第3話 致命的な脆弱性②

 蟲遣いグリッチャーは、夜の帳が下りた堕落街をトボトボと歩いていた。

 夜空には仮想現実によって彩られた天の川が鮮明に流れている。そこでは織姫と彦星がイチャイチャと身体を寄せ合い、ピロートークを交わしていた。欠けたお月様はゲラゲラと下品に笑い、その上でウサギが餅をついている。

 おとぎ話のような夜空の下では、過剰なまでにネオンを発光させる街がある。その光に吸い寄せられるようにして、まだ元気な若者たちはワイワイ、ガヤガヤと、たむろしている。

 まるで短い人生を悟っているかのように、若者たちはデータとプログラムで装飾された街、この堕落街と呼ばれる籠の中で、遊び、呆けて、その一瞬を愉しく生きることに必死だった。


「この街を歩いていると、目と耳が奥の奥から痛くなってくるぜ」


 蟲遣いはうるさいだけの堕落街中心部を拔けて、薄暗い路地裏へと入っていった。

 狭い道。汚れた道。錆のこびりついたパイプだらけの道を辿っていくと、そこには『シネマ・ザ・ホームラン』と看板に書かれた、一件の雑居ビルがあった。その看板は数十度傾いていて、文字はくすんでいる。今にも倒壊しそうなボロい映画館だ。

 蟲遣いは雑居ビルに入っていく。

 チケットを買って、小汚い子供のアルバイト店員に半券を渡して、そして巨大なスクリーンが設置された館内へと立ち入り、スポンジがゴワゴワに硬くなった椅子に腰を降ろした。

 他に客はいない。館内は今宵も、蟲遣いの貸し切り状態だった。


「ふぅ……ここはいつだって静かでいい」


 蟲遣いの一日は、いつもこの場所で密かに終わる。

 生きる意味も死ぬ意味も曖昧に共有された不可思議な仮想現実に浸される中で、唯一自分のバグったココロを清浄できるのは、この馴染みの映画館だけだった。


「この閉鎖的な静けさが、落ち着くぜ……」


 蟲遣いは背筋を伸ばしながら、仮想現実が及んでいない館内でくつろぐ。

 この場所は素晴らしい。まだ人が不便ながらも活発に生きていた頃の名残がある。

 デジタルに呑み込まれた世界よりは、アナログに奔走する世界のほうがずっとマシだ。


「さてと……」


 本来なら、後はいつものように20世紀初頭の古い映画を観ながら、まぶたが落ちるまで夜の一時を過ごすのが日課だったが、今日は一つだけ小さな仕事が残っていた。


「先生から譲り受けた箱……。中身は害蟲という話だったが……」


 蟲遣いは指を動かし、ネイル端末を起動させる。

 仮想現実を能動的に利用するためには、ネイル(Network and Information Line 略してNaIL=ネイル)と呼ばれる、爪に模した端末装置を装着し、使用しなければならない。


「一体どんな害蟲なのか、お前らも気になるだろう?」


 蟲遣いは小指から順番に指を開き、フォルダの中で待機させていた害蟲を解放してやる。

 害蟲は羽音を鳴らして、次々と館内へ飛び散っていく。

 そのうちの一匹、フンコロガシ型の害蟲は、嬉しそうに頭を左右に揺らしながら音符混じりの鼻歌を奏でていた。さも、「仲間が増える♪」そう言いたげに喜んでいるかのようだった。


「よう、フンコロガシ。今日も調子が良さそうだな」

「アイアイサー♪ ウニュウニュホー♪」

「そうか、そうか。何を言ってるんだかさっぱりだが、元気なのは良いことだ」

 

 蟲遣いはフンコロガシの頭をコチョコチョとくすぐり、可愛がる。

 余談だが、このフンコロガシは蟲遣いのお気に入りである。

 ヴァーチャル=ネストがはからずも生み出した謎の仮想生物である害蟲は、例外なく人から気味悪がられる姿をしているものだが、このフンコロガシには多少なりとも意志があって愛嬌がある。お喋りはできないものの、笑顔を振りまいたり、怒ってぶんぶくれたりと、まるで妖精のような突飛な行動で、蟲遣いを楽しませてくれるのだ。


「さてと、どんな醜い害蟲が現れるか……」


 蟲遣いは箱を丁寧に開封しはじめた。先生の特殊能力によって隔離されていたその害蟲は、圧縮されていたデータを膨張させ、真の姿へと解凍されていく――。

 ――いつもなら、その予定だった。


「……な、なんだ?」


 データの解凍が進むうちに、箱から白い煙が漏れてくる。

 何かの演出か? まさか玉手箱? 蟲遣いはそう思った。先生は人を小馬鹿にするおちゃらけた性格なので、ジョークソフトを混入させたのかもしれない。

 蟲遣いがドッキリに身構えていれば、

 そして、聞こえてきたのだ。


「ふわぁ~……」


 その気の抜けた炭酸のような声に、蟲遣いは首を傾げる。

 それはいつもの害蟲の鳴く音ではない。「ギギギギ」とか、「ジジジジ」とか、羽を交互にコスり合わせる不協和音ではなかったのだ。

 次第に煙が晴れていく。

 そして不鮮明だった輪郭もハッキリと見えてきたところで、


「……んなッ!」


 蟲遣いもまた、気の抜けた声を出してしまった。

 その害蟲は、黒い外骨格で武装したゴキブリの姿……ではなく。

 胸から八本の足が生えたクモの姿……でもなく。

 けれど、二本のしっかりとした触覚がピョコンと頭から生えていて。肌はきめ細かくスベスベとしていて。黒く伸びた流麗な髪が背中まで落ちていて。手も足も、きちんと二本ずつ生えていて。しかも白いワンピースのような服すら着飾っているではないか。

 予想とは真逆。

 すなわちのような姿の何かが目の前に現れ、蟲遣いの膝の上にちょこんと跨ったのである。


「……うーん? あれれー? ここはどこですー? ですですー?」


 きょろきょろと忙しなく辺りを見回す幼女。膝の上で腰をひねるたびに、一枚だけ纏っている薄い生地の下から、太腿の暖かさが伝わってくる。


「ここはどこ? ここはどこ? ここは……男の人の膝の上です……?」


 と、狼狽ろうばいしている幼女の瞳に、蟲遣いの硬直した顔が映った。

 数秒間、まるで赤ん坊が初めて見た父親を眺めるかのように、幼女はその大きな瞳で、蟲遣いをまじまじと凝視した。

 じっーっと。ただただ、じーっと。

 そして、衝撃の一言。


「お兄さん、ロリコン!?」

「違う」


 即座に否定した。


「でもお兄さんは、今あたしを抱っこしています。自分の膝の上に乗っけて、あたしのことを『かわいいなぁ』って緩んだ眼で愛でています。それって、あたしを食べちゃおうと、企んでるからでは? もちろん性犯罪的な、狼さん的な意味でです」

「……企んでない。かわいいな、だなんて思ってもいない」


 実のところ『かわいい』という第一印象はあったが、その心境に対して『食べちゃいたい』だなんて危険なフェチズムには結びついていない。断じて。


「じゃあ、どうしてあたし、お兄さんの膝の上にいるですー? 犯罪ですこれ!」

「今、いきなりお前が現れたからだ。俺も今、面食らって混乱してる最中だぞ」

「あう……。許してください……どうか乱暴はしないでくださいロリコンさん……。お金なら払いますから……。はい、なけなしの銅貨一枚です……これで……」

「だからロリコンじゃない、つってんだろうがっ! 恐喝する気もない!」


 どうしてこうなった。蟲遣いは、もう一度冷静に考える。

 先生から譲ってもらった箱。その中身は害蟲だという話だった。もちろん害蟲なのだから、例外なく怪物じみた姿をしているはずだが。しかしいざ開けてみたら、中身は小動物ような所作をみせる口の達者な幼女だった。

 事実を羅列しても意味がわからない。答えなど導きだせるはずもなく。


「とにかくお前、膝から降りろ」


 蟲遣いはビクビクと震える幼女の身体を抱えると、隣の席へよいしょと移動させた。

 幼女は椅子の上で体育座りし、頭から生える触覚をちくちくと動かして怯えている。そのチョウチョのような触覚はなんだろう。流行りのファッションだろうか。

 ほどなくして、幼女は恐る恐ると訊いてきた。


「お兄さんロリコンじゃないのです? だとしたら何者です?」

「ああ……そうだな。えっと、俺は――」


 蟲遣いにも一応は本名がある。しかし多くのヴィジュアルハッカーは、自らの個人情報を晒すことを極端に嫌う。名前一つにしても、素性から戸籍データを抽出し、ハッキングの足がかりにされかねないからだ。

 なので、裏の名を騙ることにした。


「――俺は、蟲遣いグリッチャーだ。親しい者からは、そう呼ばれている」

「ぐりっちゃー? えぇ何それ変な名前……よりいっそうに変質者っぽいです……」

「ほっとけ。俺だってこのハンドルネームは恥ずかしいんだ。でも仕方ないだろ。バグを不正に利用する者、それがグリッチャーなんだと。確か、旧世代のビデオゲームかなんかで使われていたネットスラングらしいが、詳しいことは知らん」

「ぐりっちゃーじゃ舌噛みそうです……。ぐぅちゃんって呼んでいい? です?」

「お前も俺のことをぐぅちゃんと呼ぶのかよ」

「だめ? ごめんなさい。ならやっぱりロリコンのお兄さんって呼びますね。なんならロリッチャーって呼びますですけど……」

「だめじゃない。俺のことはぐぅちゃんと呼べばいい」


 ロリコンのお兄さん呼ばわりされるよりかは、ましてやロリッチャーなんて卑猥な渾名で呼ばれるよりかは、ちゃん付けのほうがマシである。


「あの……ぐぅちゃんの周りにいる虫さん……なぁに? 血とか吸うです?」


 幼女は蟲遣いの肩に止まっているフンコロガシや、辺りを飛び交う害蟲を指で追った。


「こいつらか? こいつらは、ヴァーチャル=ネストが産んだシステム上のバグだ」

「システムのバグ……です?」

「よくあるだろ。原因不明のバグでアプリケーションが強制終了するようなことが。それは、このヴァーチャル=ネスト内でも頻繁に起きる。その原因は、この害蟲の仕業ってわけだ」

「そなの? なら危険な生物なんじゃ?」

「手元に放しているのは刺激しなけりゃ無害な害蟲だ。このフンコロガシだって、ただの観賞用マスコットとして、個人的に飼育しているだけ。だから無闇に触ったりしなけりゃ――」

「なら、ちょこっと異文化コミュニケーションですよ!」


 幼女はフンコロガシをわっしと掴んで、自分の胸に引き寄せた。

 フンコロガシは「やぁこんにちは!」とお尻を愉快に振ってみせた。そんな陽気なサンバを踊る姿に、幼女は「きゃっきゃ!」と笑いながら、その尻を指で突いた。


「お前……!」


 その何気ない幼女の仕草に、蟲遣いは驚愕してしまう。


「どうしたです? 血相かえて」

「いやだって……。なぜ害蟲に触れるんだ? 大丈夫なのか?」

「大丈夫て? 何がです? 危険じゃないって言ったのはぐぅちゃんですよ」

「それは触れなければの話だ。そもそも害蟲ってのは、このヴァーチャル=ネストの癌そのものだぞ。刺激すれば自らが展開してるソフトやアプリケーションに不具合が生じる可能性がある。最悪の場合、精神情報が破壊され、皮膚に裂傷を負うことだってある。だから……どうして触れる?」

「どうしてと言われても答えに困るです」

「う、うーむ……」


 いや、待て。落ち着け。蟲遣いは一度頭の中を真っ白にして、状況を整理した。

 この幼女は先生が隔離した箱から現れたのだ。そうなれば生身の人間ではないと考えるほうが自然だ。

 すなわち、この幼女もまた、誰かの精神情報によって具現化された仮想現実の一部なのではないだろうか。その証拠に、左右対称の人工物臭ささが残る造形をしていた。

 しかし、それにしては悠長に言葉を喋っている。自律思考型AIArtificial Intelligenceをオプションとして積んでいるのだろうか。外見や骨格の3Dモデルも、かなりのハイクオリティだ。まるで本物の人間のような動作も見受けられる。

 ならば、きちんとした名前があるはずだ。


「お前……名前は?」

「あたし? そうだね、確かあたしの名前は……」


 少しだけ、記憶を掘り起こすかのような素振りを見せたあと、


「あたしはシスタ! 通称シスタちゃんです! よろしくお願いしませうです!」


 幼女は唇を尖らせて簡潔に自己紹介してくる。その際に礼儀正しく深々とお辞儀もしてみせたが、あまりにも頭を下げすぎたので、拍子にオデコを肘掛けに強打してしまった。


「はう。あいたたぁ……」


 シスタと名乗る幼女は、赤く腫れ上がったオデコを抑えて涙目になっている。

 間抜けな奴。それがシスタへの第二印象であったが――。

 けれど一連のあざとい行動を観察し、シスタの正体がなんとなくだが推測できた。

 おそらくシスタは人工物。きっとそう。


「シスタよ、ならもう一つ訊くが、お前の正体は、仮想生物だよな?」

「……。うんそーだよ。あたしは仮想生物のシスタちゃん。よろしくお願いしませう!」


 もう一度お辞儀して、もう一度オデコをぶつけ、「あいたたぁ……」と唸るシスタ。学習能力が無さすぎであるが、だからこそ融通の利かないプログラムであると予測できよう。


「やはりお前の正体は仮想生物だったか。まぁそれも妥当か。こんな間抜けな人間がいてたまるかって話だよな」

「間抜けですって! そこがチャーミングじゃないですか!」

「どうみても間抜けだろ。そういう萌え思考のプログラムが施されているんだろうが、俺は騙されない」


 ヴァーチャル=ネストは、それなりに高密度の妄想をも具現化させ、現実世界に反映させることができる。女性に縁がない三十代の男性などは、自らの理想像をデータとしてインプットし、愛玩用の仮想生物を専門業者にオーダーメイドする場合も多い。このシスタと名乗る幼女もまた、どこぞの性犯罪者が創りだした愛玩用の仮想生物なのだろう。

 一つの可能性として、先生が仕掛けた定置網に、誤って混じってしまったのかもしれない。どういう経緯で害蟲と認知され、先生によって箱の中に隔離されてしまったのかまではわからなかったが。


「だが驚いた。仮想生物だとしても、害蟲に触れられる奴が俺以外にいたなんて……」

「この害蟲さん、そんなに悪い子なのです?」


 いいこいいことフンコロガシの頭を撫でるシスタ。

 フンコロガシの方も、気持ちよさそうに身を委ねているではないか。


「おいおい、害蟲が懐いてるじゃないか。ますますもって有り得ねぇ……」


 フンコロガシはシスタの肩に飛び移ると、人懐っこく頬に身体を擦り付ける。どうやら、かなりご機嫌のようであり、シスタを友達と認識しているようだ。


「そんなに驚くことです? ぐぅちゃんだって、フンコロガシちゃんと仲良くしてるじゃないですか」

「俺は昔から害蟲に体質なんだよ。これは呪いみたいなもんだ」

「なら、あたしも体質なんじゃないです?」

「うぅむ……俺と一緒……ってことか?」


 蟲遣いの場合、危険で忌み嫌われる害蟲を操れるのにはワケがある。

 自分の精神情報が、過度なストレスによって変質化しているのだ。つまりは蟲遣いの精神情報そのものがバグっていて、一般人には習得できない特殊能力を得ているのである。

 シスタもまた、同じような境遇の仮想生物なのだろうか。だとすれば、かなり珍しい事例だ。仮想生物は人のために働く、ただのプログラムにすぎないはずなのに。


「ねぇねぇぐぅちゃん。えへへ」


 シスタが頬に笑窪を作って話しかけてきた。


「な、なんだよさっきから馴れ馴れしい」

「えっとね、ここはドコです? とても広くて椅子が並んでて不思議な空間ですね」

「ここは映画館だが」

「映画?」


 聞いたことも無いよと、シスタの頭の上にハテナマークが現れた。


「ここは旧世代の映像作品を上映する場所だ。今じゃフィルムを活用したアナログ映像なんて観る機会は無いだろうから、知らないのも当然だろうがな」

「ほえぇ。よくわからないけど、面白そうですね」

「うむ。なら一緒に観るか? そろそろ上映時間だしな」

「いやでも……。あたし、実は急いでて……」


 大きな目玉をきょろきょろと動かすシスタ。あわあわと口元を波打たせてもいる。


「どうして焦ってる? もう夜中だぞ。どこに行くか知らんが、子供が出向くような店なんぞどこも閉まってる。大人向けの店なら腐るほどあるが」

「でも……本当に急いでて……」


 そわそわとするシスタ。映画は観たい。でも急がなきゃいけない。そんな風に心の中で葛藤しているようだった。

 そんなウジウジしているシスタを見ていて、蟲遣いもイライラしてしまい。


「いいから映画を観てけ。どんな用事だか知らんが、今の世の中、急いだって何の得にもなりゃしねぇ。やりたいことを、やれる時にやれ。それが、この街の暗黙のルールだ」


 そう説得すると、シスタは「少しくらいいっか……」と呟き、


「うん! 観るです! 映画観ちゃうです!」


 シスタは元気に頷いた。それはまるで、無邪気な子供と一緒だ。


「ああそうか。観てけ観てけ。映画はいいぞ!」


 この幼女の正体は未だ不明だったが、蟲遣いにとって、そんなことはどうでもよく。それよりも「映画に興味がある」というシスタの一言に、久々にテンションが上がってしまった。

 誰かと一緒に趣味を共有する。例えそれが、血の通わない仮想現実のまやかしだとしても、それは初めての経験であった。

 確かに、学校では蟲遣いを慕う子供がいる。しかし、子供は害蟲に対しての抵抗力が著しく低く、その無防備な精神情報を傷つけてしまう可能性があった。

 なので蟲遣いは、いつも一人でいる。

 大切な誰かを傷つけたくないからだ。

 だからこそ、害蟲に免疫があるシスタを映画に誘ってしまったのかもしれない。だからこの小娘に、蟲遣いは優しく接しているのかもしれない。それは蟲遣いのような斜めに世界を達観している人間には、かなり珍しいことだった。

 と、ここでタイミングよく、館内の照明が落ちた。


「わあ! 暗いよ怖いよお化けがでそう!」

「そんなにホイホイお化けはでねぇよ。あと喋るな。それが上映中のマナーだ」

「どうして静かにするのです? 何で暗くなったのです?」

「だからうるせぇよ。大人しく正座でもしてスクリーンを見つめてろ」


 蟲遣いはシスタの口を両手で塞ぐ。シスタは両手両足をバタバタとさせ忙しない。

 そうやってシスタの子守りをしていると、

 カチカチカチ。フィルムが回るノスタルジックな音が聞こえてくる。そして背後から光が斉射され、大きなスクリーンに映像が投影された。


 その日の映画は、20世紀後期に制作された邦画だった。

 内容は、一人の少年が一匹の捨て犬を連れて世界を冒険する、という話だった。

 野を越え山を越え海を越え、一人と一匹が手を取り合って、目的のために世界を歩いて回る。事故にあったり、悪者につけ狙われたり、それこそ理不尽な悲劇が少年と犬を襲ったが、それをドラマチックに乗り越えて、一つしか無いゴールを共に目指した。

 上映中、蟲遣いが隣の様子を見てみれば、そこには瞳を爛々と輝かせ、映画に没頭しているシスタの姿があった。小声で「すごーい!」とか感嘆しながら、身体を前のめりにしていた。

 蟲遣いは「ふっ」と鼻で笑った後、大人しく映画を視聴した。


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