Error log //真実//

 システムの中枢は、先生せんせーのウィルスによって不具合を続発させていた。

 フロアにあった装飾品の仮想現実にはノイズのようなモノが走っている。データが書き換えられ、初期化されようとしている前兆だった。

 眼下に広がる世界も、様々な色が混ざりあったパレットのように、黒から白へ、赤から青へと、滅茶苦茶に発光している。いよいよもって、世界のルールも更新されようとしている。

 先生は高みの見物をしながら、丸眼鏡を眼鏡拭きで磨いていた。決して興奮したり、喜びを表に出したりはせず、毅然きぜんとした態度で、来るべきを待っていた。


「親……ね……」


 先生は同時に、蟲遣いグリッチャーと過ごした日々を懐古していた。

 最初は野良猫のように警戒し、風呂に入れることもままならなかった思い出。

 人としての言葉を教え、社会のルールやマナーを1つずつ身体に叩き込んでいったこと。

 始めてヴィジュアルハッカーとして仕事を任せた時は、現場まで様子を見に行った。


「ふふっ……。懐かしい思い出ね」


 先生は思わず吹き出した。

 蟲遣いは、先生にとっては我が子と同然であった。

 その才能もズバ抜けている。行く行くは、自分をも遥かに超えた、常勝無敗のヴィジュアルハッカーとしてこの街に君臨することもできるだろう。カリスマ性も十分だ。何者にも愛され、グループの長として情報弱者を先導する寛大さもある。

 蟲遣いは、先生にとって、大事な大事な宝物だ。

 かといって、他にも護るべきモノがあるのも事実だ。学校に棲む子供たちは、蟲遣いと違って何の能力も持たず、才能すら欠如している。誰かが保護しなければ、三日と持たずに死んでいく。

 何かを護るためには、何かを切り捨てなければならない。

 その事実を、その大人としての役割を、真摯に受け止めなければならなかった。

 だからこそ、統治者の思想から、システムの実権を奪う必要があった。

 バランスを整えるだけでは駄目だ。もっと強い姿勢で根底を覆さなければ、歴史は繰り返すばかりである。

 また、利己的で破壊衝動しか持たないヴィジュアルハッカーも、未来には不要だ。

 重戦車、爛狐、その他ウィザード級のハッカーたちには、この世界から退場してもらなければ困る。でなければ、平和は維持されやしない。


「虚しい十字架を、背負わされたものね……。けれど、誰かがやらなければ……」


 だから先生は、自分が審判を下す役割を望んだ。

 護るべき価値の無い者は淘汰し、護るべき価値のある者は、自分の手で護る。生産性の低い大人たちを虐殺し、未来ある子供たちだけでやり直す。そう結論づけたのだ。


 そうして幾ばくかの愛する者を見捨てたとしても、もはや悔いはない――。


 ――だが。


 もう一つだけ、道は残されている。

 今はそう、その分岐点に立っているのだ。


「そろそろかしら」


 先生は呟くと、システムの中枢へと視線を向けた。

 システムの中枢には大きな変化が訪れていた。

 今にも爆発せんとして膨張していた球体が、急に大人しくなる。そしてヒビ割れた部分から眩い光が漏れている。それはまるで、朝日が顔を出すかのような、すがすがしい光だ。

 先生は、その異変に気づくと、丸メガネを装着して身構えた。

 そして、球体の奥から怒涛の勢いで迫る、一つの膨大な情報量に、対峙するのだった。


「ぐぅちゃん……。乗り越えたわね……」

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