第7話 百万の瞳、未来視の天使《サファエル》

「ラクトエル、【時間魔法戦】の準備をお願い」


 フェアリーはシルバーソードの艦橋の全天スクリーンに映し出される映像をみながら指示を出した。 


面舵おもかじいっぱいで、次のコアに転位するよ」


 天海士のチャムが航路を示す。


「了解しました。左舷に次元防壁シールドを展開します」

  

 ラクトエル恋する惑星は灰色の瞳を不気味に輝かせる。

 何か瞳の中の星の数が増えてるけど気のせいね。


 機械天使ドローンコアをウィルスプログラムで制圧することで、機動突撃艦シルバーソードは【いないことステルス化】になって、1宇宙単位を安全に移動することができた。


 だが、ひとつの機械天使ドローンコアの支配領域の境界では、次のコア付近に転位するために、自ずと姿を現さないといけないことになる。


「では、いくよ」


 天海士のチャムは次元流を捉える無波動航行から光子波動エンジンに点火し、シルバーソードを一瞬で最大船速にもっていく。


 すかさず、機械天使ドローンの次元ソナーに捕捉され、約五百万のレーザーが次元防壁シールドに直撃する直前で、またしても阻まれて足踏みするように見えた。


「左舷、次元防壁シールドの時間遅延率60%、回避できそうです」


 ラクトエルはメガネを指でちょっと持ち上げながらモニターを見つめている。

 セリフは地味でワンパターンだけど、そういうキャラだし。


「右舷にミサイル多数!」


 異次元レーダー担当の通信士ファジエル可愛い子ちゃんが叫ぶ。


「右舷、次元防壁シールドを展開します」


 ラクトエルは冷静に対処する。

 またも百万単位のミサイルが時間遅延効果で失速し、その隙にシルバーソードは直撃圏をすり抜けていた。


 そのまま異次元空間から通常空間に浮上し、次の機械天使ドローンコアへワープする。

 すぐに有線ウィルスプログラム弾頭でコアを制圧した。

 これで1宇宙単位は安全圏になる。




「ふぅ、みんなお疲れ、ちょっと1エルぐらい休みましょう。操縦はオートにして。私が代わるからチャムも休みなさい」


 フェアリーの指示に、リー・ファ・リーとチャムが銀色のフローティングシートを「ふわふわモード」に切り替えた。

 本来はシートに耐衝撃剤を注入して、衝突の衝撃を和らげるものだが、長期戦闘の際、仮眠も取れるような仕様になっていた。

 ラクトエル、ファジエルも流石に疲れたのか、「ふわふわモード」で少し宙を漂い気味に浮いていた。

 

「サファエル! 出番がないからって浮き過ぎでしょ! 降りて来なさい」


 サファエルド派手ピンクに至っては、戦闘中から天井近くまで浮いていて、完全に熟睡してるようであった。

 フェアリーの怒鳴り声も聞こえないようで、ある意味いい度胸だが、やりすぎだろ。


 仕方ないので、リー・ファ・リーがシート管制でサファエルド派手ピンクを引き寄せた。

 スヤスヤと眠っている。あきれを通り越して、大したもんだ、感心してしまう。


 さわさわ、さわさわ。


 サファエルのピンクのウィングカバーがもこもこしてる。

 

「サファエルのウイングカバーが変なことになってるけど、あれ、なに?」


 フェアリーが不審に思ってるうちに、もこもこが巨大化してる。


 はらりとカバーが外れて、四枚の翼が姿を現した。

 白い羽根のひとつひとつに無数の青色の瞳があって、フェアリーの方をじとーと見つめていた。

 

「いや、気持ち悪いから、勘弁して! 何だか、さわさわ言ってるわよ!」


 フェアリーも流石に悲鳴を上げた。 


「あ、あ、あ、いけないわ、カバーで羽根を隠してください。フェアリー隊長!」


 ファジエルが思わずフローティングシートから飛び降りようとして右往左往している。

 

「そうよね、そうよね。隠しちゃいましょう、見なかったことに」


 フェアリーは慌ててウイングカバーをサファエルの翼にかぶせた。    

 ちょっと心臓の鼓動が遅くなってきて、冷静さを取り戻してきた。 


「……メタトロンの青瞳翼せいどうよく、青天族だったのか」


 ラクトエルが思わずつぶやく。


「あれ、何なの? ファジエル、説明して」


 フェアリーは可愛い子ちゃんに疑問を投げかけた。


「えっ―――それは」


 ファジエルが口ごもる。

 いや、そんなためらうようなことなの?

 ただの興味本位なんだけど地雷踏んだ? 


「それは私から説明します」

 

 地味メガネはいつものようにメガネを指でクイッとあげる仕草をしながら当然のように言った。

 この子、だんだん、態度がでかくなるわね。

 まあ、頼もしいことだけど。


「あの羽根は青瞳翼せいどうよくといいます。天界の宰相メタトロン、堕天使ルシファーも同じ翼を持っていて、サファエルが【青天族】であることを示しています。【青天族】は先の【天使大戦】で反乱を起こしたルシファーと共に天軍に刃向い敗れ、今ではほとんど根絶やしにされてる一族です。【未来視】能力を操り、【時間魔法】を使うことができ、それゆえ、自分たちが神さえも凌ぐ一族だと驕り高ぶってしまったんです。かつては天界の四分の一にも及ぶ大氏族でした」


 そこでラクトエルは緑色の液体状の戦闘食を飲んで一息入れた。

 今、明かされる天界の真実というか、歴史というやつね。

 もっと勉強しとけば良かったわ。

 地雷踏んじゃったね、仕方ないね。そんなこともあるわね。


「天界には絶対空間感覚に優れ空間魔法を得意とする【赤天族】、治癒魔法と自然魔法を得意とする【白天族】、天工精霊などの機械生命の創造に優れ、機械に生命を吹き込むことができる生命魔法を得意とする【黒天族】、それと【青天族】が四大氏族と呼ばれていて天界でも多くの勢力を持っていました。フェアリー隊長のような青い翼の天使が天界で警戒されるのはそういう過去の歴史があったからです」


 いや、何というか、この子、はっきり物言うわね。 


「なるほど、なるほど、別にいいんじゃない。いろいろ問題ありそうだけど、サファエルはほら、逆に頼もしい限りだわ」


 フェアリーはいつのまにかサファエル擁護派になっていた。

 自己正当化ともいうけど。

 地雷踏んだの認めたくない。


「おそらく、それゆえにサファエルはこのシルバーソードに志願して来たのだと思います。青い翼の天使は天界で異端とされつつ、『青い翼の天使の伝承』によって天界の危機に際しては希望の光だともいわれています」


「『青い翼の天使が現れる時、はじまりの世界樹ユグドラシルに時の女神が宿る』という古き伝承のことね」


 リー・ファ・リーは赤い髪と対照的な青い隻眼を細めて話に入ってきた。

 あ、あなた知ってたの。そうなの。知らないのは私だけ?


「そうです。サファエルは【アポクリフォン】でも、自分の出自は隠してました。でも、この船は安心できるので、つい気が緩んだみたいです。まったく」


 ファジエルは円らな黒い瞳をキラキラさせて、嬉しそうな声でサファエルを見ている。

 いや、私の人徳というところかしら。えっへん!


「確かに、フェアリー隊長、うかつだから、気づかない確率高いしね」


 チャム、何を言ってるの?


「そうそう、今回もいろいろと驚いてると思うけど、どうなの?」


 リー・ファ・リーはいじわるな青い隻眼を向けてくる。


「ははは。何を言ってるの? 私は最初から気づいていたわよ! 野暮なことを訊かない主義なのよ」


 と言っておこう。

 訊いちゃったんだけど。


「まあ、そういうことにしておくわ。このことはサファエルには内緒で」


 リー・ファ・リーもあうんの呼c吸で引き下がる。

 よかった。


「フェアリー隊長! コアの様子が変です。機械天使かぼちゃ頭が動き出しました!」


 異次元レーダーを眺めていたファジエルが異変に気づく。


「まさか、ウィルスプログラムが突破された?」


 リー・ファ・リーが難しそうな顔して仮説を提示する。


機械天使かぼちゃ頭は、自己学習型なのでありえる話ね。サファエル! 起きなさい! 出番よ!」


「もう、起きてますよー。兵器管制を私に」


 フェアリーはサファエルの方を見てびっくりした。

 青い瞳もぱっちりで、ピンクのフローティングシートにしゃきっと座ってるし。

 いつの間に起きてたの?

 寝起きいいのね。


「集中砲火が来るわよ! ラクトエル、【時間魔法戦】用意!」


 フェアリーが叫ぶ。


「光子レーザー、光子魚雷、イージスシステム起動!」


 サファエルのピンクのウイングカバーがもこもこしだした。

 いや、それ隠した方がいいんじゃない?


 ウイングカバー越しにサファエルの翼が青い光を放つ。

 【青天族】の【時間魔法】と【未来視】能力の発動。

 

 やけに攻撃が外れないと思ってたら、サファエルってそういう能力があったのね。


 あー。うかつだわ、うかつすぎるわ、私って。


 次の瞬間、機械天使ドローンから1000万のレーザーが放たれた。

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