第4話  来訪者

「お前ほんっとうに何してもダメなんだな」


はははと子供達の無邪気な笑いが響く。


「ちがうもん、ちがうもん」


涙目になって否定するけどそのことを一番知っているのは自分自身だった。

この両手でいったいなにが出来るのだろうか。

大人になったら何か出来るようになるのだろうか。

わからない。

そして時は過ぎ、少年は大人になり、


思い知らされた。







ここ一週間なぜか祐輔は夢見が悪かった。

なんの夢なのかはまったく思い出せないが気分が悪くなるようなものであるのは間違いない。

思い出せないのでどうしようもないけれど祐輔にはそれがなんとなくすっきりしなかった。


「……んっ」


布団をどけて軽く体を伸ばす。多少の筋肉痛は慣れたもので動きに支障はなかった。

軽いストレッチをしながら祐輔は壁に下がっているカレンダーに目をやる。

早いもので研修という名の監禁生活が始まり今日で丸一週間がたった。

その生活ぶりにまるで学生時代に戻ったような感覚さえ祐輔はしていた。周りに大人はいなく年下ばかりだというのも大きいだろう。

祐輔としてはそろそろ休みが欲しくなる頃合だった。今日までひたすら体力作りで疲れが溜まっているのもある。

ストレッチが終わったところで宏太を起こしに行く部屋に向かう。

戸を開けて廊下にでてすぐ左側。宏太の部屋は祐輔の部屋のすぐ隣だ。

祐輔は部屋に入ると布団を盛大に吹き飛ばして気持ちよさそうに寝ている宏太を勢いよくゆすった。


「宏太、起きろ。時間だ、走りに行くぞ」

「うー? すぐ起きるからあと五分待ってよ……」

「ダメだっつうの。志弦さんを待たせていいのか?」

「わかった。すぐいくよ!」


さきほどまでの寝ぼけ眼はどこにいったのか、瞬時に着替えを済ませる宏太。

祐輔も慣れたもので一週間もすれば多少は打ち解けて宏太の扱い方も慣れたものだった。


「おっさん。遅れてっぞ早く来いよ!」


宏太の声が響く。その声色は若干の機嫌の悪さを表していた。

走り始めてから距離はすで大きく離され、宏太はすでに小さな点になっていた。それでも三周回遅れになった初日と違って二周回遅れになっているので多少は祐輔も進歩しているといえるだろう。

機嫌が悪い理由は単純だ。いつも朝から一緒にランニングをしていた志弦さんがいつもの時間を過ぎてもなぜか来なかったからだ。

いったい何かあったのだろうかと心配をした祐輔だが、連絡手段があるわけもなく(女子高生のアドレスを聞くのは躊躇してしまった)仕方がないのでいつもどおり走り込みを始めることとなったのだ。

一週間も続けてきた甲斐あって最初よりはだいぶ体力がついたような気がしていたのだが、今日もすでにだいぶ息が切れていっぱいいっぱいの祐輔である。

最初よりは走れるようになったような気がするが、いつまでたっても宏太には敵いそうにもないと祐輔は内心毒ずく。

子供の体力は計り知れない。宏太が年齢に比べて体力がありすぎるというのもあるだろうが、目に見える差が大きすぎるのだ。

単純に祐輔の体力がないだけともといえるのだが祐輔はこの際そこには目をつむることにした。


「俺は自分のペースでいくから先言ってていいぞ」


「えー おっさんは目を離すとすぐ手を抜くからなあ。まあいいや、俺がついてから五分よりも遅かったらおかず一品もらうからな」


祐輔と差をつけすぎないように抑えていたのだろう。ただでさえ早いのにさらに勢いをまして走り去っていった。

もはや姿は見えない。余りの差に祐輔は宏太がまだ中学一年だということを信じたくなくなってきていた。

祐輔も一般的に見たら十分若い部類に入るのだろうが、祐輔から見るとなんというか宏太は眩しい。


「早すぎだろあいつ」


これは負け確定だろう、元から勝てる気はしなかったけれどな、などと思いつつ走りながら今日の朝食のメニューを脳内で考え始めた。

食材は志弦に持ってきてもらっているが、さすがに毎日作ってもらうわけはいかず、料理は祐輔の担当だった。

食べ盛りの中学生がいるので最初は何を作るか非常に悩んだものだが、宏太は何を作ってもうまそうに食ってくれるので祐輔としては作りがいがあっていい。

宏太におっさん料理なんて出来るんだ、意外。と言われたときはさすがに祐輔も少しカチンと来たがリベンジを果たせた気分である。

おおよそのメニューが決まったところでちょうどゴールに到着してランニングも終わった。

先についていた宏太は暇そうに携帯をいじっている。


「六分遅かったね。あと志弦姉ちゃんは都合悪くて行けなくてゴメンだってさ。昼から来るってさ」


「わかった。というか志弦さんの連絡先あったのかよ。どうりで夜よく携帯をいじってたわけな」


「あったりまえじゃないか、俺と志弦姉ちゃんとの仲だぜ。交換してるに決まってんじゃん」


そして祐輔が睨んだ通り宏太は志弦のことが好きらしい。

祐輔としてもまるで修学旅行の夜のように二人で夜な夜な語り合い聞き出すことに成功した甲斐があるものである。

見たところ志弦もまんざらではないようにしている感じ(弟のように見ている節はあるが)はあるので、今後に期待といったところだろう。

彼女のいない祐輔としてはまったくもってうらやましい限りであった。


「そっか。午前中はいつもの訓練内容でいいんだな」


「うん。あと昼食は食べないで待ってて欲しいってさ」



――何か弁当でも持ってきてくれるのだろうか。まあとりあえずそのときになればわかるだろう。


そう結論づけて祐輔は今日も訓練を始めるのだった。







筋トレと異能の起動訓練を始めてから一週間たったわけだが、肝心の異能についてはまったく進歩した感じはない。

最初は傷を作らないといけないということで毎回自分で指を切るのだが、自傷行為はいまだに慣れない。痛みには何回しても慣れそうになかった。

異能も相変わらず茨は生えてくるだけでそれ以上は何もない。素振りは何回もしたので多少はコントロールはよくなった感はあるが異能とはおそらく関係ないだろう。

向こうから見れば見ればこちらはモルモットのようなものなのだろうし、人道的に扱ってもらえているだけ贅沢な悩みといえるのだが、進歩がないというのは祐輔としてはなんとも嫌なものなのだ。

肝心の上司である恵美は忙しいのか初日以来まったく顔を見せることはなかった。社員研修と銘打っているだけだというのはわかるが、祐輔としてはいい加減少しは説明が欲しい所である。

まるで祐輔自身は実験体でしかなくて他になにも期待をされていないような感じがして不安になってしまう。

そんなモヤモヤを体を動かすことで誤魔化すために体を酷使しているうちに午前中はあっという間に過ぎていき、いつのまにか十二時を回っていた。


「おっさん、先にシャワー借りてるよ」


汗をタオルで拭いてる横を駆け抜けていく宏太。

シャワーが終わるまで多少は時間がかかるだろうと思い、祐輔は地面に座り込む。

冷たい風が温まった体を冷ましてくれて非常に心地よい。

そこで祐輔はふと思った。神社の外には出れないといっていたがどのように出れないのだろう。

神社に入る際は階段を登って鳥居を通っていった。階段が封鎖でもされているのだろうか。

思い立ったが吉日、早速祐輔は鳥居をくぐろうとするが案の定それは出来なかった。

見えない壁のようなものがあるらしくそこから先にいくことが出来ない。

原理はわからないがファンタジーを実際目の前にされるとなんでもありなような気がしてくる。

確認したいこともしたし戻ろうと思い、鳥居に背を向けて歩き出した。

二、三メートルは歩いたところで、誰かが階段を登る音がすることに祐輔は気づく。


「あ、佑輔さん。お疲れ様です!」


聞き慣れた可愛らしい声から志弦であることがわかり、祐輔は安心して後ろを振り向く。

そして固まった。

それもそのはず目の前には白のフリフリとした可愛らしいワンピースに身を包んだ美少女が立っていたからだ。

風で周りの木々に合わせて髪がふわりとなびく。彼女の儚げな雰囲気と合わさってなんとも絵になる光景だった。

いままで彼女の制服姿しか見ていなかったせいか、祐輔は一瞬誰なのかわからなかった。

確かに今まで彼女のことを美少女だと思っていたことは認めるがなんという私服の破壊力だろう。

さきほど祐輔がひっかかった見えない壁は志弦には関係ないらしく普通に鳥居を越えて近づいてきた。


「どうしたんですか、ぼーっとして」

「いやなんでもないよ。日曜日までご苦労さま、その服似合ってるね」

「そんなことないですよ。姉さんが私にはこれがいいって無理矢理着せたもので、本当はこんなフリフリした服すごく恥ずかしいんですけどね」


ちょっと顔を赤くしながらいうのがこれまた可愛らしい。宏太が惚れてしまうのも納得の可愛さだと祐輔も納得してしまう。


「いや普通に可愛いと思うよ」

「おいおい、島田君。人の目の前で妹をナンパしないでくれよ」

「いや島田がそんなこというのも無理ないと思うよ。志弦ちゃん本当に可愛いいしね」


続いて二人の声。

いつものスーツと違って白衣を来て立っているのは高堂恵美。

その横にはスーツをピシッと着こなしているのは異動する前の職場で一緒だった池田翔がいた。

仕事をしていたのだろうか、日曜なのにスーツを着ている。

池田はビニール袋を持ち、クーラーボックスを重そうに肩にかけている。


「え、池田さん? お久しぶりです……なんで?」


どうしても疑問をはさんでしまう。祐輔の記憶が確かなら関係者以外ここはこれないはずだったからだ。


「いよっ 久しぶりだな島田。いやなんというかさ、実は俺も能力者なんだ。お前が適合者かもしれないって恵美に教えたもの実は俺」


さりげなく恵美の手を取る池田。

恥ずかしそうに顔を赤らめ恵美はその手をすぐ取り払った。


「さりげなく人の手を取るな」


少し顔を赤らめながら否定する恵美の表情は祐輔が職場で何回か見た冷淡な人物と同じとは思えないほどうって変わって非常に可愛らしい。

それで祐輔はなんとなく察してしまう。二人の関係は非常に近しいものなのだろう。

そこには触れないほうがいいだろうと気づかないことにしておいて、祐輔は最初から思っていた疑問を口にした。


「今日は皆さんどうされたんですか。わざわざこちらまで来てもらって」

「それはこんなところで缶詰しながら一週間がんばってもらったものあるし、それにまだしてなかっただろう、島田君の歓迎会」


その言葉に祐輔も納得がいった。

池田が持っているビニール袋とクーラーボックスには食べ物が入っているのだろう。


「定番だがバーベキューと行こうじゃないか。外でするバーベキューは楽しいぞ」

「おおっ、翔兄ちゃん、恵美姉さん久しぶりー! うおっ、志弦姉ちゃんめちゃめちゃ可愛いじゃん!!」


どこから嗅ぎつけたのか宏太がかけてくる。

私服の志弦を見て興奮したのかいつも騒がしい以上に騒がしい。

褒められたことで照れて顔を赤くする志弦がなんとも可愛らしかった。


「さて、それじゃあ大人の男二人は準備をするとしますか」

「はい、重そうですので荷物持ちますよ」


受け取ったクーラーボックスはずいぶんとたっぷり中身があるようで、祐輔は落とさないように気合を入れてそれを持つ。


「お、悪いね。恵美に荷物持ちさせられて本当大変だったんだわ。ここまでの階段クソ長いしな」

「なんだそのいい方は。部外者をわざわざ連れてきてやっただけありがたいと思え」

「そうなんだけどさあ。もうちょっと扱いってもんがさ…… まあいいや始めるぞ島田。お前料理は出来るか?」

「一通りは」


でもしかしなぜだろう、楽しいことがこれから始まるというのに祐輔の心はどうにも晴れそうになかった。


「それは助かる。それじゃあ野菜とか切っといてもらっていいか。どうせ恵美は全部俺にさせるつもりだったろうからさ」

「悪かったな。料理全然出来なくて」

「別に悪いなんて行ってないけどな。それじゃあ始めるぞ島田」

「翔兄ちゃんの飯まじうまいから楽しみにしてるぜ!」

「おう、久しぶりだな宏太。期待しとけよ!」


どうやら歓迎される立場ながら祐輔にゆっくりする暇はないらしい。

てきぱきと段取りよく準備を進めていく池田に遅れないように作業を始める祐輔だった。

同時にどこか居心地の悪さというか、運動をすることで忘れていた言葉に出来ないもやもやが再びあふれてきてあまりいい気分にはなれなかった。








「え! 池田さんと高堂さんって幼馴染だったんですか!」


バーベキューも終わり、デザートのプリンを食べながらの会話のひとコマ。

突然だったもののなんとか無事にバーベキューは終わった。

加えていうなら池田の料理はめちゃくちゃうまかった。あらかじめ作ってきたというプリン(どれだけ彼の男子力は高いのだろうか)も市販のものとは比べ物にならないくらい濃厚で上品な甘さが絶妙に美味しい。

天は一体、彼に何物を与えたというのだろうか。

食材も食べ盛りの宏太がいるというのもあって食材も余すことなく食べきることが出来、歓迎会はひとまず無事に終わったといえるだろう。


「ああ、そうだよ。まさか会社まで一緒になるとは思わなかったけどね」

「まったくだ。さすがに私も開いた口が塞がらなかったな」

「腐れ縁のようなもんだけどな。お互い能力者の家に生まれちまったからさ、自然と家族ぐるみの付き合いになっちゃうんだよね」


二人の繋がりは会社では面倒なことにならないように秘密にしていたらしい。


「翔の家で能力を持って生まれたのはお前だけだったからなおさらね」

「その通り。そのせい六男だってのにクソ親父のせいでほとんど自由はないしな。ホント兄貴たちが羨ましいよ」

「……能力は必ず遺伝するものではないですか?」

「ああそうだ。むしろ遺伝する確立は代を重ねるごとになぜか落ちている。私の所は運よく姉妹二人とも能力持ちだったが――ええと、翔の所はいくつだったっけ?」

「八男六女の一四人兄弟だな。それで能力持ちは俺一人だけでさ、困ったもんだよ」


親も違ったりするしな、とポツリとつぶやいたことに祐輔はなんと反応すればいいかわからずおとなしく話を聞くにした。


「急激な能力者の減少というのもあり、いま私がしている能力者の研究ということにスポットが当たっていくわけだが、おっとすまないな。休みなのにこんな話ばかりで」

「いえ、そんなことないですよ。むしろもっと聞きたいです、いままで訓練しかしてこなかったので詳しいことは何も知らなかったですし、結構おもしろいんで」

「そうか? なら話を続けよう、早い話をいうなら能力者は世界的に激減しているのさ」


恵美がなにかつぶやいて指を振ると光の玉がふわふわと浮かび上がる。

志弦がよく見せている光球だ。同じ光を扱うのは姉妹なだけあって能力も近いからなのだろう。


「単純な話で能力者が減り続けている、このままではいなくなってしまう。それなら人工的にそれを作り出すことにしたということだ。そしてお前らはその数少ない貴重な成功例かもしれないってこと」

「減り続けている原因はなんなんですか?」

「それがわかったら苦労はしない。遺伝の限界だとか、神の加護が失われたとか根も葉もないことがいろいろいわれてるけど一切不明かな」

「まあそのせいで能力の開発競争が世界的に加速しているのは確かかな。といってもどこも進捗はよろしくないようだけどね。あとお茶いれたんだけどいるかい?」


いつの間に席を立っていたいたのか、池田が差し出したお茶を祐輔はありがたく受け取る。


「ということで能力を使うことができる二人がいることによって研究が本格的に進められるわけだ。よろしく頼むよ高島君」

「島田です……」

「おっとごめんごめん。それじゃあ私たちはそろそろお暇しようかな。二人は今日と明日は休みね。少しはゆっくりしてってちょうだい」

「ちょっと待った!!」


会話に入り込んできたのはさきほどから珍しくおとなしくしていた宏太だった。


「帰る前にひとつお願いがある! 翔兄ちゃん!!」


宏太はビシッと勢いよく池田に指をさす。


「帰る前に俺と戦ってくれ! 今度こそ俺が勝ってやるからな!」


いつものようにおちゃらけるでもなく、前見せたときのようにいつになくまじめな顔をしている宏太。

一体なにが宏太をそこまで強さに駆り立てるのだろう。

宏太と過ごした一週間。少しは打ち解けはしたような気はするが、祐輔にはまだ彼の心のうちはつかめない。

宏太たち四人がどういった関係でいるのかもよくわからない。

祐輔は運よくここにこれた部外者でしかないのだ。

この光景がどこか蚊帳の外のような感じがして祐輔はどうにも寂しかった。




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