第五章 生徒会の「活動」昭和五十八年度・二学期
九月の雨
「会長……雨降らないといいですけどね」
「なんだ、トモは傘持ってないのか?」
「ごめんなさい……持ってないです」
「まあ、あたしも持ってないけどな」
空の雲行きが怪しい。鉛色の雲が立ちこめ、今にも泣き出しそうだ。
夏も終わりに近づき、秋の気配を感じる今日この頃、僕と小夜子会長は徒歩で家路につく。小夜子会長とはバスを降りて途中まで同じ方向なので、一緒に帰ることが多い。
ポツ……ポツ……
「うわわわっ、トモっ! おまえが雨とか言うから本当に降ってきたじゃないかーっ! バカトモっ!」
「かっ、会長っ! 僕のせいじゃないですよぉ……」
「なんとかしろよトモっ!」
「なんとかって……あっ……そうだ、僕の家あと少しだから……」
「とりあえずトモの家まで走れーっ!」
僕と小夜子会長はカバンで雨をしのぎながら走る。
「おおっ、ここがおまえの家かー」
「会長、とりあえず上がってください」
「ありがとトモ、世話になるな」
「いえいえ」
僕は小夜子会長を自宅に上げる。今日は親も妹も帰りが遅く、家には誰もいない。
「あー……髪がびしょびしょだなー……」
「会長、洗面台にタオルとドライヤーありますんで使ってください」
「おっ、トモ、気が利くなー、ちょっと借りるぞー」
小夜子会長は洗面台の前で、いつも後ろで束ねている髪を解く。いつも見慣れたポニーテールと違い、なんだか大人びた雰囲気だ。僕は思わずその場に立って見とれてしまった。
「何見てるんだよー?」
「あっ……ごめんなさい……会長……僕、二階の自分の部屋に上がってますから……」
僕は慌てて二階へと階段を駆け上る。
「待たせたな、トモ」
小夜子会長が二階の僕の部屋に入ってくる。
「会長、髪は乾きましたか?」
「バッチリだ!」
小夜子会長は、髪をおろしたままだ。僕はいつもと違う小夜子会長に、またもや見とれてしまう。
「何赤くなってるんだー? おまえ」
「あっ……あの……僕……その……お茶淹れてきますね……」
僕は慌てて、途中転びそうになりながら階段を降りる。昇ったり降りたりと、なんか一人でバタバタしているような……。
「会長ー、お茶淹れてきましたよー。雨で冷えましたからね……」
「ありがとよ、トモ」
「まあ優子ちゃんと違ってごくごく普通のティーバックの紅茶ですが……」
「それでもトモにしては上出来だぞ」
「って、会長っ! 何見てるんですかー?」
「んにゃ、適当にガサ入れしたらトモのアルバム出てきたからなぁ……きししし」
どうやら、小夜子会長は僕のいない間に勝手に部屋を物色したようだ。
「会長ーっ、僕の部屋勝手にガサ入れしないでくださいよぉ……」
「……にしても、おまえのベッドの下にはアレな本とかなくてつまらんなぁ」
「どこ見てるんですかー? 会長ぉ……」
僕の部屋に、小夜子会長と僕のふたりきり……
女の子……しかも年上の先輩が僕の部屋にいることに、まだ実感できない。
小夜子会長は嬉々とした顔で僕のアルバムを眺めてる。何か宝探しでもしているかのようだ。
「おおっー! この頃のトモはちっこくてかわいいなぁ!」
「当たり前ですよ、それ小学校低学年ですから」
アルバムのページが進む。
「なんかトモがだんだんでかくなってるなー、気に入らんっ!」
「そりゃ僕だって成長しますから」
小夜子会長は、僕が成長して背が高くなることが気にくわないみたいだ。
しばらくして、僕のアルバムを見ていた小夜子会長の手が止まる。
「トモ……こっから先は写真ないのか?」
「あっ……会長……中学の頃はあまりいい思い出なくて……」
「なんだ? どうしたんだ?」
「まぁ……いろいろあって……中学の頃は……」
「いろいろって?」
「……えーと……大したことじゃないけど……上履き隠されたりとか……ノート焼かれたりとか……あと……トイレ行くの邪魔されたりとか……それから」
「言うなっ! ……それ以上言うなっ! ……ごめん……トモ……」
小夜子会長が涙目になっているのに気づいた。
「ごめん……トモ……嫌な思い出……掘り返して……」
「いいいんですよ、会長……今は僕は……会長たち生徒会の仲間といて、とても楽しいですから……だから……」
どうしたんだろ、僕……なんだか自然と涙が溢れてきた感じがする。
「トモ……あたし……あたし……」
「会長……泣かないでくださいよぉ……でないと僕も……」
「トモ……おまえをいじめる奴いたら……あたしがそいつら再起不能にさせてやるから……だから……」
「会長……うわぁぁぁぁぁ……僕……」
「トモ……泣くなっ……でないとあたし……うわぁぁぁぁ……」
僕と小夜子会長はしばらく泣き続けた……外は、夏の終わりを告げる九月の雨が降り続く……
しばらくして、僕の部屋に夕陽が差し込む。どうやら雨は止んだようだ。
「トモ……今日はありがとな、あたしそろそろ帰るわ」
小夜子会長は、髪をいつものポニーテールに結ぶ。いつもの小夜子会長だ。
「じゃあな! トモ!」
「会長、また今度遊びにきてくださいね」
「おう! また来るぜっ!」
昭和五十八年九月中旬……雨上がりのひんやりとした風に、そろそろ秋の気配を感じた。
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