第3章

第11話 夢と現の狭間で……①

 世界の中心は、ビルが等間隔に建ち並ぶ、過密集合型未来都市として華やかに機能していた。

 夢とうつつが混在する『夢現狭むげんきょう』。そこに住まう人々は、旧文明で富を得た、有能な貴族、投資家、スポーツ選手など、とにかく金だけは有り余る裕福な民の末裔によって、統治されていた。

 この街はヴァーチャル=ネストと呼ばれるシステムによって管理され、統治者と呼ばれる存在によって監督されていた。

 仮想現実ユビキタスによって日常生活は過剰に彩られ、生活の利便性も向上していた。電気や水道、各種ネットワークサービスに至るまで、資源を消費する事柄を全て網羅していた。

 その恩恵を余すこと無く受けることができたのは、全人口のほんの一握りである。

 残りの住民は、自らの精神情報アイドスをヴァーチャル=ネストに提供する、貢物としての役目を背負う。この街を形成するシステムの根源、エネルギーは、そのほとんどが生きた人間の魂で構築される。

 すなわち、個人の持つ精神情報は拡散し、共有され、街の財産となるのだ。

 それが終末を迎えたこの世界の普遍だ。生身の人間が生活の土台となり、使い捨てとなろうとも、もはや誰も文句など垂れず、ただただその歯車としての役割を受け入れるしかない。魂が一つに共有され、紐付けされているということは、人類という種の延命に繋がるのだから。

 それでも、その世界の新たな枠組みにすら組み込まれない、哀れな者たちもいた。

 それはローカルチャイルドと呼ばれている、市民IDが剥奪された孤児である。

 蟲遣いグリッチャーもまた、その一人だった。


「……」


 蟲遣いは自分の足元をおぼろげに見つめた。

 そこには地面を這って餌を探す便所コオロギの姿があった。触覚を地面に突き立てて、意地汚く汚水を啜るその生き様は、嫌悪感を抱くには十分だ。

 右を見れば、ゴミ袋が積まれた収集カゴが一つ。その生ゴミには小汚いウジ虫が湧いていて、ベタついた油汚れに塗れていた。

 その時も、ちょうど周りはこんな感じで薄汚れた環境であったと記憶している。コオロギもウジ虫も、周りにはたくさんいて、自分もその害虫がいちゅうの一部なのではないかと錯覚していた。

 蟲遣いは、堕落街だらくがいの隅にある、有機ゴミ処理所の出身である。

 生まれた頃から自らの精神情報がバグっていた蟲遣いは、物心つく前に親に捨てられ、孤独に生きてきた。毎日毎日、誰かが捨てた残飯をゴミ山から漁って、その日を無意味に生きながらえていた。

 希望など無かった。

 生きる目的も無かった。

 だからこそ蟲遣いは、自分が脆弱な人間だと悟っていた。

 自分は有害だ。見つかれば丸めた新聞紙で叩き潰されるような、人類の敵だ。そう考えて、華やかな世界の真裏で、怯えながら息を潜めていたのだ。

 今思えば、蟲遣いのストレス=アビリティであるも、その時の劣悪な環境に触発されたものなのだろう。記憶に蓄積された苦い思い出こそが、過度な拒絶反応を引き起こし、ストレス=アビリティを発現させるからだ。

 その神の戯れにも似たプレゼントには感謝している。その特殊能力のおかげで、結果的にはこうして生き残る術を持って逞しく戦っていられる。

 だが、ヴィジュアルハッカーになってからも、生きる意味は見出せないままだった。

 結局、今も昔もやっていることは一緒だ。

 残飯を貪り。人目の届かない影の底に縮こまり。一人ぼっちの醜い生き方。

 それが蟲遣いにとっての大きなコンプレックスだった。


「……くそが。そんなことを考えてどうなるってんだ。けっ!」


 足元には水たまりが一つあり、自分の汚らしい姿が映り込んでいる。

 人の姿はしていない。触覚が生え、大きな複眼を持った、気持ち悪い害虫の姿だった。


「俺は一体、何をするために生まれてきたんだ……。わからない……」


 解答は得られないから、いつも蟲遣いはその問題をうやむやにする。そうやって、今まで夢と現に背いて、どっちつかずに生きてきた。そう、これからもずっと、最期には誰にも看取られずに死んでいく、そう考えて挫折してきた。

 けれども――。

 その日を境に、蟲遣いは生きる意味を見つけようと歩き出した。

 それは、世界を救うために戦う、一縷の希望としてだ。

 救世主の真似事なんてまっぴらごめんだと嘲笑っていたが、それでも蟲遣いはようやっと、長く暗いトンネルの出口を見つけることができたのだ。

 その目標。

 つまりはを与えてくれたのは、一人の少女――。

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