私の憧憬

 ハイブランドのシルバーのアクセサリーをプレゼントにアキラのお店へ行くと、彼は上機嫌で対応してくれた。

 本当に分かりやすい。男ってバカだね、それで貢ぐ私はもっとバカなんだけど。

「今日、行く?」

「どこに?」なんて聞くことはない。プレゼントを渡した日は、彼はホテルで私を抱く。ほとんどお決まりなことなんだけど、形だけの確認はされるんだよね。

 黙って頷いた私の頭を撫でながら、彼は嬉しそうにアクセサリーの入った紙袋を眺めている。

 私よりアクセサリーが好きなんだよね、知ってる。

 私じゃなくて貢いでくれる女が好きなんだよね、分かってる。

 このままじゃ幸せになれないことも、自分が間違ってることも。

 やめたいのにやめられない。

 それでも私は今日も彼に抱かれる。ベッドの上で彼を感じて、一瞬の充足感に身を委ねる。

 ホテルから出ると、彼はプレゼントの礼を言ってタクシーに乗り込んだ。

 自分のものでもないネックレスひとつにバカみたいなお金を出して、偽物の幸せを買う私をいつまで続けるんだろう。

「幸せになりたいなぁ」

 つい呟いたのは、心の声。

 さっきまで満足してたからなのかな、急に寂しい気持ちになった。その満足すら本物なのかは分からないけど。

 家に帰っても一人で辛くなるだけだし、どうしよう。

 特に目的もないけど、家に帰りたくないから散歩。たまに捕まる水商売のキャッチをあしらって、町の外に向かっていく。

 30分くらい歩いたところで、スポーツ公園が見えてきた。そういえば、カズヤたちはここで試合をするって言ってたかな。

 公園って名前だから、小さな学校のグラウンドみたいなところを想像してたけど、スタンドがあったり陸上のトラックに囲まれてたり、何だか思ったより本格的だ。 こんなところでサッカーをするのって、どんな気持ちなんだろう。見に来る人たちは、どんな人なんだろう。

 街灯の光でしか見えない芝のグラウンドは、何だか神秘的な雰囲気すらある。明るい時だと、どう見えるんだろう。

 あまりに縁遠い世界で想像もつかないけど、少し興味が出てきた。

 私はその日を待ちながら、お仕事に励んだ。


 天気は快晴。昨日の雨が嘘みたいにカラッと晴れた空の下、私はスポーツ公園へ向かっている。

 14時から開始って話だったから、ちょうどそれくらいに到着するようにお昼を食べて家を出たんだけど、この時間は日差しがキツくて日焼けしそう。

 敷地に入ると夜とは全然違う空気を感じた。何て言うんだろう、変な例えかもしれないけどお祭りみたい。

 競技場に近づくにつれ、その熱みたいなものはどんどん強く感じられるようになって。 スタンドに繋がる階段を登ろうとしたとき、中から強い笛の音が鳴り響いた。試合が始まったのかな。

 小走りに階段を登ると、壮大な景色が広がった。

 実際にスタンドから見てみると、サッカーのコートってすごく広い。綺麗な緑色が太陽に照らされて、普段は暗いところで働く私には何だか眩しすぎる。

「すご……」

 思わず呟いてしまうほど、私はそこに吸い込まれていた。

 しばらくボーッと眺めていたけど、立ったままでいるのも何だか変な気がして、少し陰になってるベンチに座ることにした。ちょっとお尻が痛いし、贅沢かもしれないけど背もたれがほしいな。

 文句も程々に、試合に意識を戻した。遠目だからどれが誰かはパッと見分からないけど、みんな一生懸命なのはすぐに分かる。声を出して、走り回って、たまにはこけちゃったり。

 何が楽しくて、彼らはあんなに汗をかいているんだろう。

 10分ほど見たところで、やっとカズヤが分かった。スタンドに近い方で、たぶん攻撃よりは守備をする人なのかな? それにしては、ずいぶん相手陣地に近い気もするけど。

 素人な私は、ゴールが入る以外にどんなことがあるのかはあまり分かっていない。ボールが外に出たら手で投げて、反則があったらフリーキック。オフサイドは、名前だけ聞いたことがある。

 そんな私でもカズヤのチームが何となく良い感じなのは分かる。ボールをいつも持ってるし、相手チームはシュートを打つことすらまだできていない。

 それでもまだカズヤたちもゴールを決められていないのは、何だか不思議。やっぱり気持ちとしてはカズヤを応援してるからかな、惜しいシーンが続くと私もイライラしてしまう。

 イライラは続くんだけど、何となく気づいたのはカズヤと10番の選手が上手いってことだ。 かなり押してる中でも、その二人は相手チームに全くボールを奪われない。余裕って感じ。

 10番の選手からパスをもらったカズヤは、そのボールを止めるとすぐに返した。

 あんなすぐに返しちゃうパスに、何か意味はあるんだろうか。

 カズヤはパスを返してすぐに走り出したけど、彼にパスは出ずに逆側の選手にボールが向かった。 パスももらえないのに、何であんなに走るだろう。カズヤのあの走りは、骨折り損のくたびれ儲けのように私には見えた。

 そんな私の気持ちを知るはずもなく、彼はまだ走る、走る。つい目を惹かれてしまう真剣さと純粋さで、彼は走る。

 笛が二回鳴って、選手たちは一度グラウンドから出ていった。サッカーが前半と後半に分かれているっていうのは何となく知ってるから、これがその間の時間なのかな。

 何が何か分からなかったり、考え込んでしまったり、カズヤの姿に惹き付けられたり。 サッカー自体がよく分かってない私にも、前半はあっという間に終わってしまった。手汗をかいてるのには、自分で驚いてしまった。

 スタンドの階段を降りたところに、自販機があった気がする。何か飲みたいな。

 日陰から出ると、蒸し暑さが一層強くなる。こんな天気のなか、あんなに走れる源は何なんだろう。本当に同じ人間なのかな。

 階段を降りて自販機に向かうと、女の子がじっと私を見てきた。誰だろう、知り合いではないけど、何だか品定めするような目付きだ。

 違和感を感じながら会釈をすると、彼女も一応礼を返して去っていった。謎だけど、気にしても仕方がない。

 あっ、もしかして私が美人過ぎて見ちゃったとか?

 心でボケても誰もつっこんでくれるはずもなく、私は炭酸ジュースを片手にスタンドへ戻った。

 前半はあっという間に終わったのに、後半が始まるまでの時間はやたらと長く感じた。

 冷たかった缶ジュースがぬるくなった頃、選手が出てきた。カズヤは10番の選手と何かを相談しているみたい。

 その相談も終えて、選手が広がったときに気がついた。カズヤ、ポジションが変わってる? 今までは守りのポジションにいたはずなのに、今度は10番の選手より前にいる。

 後半開始の笛がなると、カズヤは全力でボールを追いかけ始めた。一生懸命に、ガムシャラに。それはグラウンドから離れたスタンドで見ても、はっきりと感じ取れた。 前半より早いペースでダッシュを繰り返して、遠いところにパスされてもまだ追いかける。

 走っているのはカズヤのはずなのに、なぜか私が息苦しくなってくる。鼓動が早くなる。

 そんなところまで追いかけても、どうせパスされるじゃない。何で追いかけるの?

 それが素人の私だから持つ感想なのか、他の人もそう思ってるのか分からない。でも、明らかに無駄に見える走りを彼は止めない、諦めない。

 まだ後半が始まったばかりなのに、焦っているのかな。前半とは何か違って見える。 そんな彼の姿を眺めていると、カズヤのチームの10番がボールを持った。カズヤは走りはじめて、大きな声でボールを呼び込む。

 でも、出てきたパスは厳しいもので。外に向かって流れていくボールを追うペースを、相手選手も緩めてるのに、カズヤは全力で追いかけている。

 何で。何で走るの。ボール出ちゃうよ。またその後に頑張れば良いじゃない。無駄だよ。

 そんなことを思っているのに、口から漏れてきた呟きは真逆のもの。

「……がんばれ」

 ボールはそのまま白線に向かっていく。勢いは落ちているけど、それでも着実に。

 ああ、もう出ちゃう。やっぱり、無駄なんだよ。

 そう思った私に、新しい絵が目に入った。パスを出した10番が、相手ゴールの方に向かって全力で走り出したんだ。

 相手チームの選手も申し訳程度に走っているんだけど、二人ほど全力ではなくて。たぶんボールが出ると思ってるのかな。 みんなが無理だと思ってるところで走る二人は何だか滑稽。滑稽なのに、笑えない。

 追いかけるカズヤとボールの距離は少しずつ、少しずつ縮まっている。まさか。追い付くの?

 いよいよボールがラインを越えようという時に、カズヤはボールに滑り込んだ。縮まっていた距離はゼロになって、ボールはグラウンドの中に止まる。

 スタンドにいる、多くはない観客から今日一番の歓声が上がった。間に合ったの? ボールが出る前に、カズヤは追い付いたの?

 ルールもろくに理解できていない私はキョトンとするだけなんだけど、グラウンドの彼はもう立ち上がってドリブルをしている。あんな勢いでスライディングしたのに、痛くないのかな。

 相手チームの選手も慌てて戻っているけど、カズヤには全然追い付けそうにない。

 外からゴールに向かってドリブルしていくカズヤの顔は、何だか楽しそう。あんなに走り回って、ボロボロになって、さっきもスライディングをして。楽ではないことのはずなのに、彼は今、笑っている。

 ゴール前に一人だけ残っていたキーパーが、慌ててカズヤに向かって近づいていく。今までもこういうシーンが何度もあって、その度に外してしまっていた。

 どうするんだろう。また外してしまったら、さっきの頑張りも意味がなくなっちゃうのに。

 カズヤがドリブルのスピードを落とした時、彼の名前を呼ぶ10番が後ろから走ってきていた。このために、他の誰よりも早く走り始めてたんだ……!

 丁寧なで優しいパスをカズヤからもらった10番のシュートを妨げる人はもういない。カズヤが追いかけていた時みたいに転がったボールは、ゴールの線をしっかり越えてネットを揺らした。

 カズヤと10番は二人で喜びを爆発させている。遅れて、後ろから走ってきたチームメイトもそこに加わる。

 プロの試合でもなければ、彼らはこれでお金を稼いでるわけでもない。ゴールが入っただけ。ただそれだけ。

 ゴールを決めたからお給料が増えるわけでもなければ、有名になるわけでもプロになれるわけでもない。

 それでも彼らは輪になって喜んでいる。これこそが最大の喜びだというように、顔をクシャクシャにしているのがここからでも分かる。喜びすぎて、審判に笛を鳴らされるほどだ。

 彼らがここまで喜べる理由が、私には分からない。その一方で、そんな風に考えてるくせに、胸には何か熱いものが残っているのも事実で。 言葉にできない何かが、私を焚き付けてくる。今までに感じたことがない気持ちだけど、嫌じゃない。

 これが何か分かれば、カズヤたちの気持ちも分かるのかな。

 理由の分からない胸の高鳴りを感じていると、カズヤがベンチに向かってきて、代わりに一人の選手が入っていった。交代しちゃったのかな、残念。でも、点が入るまで出てて良かったね。


 私がいなくなっても世界は回るように、カズヤが交代しても試合は続く。

 胸が高鳴ったまま試合観戦を続けていると、相手チームも反撃をし始めた。

 あっ、危ない! シュートがカズヤたちのチームに向かうと、それだけで何だか不安な気持ちになるし、逆に攻めてると「いけー!」って思っちゃう、不思議。

 そのまま攻めたり攻められたりの時間が続くと、久しぶりに10番の選手がボールを持った。カズヤが交代した後もずっと存在感を放っていたけど、今度はどんなプレーをするんだろう。

 前を向いてボールを持った彼は、右足でボールを叩いた。点と点が線で結ばれるように、カズヤと交代した選手の走る先にボールが送られた。

 すっごい、綺麗!

 さっきのカズヤみたいにキーパーと一対一。でも、あの時とは違ってゴール正面からだからかな、その選手が放ったシュートは難なくキーパーの脇を抜けて、ネットが再び揺らされた。

 一点目同様に輪が出来て、相手選手もうなだれてる。

 観客の「やっぱりオオタは上手いよ」「パスで勝負あったな」なんて話し声が聞こえてきて、10番の選手がオオタさんだと私は知った。サッカーの分からない私でも綺麗と思うようなパスを出すくらいだから、あの人ってすごい人なんだとは思っていたけど、名前も知られてる程なんだ。

 そのまま試合が進んでいって、もうすぐ終わりかな、なんて思ったときに、隣に女の人が座ってきた。

 うわー、すっごい美人だ。

 ウェーブを少しかけて、ふわふわの茶髪が背中まで伸びてる。目鼻立ちはくっきりしてるし、着てるシャツワンピも安くは無さそうな生地感。肌の色は白くて、胸元には女の子に人気なブランドのネックレスが飾られている。

 さっき私を見ていた子の時は冗談で考えてたけど、こんな美人がいたら、つい見つめてしまう。

 誰かの彼女とかなのかな。それか、親戚? うーん。

 座ってからはずっと携帯をいじっていた彼女を見ながらそんなことを考える私を不審がったのか、こちらに不思議そうな視線を向けられた。慌てて会釈をして試合に視線を戻したんだけど、すぐに試合が終わってしまった。

 他の観客たちは帰り支度を始めて、徐々に席を立っている。隣に来た女の人も、座って早々だというのに立ち上がった。終了間近に到着して、試合も見ずに携帯をいじって、それでもう帰るんだ、何をしに来たんだろう。まぁ、私も人のこと言えないくらい何をしに来たか分からないんだけど。

 元々少なかった観客はどんどん減っていき、私は最後の一人になるまで座ったままだった。

 何て言うか、圧倒され過ぎて、見てただけなのに私はちょっと疲れていた。全然走ってもないし、日陰に座ってただけなのにね。何でだろう。

 選手たちもグラウンドから出ていって、空っぽになったスタンドから空っぽになったグラウンドを眺める。

 綺麗な緑は、夕焼け空に照らされている。何か、青春っぽい景色だ。

 一息吐くと、私は階段を降りていって小さなスタンドの最前列に立って柵に手をかける。

 こんなに近くにあるのに、柵の向こう側は遠い異世界みたいだ。私なんかは、入りたくても入れない世界。

 そう思うと何だか無性に悲しくて、泣いちゃいそうになる。柵を握る手にも力がこもる。

 その世界に行きたいなんて思ったことはなかった。今だって、何であんなことしてるんだろうなんて考えてた。

 それでも彼らはなぜか輝いていて、理由も分からないけど憧れすら持ちそうになる。 寂しさを隠すように頭を小さく振って、グラウンドに背を向けて帰り始めた。

 スタンドを出て階段を降りようとすると、折り曲げられて小さくなった背中が目に入った。何だか見覚えのある後ろ姿だ。


 階段を降りるにつれ、その見覚えは確信に変わる。カズヤだ。

 ユニホーム姿からジャージ姿になってるから階段の上からじゃ分からなかったけど、彼は今、なぜか分からないけどこんなところで膝を抱えている。

 背中が小刻みに震えて、鼻をすする音も聞こえる。

 どうしたんだろう。試合には勝ったし、活躍もしたはずなのに、何で彼は泣いているんだろう。

 状況が状況なせいで何が何かも分からないまま、私は少しずつ階段を降り、彼に近づいていく。

 声、かけない方がいいかな。お店のルール的にも良くはないし……っていうのは、ここに来た時点で言い訳にしかならないんだけど。こんなところに来て泣いてるってことは、カズヤも人目につきたくなかったのかもしれないし。

 でも。彼の隣に並んだとき、私はそのまま黙って階段に座った。お気に入りのデニムが汚れることなんて気にもせず。

 無視なんて、私にはできなかった。

 理由なんて分からない。でも、そういうことって誰もが経験あるんじゃないかな。優しくしたいとか、泣いてる理由が知りたいとかじゃなくて、ただ単に放っておけなかったんだ。言ってしまえば、私のわがまま。

 励ましたいから、元気になってほしいからカズヤの隣に座ったんじゃなくて、ここで私が黙って通りすぎちゃうと家に帰った私がモヤモヤしそうだから。

 隣に座った私に気づいているのかいないのか、彼はまだ顔をあげようとはしない。

 かける言葉も見つからない私は、彼の背中に右手を伸ばした。

 寂しそうに揺れる背中を、そっと撫でる。今までもお店でカズヤの体に触れたことはあったけど、その時とは違うように感じるのは気のせいなのかな。

 急に触れられて驚いたのか、カズヤは小さく頭を動かしてこちらを向いた。目は充血していて、頬は普段より痩けて見えた。

「えっ……」

 驚きの呟きを漏らす彼に、私は労いの言葉を投げ掛けた。

「試合、お疲れさま。かっこよかったよ。勝って良かったね」

「いやいや……えっ……な、何で?」

 泣き顔のまま、カズヤは疑問を投げ掛けてきた。まぁ、それはそうなんだけどさ。ちょっと意地悪をしてみよう。

「何が何でなのー?」

「いや、何でいるの……っていうか……」

「見に来るって言ったでしょ? 信じてなかったのー?」

「いやいやいやいや……」

 やけに「いや」って言葉を使うなぁ、口癖なのかな。そんなどうでもいい感想は置いて、私は彼の背中を撫でながら言葉を続けた。

「凄いね、上から見ててもカズヤってうまいんだなって思ったよ」

「いや、俺なんか全然……」

「謙遜しないでいいから。私、正直サッカーのことなんて全然分からないまま来たけど、カズヤのプレーが何ていうか……一番だった」

 上手いっていう言葉が入るのか、凄いって言葉が入るのかは分からない。ただ、カズヤの姿が私の胸を揺さぶったのは事実で。

「あんなに走り回って辛そうなのに、楽しそうだなって。目が離せなかったの」

 黙って私の言葉を聞く彼は、少し照れ臭そうに頭を掻いた。

「あ、ありがとう」

「だから本当に、かっこよかったよ」

「いやいや……最後だって結局、ゴール決められなかったし」

「でもその前のパスに追いついたところとかさ。間に合わないと思ってたのに、スタンドも凄い盛り上がってたよ」

 それはそれは、と他人事のように彼は呟いた。

「もうー! 本当だよ! カズヤはもっと自分のしたことの凄さに気づきなよー!」

「いや、だって僕、仕事できてないし。点取るためにポジション変わったのにさ……」

「でもさ、カズヤがあそこで走って追い付いて、点が入ったでしょ? 勝ったんだし、その悔しさはまた次に解消すれば良いじゃない。それに……」

 そこまで言った後、何と続ければ良いか分からず言葉に詰まってしまった。

 感動した? 違うよね。うーん、何て言葉を言うのが正解なんだろう。

「それに?」

 言葉の続きを求められて、私の口から出てきたのはこれだった。

「また見に来たいな、って思ったよ」

「お、うちのチームのサポーターになっちゃう?」

「サポーター?」

 キョトンとした表情で問い返した私に、カズヤは説明をしてくれた。

「ファンっていうか応援団っていうか……ほら、日本代表の試合だったら『VAMOS ニッポン』って歌ってたりするじゃん?」

「えー! 無理だよ無理!」

 あんな少人数しかいないスタンドで、テレビで見るような応援なんて絶対無理。恥ずかしいし、そもそもサッカー自体がまだ、ろくに分かってないし。

 ……まだ?

「それは冗談にしても、よかったらまた見に来てよ。見てくれる人がいるって、やっぱり嬉しいしさ。うちのチームくらいだと、基本的に家族とか関係者しか見に来ないから」

 そうなんだ。やっぱり、さっきスタンドにいた人たちはみんな知り合いなのかな? 楽しげに話してた人もいたし、オオタさんって名前を知っていたのもその関係だろうか。

 あの美人さんは誰かの恋人なのかな。それこそ、オオタさんとかお似合いっぽいけど。

「何かね、知らない人たちが『オオタさんが上手い』って話してたんだけど、あの人が前にカズヤが話してた先輩?」

「オオタさん……ああ、ヒロさん。そうだよ、あの人、上手いでしょ?」

 へぇ、ヒロさんって言うんだ。

 彼の名前を口にするとき、カズヤは何だか複雑そうな顔をした。この間は慕っていて心配で仕方ないって感じだったのに、どうしたんだろう。

「うん、サッカーを知らない私でも、あの人は別格だなって思った。でもね、カズヤも同じくらい上手いなって思ったよ、本当だよ」

「あー、うん。ありがとう」

「そういうとこー! もっと喜んでよ!」

 本当に、もうちょっと自分に優しくしてあげなよ。同じくらい上手いって言ったけど、上手さじゃなくて心に残ったのはオオタさんじゃなくて、カズヤのプレーなのに。

「元気も出たみたいだし、そろそろ帰ろうかな」

 いつまでもダラダラ話しててもカズヤに迷惑かけるしね。

 立ち上がって、汚れたお尻の辺りを手で払った。まあ、話して楽しかったし多少の汚れは甘んじて受け入れよう。

そのまま歩いて行こうとする私を、彼は懇願するような声色で呼び止めた。

「ごめん、もうちょっと……良い?」

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