえ、わらわがオオクワガタさんを消した時にはすでに姿は見えませんでしたので、おそらくは……」

 菖蒲のお顔はみるみるうちに蒼ざめて来た。

「ゾンビもアオダイショウも蝙蝠もイノシシもトラも人狼もタランチュラも、柵を飛び越えて外に出て行っちまったみたいぜ。アタシ達がニホンザルと戦ってる間に」

 ハロハロは苦笑いで伝えた。

「早急に捕まえに行かなきゃ、ご近所中がいと大変なことに。わらわもオオクワガタさん退治に気をとられていて、うっかり見逃してしまいました」

 菖蒲は恐怖心と罪悪感からかカタカタ震えながら言う。

「E・アヤメ、また戦国武将に変身して楽勝だな」

 ハロハロはにこっと微笑みかける。

「もうあの姿にはなりたくないです」

 菖蒲はしょんぼりした表情で主張した。

「菖蒲ちゃん、今は緊急事態よ」

 御節は苦笑いを浮かべながら、肩をポンッと叩いてお願いする。

「アヤメちゃん、頼むよ。ワタシ、アヤメちゃんを信じてる」

「そう言われましても……」

「アタシが行ってくるよ。召喚物はE・オセチが二次元から取り出したやつやリアルのよりは弱いから勝てそうだし」

「ワタシも、協力するね。怖いけど、そもそもの原因作ったのはワタシだし」

 ハロハロとランタンは急いで脱衣室へ。

「それならば、わらわも協力しますね。もうあの姿には絶対なりませんが」

 菖蒲もあとに続く。

「あたしはゾンビが怖いから行かなぁ~い」

 キャロルは苦虫を噛み潰したような表情で伝え、鈴菜にしがみ付く。

「うちも協力してあげたいけど、あの子達だけでもなんとかなるよね?」

 鈴菜は苦笑い。危険動物でも召喚出来る設定を作ってしまったことに関し、罪悪感に駆られていた。

「わたくしは、外に出た動物さん達が万が一戻って来た時に備えてここに留まっておくわ」

 御節はにっこり笑顔できっぱりと伝える。本音は戦うのが怖いのだ。

「御節ちゃん、頼もしいよ。涼一くんにこのこと知らせなきゃ。もう上がってるかな?」

 そんな御節の心境を察せれなかった桜子も脱衣室に戻り、全裸のままスマホをマイポーチから取り出し涼一の電話番号に連絡する。

 発信してから十秒足らずで出てくれた。

「桜子ちゃん、何か用?」

「あのね、ランタンちゃん達が湯船のお湯の状態のことで季節感の違いでケンカしちゃって、ランタンちゃん達が召喚したゾンビさんや狼男さんや狼女さんや、イノシシさんやトラさんとかが、お外に出て行っちゃったの」

「それ、かなりやばいだろ」

 すでに風呂から上がり、男湯脱衣室で服を着ている途中だった涼一の表情は若干引き攣る。

「ハロハロちゃん達が今から消しに行ってくれるけど、心配だから涼一くんもお風呂から上がったらいっしょに協力してあげて」

「俺にはどうにも出来ないって」

「頼んだよ。期待してるよ」

「あの、桜子ちゃん、こういうのは警察か猟友会に……切られたか」

 ハロハロとランタンと菖蒲が着て来た服に着込み終え、ロビーを通り抜け外へ出てからほどなく、涼一もロビーへ。

ここは俺も行かないと、男として情けないよなぁ……なんか力士っぽい人がいるし。あの人に協力してもらうか。

「あのう、すみません」

 マッサージチェアに腰掛け、週刊少年漫画雑誌を読んでくつろいでいた力士っぽいお方に、涼一は恐る恐る声を掛けた。

「ほへ?」

 力士っぽい人はくるっと振り向く。

「なんか、この辺りにイノシシとかトラとかの危険動物や、人狼やゾンビとかが逃げ出してしまったようなので、退治に協力していただけないでしょうか?」

 涼一が苦笑いを浮かべてお願いすると、

「イノシシやトラくれえこちとら一人でも楽勝でげす。こちとら、天狗みてえな顔したペリーが連れて来た異国のレスラーとボクサー相手に赤子の手を捻ったからな」

 力士っぽい人は目をきらきら輝かせ、興奮気味に自信満々な様子で伝えた。

「それは頼もしいです」

 涼一の安心感が高まる。

「鳶は江戸の大火から守ってくれる火消しのことだべが、おまいさんの話によるとピーヒョロロって鳴くでっけぇ鳥か、かっぱらいみてえだな。そいつもこちとらなら素手で簡単に捕まえられるでげす」

「鳶じゃなくて、ゾンビです」

「甚六は、歌舞伎の惣領甚六のことだろ? 初代も二代目も三代目もとっくの昔に死んじまってるんだが、そいつの幽霊でも現れたのけ?」

「甚六ではなく、人狼なんですけど……」

「ほへ? よく分からねえけど、こちとら、困ってる人がいたら放っておけない性(さが)なんで、任せてくんろ」

「ありがとうございます」

「お安い御用でげす」

 よかった♪ ちょっと天然ボケなとこもあるけど、見た目通り頼りがいありそうだ。本物の力士なのかな? 今本場所やってない時期だから、大阪近辺にいてもおかしくないだろうし。それとも売れない無名のお笑い芸人かな?

 どや顔で快く引き受けてくれ、涼一はホッとした気分で感謝する。

 こうしてこの二人も外へ。

 五〇メートルほど歩き進んだ所で、

「うっそやろ」

「そんなんあり得へんわ~」

「マジマジ、トラが橋んとこから川に飛び込んだん見てんってっ!」

「それ絶対猫か大型犬の見間違いやで」

「いやほんまやねんって」

「見てみてぇ~」

「タイガースファンやからって誇張し過ぎやで。おまえが見たん、トラ柄の服着た大阪のおばちゃんやろ?」

「あり得るよな」

「ちゃう、ちゃう。確かに本物のトラやってん」

「おまえ酔っとるやろ?」

「酔ってへんわ~」

 大学生らしき男女集団が笑いながらそんな会話をしているのを目撃した。

 すでに目撃者が出てるみたいだな。

 涼一は心の中で突っ込んでおいて引き続き捜索。

 そこからさらに百メートルほど歩き進むと、

「あっ、いましたね。あそこに」

 街灯で照らされた歩道上に、一匹の狼男の姿を発見してしまった。遠くから確認する。背丈一九〇センチ以上はあるように見えた。

「ほげえええええっ! 人間みたいな狼でげす。化け物でげす! 幽霊もいるでげす! ろくろ首やのっぺらぼうや一つ目小僧よりもおっかねぇでげすぅ~。あんなの倒せるわけないでげす。食わないでけろーっ!」

 狼男の背後にはゾンビも数体いた。力士っぽいお方は途端に顔を青ざめさせ、横を走っていた車に匹敵するくらいの猛スピードで、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら逃げ去ってしまった。

「案外、頼りなかったな」 

 涼一は若干呆れ顔だ。

 狼男は涼一に気付いたようで、口をガバッと大きく広げて牙を向けて近寄って来た。

俺も逃げなきゃな。ランタンちゃん達に早く居場所知らせないと。いや待て。あの子達、携帯持ってないよな?

 涼一も一目散にその場から逃げ出す。

 同じ頃、菖蒲は児童公園内でイノシシ二頭と狼男一匹と格闘中。

「まとめて厄払いしますね」

 戦国武将には変身せず、五メートルほど離れた場所から巨大な笹の葉を投げつけて、イノシシも狼男も包み込んで素早くい草で縛り付けた。ちまき風にして身動きを封じたわけだ。菖蒲は休まずそれ目掛けて弓矢をビュンビュン放ち、あっさり消滅させた。

 直後に、

「きゃぁっ!」

 若い女ゾンビとお爺さんゾンビに襲われ噛まれそうになったが、

「成仏して下さい。今はハロウィンの時期ではなくクリスマスの時期ですし」

 慌てて太刀で一刀両断し二体とも同時に消滅させた。

 ランタンの方は住宅地の一角で、街路樹から突如襲い掛かって来たゾンビ四体と、狼男二匹狼女一匹と体長二メートルほどのアオダイショウ一匹と格闘中。 

「こいつにはこれだね」

最初に恰幅のいい中年男ゾンビと、太っちょで若い女ゾンビにパンプキンパイを投げつけ消滅させ、

「弱そうだし、攻撃するのはかわいそうかも」

続いて背丈一三〇センチに届かない痩せた子どもの男女二人組ゾンビに、かぼちゃの種噴き攻撃を食らわし消滅させた。

「ワタシの召喚物だし、素の状態でも負ける気はしないけど用心して、ワタシはベストなパワーを発揮出来るこの姿で対抗するよ」

そのあと人狼に対しては、吸血鬼仮装姿に変身して戦うことに。

「きゃんっ! エッチだね」

戦闘開始早々、狼男の一匹に鋭い爪で黒スカートをビリッと引き裂かれ、蝙蝠柄のショーツを露にされるも、その後は人狼からの攻撃を全て軽快にかわしつつ、腕などにカプリと噛み付いて対抗した。

人狼達は噛まれる度にワォォォ~~~~~ンと遠吠えを上げる。

「この攻撃でもまだ消えないなんて、なかなかタフだね。複数相手にはやっぱこの攻撃がベストだね」

 ランタンは一番のお気に入りでもあるジャックランタン柄仮装姿に戻り、プププププッと大量のかぼちゃの種噴き攻撃を断続的に人狼達に食らわす。

人狼達はワォォォ~ン、ワォ~、ワォワォ~ッと痛がっているような遠吠えをか細く上げながら三匹とも消滅した。

「このスネークは毒蛇じゃないし、放っておいても問題なさそうだけど一応clear awayしておこう」

アオダイショウに対しては、ミイラ仮装に変身し包帯巻き付け攻撃を食らわし消滅させた。これにて一段落ついたランタンが再びジャックランタン柄仮装姿に戻った頃、

「危うく噛まれるところだったぜ」

ハロハロは河川敷で、狼男一匹狼女一匹にはブルーハワイのかき氷攻撃を食らわし凍結させ、アオダイショウ二匹には線香花火攻撃を食らわし無傷で勝利。

「消えねえのがいるし、本物の蝙蝠も紛れてたんだな」

さらに付近にいた蝙蝠数匹も、召喚した虫取り網であっさり捕まえ召喚物は消滅させ本物は逃がしてあげた。

そんな中、

「寒いけど快適だよ♪ 気持ち良い♪」

「雪国にいる気分ね。最高や♪」

「あたし達の周りだけホワイトクリスマスだよ」

「キャロルちゃん、お正月も降らせて欲しいわ」

 桜子、鈴菜、キャロル、御節は小雪が舞い、周囲が雪化粧した露天風呂を満喫していた。

キャロルはさらに、側に聳える松の木々にクリスマスイルミネーションを灯す演出もさせていた。

「あら、雪が降りよるやん」

「ほんまやねぇ。人工雪みたいやけどきれいやわ~♪」

「クリスマスの雰囲気満載やね」

ほどなく入って来た他のおばちゃんなお客さん達にとっても、この環境は快適だったようだ。

「ランタンちゃん達、上手くやってくれてるかなぁ?」

 星空を見上げている時そんな心配がよぎった桜子に、

「きっと大丈夫だよ」

 キャロルは水中をぷかぷか漂いながら、自信を持ってこう主張したのと同じ頃。

 やばい、やばい。追いつかれるっ! 狼男って伝説の生き物だし強さは未知数だけど、絶対俺より遥かに強いよな?

 涼一は引き続き狼男から逃げ惑っていた。

けれども容赦なく牙を剥かれ、一気に詰め寄られてしまう。

こうなったら……。

涼一は運良く側に捨てられてあったコーヒーのスチール空き缶を拾い、五メートルほど先にいる狼男目掛けて投げつけた。

ワオォォォォォォォ~~~~~~~ン!

見事顔面に命中し、狼男怯む。

効いたか?

涼一は安心することなくすぐに逃げ、狼男から少し距離を広げることが出来た。

だが、瞬く間にさっき以上に詰め寄られてしまう。

やばいっ! より一層怒ってらっしゃる。

 涼一、万事休す。あと三メートルくらいまで迫って来た。

 しかしその時、

「涼一さん、もう大丈夫ですよ」

「待たせたなE・リョウイチ」

 菖蒲とハロハロが助けに来てくれた。涼一と狼男との間に入ってくれる。

「おう、またこの前のトラに襲われた時みたいにギリギリで参上かぁ」

 涼一の表情はほころんだ。

「いやぁ、今回は二分前にはE・リョウイチの事態に気付いてたんだけど、絶体絶命のピンチになってから助けた方がドラマ性があるかなって思って待機してたのだ」

「おいおい、そこはそういう演出いらないから」

 ハロハロから満面の笑みでされた発言に、涼一は苦笑いでやや呆れる。

「狼男さん、厄払いしますね」

 菖蒲は全長四メートルくらいの鯉幟真鯉を召喚し、狼男に襲わせる。狼男は真鯉の大きな口に飲まれ、あっさり消滅した。

「菖蒲ちゃん強過ぎ」

「E・アヤメの攻撃はどれもチートだな」

 涼一とハロハロは深く感心する。

「いえいえ、それほどでも。熊さんにはほとんど効かないですよ」

 菖蒲は謙遜気味に微笑む。

「おーい、みんな。トラは倒した? ワタシは姿見てないんだけど」

 ちょうどランタンも涼一達のもとへやって来た。

「いや、まだだぜ」

 ハロハロが即答する。

「わらわも、まだ姿を見てないです」

「ってことはまだこの辺うろついてるってことか。かなりやばいな」

 涼一は全身から冷や汗が流れ出た。

「涼一さん、ご安心下さい。トラさんでもわらわの弓矢、太刀攻撃やちまき作り攻撃、鯉幟召喚で瞬殺出来ますので」

 菖蒲は自信満々に伝える。

 こうして涼一達は引き続き辺りを捜索することに。

 安全確保のため、四人で固まって五分ほど歩き回っていると、

「うわっ! 出たぁっ! 菖蒲ちゃん、早く攻撃してっ!」

 涼一が最初に大通りの街灯に照らされたトラの姿を発見した。反射的に菖蒲の背後に回り、声を震わせながらお願いする。そんななんとも臆病で情けない彼とは対照的に、

「あら、いと弱っているような」

 菖蒲は姿をよく確認して冷静に判断した。

 トラはよろけながらゆっくりと、今にも倒れ込みそうな感じで歩道を歩いていたのだ。

 ミャ~ォォォ~ンと猫に近い鳴き声もか細く上げた。

「拳や蹴りを食らったような傷がいっぱいついてるぜ」

 ハロハロは盆踊り用の提灯を召喚して周囲を照らし、観察する。

「この猛獣に、素手で挑んであそこまで弱らせることが出来た奴がいるのかよ。凄過ぎ」

 涼一は深く感心していた。

「ハワイ出身、曙みたいな感じの奴がやったのかな?」

 ハロハロはわくわく気分で楽しそうに推測する。

「これならワタシでも倒せそう」

 ランタンはトラの二メートルほど手前まで近寄り、

「えーいっ!」

召喚した直径一メートルくらいある、アトランティックジャイアントという品種の巨大かぼちゃを両手で持ち上げ、トラ目掛けて投げつけた。

 トラはそのかぼちゃが当たった瞬間にあっさりと消滅する。かぼちゃもほぼ同時に。

「よかったぁ~。これで全て解決だよな?」

「ワタシはトラに遭うまでに、銭湯出てすぐの所にいたタランチュラ二十匹消して、それからもゾンビ四体と人狼三匹とアオダイショウ一匹消したよ」

「アタシは自販機横のごみ箱漁ってたイノシシ一頭消したあと、人狼二匹とアオダイショウ二匹と、人畜無害だろうから放っておいてもいいと思ったんだけど蝙蝠も消しといたぜ」

「それならばわらわが消した分と合わせて間違いなく全滅ですね。一般の方々に被害が及ぶ前に片付けられてよかったです。万が一残っていたとしても召喚物は三〇分で自然消滅する設定に鈴菜さんがしてくれていますので、おそらくあと一分ほどで消えるでしょう」

涼一、ハロハロ、ランタン、菖蒲は安心していっしょにスーパー銭湯へ戻っていく。

トラ半殺しにしたのって、あの力士っぽい人かな? ばったり出遭って無我夢中で攻撃したらあの人ならあれくらいやれるような気がするし。俺と背はそんなに変わりなかったけど、体重は百五十キロくらいはありそうな感じだったからなぁ。

涼一がそんなこと考えていると、

シャシャッ! と何かが彼の目の前を横切った。

「うわっをぉ!」

 思わず仰け反った涼一はすばやく菖蒲の背後へ。

 ミィー♪

 直後にこんな鳴き声が。

「なぁんだ、ネコかぁ。トラかと思ったよ」

 涼一は姿を確認するとやや声を震わせて呟く。大柄な黒猫だったのだ。

「リョウイチくん、さっきのリアクション面白ぉい」

「E・リョウイチは本当に憶病だなぁ」

 ランタンとハロハロにくすくす笑われてしまう。

「いや、あんなことがあったばかりだし、何が現れても普通びびるって。俺何の特殊能力も持ってない一般人だよ」

 涼一は表情をやや引き攣らせて言い訳する。

「でもそこが涼一さんの魅力ですね。桜子さんが惹かれる理由がよく分かります」

 菖蒲はにんまり微笑んでいた。

 その後は何事もなくスーパー銭湯に到着し、ロビーで他のみんなと落ち合った。

「みんな無事に戻って来てくれて何よりだよ。ハロハロちゃんとランタンちゃんと御節ちゃん、二度と危ない生き物やゾンビや狼男、狼女は召喚しないでね」

 桜子からにっこり笑顔でやんわりと注意され、

「分かりましたのだ」

「大変申し訳ない」

「もう二度とやらないよ。アイムソーリー」

 ハロハロ、御節、ランタンは深く反省の色を示したようだ。

「ともあれ一件落着したことだし、みんな何か飲んでくつろごう。どれも二百円で飲み放題よ。やっぱ銭湯上がりといえばカフェオレね」

 鈴菜は併設のドリンクバーへ歩み寄っていく。

「私もそれにするよ」

「わらわは緑茶にします」

「アタシはスイカジュースにするぜ」

「あたしはジンジャーエールにするぅ」

「わたくしは甘酒にするわ」

「ワタシはトマトジュースとコーラにするよ」

「俺は烏龍茶で。俺がみんなの分まとめて払うよ」

 他のみんなもあとに続き、お目当ての飲料水を紙コップに注ぎ入れた。

行事食キャラの子達、うちが好きな飲み物に設定した通りのを選んでるわね。

鈴菜は嬉しそうに微笑む。

このあとみんなは長椅子に腰掛け、お風呂上りの一杯を楽しんでからスーパー銭湯をあとにしたのだった。

帰る途中、

「あの、ハロハロちゃん、舐めても、いいかな?」

「もちろんオーケイだぜ。好きなだけ舐めてくれ」

「じゃあ、いただきます。んっ♪ ハロハロちゃんも、すごく甘くて美味しいよ。これが本場のハロハロの味なんだね」

「マハロ ヌイ ロア、E・サクラコ」

 桜子はハロハロの体から漂う香りにそそられ、ついついほっぺたをぺろっと舐めてしまった。桜子もハロハロも幸せそうにする。

「桜子お姉さんもすっかりこの子達の虜になったね」

この光景をしっかり眺めていた鈴菜も満足げだった。

この子達の近くにいると香りにそそられて舐めたくなってくるけど、俺は絶対舐めないぞ。俺がやったら変態行為だからな。

涼一も桜子のぺろ舐め行為をちらっと見てしまい、こんなことを思っていると、

「ぎゃあああっ! ゾンビがぁ、ゾンビがぁ~」

 キャロルは突然、甲高い悲鳴を上げた。とっさに涼一の背後に隠れる。

 痩せ型の若い男ゾンビ一体と、太っちょと痩せ型の若い女ゾンビ計二体が、突如みんなの目の前に現れたのだ。

「まだ残ってたんですね。鈴菜さんの設定ではもう消えているはずなのに」

 菖蒲は恐怖心から顔を強張らせ不思議そうに呟く。ちゃっかり鈴菜の背後に隠れた。

「ごめんね、ゾンビは一時間設定なの」

 鈴菜はてへっと笑って決まり悪そうに伝えた。

「トラの背後にいた奴らだ」

 涼一はすぐに気付く。

「キャロルちゃん、得意のクリスマスケイク生クリーム攻撃で倒しちゃいなよ」

 ランタンがこう勧めると、

「怖い、怖ぁい」

 キャロルはそう言いつつも、勇気を振り絞って涼一の背後から少し顔を出して狙いを定め、右手のひらからフルーツまじりの生クリームを発射した。

 ぐおおおぉぉぉぉ~。ぎゃあああああぁぁぁ~。うわあああぁぁ~。

ゾンビ達は苦しそうな叫び声を上げる。

「まだ消えないよぉぉぉ~。早く消えて、消えてぇぇぇ~」

 キャロルは涙目で、今度はホワイトクリスマス攻撃を食らわした。

 ぐわあああああぁぁぁ~。ぎゃああああああああぁぁぁ~。うわあああぁぁぁぁ~。

とゾンビ達は猛吹雪に煽られながら断末魔の叫び声を上げ、ついに消滅。

「怖かったよぉ~」 

 ぽろりと涙を流すキャロル。

「キャロルちゃん、よく頑張ったね」

 猛吹雪の巻き添えを食らった涼一はかなり寒く感じるも、キャロルの頭を優しくなでてあげた。

「Kiitos♪ 涼一お兄ちゃん、ぎゃっ、ぎゃあああっ!」

 キャロルは表情を和ませたと思ったら、またも青ざめさせ悲鳴を上げ、涼一にぎゅぅっと強く抱きつく。

「怖いです、怖いですぅ」

 菖蒲もとっさに御節に抱きついた。

「キャロルちゃん、ワタシだよ」

 今しがた、ランタンが切創や蛆虫寄生などの特殊メイクが施された全身血まみれゾンビ仮装に変身したのだ。ランタンはその格好のままにっこり微笑む。

「ランタンちゃん、これは怖いよ」

 桜子もランタンのお顔を見た瞬間に目を背けた。

「俺も夜中にいきなり遭遇したら卒倒しそうだよ」

 涼一は苦笑いで伝える。

「E・アヤメの戦国武将の顔の方が恐ろしさは上だな」

 ハロハロはにこにこ顔で楽しそうに判断した。

「こらランタンちゃん、キャロルちゃん達を怖がらせちゃダメよ」

「Ouch! アイムソーリー」

 御節は召喚した羽子板でランタンの後頭部をコツンッと叩いておいた。ランタンはすみやかに元の可愛らしいジャックランタン柄仮装に戻る。

「ランタンさん、ゾンビ仮装には二度と変身しないで下さいね。もしなったら、ちまきにしますよ」

「Ouch! オーケイ」

 菖蒲には瓶子でおでこをポカッと叩かれてしまった。

「あたし、またゾンビが出たら嫌だから、涼一お兄ちゃん鈴菜お姉ちゃんち帰るまで二次元になってるぅ」

 キャロルは怯え顔涙目でそう伝えて、鈴菜が持ち運んでいたバッグを開け、自分用の設定資料集を取り出すと飛び込んでイラスト化した。

「キャロルちゃん、昔の涼一お兄さんに似てかわいい♪」

 鈴菜は微笑ましく見送る。

「全然似てないだろ」

 涼一は迷惑そうに突っ込んでおいた。

 その後はランタン達が召喚したゾンビや危険動物達にも出遭うことなく無事、光久宅前まで辿り着き桜子と別れを告げて、他の行事食擬人化キャラ四名も利川宅の前でひとまずマジパン人形化したのだった。

 午後九時半ちょっと過ぎ。涼一と鈴菜が帰宅してほどなく、

『今入って来たニュースです。本日午後八時半過ぎから、大阪府豊中市内でアオダイショウや毒蜘蛛やイノシシやトラを目撃したという情報が複数寄せられました。被害の報告は今のところ入っておりませんが、近隣にお住みの方はなるべく外出を控えるようにし、もし目撃された場合は決して近づかないようにじゅうぶんご注意下さい』

 リビングのテレビからこんな緊急報道が。

「涼一と鈴菜は見かけんかったん?」

 母から問いかけられ、

「うん、見なかったよ」

「うちも全然知らへんよ」

 最も事態をよく知っている涼一と鈴菜は知らないふりをしておいたのだった。

    ☆

 午後十一時半過ぎ。

「誰かのイタズラか故障か? わずか数分間に豊中のアメダスで最高気温33.2℃、最低気温氷点下20.5℃を観測。これって絶対……」

 涼一はスマホでニュースをふと確認すると、こんな項目が目に飛び込んで来た。

「アタシとE・キャロルのせいだな。この辺り一帯一時的だけど季節感変動しちゃったみたいだね」

「あたしは今、季節感ぴったりなんだけど、フィンランド並に寒くし過ぎちゃったね」

 ハロハロとキャロルは苦笑いで気まずそうにする。

「ただ、外を歩いていた人の証言によると、一瞬だけ真夏の炎天下のような異様な暑さと、冷凍庫を開けたような寒さに見舞われたとの情報も複数寄せられたって書かれてるし。記録上はどうなるんだろうな? 間違いなく無効だと思うけど。あとこの時期に咲くはずのない藤の花が急に咲いたとか、セミの鳴き声が聞こえたとかっていう報告もあるみたい」

 涼一が微笑み顔でこのニュースの詳細を伝えると、

「アタシの影響、生き物にも出てたんだな」

「わらわも多少影響を与えてしまったみたいですね」

ハロハロと菖蒲はてへっと笑って決まり悪そうにしたのに対し、

「ワタシのは、怪しまれるほどの影響は出なかったみたいだね」

 ランタンは得意げに笑う。 

「いや、本日午後八時四〇分頃、狼男やゾンビの仮装をした複数人が、帰宅途中の女子高生四人組に向かってウォォォーッと奇声を上げながら近寄って来た。声と体格的に全員男性と思われます。彼らは散らばっていずれかに走り去りました。っていう不審者情報も出てるんだけど」

 涼一がスマホのネット画面を眺めながら伝えると、

「Oh my god!」

 ランタンはアハッと笑ってちょっぴり気まずい気分になったのだった。

         ☆

翌日、このアメダスの観測記録は当然のように無効とされることが決まった。

 利川宅の給湯器も修理され、冬至の日には問題なくゆず湯を堪能することが出来た。

「鈴菜、俺が入ってる時に全裸で入り込んでくるのいい加減やめてくれよ」

「まあええやん。今日はゆず湯やし」

「関係ないから」

浴室にて涼一と鈴菜がお互い全裸でそんな会話を交わしていたのと同じ頃。

「んー、気持ち良い♪」

 桜子も自宅のお風呂で全裸でゆず湯を満喫中。

「冬至とハロウィンはアフィニティ高いよね♪」

 ランタンは涼一の自室にて、ジャックランタンを模ったパンプキンパイを幸せそうに頬張っていたのだった。

「ランタンさん、もう三十分以上はかぼちゃ料理を食べ続けてますね」

 呆れ気味に眺める菖蒲におかまいなく。

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