おふとん大作戦
「やっぱり……僕も……この部屋で寝るんですか……?」
僕は、さっきまでの枕投げで忘れかけていたが、やっぱり女の子と一緒の部屋で寝るということに抵抗を感じる。
「僕……やっぱり廊下で寝ますよぉ……」
「トモっ! おまえ往生際が悪いぞ!」
小夜子会長がたたみかけるように言う。
「トモくんは悪いことなんかしないって……わたし信じているし」
優子ちゃんは完全に僕を信用いているようだけど……果たしてそれでいいのだろうか。
「トモっちは男の子って感じしないからー、まあいっか」
さっちゅん先輩には、どうやら僕は男子扱いされてないらしい……
しかし、さすがに女の子と布団を並べて寝るというのは、とてもじゃないけど僕は落ち着かない。女の子の視線が気になって、とても寝られる状況ではない。
「あの……これ使っていいですか?」
僕は、部屋に備え付けてあった衝立を使って部屋の隅に区画をつくり、その中に布団を敷いて寝ることにする。これならとりあえず「女の子の視線」を遮ることができる。
「おまえー、なんでわざわざそんな狭いとこで寝るんだー? 普通にあたしらの横で寝ればいいじゃん」
「だっ……だって……みんなはいいかもしれないけど、僕は……困るし……いろいろと……その……」
「しゃーねーなぁ……もうトモの好きにしろ!」
僕はなんとか彼女たちの視線を気にせず寝ることができそうだ。
「それじゃ電気消すぞー」
小夜子会長が部屋の照明を消す。僕は今日はとても疲れているので、早いとこ寝たい。しかし、しばらくすると……
「トモー……起きてるかなー……」
小夜子会長が小声で話し掛ける。
「トモくーん……もう寝ちゃったかなー……」
優子ちゃんも小声でささやく。
「トモっちー……寝てたら抱っこしちゃうぞー……」
さっちゅん先輩までも話し掛けてくる。
僕はとりあえず寝ているふりをする。ここで下手に応対すると、寝かせてもらえないどころか、彼女たちの格好の餌食になりそうだからだ。
「おいっ優子、トモって好きな子とかいるのかー?」
小夜子会長……お願いだから優子ちゃんに変な質問しないで欲しいなぁ……
「えっ……? わたしはわからないけど……トモくんって真面目でいい子なんだけど……なんか内気で引っ込み思案で優柔不断だからねぇ……」
優子ちゃん……僕が聞いてないと思うと、けっこう言いたい放題だなぁ……
「あたいはトモっちを抱っこするのは好きだけどね」
さっちゅん先輩……なんでいつも僕を抱っこするんですかぁ……
「さっちゅん、それは好きとかと違うだろー」
小夜子会長、そうそう、違いますよ……って、何でそんなとこで同意してるんだ……
僕はもうみんなの話が気になって、なんだか眠れなくなる。
「しかしまあ、トモってからかうと面白いよなぁー……あいつ嘘でもすぐ本気で信じたりするしな」
「さよちん、あんまりトモくんいじめちゃかわいそうでしょ」
「優子っ、あたしはいじめてんじゃねーよ、ちょっちいじってるだけだって」
「さよっちは好きな人をいじめたくなるとかってやつなのかー?」
「ばっ、ばかっ、違うって……さっちゅんこそ、やたらトモを抱っこしたりしてるけど、どうなんだよ」
なんか話がだんだんと変な方向に向かっているようだ。余計に眠れなくなる。そして、もうひとつの危機が……
「どうしよう……僕……トイレ行きたくなってきたかな……」
風呂上がりに飲んだ缶のお茶のせいだろうか。困ったことになった。しかしトイレに行くには、この衝立で仕切られたスペースから出て、女の子が寝ている布団の脇を通らないとたどり着けない。
「だめだ……もう我慢できない……」
僕は二十分ほど我慢したけど、もう耐えられそうにない。
いつの間にか女の子たちの「女子トーク」は終わっていた。どうやらみんな寝たようだ。
「ちょっと……横通りますよ……ごめんなさい……」
僕は女の子たちを起こさないように、そっと静かに歩く。
「頼むから……みんな……起きないで……」
僕はようやくトイレのドアの前にたどり着く。
「バンッ」
こともあろうに、僕は腕をトイレのドアに勢いよくぶつけてしまう。
「いたた……」
でも、今の僕にとっては痛いとかそういうことより、誰かが起きてしまわないかと不安になる。そして、早くトイレに入らないと……
そう思っていた矢先のことだ。
「トモ?……おまえ……どこ行くんだー?」
寝ていたはずの小夜子会長が、いきなり起き上がって僕に話し掛ける。さっきのぶつけた音で起きてしまったのだろうか。
「あっ…えっ? ……会長?」
小夜子会長は目が覚めているのか、それとも寝ぼけているのかよくわからない。まったく、なんでこんな緊急事態に……迷惑なんて言ったら怒られるかもしれないが。
「会長……ぼっ……僕……そのっ……あのっ……ちょっと急ぎますんで……すみません……」
僕は誰が見ても「トイレ我慢してます」的な足踏みをしながら言う。
「なんだ……おまえ……トイレ行きたいのかぁ?……つまんねーなー……早く済ませてこい」
会長が何を期待していたのかよくわからないが、とりあえず僕はトイレに急ぐ。
「ふぅー……」
僕はやっとのことでトイレを済ませ、身軽になって部屋に戻る。さっきまで起きていたような小夜子会長は、今はぐっすり寝ているようだ。
僕は、部屋の中の衝立で仕切られた「区画」に戻り、寝ることとする。疲れていたせいか、すぐに意識が遠のく。
しかし、その間に小夜子会長が「にやり」と不敵な笑みを浮かべていたことには、当然のことながら気が付かなかった。
「……トモくん……起きて……朝ですよぉ……」
優子ちゃんがやさしい声で僕を起こしてくれる。
「うっ……あっ……おはよう……」
しかし起きた瞬間、僕はとてつもない違和感を感じた。
「えっ……えええええっっっ!」
僕の周りには三人の女の子の笑顔が……そして、衝立で仕切られていた部屋の片隅で寝ていたはずの僕が、どういうわけだか女の子の布団の真ん中に紛れていた。
「トモくん、おはようございます」
僕の右側には、浴衣姿の優子ちゃんが座っていた。
「トモっち、おはよー」
左側には、同じく浴衣姿のさっちゅん先輩が座っていた。
「トモ、やっと起きたなっ!」
そして、正面には浴衣姿の小夜子会長が座っている。
「あっ……こっ……これっていったい……どうなっているんですかぁぁぁ??」
僕はなぜ女の子が寝ている布団の中に紛れているのか、全く状況が飲み込めない。
「いやぁ、トモって大胆だよなぁ~。女子の寝ている布団に自分から入ってくるんだもんなぁ」
小夜子会長が軽蔑するような目で見つめる。
「いっ……いやっ……ぼっ……僕はそんなことしませんって……絶対にっ……」
さすがに僕も全面的に否定する。そもそも、全く身に覚えないし。
「ほんとかぁ~」
小夜子会長が更に突っ込みを入れる。
「ほっ……本当に……僕は何も知らないんですって……信じてくださいよぉ……」
僕は必死に弁解する。身に覚えがないのは本当だ。
まさか……本当に間違えて女の子の布団の中に潜り込んでしまったのか……でも、夜にトイレに行った後は、間違いなく衝立の向こう側の「区画」に入ったはずだ。僕は頭の中がパニックになりかけていた。
「いやぁー、やっぱトモをからかうと面白いわ~」
小夜子会長が一言、あっけらかんと言う。
「えっ……ええっ……また僕からかわれたんですかぁ~?」
どうやら、またもや小夜子会長の策略にはめられてしまったようだ。
「いやぁ、おまえがあまりに気持ちよさそうに寝てたから、さっちゅんに頼んでここまで運んでもらったんだ-」
「さっちゅん先輩ーっ、また僕を運んだんですかぁ~……」
「いやぁ、ごめんごめん、トモっちの寝顔見てたらつい……」
さっちゅん先輩も小夜子会長と同罪でしたか……
「でっ、優子ちゃんは止めてくれなかったんですかぁー……」
「だっ……だって……トモくんの寝顔かわいかったから……ごめんなさい……」
優子ちゃんまでもが同罪だったのね……
僕の「男子」としてのプライドは、完全に破壊されてしまった……もう立ち直れそうにないかも……
「もう……いいですよ……みんな……ひどいよ……」
僕はしばらく部屋の隅で拗ねていた。彼女たちと視線も合わせず……口も聞かず……
別に彼女たちに怒っているわけでもないが、それでもこの理不尽な仕打ちは納得いかなかったこともあったし……そして、からかわれた自分に情けなさを感じながら……
しばらく無言の時間が過ぎる。なんだか気まずい空気だ。いつの間にか彼女たちも「しゅん」とした表情になっていた。
「トモ……ごめん……ごめんってばー……おまえがそんなに落ち込むとは思わなかったから……」
普段の尊大な小夜子会長らしからぬ言葉が出た。
「トモくん、ごめんなさい。トモくんの気持ちも考えずに……」
優子ちゃんも謝ってくれた。
「トモっち、あたいも悪かった……ごめん……」
さっちゅん先輩も謝ってくれた。
さすがに女の子三人に謝られると、僕もいつまでも拗ねてるわけにもいかない。
「みんな……いいんですよ。普段融通の利かない僕だから、つい慌ててしまったんで……」
ようやく、三人の女の子たちに向き合うことにする。
「でも……さすがにびっくりしましたよ。いきなり女の子の布団に入ってたんですから……」
僕はまだちょっと恥ずかしい。
「みんな~、お茶がはいりましたよ~」
優子ちゃんがここでもお茶を淹れてくれる。さすがにいつもの紅茶ではなく、旅館に備え付けの日本茶だけど。それでも、とても美味しい。
「さて、そろそろ着替えて朝飯にでもすっか」
小夜子会長が浴衣の帯に手をかける。優子ちゃんも、さっちゅん先輩までも……
「あっ……ちょっと……待って……会長っ……ぼっ……僕まだここにいるんですから……その……」
「おっ、トモも早く着替えろよ」
小夜子会長が慌てる僕をよそに、ごく普通に言う。
「かっ……会長っ……だっ……だから……そういうことじゃなくて……あっ……僕……ちょっと廊下に出てますから……」
僕はまた彼女たちにからかわれているんだろうか、それとも、彼女たちのごく自然な行為なのだろうか。まったく……いつもいつも、僕は彼女たちは振り回される。
「よし、みんな着替えたな。朝飯にするぞ! 今日も七高生徒会、ハッスルでゴーなのだ!」
昭和五十八年八月……長いようだった夏は、いつの間にか通り過ぎていた……
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