第4話 はじまりの世界樹 《ユグドラシル》
コーシ・ムーンサイトは、その巨大な樹を見上げていた。
あそらく、全長は100タルト~約100メートル~はあるかと思われる巨大な大木である。
『はじまりの
彼女の相貌は彼のかつての恋人であったフォーリア・オーディンに酷似していたし、深紅のマントと黄金の鎧、腰に差した黒い長剣が鮮やかなコントラストを描いていた。
木漏れ日が彼女の顔を照らし、やわらかな風が金髪を巻き上げて、彼女の安眠は終わりを告げた。
目覚めた瞬間、コーシ・ムーンサイトの方を
「吠えろ! アポクリュフォン!」
「………ちょ、ちょっと、待ってくれ! 怪しいもんじゃないんだが」
残念ながら、彼の弁解は金髪の天使には届かなかったらしく、さらなる恐るべき攻撃が彼に襲いかかった。
金髪の天使は三人に分身して、三方向から彼の身体を切り刻みにかかった。
「うわ!
幸いなことに、彼の逃げ足はどこかの誰かのおかげで、光速を超えるとも言われていて、すんでの所で残像を残して魔法のように姿を消した。
「卑怯者! 出て来なさい!」
いや、ここで素直に顔を出すほど、コーシ・ムーンサイトもお人好しではなかった。
が、金髪の天使の背後の樹の上から一歩も動けないのも確かだった。
しばし、静寂が続いた。
「ーーーシスティーナ! 大丈夫?」
銀髪碧眼の少女が金髪の天使に近づいてきた。
翼は四つでそれなりに身分の高い天使であることがうかがわれた。
彼女の容姿には特徴があった。
ピンク色の猫耳が生えていた。
しかも、ちょっと巨乳である。
対して、システィーナと呼ばれた金髪碧眼の天使の羽根はウィングコートで隠されていて確認できなかった。
天界では身分の高い天使がウイングコートで自分の翼を隠す慣習があり、
天使の階級は、中級天使の
一般的には二枚翼が下級天使、四枚翼は中級天使、六枚翼以上が上級天使と言われているが、必ずしも翼の数が天使の階級を決めるものではない。
例えば、サムエルは二枚翼だが技術将校としての才能を見いだされ、
天使はアストラル体をもつ精神エネルギーの生命体なので、その「魂の在り方」によって翼の数が増えたり、堕天によって減ってしまったりするが、堕天したからといって、必ずしも翼が減るとも限らない。堕天使ルシファーの様に十二枚の翼をもった天使が堕天によって十三枚の翼に変化した例もある。
この辺りの事情は天界の謎でもあり、コーシ・ムーンサイトにも
「パステル、青い翼の怪しい天使がいたのよ。魔天使か何かのスパイじゃないかしら?」
システィーナは怪訝な表情でピンクの猫耳の天使に問いかけた。
「それはたぶん、コーシ・ムーンサイトという火星から転生してきた天使さんですわ。あやしいと言えばあやしいですけど、一応、危険人物じゃないので」
猫耳天使は鼻をクンクン、耳をぴくぴくさせて辺りを見回した。
「コーシさ~ん! もう出てきて大丈夫ですよ!」
パステルの呼びかけにほっとしたコーシ・ムーンサイトはふわりと樹の枝からシスティーナの背後に舞い降りた。結構、距離を取ってだが。
「死ぬかと思ったよ、パステル。そちらのお嬢さんが
コーシ・ムーンサイトは黒い上下の服に黒いマントを着ていた。
黒髪に黒い目でマントの切れ目から鮮やかな二枚の青い羽根が見えた。
「システィーナはこの前の戦いで負傷して静養してたから、コーシさんの話してなかったの。ごめんね」
パステルは猫耳を折り曲げて平謝りだった。
「あたしからも謝るわ。ちょっと最近の記憶をなくしてるので、ほら、今は非常事態でしょう? それに、そんな黒づくめの服で青い翼を生やしてたら怪しいでしょう? 魔天使と間違えられても仕方ないでしょう?」
システィーナもバツの悪そうな表情で言い訳をまくしたてた。
「いや、まあ、慣れてるから大丈夫」
コーシはかつて同じようなことがあったような
「そうだ。お詫びに、この剣をあげるわ。紅い剣はあたしの趣味じゃないのよね」
システィーナは背中から鞘ごと取り外した紅色の剣をコーシに手渡した。
「システィーナ! それ、聖剣クリームクリムゾンじゃない! あげちゃっていいの?」
猫耳天使は悲鳴を上げた。
「あたし、二刀流ではないし、このアポクリュフォンだけで大丈夫よ」
システィーナはにこっと笑う。
「ありがとう。ちょうど剣がなくて困ってたんだ。助かるよ」
コーシも素直にお礼をいう。
「ということで、めでたし、めでたしということで、コーシさんも、一緒にごはん食べにいこう!」
中央天球居住区は、天軍旗艦「ミルイール」の中央に位置する天球状の居住区である。
ここに『はじまりの
食堂に入ったとたん、何故か、全員の視線がシスティーナたちに集中して、誰もが驚愕の表情を浮かべた。
「―――システィーナ」
誰かが彼女の名前を呼んだ。
「システィーナ、無事だったのね!」
その瞬間、食堂全体がシスティーナの名前を呼ぶ声で溢れた。
彼女の顔を見て、涙ぐむ天使や泣き崩れる天使が後を絶たなかった。
「大丈夫よ、ほら、そんなに泣かなくても」
天軍第一軍の天使たちがシスティーナを取り囲んでいく。
「システィーナ、愛されキャラだな」
事情を全く知らないコーシ・ムーンサイトはつぶやいた。
「確かに、姿を見せただけでこれだけ士気が上がるは天使は珍しい」
声の主は炎のような赤毛を持つ天使で、食堂の白い円形の
野性的でなかなか凛々しい風貌の持ち主で、白銀の鎧と純白のマントにウィングコートを着ていた。
やはり円形の
「ウリエル! ラファエル! 元気ですかーーーー!」
天然の性格のシスティーナにしか許されそうにない呼びかけに、ふたりともしばし閉口していたが、仕方なく爆笑した。
「おいおい、疾風鉄壁のウリエルの通り名は伊達じゃないんだぞ! 元気に決まってるだろ!」
ウリエルは不敵な笑みをシスティーナに返す。
「僕の方は少々背中が痛いですな。負傷中です」
ラファエルは全く笑えない冗談を言った。
「癒しの天使」と呼ばれている回復魔法のスペシャリストがよく言うという感じである。とりあえず、全員にスルーされる。
「それじゃあ、皆さん、そろそろ食事といきましょう」
猫耳天使のパステルが締めた。
「ところで、システィーナの記憶はいつ頃まであるんだ?」
食事が一段落してから、ウリエルはいつになく真剣な表情で切り出した。
「うーん、アポクリフォン辺りかな?そのうち、記憶も戻ってくるでしょう」
ウリエル、ラファエル、ガブリエル、そして、システィーナも、元々、天界の傭兵部隊『アポクリュフォン』叩き上げの騎士だった。
「まあ、焦ることないよ。僕もついてるし」
ラファエルも優しく微笑む。
「ありがとう。心強いわ」
感謝しつつも、システィーナは青い瞳を細めながら複雑な感情を浮かべた。
そして、その感情を飲み込むように話題を変えた。
「今、どんな戦況なの?」
システィーナは真剣な顔でウリエルに視線を向けた。
「うん、天界第二天、惑星要塞”エデン”は魔天使デミウルゴスの部隊に完全に占拠されてるよ。この天軍旗艦であるミルイールは、現在、第二天の外縁にある補給惑星まで退避してる。おかしいのは、魔天使デミウルゴスが”エデン”から第三天などに部隊を送り込んでないことで、部隊の再編、補給などをしてなるのかもしれないけど、何かを待ってる気がする」
赤毛の天使は青い双眸でシティーナを見つめ返していたが、歴戦の直観で何かを感じ取ってるようだった。
「私からも説明するわ」
話の間隙をぬって、猫耳天使のパステルも話に加わってきた。
一応、大天使長ミカエルが不調の今、天軍第一軍の軍師であり、総指揮官の地位あるのは彼女であった。
「現在、第二軍のガブリエルに、天軍旗艦であるミルイールの操艦と指揮を一任してます。彼女の第二軍は天界の宰相メタトロンの陰謀により、第二天の辺境惑星探索任務に駆り出されて、惑星要塞”エデン”の反乱から遠ざけられていて、それがかえって幸いして全軍がほぼ無傷です。私の天軍第一軍のみならず、ウリエルの第三軍、ラファエルの第四軍も三分の一以上に将兵を失って、現在、軍を再編中です」
いつも陽気な猫耳天使のパステルも流石に溜息をついた。
「なるほど、だいたい、状況はつかめたわ。ありがとう。惑星要塞”エデン”の動向が気になるわね」
「……その魔天使というのはどこから天界に来たんだろうか?」
それまで沈黙していた青き翼の天使であるコーシ・ムーンサイトが口を開いた。
「それは
システィーナは怪訝な顔をした。
「じゃ、そろそろ
「
システィーナは嫌な予感を振り払うかのようにかぶりをふった。
「パステル参謀、至急、第一艦橋にお戻りください。”エデン”に動きがありました」
その時、艦内放送が鳴り響いた。食堂にいた兵たちに緊張が走る。
パステルは懐から小型通信機を取り出すと話し始めた。
「こちら、パステル。何があったの? 旧天軍旗艦クリスタルソードが出現した!? 了解、今、そちらに戻るわ」
「クリスタルソード、堕天使ルシファーが復活したの───」
システィーナは絶句した。
ウリエル、ラファエルも顔を見合わせていた。
コーシ・ムーンサイトもその名を知っていた。
巨大な敵の出現で、天使たちの戦いは新たな局面を迎えようとしていた。
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