第9話 サムエル出撃 《シルバーウィング》

「カノン隊長、【ブルードラゴンソード】の出撃準備完了です」


 カノンはヘッドホン型の通信装置から聞こえてきた声に耳を傾けた。 

 ソードシップ【ブルードラゴンソード】の艦橋にいる副官サジウスからの報告である。 

 火星世界のムーア王国第十三番聖騎士団以来のカノンの部下でもある。 


「了解、サムエルの出撃命令を待つ。それまで待機だ」 


 サイクロー二・カノンは青みがかった黒髪をかきあげて、黒い双眸で三つの艦首にダークブルーの九枚の主翼と機体をもつ【ブルードラゴンソード】を見つめた。ダークブルーのマントから覗くのは二枚の青い翼だった。


 そこは天軍の旗艦『ミルイール』鑑底の第十三艦橋ブリッジのドックであり、隣にはトラ耳の怪力無双の艦長タイガルの乗艦である【ブラックソード】があった。漆黒の機体に巨大な突撃槍にも変形する四枚の主翼をもっている。

 その奥には智天使ケルビムの技術将校でもあるサムエルの乗艦【ホワイトナイトソード】があり、純白の機体に十二枚の美しい主翼を輝かせていた。

 


『ソードシップ』は機動突撃艦と呼ばれるものだが、大天使ガブリエルの乗艦である【エメラルド・ディスティ二ィ】のような戦艦クランシップに搭載される汎用攻撃艦である。

 

 フェアリー・フェリスの機動突撃艦【シルバーソード】のように、次元潜航艇スタンドウルフのような艦載機などをもつものもあるが、大概、『ソードシップ』こそが最も戦場の最前線で活躍する艦であり、戦局を左右する決戦兵器であった。


「カノン、あの女ひとりを助けるために反乱の危険を冒すのは気が進まないわ」


 チッと舌打している赤い髪をもつ紅の瞳の魔女サニア・ソーンは、いつものダークレッドのマントに身を包んでいた。それとは対照的に背中の二枚の羽根は空の様に青かった。火星世界では魔導士ギルド『クルド』に所属していた魔導士、本物の魔女でもあった。


「フェアリーも大事だが、時間魔法とイージス機能を装備した機動突撃艦【シルバーソード】、そして、汎用天使型宇宙兵装、天翼の騎士ウィングナイト【シルバーソード】はいまや天軍の貴重な残存戦力だよ」


「確かに、天翼の騎士ウィングナイト【シルバーソード】には、天界の科学力と時空間魔法の粋を集めた魔導グノーシス機関とやらが搭載されてるという話だし、まあ、ちょっと興味もなくもないけど、あの女は好きではないわ」


 いや、そんなにはっきり断言されると困るのだが、サニアのフェアリー嫌いは火星世界以来の筋金入りである。ああ、既視感デジャヴが半端ないわ。


「そもそも、サニアは何でフェアリーのことが嫌いなんだ?」


 地雷踏みそうだけど、つい訊いてしまったカノンであった。

 相変わらず、誰かに似て「うかつ」である。


「あの女の、私、いつも一生懸命頑張ってますよ! アピール、いや、私、健気にひたむきにやってる感が気に食わないのよ! そう思うでしょう、カノン?」


 満面の笑みで同意を求める紅の瞳の魔女が怖すぎて、つい、うなづいてしまう自分がいた。


「俺もそう思うよ。うーん、重すぎるな、重すぎる女だよ、フェアリーは確かにまずいわ」


 いや、サニアの地獄の底に沈みゆくような重量級の重さに比べると、大したことないように思えるけどね。はい、そんな本心は言えんわ。


「そうでしょ、そうでしょ、そう思うでしょう!」


 紅の瞳がキラキラしてきて、何か不気味なんですけどね。


「……確かに」


 とりあえず、曖昧に肯いておいた。

 

「カノンさーん! 帰って来ましたよ」

 

 対応に困ってどうしようかと思っていたら、タイミングよく智天使ケルビムの技術将校であるサムエルが手を振るのが見えた。隣にパミール・フェノンの姿もあった。

 いや、助かったよ、サムエル。


 白銀の双翼をパタパタさせながら、サムエルは視線を一瞬、サニアの方に向けた。


「コーシ隊長が見当たらないけど、どこ行ったんですか?」


 が、やっぱり、声かけるのはやめたみたいで俺の方に話を振ってきた。

 賢明な判断だ。若いのに大したものだ。


「中央天球移住区の”天使の森”にいるんじゃないかな。あそこで昼寝するのが日課らしいし」


「この非常時にですか?まったくコーシ隊長らしいですね。パステル参謀もコーシ隊長を探してたみたいだし。まあ、大丈夫でしょう」


 サムエルは勝手に問題を解決してしまったようだった。

 本当に大丈夫なんだろうか?

 楽観的な天使である。


「カノン、やっぱり、ガブリエルの援軍はなしだ。俺が同じ立場でも兵は出さないけどな」


 漆黒の髪と肌、青い双翼をもつパミール・フェノンは、火星世界の草原出身の男である。

 カノンとは長い付き合いで、ムーア王国第十三番聖騎士団以来の戦友でもある。


「予想してたが、これでフェアリーの救出作戦は完全に”死地”になってしまったな」


 カノンは陽気に笑った。

 よく考えてみれば、一度、死んでしまってるから、とっくの昔に”死兵”なんだけどな。 

 

「まあ、いつものことだし。コーシ隊長は『必勝の切り札を探してくる!』と言ってたみたいだけどね」


 パミールの言葉に、カノンも思わず吹きだしてしまった。


「あの人も昼行燈ひるあんどんにみえて、やっぱり、うっかりさんだったりするからなあ。でも、本当は底が知れない人でもある」

 

 カノンは火星世界でコーシ・ムーンサイトの気まぐれや奇策で何度も死地を脱出し命を救われている。

 一見、ほんとうに不思議な幸運に恵まれた人ではある。

 でも、それがすべてコーシ隊長の計算通りだとしたら?

 時々、カノンもコーシ・ムーンサイトの器や運命を計りかねることがあった。

 あれが真の英雄というやつかもしれない。


「パミールさん、あなたも自殺願望がおありですか? 揃いも揃って困ったものですね」  


 サニアは皮肉を言ったつもりだった。


「まあ、何度も死にかけた時に、フェアリーに助けてもらったしな。サニアさんもそうじゃなかったかな?」


 と、パミールに言い返されてしまう。


「えっ! そうだったかしら? そんなこともあったような、なかったような……」

 

 曖昧に誤魔化そうとするサニアだったが、パミールだけは苦手というか、天敵なのは変わっていないようだった。よし、でかした!パミール!と心の中で喝采しておこう。


「おーい! サムエル! 出撃準備はできたかな?」


 噂の男が手を振りながら帰ってきたようだ。

 隣に金髪碧眼の美形の天使が深紅のウイングコート姿で一緒に歩いている。

 黄金の鎧に黒い長剣を腰に差している。

 まさか、この天使が切り札なのか?


「コーシ隊長、全艦、出撃準備完了です。予想通りですが、ガブリエル司令には援軍要請は断わられました」


 サムエルの白銀の双翼は少ししょんぼりしているように見えた。


「まあ、仕方ないな。手持ちの戦力だけで出撃するとしよう」


 コーシ・ムーンサイトは想定通りという様子でサムエルを励ますように肩を叩いた。

 人懐っこい笑顔で金髪の天使の方に振り返った。


「では、ちょっと行ってくるよ。システィーナも元気で」


「ご武運を。私も後から行きます」


 金髪の謎の天使がにっこりと微笑む。

 何故か参戦してくれるらしい。


「そうしてもらえると助かる」


 いい雰囲気になってるよ。

 モテるっていうより、妙に親しみやすいところがあるからな、コーシ隊長は。

 そういえば、この天使、フォーリアによく似てるな。

 コーシ隊長の火星時代の恋人に。

 でも、フォーリア・オーディンはムーア王国の女王に即位して長生きしてるはずというサニアの情報がある。転生するには早すぎるしなあ。

 火星世界からの大量転生の仕組みも法則も分からないから、この天使がフォーリアの生まれ変わりである可能性もゼロではない。

 

「カノン、あまり難しいこと考えるのは向いてないと思う」


 読心術が使えるのか?


「いや、表情が読みやすくて」


 そうなんだ。付き合い長いしね。

 俺にはサニアの心が全く読めないよ。


「レベルが高いと読めないのよ」


 だから、なんで、俺の心の声が聞こえるんだ!


「分かりやすいから」


 恐れ入りました。すいませんでした。


「では、全艦出撃です!」


 『白銀の翼シルバーウイング』の二つ名をもつサムエルがさりげなく重大な命令を下した。

 カノン、サニア、パミール、コーシと歴戦の戦士たちが静かに頷く。


 ソードシップ【ブルードラゴンソード】、【ブラックソード】、【ホワイトナイトソード】のたった三艦で百万の機械天使ドローンの部隊に挑もうという意気は良しだが、すでに敵艦が三十万に減ってることを彼らは知らない。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る