真夏の出来事 1983
「いったい……これって……どういうことなんですかー?」
今朝からの九州観光もあっという間に終わり、予約していた旅館のフロントで僕は混乱していた。
「ですからー、お部屋は一部屋ということで伺っていたのですが……」
旅館のフロントのお姉さんが説明する。
「優子ちゃ~ん……僕の部屋は別に予約してなかったんですか~?」
「ごっ……ごめんなさい……てっきりトモくんも一緒の部屋に泊まると思って」
「ぼっ……僕は男子ですよっ……そんな……女の子と一緒の部屋なんて……」
どうやら旅館を予約した優子ちゃんは、男子である僕の部屋を別にせず、そもそも一部屋しか予約してなかったようだ。
「あの……今からもう一部屋用意できませんか?」
僕は、旅館のフロントの人に頼む。なんとかして女の子と一緒の部屋で泊まることになるのは避けたいところだ。
旅館のフロントのお姉さんは、台帳らしきもので調べてくれたようだが……
「申し訳ありませんが、本日はあいにく満室となっておりまして……」
無情な返事が返ってきた。
「なんだトモ、んな細かいことなんか気にするなよ!」
「会長っ、だだだ……だって……年頃の男女が一緒の部屋に泊まるなんて……そんなの……いろいろとまずいですよぉ……」
「しゃーねーだろトモ、諦めろ。今日は満室だってんだから」
「諦めろって言われても……会長……僕の立場だって……」
僕は小夜子会長を諦め、さっちゅん先輩に助けを求める。
「さっちゅん先輩~、なんとか言ってくださいよぉ~……」
「うーん、トモっちは人畜無害で悪いことしないから、あたいは別にいいけどね」
さっちゅん先輩が良くても、僕はとても困るんだが……
「優子ちゃ~ん……何とかならないの~?」
「トモくんが一緒の部屋なら、むしろ安心かな。女の子だけだと心配だけど、男の子いると何かと安心だし……お風呂とかじゃないから問題ないでしょ」
「いやっ……僕にとっては問題ですよぉ……」
優子ちゃんに助けを求めても無駄だった。
「おいトモっ! 男としてあたしらをしっかりガードするんだぞ!」
「だっ……だめですよっ会長っ……僕……やっぱり……」
「よーし、さっちゅん! トモ様を部屋までお運びだー」
「はいよ~」
「さっ……さっちゅん先輩……やめてっ……それだけはやめてっ!」
今日二回目のお姫様抱っこ……旅館のロビーにいた人たちの視線が、一斉に僕たちに集まる。
「もう……やめてくださいよぉ……僕……恥ずかしいですよぉ……」
「さーて、部屋までハッスルでゴーだー!」
小夜子会長の掛け声とともに、僕は客室へ「連行」される。
「こちらの部屋でございます」
僕たち生徒会一行は、仲居さんに広めの和室の部屋に通される。
「おおっ、なかなか広くていい部屋じゃないか! なんか走り回りたくなるなー」
「会長、こんなとこで走り回らないでくださいよ、他のお客さんに迷惑になりますから……」
「トモはいちいちうっさいなぁー、おまえは先生かー?」
小夜子会長は、相も変わらず「男子小学生」みたいだ。まあ、今更だけど……
「まあまあ、トモくんも固いこと言わずに今日はゆっくりくつろぎなさいって」
優子ちゃんが僕に微笑む。
「まあ……優子ちゃんがそう言うなら……」
僕もとりあえず、あまり深く考えずに楽しむことにしよう。
「さてとー、あたいらはひとっ風呂浴びるとするかなー」
さっちゅん先輩が制服のネクタイを外し、ベストのボタンも外し始める。
「さっ……さっちゅん先輩っ! なっ……何やってんですかー」
「何って、これから浴衣に着替えるんだけど……トモっちも早く着替えれば?」
「そっ……そういうんじゃなくて……ぼっ……僕……男子ですよっ! だから……」
僕はさっちゅん先輩の「あまりに大胆すぎる行動」に驚く。
「とっ……とりあえず僕は……廊下に出てますからっ……着替え終わったら呼んでくださいっ……」
「なんだよトモはー、あたしらは別に気にしてないけどなー」
「いやっ……会長は気にしなくても……その……気にしますよ僕は……」
もしかして……僕って男子扱いされてないのかな……それとも、彼女たちにいつものようにからかわれているのだろうか。どっちにしろ、さっきから心臓のドキドキが止まらない。
とりあえず、僕は部屋の外の廊下で、彼女たちが着替えるのを待つことにする。
「トモーっ! もういいぞー」
旅館の廊下で女の子たちの着替えを待っていた僕は、おそるおそる部屋の扉を開けた。
「どうだトモ、あたしの浴衣似合うか-」
「トモくん、わたしの浴衣……なんか変じゃないかな……」
「トモっち、 あたいのこれどうどう? 浴衣だよー」
そこには普段の制服姿とはまた違った彼女たちがいた。
「あっ……みんな、浴衣似合ってますよ」
僕は彼女たちの浴衣姿にちょっと見とれてしまった。やはりこういう場合、素直に「かわいい」と言った方がよかったのだろうか。
「さてと、温泉露天風呂行くかな-、あっ、トモも着替えたらすぐ来いよ! ただしおまえは男湯だからなっ!」
「わかってますよって会長、そこまで念を押さなくても……」
「トモのことだからいつもの調子で『かいちょ~ぉ』とか甘ったれた声で女湯入ってきそうだからなー」
「いくらなんでも僕はそこまでしませんって!」
僕は旅館の長い長い廊下を渡り、露天風呂に入る。当然「男湯」だ。
男湯の中には、僕以外に数人の観光客であろう、中高年の人たちがお湯に浸かっていた。 僕もお湯に浸かるとする。すると……
「おいっ! トモーっ! 風呂入ってるかー?」
壁の向こうの「女湯」から声がする。小夜子会長だ。
「かっ……会長っ! こんなとこで声かけないでくださいよぉ」
「トモくーん、湯加減はどうー?」
「ゆっ……優子ちゃんまで……お願いだからそっちから僕に話し掛けないでくださいよぉ」
「トモっちー! やっほー! よかったらこっち来てみるー?」
「さっちゅん先輩ーっ……もう変なこと言わないでくださいよぉ……」
ふと周囲を見ると、一緒に入っている中高年の人たちが僕の方を見る。
「よっ、兄ちゃん、なんかモテモテだなー。おまえの彼女はあの娘のうちの誰なんだー?」
「羨ましいぞ、誰かひとりおっちゃんにくれないかなー」
僕のことを中高年の人たちが冷やかす。
「あのっ……あの子たちは……その……彼女とか……そんなんじゃないですよぉ……」
僕はなんだか恥ずかしくて、お風呂の中に顔の半分まで浸かりこむ。熱い……
しばらくそのまま、時間だけが過ぎる……さすがに、のぼせそうになってきた。
「トモーっ! あたしらそろそろ上がるから、おまえもあと少ししたら上がれよー」
「会長っ、わかったからもうこっちに話し掛けないでくださいよぉ」
まわりの中高年の人たちがニヤニヤと僕の方を見ている。
「兄ちゃーん、夜の方もがんばれよ!」
「よよよっ……夜とかそんなの……ぼっ……僕……ないですからっ!」
僕は耳元まで赤くなっているのが自分でもわかる。
「何言ってんだー、兄ちゃん若いんだろー? まだ高校生か?」
「そっ……そういう問題じゃ……ないですって……」
とりあえず、僕も風呂から上がることとする。これ以上入っていたらまだまだこの人たちにからかわそうだし。
僕は風呂から上がり浴衣に着替える。 少しのぼせたのか、喉が渇いた。こういう場所では瓶に入った「フルーツ牛乳」が定番とか聞いたことがあるが、ここでは、街でも普通に見かける、自販機の缶入りの一般的な飲み物しかないのはちょっと残念だった。
僕は自販機で「普通の」缶入りのお茶を飲む。まあ、フルーツ牛乳はまたどっかで機会があるかなと……
そして、長い長い廊下を渡りみんなの待つ部屋に向かう。
「お待たせしましたー」
僕が部屋の扉を開けたとたん
「ばふっ」
突然、白い何か物体が飛んできて、僕の顔面を直撃する。
「なんなんですかー……これ……」
「見りゃわかるだろ! 枕だ!」
そこには、両脇に枕を抱えた浴衣姿の小夜子会長が、誇らしげな顔で立っていた。
「枕投げなんてー……中学生の修学旅行じゃないんですからー……」
「トモはノリが悪いなー、合宿も修学旅行もやってること大して変わらんだろー?」
「えっ……まあ、昼間は僕たちみんなで観光とかだったし……」
「トモくん、今夜は思いっきり楽しみましょうよ」
「トモっちー、今夜は寝かせないぞー」
「ほらっ、優子もさっちゅんもこう言ってるんだ。今日は思いっきり楽しめ、トモ」
「はい、会長」
と僕が言った途端に
「ばふっ」
「ばふっ、ばふっ、ばふっ、ばふっ」
女の子たち三人分が投げる枕の集中砲火……
「うわっ! なんでっ! なんで僕ばかり……」
「それっ、トモを潰してしまえー」
「それじゃ僕からも、会長、覚悟してくださいよー」
「トモっ! 会長に向かって攻撃とは何事だっ!」
「トモくん、それっ!」
「ゆっ、優子ちゃんまでー……」
「トモっち! あたいの魔球受けてみろっ!」
「さっっちゅん先輩ーっ……あわわっ……」
昭和五十八年八月……九州の夜はとても賑やかだった。
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