僕の告白(1)

 背を丸めて泣き始めて、どれくらい時間が経っただろう。

 きっと今、僕はどうしようもなくみっともない姿なんだと思う。やりようのない悲しさを堪えられずに泣いてしまう、小学生みたいな僕。

 情けないと分かってはいるんだけど、泣くという行為以外にこの辛さを消化する方法を僕は知らなかった。

 サキは僕の試合を見に来たことはなかった。サッカーをしていることは知っていても、試合を見に来ることなんて話にあがりもしなかった。

 だからこそ、今日こんな事態になったんだろうけど。チーム名も知らなければ、チームメイトの話もしてなかったから。

 僕のサッカーなんて、彼女に見せられるようなものじゃないと思っていたんだよ。プロでもないし、サッカーを頑張ったからと彼女と釣り合う男になれるとは思えなかったんだ。

 それよりは勉強をして、元彼に負けないように良い企業に就職してっていうのが大事なことだと思っていたから。その結果倒れちゃって、開き直って今に至るんだけど。

 そんな勘違いのツケが、こんなところでも出るなんて想像もしなかった。

 予想外のショックにただ震えていた背中を撫でる手は、優しさに触れているような気がして。顔を上げると、これまた予想外の顔がそこにはあった。

 彼女は深くは語らず、代わりにさも当然のように試合の感想を話してきて、僕の頭はそれを正確に処理できない。

 何で? えっ、何でいるの?

 そんな僕の疑問を笑い飛ばすかのように、彼女は信じてなかったのなんて聞き返してきて。いや、あれを信じる人はそうそういないと思うんだ。

 彼女はその後も涙の理由には何一つ触れず、背中をさすりながら試合について話してくれた。

 ヒロさんの名前が出てきたときには、驚きとさっきのことを思い出してしまった。そっか、やっぱりゆうちゃんから見ても、ヒロさんは上手いんだ。そりゃそうだよね、腐っても元プロだし。僕とはレベルが違う。

 僕への評価を聞き流すと、怒られてしまった。いや、ヒロさんと比べて僕が下手くそなことは、自分が一番理解している。

 しばらく話すと、彼女は満足げに立ち上がった。じゃあねまたね、って。

 ただ、いざそうなると何て言うか、聞いてほしくなるのが心情ってものだ。構って! 聞いて! ってことではないんだけど……っていうのは、結局誰かに聞いてほしい言い訳なのかもしれない。

 立ち去ろうとする彼女に、つい僕から声をかけてしまった。

 誰かに聞いてもらうには青くて幼い、でも一人では抱えきられなかった痛みを僕は口にした。


「へぇ……じゃあ、オオタさんとカズヤの元彼女が今、良い感じなんだ……」

 一通り耳にした彼女から言葉にされると、何だか変な感じがする。でも、その通りだよね。僕は黙って頷いた。

 丁寧に言葉を選んで、絡まってしまった心の紐をほどこうとする。

「何て言うか……ヒロさんには幸せになってほしいし、サキが他に好きな人を作るのは分かるよ。恋愛って、理由を説明できないものじゃん。でも……」

 でも。

 その言葉で、僕の心はキツく縛られている。

 理由じゃないんだよ。ヒロさんのことは今も尊敬してる。サキのことは本当に今は吹っ切れている。それでも、納得はできないんだ。

「でも、辛いんだ?」

 続きを言えずにいると、彼女が言い足してくれた。

「苦しいよね、辛いよね。大丈夫?」

 再び僕の背中に触れたそれは、さっきよりも僕の心に直接呼び掛けているようにも思える。感覚的なものなんだけど、すごく居心地が良かった。

「カズヤはね、難しく考えすぎなの。どうにかしようとしすぎなの」

 その言葉に僕は首をかしげた。そんな僕を見て、彼女は再び口を開く。

「辛い時は辛い。悲しい時は悲しい。それで良いんじゃないかな。今聞いた話だって、カズヤが何かを頑張ったからって解消される辛さじゃないでしょ?」

「うん……うん」

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