第肆陣 彼憑カレ、鬼喰ラワレ
「この野郎ッ!!」
人混みの外側からその姿を覗いた彼は走った状態のまま膝を曲げ体を折りたたむと、幾数にも重なる群衆の頭上を飛び越えた。
空中で姿勢を整えながら獲物を凝視してみれば、数人の族の死体の中心に男は背を向け立っていた。浪人らしい小汚い服装にほつれたマゲ、そして異様に血走った目玉だけが龍之介を睨み返している。肩で息をし腰を落とし、だらりと両腕を下げた態勢の彼からは未だに殺気が溢れ出し、「まだ足りない」と次の標的を探しているようにも見えた。
同時に剣を抜く。虎之助の遺物「望月」は銀に輝く刀身をあらわにし、行灯に反射する光は今もなお艶やかに色気を帯びていた。蒼い覇気を纏うようなそれはゆらりと体躯を震わせて、敵を討つべく振り下ろされる。
「オラァァ!!」
「かぁぁっ!!」
衝撃の瞬間、浪人は防衛のためか真っ向から望月を折りに剣を振った。およそ常人とは思えない速さで空を裂く様は少なくとも人間がなせる技ではなく、「何者かに取り憑かれた」と色濃く思わせるような軌道だった。
だが、そこに「攻撃」の様相は無い。
左から右へ、裏拳で薙ぐように払い切る軌道は龍之介の体を捉えず腹の前を通り過ぎ、代わりに右足を引いて脇腹を見せた浪人は振り下された得物を避けると同時にその軌道上に時雨を置き、龍之介の力で時雨を加速させた。
「なぁっ!?」
「ぁぁぁあああっっ!!」
回転切り。龍之介の力を乗せた時雨は勢いをそのままに狙いを定め、龍之介の首めがけて振り下ろされる。理性の欠片も見てとれない血迷った浪人から繰り出された凄まじく合理的な攻防一体の一撃に彼は驚愕の音をあげ、無防備な背中を無惨にも晒してしまう。
明らかな隙。
殺気放つ相手にそれを見せることはすなわち「死」を意味する。
首筋にぞくりと感じる悪寒は明らかに殺意の塊そのものであり、死神の足音が背後から忍び寄る。心臓に舌を這わせ、刃を突き立てられたその時。
「そこっっ!!」
「あぎゃぉぉぉ!!!」
同じく背後、今度は後方数尺先から聞き覚えのある声。同時に浪人は悲痛な叫びをあげる。
ばぢりと鼓膜を打つ不快な音がすると思えば、目の前4寸先の地面にどずんと時雨が突き刺さり、巻き上げられた風が龍之介の頬を撫でた。
やっとのこと着地。肝を冷やす濃密な滞空を終えた彼は這った姿勢のまますぐさま敵を見据え、再度討つべく剣を振るう。浪人は時雨をすでに手放し、得物を握っていた右手の甲には代わりに呪符付きのクナイが突き刺さっていた。かなり崩れた漢字が記され解読はできないものの、陰陽の力が込められているというのは本能的に理解できた。
そこから龍之介はあることを思い出す。
「動けなくして下さい!」
殺しはするな。と。
とっさに悟ったがもう遅い。振るわれた剣は勢いを増し、敵の首をすでに狙っていた。すぐさま腕をひねりなんとか峰を敵に打ち付けたものの、加減ができずそのまま吹き飛ばしてしまった。
「龍之介さん!お怪我は!?」
「大丈夫だ。助かったが……!」
辰之進の心配を聞き流し、戦闘態勢を継続させる。緊張感のある面持ちから察するに「手応えがなかった」と言いたいようだ。
「ぐるるぅ……!!」
浪人は未だ倒れず。右手以外には特に目立った傷もなく、相変わらず右手首を押さえているため恐らく龍之介の剣との接触の瞬間に横へと自ら飛んだようだ。刺さっていたクナイも衝突の衝撃で抜けたのか、手の甲からはドロドロと真っ赤な血が流れ出している。
唸り声を上げつつ腰を落とし、威嚇しながら浪人はちらちらと辺りを見回した。追い込まれ、数的有利さえも勝ち取れない。得物も失った今、戦う未来は死あるのみ。
人参を一口、
「ぐるるぁぁ!!」
突進。
無鉄砲極まりない攻撃。
しかし龍之介はこれを最も恐れていた。
(くそっ!!読めねぇ!!)
取り付いている妖怪は恐らくかなり頭が回る。二度攻撃を試みたものの、そのどちらも最初から読んでいたように避けられ、さらには反撃さえもされた。そんな相手が何も考えずに突っ込んでくるはずがない、と龍之介は推測していたためだ。
その間にも浪人は迫り来る。本能的反応で龍之介は望月とともにこちらからも距離を詰め、接触の瞬間までの時間を僅かにずらす。反応が遅れることを願ったが成果はよくわからない。
「オラァァ!!」
足払いすべく剣を振るう。峰を向けたそれは「いかに素早く直撃するか」のみを重点に置き力の加減などまったくしないものだった。
考えることなんざ性に合わねぇ。と剣筋は笑った。
恐らく避けられるだろうが、やらないよりましだ。そんな意気込みで振るった剣に、思わぬ出来事が舞い降りた。
「ぎゅおるる!!」
まるで吸い込まれるように、突進する浪人は態勢を低くし、龍之介へと真っ直ぐに突撃してきたのだ。わざわざ自分の間合いに入る行為に策略を感じ、冷や汗がどっと溢れたもののその不安を一気に吹き飛ばすあるものが目に映った。
とすり、と三本のクナイ。
龍之介のこねかみをかすめたそれは低く態勢を落とした浪人の頭上を通り過ぎ、後方の八百屋の壁に突き刺さった。
───なるほど、俺を脅威と見なさなかったか。
浪人は龍之介など眼中にないと辰之進の方を見据え、にやりと不敵な笑みを浮かべていた。
勝機。精神の揺らぎは消えた。
龍之介は渾身の一撃を決めるべく狙いを定めた。
風を切り、放つ太刀筋。
「行かせねぇ!!」
─────s/23-60@─────
「ぎゅ!?」
三度目の
斜め下に叩きつけられた浪人は勢い余って地を跳ね、同時にきりもみ回転する。化け物らしくとっさに手を広げ四本の足で着地をしたものの、脇腹の痛みに耐え切れず崩れ落ちた。
「……こいつ、もしや俺の『アンドラス』に取り憑かれたのか?」
一難は去った。安堵のため息のような呟きを漏らし、万が一を警戒しながら龍之介は専門家である辰之進に問いかける。
異様な殺気、したたかな殺しの剣筋、血走った目。二度の衝突はどちらも辰之進による撹乱のお陰で命を繋ぎとめ、そして陰陽の呪符も効いた。
以上の事柄、そして「時雨に触れていた」ということから「時雨を盗んだが族に襲われ命の危険を感じ、そこで契約してしまった」と龍之介は推理したのだ。
「なぁ辰之進。俺と時雨を隔離した時、時雨に触れたやつに何か異変はなかったか?」
「特にそんなことはありませんでしたね...あるとすれば、クロちゃんさんが「こんな重いのアタシに運ばすんじゃねーですよ!ふしゃー!」って言っていた気がします。」
「……お前、クロのこと嫌いなのか?」
「この前私の楽しみにしていた饅頭を盗み食いしたクロちゃんさんが悪いんです。」
「あぁそうかい……」
呟きつつも
「ちっ……まだ倒れねぇか……」
両手に構えるは望月。見据えるは怪異。あたりは夕の日差しに赤く染め、
昼と夜が交差する、明暗曖昧な時分。光と闇の矛盾に、妖は心を躍らせ怪異はその身に力を宿す。徐々に呻き声に力を込める浪人に、野次馬と二人は固唾を飲んだ。
「あにじゃぁぁぁぁ!!!」
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