第五話 感謝祭の日にお泊まりしに来たよ♪
十一月二十八日、木曜日。
豊中塚高校では期末テストまであとちょうど一週間に迫ったものの、涼一は辰夫と啓作と本屋などに寄り道してしまい夕方六時過ぎに帰宅した。自室に足を踏み入れるや否や、
「E・リョウイチ、E・オセチがチラシから取り出した新作ゲームやろうぜ」
「涼一お兄ちゃん、このゲームでいっしょに対戦しよう」
ハロハロとキャロルが懐いてくる。
「こらこら、涼一君は期末テストが間近に迫ってるのよ。あまり邪魔しないようにしましょうね」
「リョウイチくん、期末テスト頑張って。アメリカではターキーを食べる感謝祭な今日からテスト終了日まではワタシ、リョウイチくんにプレイを求めるのは控えるようにするよ」
「涼一さん、テスト勉強の邪魔になるようならば、わらわ達はマジパン人形かイラストに戻っておきますね」
「普段通りにしてくれていいよ。みんながいる方が楽しい気分になって、勉強が捗るし」
「そう言ってもらえてわらわはいと嬉しいです♪」
菖蒲が微笑み顔でこう言った直後、
ピンポーン♪ いつもの朝のように玄関チャイムが聞こえて来た。
「涼一くん、おば様。こんばんはー」
桜子がやって来たのだ。
やっぱり来たかぁー。
涼一は気まずい気分に陥る。
テスト直前になると桜子は毎回のように、テスト範囲の重要ポイントなどを教えに来てくれるのだ。中学一年一学期中間テストの頃から続けている桜子の習慣となっている。
「涼一ぃ、桜子ちゃんが来てくれたわよーっ。下りてらっしゃーい」
「はいはい」
母に叫ばれ、涼一は部屋から出た。階段を下り、玄関先へと向かっていく。
「涼一くん、今日は私、お泊りするね」
「えっ!!」
桜子からの突然の発言に、涼一は目を大きく見開く。
「涼一、よかったわね。今夜は桜子ちゃんがお勉強、付きっ切りで指導してくれるって」
母はにこやかな表情で伝えた。
「涼一くん、今夜はよろしくね♪ 外泊許可は赤阪先生に取って来たよ」
「べっ、べつに、そこまでしてくれなくても……」
涼一は困惑する。
「だって私、久し振りに涼一くんちでお泊りしたくなったんだもん。この間、英語の授業でパジャマパーティが出て来たでしょ、私もやりたいなぁって思ったの」
桜子は満面の笑みを浮かべながら言う。大きめのトートバッグも手に持っていて泊まる気満々な様子だった。
「そんな理由かぁ。泊まるのはやめて欲しいんだけど」
涼一は納得出来たが、やはり動揺していた。
「桜子ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」
母は温かく歓迎した。
「はい! お世話になりまーす。英語で言うとメイクユアセルフアットホームですね。涼一くん、あの行事食さんのマジパン人形とイラストもう一回見せてね」
桜子は靴を脱いで廊下に上がると嬉しそうに階段を駆け上がり、涼一の自室へ向かっていった。
「あっ、ちょっと待って、桜子ちゃん」
涼一は大声で叫ぶも桜子は聞く耳持たず、涼一の自室に入ってしまった。
これも毎度のことなのだ。
「どうしたの? 涼一。今回はやけに慌てて。涼一が持ってるオタクっぽい物、今さら見られたってなんともないでしょ?」
母はにやにやしながら尋ねて来た。
「確かにそうだけど……」
涼一はそう答えて、急いで二階へ駆け上がった。
自室の扉を開けると、
「私、どのキャラも好きだけどハロハロちゃんとクリスマスケーキのキャロルちゃんが特にお気に入りだよ。妹に欲しいな」
桜子は隣り合って並ぶハロハロとキャロルのマジパン人形を楽しそうに眺めていた。
よかったぁ。あの子達、ちゃんとマジパン人形に戻ってる。
涼一はホッと一安心したものの、
人間化して来ないだろうな?
すぐにこんな心配がよぎってくる。
「このマジパン人形さん、前見に来た時からけっこう時間経ってるけど、全然傷んでないね。鈴菜ちゃんの技術力と涼一くんの保存の仕方が良かったんだね。じゃ、いっしょにテスト勉強始めよう」
「わっ、分かった」
涼一が椅子に座ると、
「涼一くん、もう少し詰めてね」
椅子の僅かなスペースに、桜子も座ってこようとして来た。
「あの、桜子ちゃん。そんなに引っ付かなくても」
「でも、落ちそうだし。じゃあベッドの上でやろう」
桜子はそう言うと、涼一の腕をぐいっと引っ張った。
「わわわ」
涼一はベッドの上に座らされる。
「涼一くんのベッド、ふかふかー♪ 私、今夜は涼一くんと同じベッドで寝るね」
桜子はうつ伏せなって足をパタパタさせながら言う。
「ダッ、ダメだよ」
涼一は嫌がる素振りを見せる。
「あーん、お願ぁ~い」
「でもぉ」
「涼一ぃー、桜子ちゃん。夕飯が出来たわよーっ!」
気まずい雰囲気を打ち消すかのように、一階から母に叫ばれた。
二人がキッチンへ向かっていくと、
「今夜は桜子ちゃんの大好物よ」
母から上機嫌で伝えられた。夕飯のメインメニューはハンバーグステーキだった。
「わぁっ。とっても美味しそう♪ ありがとうございます、おば様。私、貧血で倒れて以来、緑黄色野菜を日々たくさん補おうと心がけてるんです。ハンバーグは最適ですね」
桜子は満面の笑みを浮かべる。
「涼一も未だけっこう好き嫌いが激しいのよ、ミカンとか」
「だって酸っぱいし」
「涼一くん、ビタミンCが不足して壊血病になっちゃうよ」
「俺、柑橘系やいちごは絶対好きになれないな」
涼一は苦笑いで主張し、椅子に座った。
「桜子ちゃんはここに座りなさい」
母は微笑みながら、涼一の向かい側の椅子を差した。
「はい、失礼します」
桜子は嬉しそうにその場所に座る。
そこ、母さんの席なんだけどな。
涼一はちょっぴり気まずく感じるも、ともあれ食事開始。母は普段は誰も使ってない予備の椅子に座った。
十五分ほどのち、三人が食事を終えようとしたところ、
「ただいまー」
父が帰って来た。まもなくキッチンにやってくる。
「おじゃましてます。おじ様」
「やあ桜子ちゃん、久し振りだね。ますます可愛らしくなって。涼一の嫁さんに最適だな」
「おじ様ったら」
桜子は頬をほんのり赤らめた。
「何言うんだよ、父さんは」
涼一は当然のように迷惑がる。
「ハハハ」
父は上機嫌で笑いながら、スーツから普段着に着替えるためリビングへ。
「ふふふ、涼一も照れてるわよ。桜子ちゃん、お風呂ももう沸いとるからこのあとどうぞ」
母は笑顔で伝える。
「ありがとうございます。でも、涼一くん先にどうぞ。私、夕飯のお片づけを手伝うから」
「あら悪いわね、桜子ちゃん」
「いえいえ」
「じゃあ、俺、先に入るね」
涼一は夕食を平らげるとすぐに椅子から立ち上がり、風呂場へと向かっていった。
風呂椅子に腰掛け、髪の毛をこすっている最中、
「アロ~ハ、E・リョウイチ!」
全裸のハロハロが突如彼の目の前に現れた。
「あの、ハロハロちゃん。俺の入浴中に蚊に変身して入り込んでくるのはやめようね」
涼一は優しく注意する。こういうことが度々あり、涼一はもはや驚く様子は無かった。
「生E・サクラコ、本当にかわいいね。ねえE・リョウイチ、今夜はE・サクラコとベッドの上でエッチなことするんでしょ?」
「……何言ってるんだよ。すっ、するわけないだろ、そんなこと」
にやにや顔で質問してくるハロハロ。涼一は焦り顔で即否定した。
「E・リョウイチ、つれないなぁ。普通現実世界の男にとっての女の幼馴染っていうのは、お互い仲良いのは幼少期くらいのもので、思春期を迎える頃には敬遠疎遠されるのが普通なのだ。E・リョウイチは現実世界の住人のくせにラブコメマンガやエロゲー、ラノベの設定みたいに恵まれてるんだから、E・サクラコを大切にしてあげなきゃダメだぜ」
「大切にするってそういうことじゃないだろ」
ハロハロの力説に、涼一が迷惑顔で反論していたその時、
「おじゃまするね、涼一くん」
浴室扉がガラガラッと開かれた。
「うわぁっ!」
「ひゃぅっ!!」
涼一とハロハロはびくーっと反応する。桜子が入って来たのだ。
「あれ? 女の子……」
桜子はハロハロの方に視線を向けた。
その瞬間にハロハロは蚊に姿を変え、目にも留まらぬ速さで窓から外へ逃げていった。
「ねえ、涼一くん。さっきハロハロちゃんっぽい女の子がいなかった?」
桜子はきょとんした表情で尋ねてくる。
「きっ、きっ、気のせい、気のせいだよ」
涼一が慌てて説明すると、
「……そうだよね? まあ、いいや。涼一くん。お背中流すよ」
桜子はあっという間に普段の表情へと戻った。何事も無かったかのように涼一に接する。
「あっ、あの、桜子ちゃん。せめて服を……」
涼一は桜子から目を逸らそうとする。
桜子はバスタオルを一枚、肩の辺りから膝の辺りにかけて巻いただけの姿だったのだ。
「昔はよくいっしょに入ってたんだし、そんなに気まずそうにしなくても。私、タオルでしっかり隠してるじゃない。涼一くんだって前しっかり隠してるでしょ。いっしょにプールに入ってるようなものだよ」
桜子は涼一の下半身をちらっと見て、にこやかな表情で主張した。
「そういう問題じゃないって」
それでも涼一は居た堪れなく感じていた。目のやり場にも非常に困ってしまう。
*
「どうしよう。E・サクラコにセミの成虫期間みたいな短い間だけど人間化した姿見られちゃったよ」
涼一の自室に戻ったハロハロは苦笑いで四人に報告した。
「あらら」
「ハロハロお姉ちゃん、間に合わなかったんだね」
ランタンとキャロルはハハッと笑う。
「その後は、何事も無かったかのように普通に接してるけど」
御節はモニター画面に入浴中の桜子と涼一の様子を映した。
「幸いなことに桜子さんは、お部屋の様子を見る限りメルヘンチックなお方でしょうから、わらわ達の人間化した姿が見られても全く問題ないかもです」
菖蒲は冷静に分析する。
「それじゃあさ……」
ハロハロはあることを提案した。
それから少し時間が経過した浴室内。
「涼一くん、三学期からの持久走、男子は一回の授業で五キロも走らなきゃいけないのは大変だよね。涼一くん、やっていけそう?」
桜子は湯船に体育座りをしてくつろぎながら、向かい合う涼一に嬉しそうに話しかけてくる。
「まあ、なんとか。サッカーとかバレーとかの集団競技より楽だろうし。じゃあ、俺、もう出るね」
「涼一くん、もう出るの? 早過ぎだよ」
桜子は困惑顔で注意した。涼一はハロハロが姿を消してからすぐに逃げ出そうとしたのだが、桜子に捕まえられ、背中を洗われさらに湯船にも力ずくで入れられてしまったのだ。彼は嬉しいという気持ち以上に恥ずかしいという気持ちの方が遥かに凌駕していた。
「やっほー♪ 涼一お兄さん。桜子お姉さんも来てるんでしょ?」
そこへつい数分前に帰宅した鈴菜もすっぽんぽんで乱入してくる。
「あのっ、鈴菜ちゃん、素っ裸はダメだよ。気遣いが足りてないよ。鈴菜ちゃんももう大人の女の子の体になりかけてるんだから。せめてタオルは巻いてあげてね」
「あぁんっ! もう、桜子お姉さん大胆だね」
桜子は慌てて湯船から飛び出し、鈴菜のおっぱいを両手でぎゅぅーっと押さえ付け壁際に押し込む。
「桜子ちゃんも気遣い足りてないと思うけど」
涼一は困惑顔で主張しながら湯船から出て、桜子の背後を素早く通り過ぎ脱衣場へと逃げて行った。
「桜子お姉さん、涼一お兄さん見栄張って逃げてっちゃったし、タオル外しちゃいなよ」
「そうだね。外しちゃおっと♪」
「おう、桜子お姉さん、いいヌード♪ めっちゃデッサンしたい。ますます成長したね」
「鈴菜ちゃん、そんなに見つめられると恥ずかしいよ」
「ごめん、ごめん。おっぱい、触っていいかな?」
「それは、ちょっと……でも、私も鈴菜ちゃんのおっぱいしっかり触っちゃったし、ちょっとだけなら、いいよ」
「サーンキュ♪」
「ひゃぅっ! 鈴菜ちゃん、優し過ぎてかえってくすぐったいよ」
「めっちゃ触り心地ええ♪ もっと欲を言えばお顔埋めて吸い付きたぁい」
「それは、さすがにダメだよ」
「冗談、冗談」
こんな会話が聞こえて来て、
鈴菜、桜子ちゃんに猥褻行為はやめろよ。
涼一はついつい耳をそばだててしまう。罪悪感に駆られた彼は籠に置かれてあった鈴菜の薄ピンク系統の下着類はもちろん、桜子の白系統の下着類からも目を背けてバスタオルで体を拭き、急いでパジャマに着替え、リビングへやって来ると、
「あら涼一、十分ちょっとで出てくるなんて烏の行水ね」
母から微笑み顔で突っ込まれた。
「だって母さん、桜子ちゃんと鈴菜が……」
「涼一ったら、小学四年生頃までは鈴菜や桜子ちゃんとよくいっしょに入ってたくせに」
かなり気まずそうな涼一を眺め、母はくすくすと笑う。
「大昔の話だろ」
涼一は当然のように不愉快になった。
「桜子ちゃんが昔みたいにいっしょに入りたいって言ってたから、入ったらって言ったのよ。そしたら桜子ちゃん嬉しそうに走っていって」
「母さん、その時引き止めてくれよ」
「どうして? べつにええやない。幼馴染同士なんだし」
涼一と母とでそんな会話をしていた時、
「鈴菜ちゃんともいっしょに入れて私のお風呂タイムはいつも以上に楽しめました♪」
「うちも久し振りに桜子お姉さんと裸の付き合い出来てめっちゃ嬉しかったわ~」
桜子と鈴菜も上がってリビングへやって来た。
「俺はとても疲れたよ」
涼一はげんなりとした表情だ。
「それじゃ涼一くん、お部屋に戻ってテスト勉強の続きやろう」
「うっ、うん」
「二人とも頑張ってね」
鈴菜に見送られ、涼一が前、桜子が後ろを歩いて二階へ上がっていき、
「E・リョウイチ」
「うわぉっ!」
部屋に入った瞬間、涼一は思わず仰け反った。
ハロハロだけでなく五人全員、人間化していたのだ。
「ちょっ、ちょっと、あっ、あの」
「あらま、あのマジパン人形にそっくりな女の子がいっぱいいるね。美味しそうな香りもしてる」
慌てる涼一をよそに、桜子は素の表情で的確に突っ込んだ。
「いと愛らしきお顔の桜子さん、初めまして。わらわは女の子ですが端午の節句のちまきな御所粽菖蒲です」
「あたし、クリスマスケーキのキャロルだよ」
「アイアムランタン。ハロウィンのかぼちゃポタージュだよ」
「新玉御節、おせち料理よ」
「フィリピン発祥でハワイや日本でもお馴染みのデザート、ハロハロなのだ」
行事食擬人化キャラ達は陽気な声で、桜子にごく普通に自己紹介した。
「あっ、あっ、あの……」
涼一はかなり焦る。
「はじめまして、行事食の擬人化さん。私、光久桜子です」
桜子は爽やか笑顔でそう言って、ぺこんと頭を下げた。
「アタシ達は、E・スズナ作のマジパン人形が人間化したものなのだ。二次元イラストにも姿を変えることが出来るぜ。さらに普通のマジパン人形みたいに、時間が経つと傷んでくることもないのだ」
ハロハロは自慢げに伝える。
「それはすごいですねぇ!」
すると桜子は目をきらきら輝かせ、五人のすぐ側へぴょこぴょこ歩み寄る。
「さっ、桜子ちゃん、この子達のこと、不思議に、思わないの?」
涼一は驚き顔で問いかけた。
「さすがにちょっとびっくりはしたよ。でも、飛び出す絵本や喋るぬいぐるみの進化版だって考えれば、そんなに不思議には思わなかったよ」
桜子はとても嬉しそうに言う。
「そっ、そう?」
涼一はかなりホッとした。
「紙の絵にこんな技術を組み込むなんて、鈴菜ちゃんは超天才だね」
桜子の鈴菜に対する尊敬度はますます上がったようだ。
「ハロハロさん、桜子さんにあのことを謝っておきなさい」
菖蒲は困惑顔で命令する。
「うっ、うん」
「えっ!? ハロハロちゃん私に何か悪いことしたっけ?」
桜子はきょとんとなった。
「アタシ、E・サクラコんちのお部屋に無断で忍び込んで、下着を何枚か盗みましたのだ。エ カラ マイ」
ハロハロは土下座姿勢になりハワイ語で謝罪の言葉を述べた。
「なぁんだ。そんなことか。いいの、いいの、私、全然気にしてないよ」
桜子は爽やかな表情で言う。
「マハロ。E・サクラコ」
桜子の寛容さに、ハロハロは再度深々と頭を下げ感謝の意を表した。
その直後に、
「桜子お姉さん、涼一お兄さん。勉強頑張ってるとこ悪いけどちょっとの時間失礼するね」
ガチャリと扉が開かれ、鈴菜が入り込んで来てしまった。ランタン達は目にも留まらぬ速さでマジパン人形に戻って鈴菜の目には一切映らず。
「鈴菜、いつも言ってるけどノックくらいしろよ」
涼一は迷惑そうに言う。
「まあいいじゃん。ところで桜子お姉さん、さっきお風呂入った時から思ってたんだけど、最近ムダ毛処理怠ってるでしょ?」
鈴菜に顔を近づけられ問い詰められ、
「うん、夏からほったらかしだな。今年の初プールの授業の前にお友達からわき毛と腕毛と脛毛、絶対剃った方がいいよって言われて剃刀で剃って、それ以来剃ってないな。面倒くさくって。特に気にもならなかったし」
桜子はほんわか顔で伝える。
「ダメじゃない。そんな女子力下げるようなことしちゃ。女子高生なんだから身だしなみに常に気遣わなきゃ。冬でも。桜子お姉さんにお仕置きが必要だね。剃ってあげるよ」
鈴菜はにやりと笑う。
「私、剃らなきゃいけないほど生えてるかなぁ?」
桜子は苦笑いを浮かべ、自分の腕や脛を確かめてみる。
「目立つくらい生えてる生えてる。剃った方が絶対いいって」
「それじゃ、剃っていいよ」
「サンキュ♪ じゃ~ん、女子力を高める剃毛セットだよ」
鈴菜はひまわり柄の可愛らしいマイポーチから除毛クリーム、刷毛、はさみ、シェーバー、毛抜き、ローションを取り出した。
「本格的だね」
桜子は深く感心しているようだった。
「ムダ毛は女子の大敵だから、本格的にやらなきゃダメっしょ♪ 涼一お兄さん、ちょっと今から桜子お姉さんの恥ずかしいところのムダ毛処理するから、涼一お兄さんは見ないようにしてあげてね」
「わざわざ俺の部屋でやらなくても、鈴菜の部屋でやればいいだろ」
涼一は意識を逸らそうと机に向かい、テスト範囲内の数学の問題を解き始める。
「悪いんだけど……鈴菜ちゃんのお部屋は、落ち着かないので」
桜子は苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに言う。
「それもそうか。確かにあの部屋は桜子ちゃんには刺激がきつ過ぎる。ここ最近はますますコミケ会場化してるし」
「うちもそう思ったから、涼一お兄さんのお部屋で桜子お姉さんに剃毛プレイすることにしたんよ。それじゃ桜子お姉さん、下着姿になってベッドに腰掛けてね」
「はい」
鈴菜からお願いされると、桜子は躊躇なくパジャマの上下を脱いでブラとショーツの下着姿になり、涼一が使っているベッドに上がったのち体育座りの姿勢になった。
鈴菜もベッドの上に上がる。
「あの、桜子ちゃん、俺がいるのに本当に下着姿になったのかよ?」
涼一は演習問題を解きながら困惑気味に問いかける。
「うん、私、涼一くんは覗いて来ないって信用してるし」
桜子は満面の笑みを浮かべてきっぱりと言った。
「さすが涼一お兄さん、信頼されてるね」
鈴菜は感心気味に微笑み、
「桜子お姉さん、うなじと背中から剃ってくね。ブラも取って」
こんな指示を出すと、
「分かった」
桜子は躊躇いなく薄ピンク色のブラを外しておっぱい丸見せに。
「ほなまずはこれ塗るね」
鈴菜は最初に桜子のうなじから背中にかけて除毛クリームを塗っていく。
スポンジケーキに生クリームを塗ってるみたーい。あたしもやりたいなぁ。
その様子はマジパン人形姿なキャロルから楽しそうに観察されていた。
「じゃあ剃るよ」
鈴菜は指定範囲を塗り終えると専用の刷毛を手に取り、浮かび上がった産毛を優しく取り除いてあげる。
「あっんっ、くすぐったい」
「それは我慢して下さい」
「うん、ごめんね」
除毛後は、アフターケアのローションを塗ってもらい、桜子はブラを付ける。
「次はおへそ周り剃るね。仰向けに寝転がって」
「うん」
桜子は体育座りからぺたんと仰向けになった。
「じゃあ剃るね」
「んっ、気持ちいい♪」
「はい、終わったよ。今度は腿毛と脛毛剃るね」
鈴菜は続いて桜子の両足に除毛クリームを塗って、薄っすら生えていた太ももの毛と脛毛を刷毛で取り除いていく。
「鈴菜ちゃん、剃るの上手だね」
「ありがとう。だてにうち、友達から剃毛の達人って言われてへんからね。内側も剃るからうつ伏せになってね」
「うん」
桜子は言われた通りの姿勢へ。太ももと脛の内側のムダ毛もきれいに剃ってもらい、
「ふくらはぎ、揉んであげるね」
「ありがとう鈴菜ちゃん、んっ、気持ちいい♪」
ローションを塗ってもらうさいにマッサージもしてもらい、桜子は恍惚の表情だ。
「次はわき毛剃るよ。腕上げてね」
「うん」
再び体育座りの姿勢になったのち両手を天井に向けて伸ばした桜子、ここも同じように剃ってもらう。
「んっ、ちょっとくすぐったい」
「桜子お姉さん、動かないで下さい。危ないので」
「ごめん、ごめん」
「はい、きれいに剃れたよ。ローション塗るね」
「ありがとう。んっ♪」
続いて腕毛も剃ってもらいローションを塗ってもらっている最中に、
「桜子お姉さん、アンダーヘアもけっこう広範囲に生えてたし、ちょっとだけ剃っておこう。そのままだとビキニならはみ出ちゃう危険性大だし。ちょっとパンツずらすね」
鈴菜からこんなお願いをされると、
「えっ! そこも剃るの?」
桜子はピクッと反応する。
「うん、その方が絶対いいよ。うちも定期的にちょっと剃ってるし」
鈴菜はにっこり微笑みかけた。
「なんかそこ剃られるのは恥ずかしいな。私今までそこは剃ったことないよ」
「すぐに済ますよ」
「でも、ちょっと……」
「狭い範囲に薄っすら生えてる程度に整えた方がいいと思うよ」
「でっ、では、お願いするね」
桜子は仰向けに寝ると、照れくさがりながら緊張気味にショーツを自分で膝の辺りまでずらした。桜子のぷりんっとしたお尻がじかに涼一の敷布団に触れる。
「それじゃ、クリーム塗るね」
鈴菜は除毛クリームを塗った刷毛を、桜子の露になった恥部に近づける。
「あっ、ちょっと待って。やっぱり剃るのはやめて。あとでチクチクして来そう」
桜子は頬をポッと赤らめた。
「それじゃ、カットして短めにしとくよ」
「それでお願いするよ」
「了解。ほな、カットするね」
「はい」
そんな声とチョキチョキチョキッとはさみの音がしっかり聞こえて来て、
俺はべつに桜子ちゃんのムダ毛は全然気にならないけどな。
涼一はちょっと見てみたいと思ってしまったが、数学の演習問題に集中。
この行為はいただけねえな。熱帯雨林の破壊に通じるものがあるぜ。
ハロハロはマジパン人形姿のままばっちり観察していた。
「はい、ムダ毛処理完了したよ」
「鈴菜ちゃん、ありがとう」
桜子は照れ顔でお礼を言ってショーツを元の位置に戻す。
「どういたしまして」
鈴菜は嬉しそうに微笑んだ。
「涼一くん、見て。私の腕と脛、きれいになったでしょ?」
桜子は服を着込んだあと、涼一に剃った部分を見せてあげた。
「いや、分からないな。桜子ちゃんの肌なんか普段よく見てないし」
涼一は困惑気味に伝える。
「あらら」
桜子はちょっぴり拍子抜けしたようだ。
「涼一お兄さん、これからは桜子お姉さんのお肌、もっとよく観察してあげて。桜子お姉さんがムダ毛処理怠らへんように」
「べつにそんなことしなくても……」
涼一は迷惑そうに主張する。
「涼一くんにじっくり見られちゃうのはなんか恥ずかしいな」
桜子は照れくさそうに、てへっと笑った。
「ほな二人とも、テスト勉強頑張ってね。うちもお小遣いアップのために最高順位更新目指して頑張るから。エッチはまだ高校生なんやからしちゃダメだよ」
鈴菜はにやけ顔でそう言い残し、桜子のムダ毛を包んだティッシュも持ってこの部屋から出て行った。
「邪魔だから二度と入ってくるなよ」
涼一は不愉快そうな顔でこう注意しておく。
「それじゃ、勉強再開しよっか?」
桜子はちょっぴり頬が赤らんでいた。
「そうだね」
桜子ちゃんのムダ毛、鈴菜におい嗅いだり口に入れたりして変態行為に使わないか心配だな。実際やりかねないし。まあ俺の部屋のごみ箱に捨てられても困るんだけど。
涼一がそう思っていると、
「一応戻っておいたぜ。E・スズナ作者だから人間の姿で見られてもいいとは思ったけど」
「わらわも、鈴菜さんにもわらわ達の人間化した姿を見られてしまっても良かったのではないかとも思いました」
「あたしもそう思ったぁ」
「ワタシもだよ」
「わたくしも同意よ。途中で出ようかと思ったわ」
ハロハロを先頭に、他の四名も次々と人間化して来た。
「私も鈴菜ちゃんにも見られてもいいと思う。むしろその方がいいんじゃないかな?」
「俺もそうも思うけど、とりあえず今はナイショにしておこう」
その後も行事食擬人化キャラ達の人間化した姿は鈴菜に見られることなく、涼一と桜子はテスト勉強に励み、ランタン達は迷惑にならないよう静かに涼一所有のマンガやラノベを読んだり、携帯型ゲームなどで遊んだりして過ごすことが出来、あっという間にまもなく日付が変わる頃になった。
「涼一お兄ちゃん、桜子お姉ちゃん、ヒュヴァーウオタ」
「アロハ ポ。E・リョウイチ、E・サクラコ。二人で真夏のように熱い夜を楽しんでね」
「グッナイ、See you again.サクラコちゃん」
「涼一君、桜子ちゃん、おやすみなさい」
「お二人とも、寝冷えしないように気をつけて下さいね」
行事食擬人化キャラ達は就寝前の挨拶をして、ランタンは自分用の設定資料集に飛び込み、他の四人はマジパン人形に戻った。
「おやすみーっ。出会えて嬉しかったよ。涼一くん、とっても素敵で美味しそうな行事食さん達だね」
桜子は全く不思議がることなくその様子を眺めていた。
「あの、桜子ちゃん。あの子達の存在は、他のみんなには絶対ナイショにしてね」
「もちろんだよ。二人だけの秘密にしようね」
桜子がこう言ってくれて、涼一はホッとする。
「桜子ちゃん、もう一つお願いがあるんだけど、俺と同じ布団で寝るのは、やめて欲しいなぁ。出来れば母さんの寝室で」
「それは嫌だよ。私、涼一くんと同じお布団で寝るぅ!」
この要求は、桜子は受け入れてくれなかった。涼一は当然のように困惑してしまう。
「じゃあ俺は、床で」
「ダメだよ。そんな所で寝たら絶対風邪引いちゃうよ。いっしょに寝るのは私と涼一くんだけじゃないよ。この子もいっしょだよ」
桜子はほんわか顔でそう伝えると、
「じゃーん、これ見て。涼一くんにこの間取ってもらったナマちゃん。川の字に寝よう」
トートバッグからそれを取り出し、敷き布団の上に置く。
「……」
涼一は困惑顔を浮かべながらも、ないよりはマシかなっと思った。
「涼一くんも早く寝よう。夜更かしは体に毒だよ」
桜子はおかまいなく、いつも涼一が使っている冬蒲団に潜り込む。
「わっ、分かった」
涼一はそれからすぐに電気を消して、ゆっくりとした動作で慎重に同じお布団に潜り込んだ。
「おやすみ涼一くん」
「……おやすみ」
そんな会話を交わしてから二分も経たないうちに、桜子の寝息が聞こえて来た。
「……眠れない」
涼一は極度の緊張で目が冴えてしまっていた。
それから三〇分くらい経っても、状況は変わらず。
間にあのナマケモノのぬいぐるみがあったため、体が引っ付き合うことは避ける事が出来たのだが、それでもやはり気になってしまう。
「E・リョウイチ、今、E・サクラコと交尾する絶好のチャンスだぜ」
「うわっ!」
ハロハロが突然目の前に現れ、涼一はびくーっと反応した。
「E・サクラコの寝顔、とってもかわいいでしょ?」
「たっ、確かにかわいいけど」
涼一は桜子の寝顔をちらっと覗いてしまった。
「まず手始めに服を捲りあげて、ブラジャー外しておっぱいじかに触っちゃえ」
「そんなこと、出来るわけないだろ」
「E・リョウイチ、そんなんじゃ子孫残せないぜ」
「あの、ハロハロちゃん、めっちゃ蒸し暑くなって来たから早く戻って」
「E・リョウイチ、見ろ。好都合だぜ。E・サクラコさっき寝返りながら布団退けて、おへそ丸出しになったぜ。アタシがもっと室温と湿度上げて熱帯夜状態にすればE・サクラコはきっと無意識のうちにパジャマを脱いで下着だけに。もっと上手くいけば全裸になるぜ」
ハロハロはわくわく気分で呟く。
「それ非常に困るから」
涼一は迷惑していたが、ついつい桜子のおへそをちらっと見てしまった。
「ハロハロちゃん!」
「あいたぁ!」
突然、御節に背後から羽子板でパコンッと頭を叩かれた。
「ごめんね涼一君。ハロハロちゃんがご迷惑かけて。すぐに引き戻すから」
「あーん、E・オセチ。もう少しだけぇ~」
「ダメよ、涼一君困ってるでしょ」
「やっ、やめてぇぇぇ~」
御節は嫌がるハロハロを、自分のものと同じおせち料理の設定資料集に押し込めた。室温は一気に15℃以上下がる。
「それじゃ、おやすみ涼一君。ハロハロちゃんのことならもう心配ないわ。自分用の設定資料集以外からは、自ら脱出も侵入も出来ないからね」
御節はにこにこ顔で伝え、おせち料理の設定資料集に飛び込んだ。
「あっ、ど、どうも」
そんな仕様もあったのか。よかった。
涼一はこれで一安心する。
布団に潜り込もうとしたら、
「あの、涼一君」
「うわっ!」
再び御節が飛び出して来た。涼一は少しだけ驚く。
「早くともお互い高校卒業、出来れば結婚するまでは桜子ちゃんと健全なお付き合いをしなきゃダメよ」
御節はウィンクして、再び設定資料集に飛び込んだ。
……鈴菜と同じこと言ってる。
涼一は呆れ顔を浮かべる。彼は再び布団に潜り込んだが、やはり桜子がすぐ隣で眠っていることもあって、なかなか寝付けなかった。
涼一がようやく眠り付いたあと、
「サクラコちゃんの生き血もすごく美味しそうだよ♪ また貧血にならないようにちょっとだけにするから許してね」
ランタンが吸血鬼の仮装をして飛び出て来て、ぐっすり眠る桜子の首筋にカプリと噛み付こうとして来たが、
「ランタンさーん、いけませんよ。トマトジュースで我慢しましょうね」
「アイムソーリー」
音もなく人間化した菖蒲に爽やか笑顔で弓矢を向けられ、あえなく諦めて自分用の設定資料集に戻っていく。
「わらわもい草で縛りたい本能を抑えているのですから」
そのあと菖蒲は悶々とした表情で桜子と涼一の寝顔を十秒ほど覗いて、マジパン人形に戻ったのだった。
☆
朝、七時四〇分頃。
桜子ちゃん、いないな。
涼一が目を覚ました頃には、すでに桜子の姿は無かった。涼一はいつも通り制服に着替え、一階ダイニングへと向かっていく。
「おはよう」
「おはよう涼一くん」
「おっはよう涼一お兄さん、今朝の朝食、桜子お姉さんも手伝ってくれたよ」
「そうなんだ」
桜子もすでに制服に着替え終えていた。制服は持って来てなかったので、一旦家に戻ったらしい。
「私は卵焼きを作ったよ。食べてみて」
「美味そうだ」
涼一は椅子に座ると、最初に卵焼きに箸をつけた。
「けっこう、甘いね。これもまた美味いよ」
いつもの塩味とは違い、お砂糖いっぱいだった。
「ありがとう。嬉しいな♪」
桜子は満面の笑みを浮かべる。彼女は甘党なのだ。
涼一も、甘いものもけっこう好きである。
今日以降も、桜子はあの子達といるとお料理の香りに癒されて、すごく幸せな気分になって頭が冴えて勉強が捗るからと、毎日のように涼一のお部屋を訪れて来て、さすがに毎日お世話になるのは悪いからと食事とお風呂は一旦おウチに帰って済ませて来て、夜も二時間程度、涼一といっしょにテスト勉強をして過ごしたのだった。
息抜きにと、キャロル達とテレビゲームなどで遊んであげる時間も少し作りつつ。
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