僕の告白(2)
僕がヒロさんよりサッカーが上手くなったら、今の気持ちがなくなるわけではない。サキに付き合おうと言われても、僕は断るだろうし、辛さがなくなるわけでもない。
確かに、彼女の言う通りではある。
「辛いなら辛いで、カズヤがその気持ちを消化しないといけないの。それにはさ、もちろん何かを頑張って消化できるものもあれば、時間が経つのを待つしかなかったり、何かの事件とかきっかけが必要だったりさ。ケースバイケースなんだろうけど」
ゆうちゃんの言葉に相槌をうちながら、僕の心の底にあった黒い感情が少しずつ薄れていくのを感じる。
何だろう、この感覚。
有名なカウンセラーのありがたい講義でもなければ、特別なことを言われてる訳でもないと思う。
それでも、この言葉が僕には必要だったんだと自分で分かる。
「でもね、カズヤは全部を頑張ることで解消しようとしてると思うの。それじゃ辛いよ、疲れるよ、抱えきれないよ。だからさ、私なんかに言われたくないかもしれないけど、少し肩の力を抜いていこうよ」
ねっ、と彼女は微笑んだ。
夕焼け空の下で、太陽みたいに。
私は全然頑張れなくて、時間とかきっかけとかを待っちゃうから。恋愛だって、誰かと別れたら次に好きな人ができるまでは引きずっちゃうし。だから、カズヤみたいに頑張れる人ってすごいなって思うの」
背中を撫でていた手を止め、軽く叩きながら「こーの、頑張り屋さんめー」なんてふざけて言ってくるんだから、ちょっと笑っちゃったよ。
辛い気持ちがゼロになったわけじゃないのに、笑えてるんだから、僕はどれだけ彼女に救われたんだろうか。
「だからさ、私もカズヤみたいにちょっとずつ頑張れるようになるから、カズヤは私みたいにゆっくりできるように意識してみよ?」
「……うん、そうしてみる」
良くできましたいい子いい子、なんて言いながら今度は僕の頭を撫でてくるんだから、ゆうちゃんには敵わないなって思う。
「一応、今は僕の方が歳上なんだけど?」
同級生の世代とはいえ誕生日を迎えたし。
そういえばゆうちゃん、6月が誕生月って言ってたかな。何日なんだろう。
「良いの、何かカズヤ可愛いし。見た目チャラいのに純粋だし。良い子良い子」
その後に、「あっ、うちの店に来るような子は良い子じゃないかな?」なんてニヤけながら言ってくるから、反応に戸惑っちゃったよ。
「まぁ、冗談は置いとくとして。辛かったら、頑張らなくても良い時だってあるんだよ。辛いときに何もしないのって焦ったりしちゃうかもしれないけどさ」
「うーん……そうなれるように頑張る……」
「ほらまた頑張るって言ったーだめー」
「それは言葉のアヤじゃん」
僕は笑った。彼女も笑った。何だろう、何なんだろう、この感じ。
「あっ、カズくん、ここにいた! 探したよー!」
声が聞こえて、顔をあげると僕のバッグを持ったミユがそこにはいた。
「あ、ごめん」
落ち込んでいる間に、どうやら結構な時間が経っていたらしい。
「ごめんじゃないよー! もうみんな帰っちゃったし、ヒロ兄は女の人と出掛けちゃったし、カズくんの荷物を置いとけないから私が探せって言われるし!」
「分かったから……」
すごい剣幕で捲し立てられて、申し訳なさと恥ずかしさが混在している。ダウン中に逃げちゃったから、携帯も財布もバッグの中に入れたままだったもんね……そういえば。
「あー、じゃあ、私はそろそろ帰るね?」
少し気まずそうに言って、ゆうちゃんは階段を降り始めた。
えーっと、えっと。
「ありがとう!」
何か言わなきゃと思って口から出てきたのはそれだった。試合を見に来てくれて、話を聞いてくれて、ありがとう。
「どういたしましてっ」
気持ちいい笑顔と共にその返事を残し、彼女は階段下のミユにも会釈をして帰っていった。
何だか、ミユがゆうちゃんの顔を一生懸命見ているものだからどうしたんだろうとは思ったけど。
「あの人、カズくんの彼女?」
バッグを受け取りに階段を降りると、そんなことを言われたからつい吹き出しそうになったよ。まさか、まさか。
「へぇー……そっか」
何だか意味ありげに呟くミユを見ていると、「何でもない」と言い足した。何も聞いてないけど。
その後、僕はミユにジュースを奢らされるハメになり、散々説教を受けながら帰路についた。
濃すぎる一日。辛かったのに、何だろう、嫌じゃない日だった気がする。それはきっと、試合に勝ったからだけじゃない。
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