第四章 生徒会の夏合宿 昭和五十八年度
いい日、旅立ち?
「やめてっ……やめてくださいよぉ……」
僕は生まれてから最大の危機を迎えようとしていた。
「おいっ! トモっ! じたばたするなっ!」
「だから会長ーっ……僕はだめだって言ってるじゃないですかぁ……」
八月、夏休み中のある日、七高の制服姿の生徒が四人、東京国際空港……通称羽田空港の出発ロビーにいる。僕たち生徒会役員四名は、九州は福岡へ合宿に行くこととなった。しかし、その交通手段が僕にとっては大問題であった。
「お願いです会長っ……僕……もう帰ってもいいですかぁ……」
「アホかおまえはっ! いい加減観念しろって!」
「だから~……飛行機だめなんですよぉ……僕……」
「トモくん、大丈夫だって。飛行機は統計学的にも最も安全な乗り物なんだって」
優子ちゃんはそう言うけど、僕にはあの「ジャンボ」といわれる「鉄の塊」が空を飛ぶとはとうてい思えない。
「おそくなりましたー」
一学期の終業式の前日のことだった。放課後、僕はいつものように生徒会室に入る。
生徒会室には、優子ちゃん、さっちゅん先輩が丸テーブルのいつもの場所に座っていて、すでに紅茶やお菓子をついばんでいた。
「トモくんもお茶にしましょ~」
「トモっち、やっほー」
優子ちゃんがやさしい笑顔で僕に紅茶を淹れてくれる。そして、さっちゅん先輩が明るく出迎えてくれる。いつもの生徒会のパターンだ。
しかし、黒板の前に立っている小夜子会長には、何か自信に満ちた笑顔が……また怪しいことをたくらんでいるようだ。
「さーて、全員揃ったことだし合宿の場所決めるかー!」
そう言ったかと思ったら、おもむろに何かポスターのようなものを広げ、黒板の横にある掲示物や写真を貼るコルクボードに貼り付けた。それには「日本全図」と書いてある。
「会長、何するんですかー? 日本地図なんか出して」
「合宿の行き先はコレで決める!」
小夜子会長が手にしていたのはダーツだった。まさか、そのダーツを地図に投げて行き先を決めるのか……
「それっ!」
小夜子会長の手からダーツが放たれた。そしてそれは九州は福岡付近に刺さった。
「よっしゃ! 今年の生徒会合宿は九州に決まりー!」
「きっ……九州って会長? ここって横浜からすごく遠いじゃありませんかー……交通費とかはどうするんですか-?」
すると会長は
「優子のとこでなんとかしてもらうよ! なんせ優子は東西電鉄グループの社長令嬢だからなー」
「えぇぇぇっ! 東西電鉄って……あの電車とかデパートとかやってる? 優子ちゃんってとんでもなくお嬢様じゃないですかー!」
「トモくん、合宿の費用はウチの会社でなんとかしてもらうから心配しないでね」
優子ちゃんはいつもの笑顔で言ってくれるが……大企業社長のお嬢様と知って、僕は少し緊張してしまう。
「で……九州までは横浜からだと、終点の博多まで新幹線で半日かかりますよねぇ……着くのは午後になってしまいますよねぇ……」
僕はなんとなく言う。
「おまえバカかっ! 九州までは飛行機で行くに決まってるだろが!」
「えっ……飛行機って、空飛ぶアレですか?」
「当たり前だろーが!」
「でも……飛行機って、切符とか高いし……」
「そのための優子なんじゃないかー!」
「でも……新幹線の方が……その……飛行機より安いですし……あまり優子ちゃんに負担かけるのも悪いし……」
「トモくん、航空券のことだったら心配しないで、ね」
こんなときでも優子ちゃんの笑顔が眩しい。でも、今の僕にとっては、その笑顔がプレッシャーになる。
「トモっ! おまえもしかして飛行機怖いのかー?」
「えっ……僕……そんなこと……」
図星だ。僕は生まれたこのかた飛行機に乗ったことないけど、あんな「ジャンボ」なる巨大な物体が空を飛ぶなんてとても信じられないし、正直怖い。
「これはこれは、面白いことになりそうだなー」
小夜子会長が「にやり」と不適な笑みを浮かべる。
「やっぱり新幹線にしましょうよ……いつもの生徒会室みたいに紅茶飲んでー、お菓子食べてー、そしたらあっという間に博多ですよ」
僕は小夜子会長をなんとか説得してみようと試みたが……
「だめだ! 飛行機ったら飛行機にするっ! これは会長命令だっ!」
どうやら僕は「飛行機」から逃げることはできないようだ。
「東西航空三〇一便・福岡板付空港行き、只今搭乗手続き中です」
空港内の場内アナウンスが流れる。
「ほらっ! トモっ! とっとと乗るんだよ!」
僕は小夜子会長に腕を引っ張られ、無理矢理に搭乗口にひきずられる。小さい小夜子会長なのに、なぜこんなにも力があるのか……それとも、僕の力が弱いのか……それでも僕は必死で抵抗する。
「まったく……世話が焼けるなぁ……おいっ! さっちゅん、トモをお姫様抱っこだ!」
「はいよー、トモっちおいでー」
「さっちゅん先輩っ……やめてっ!やめてくださいっ……」
僕の言葉もむなしく、さっちゅん先輩にお姫様抱っこをされて、僕は無理矢理飛行機に押し込まれる。
「ねぇ、あのお兄ちゃん何してんのー? お姉ちゃんに抱っこされてるー」
「ダメっ! 見ちゃいけませんっ!」
そんな親子の会話が聞こえる。僕の情けない姿が、今度は空港で晒されてしまった。
「会長っ……もう行くのやめましょうよぉ……」
僕は機内の窓際の席に座らされた。おそらく逃げられないようにするためなんだろう。
「トモっ! 飛行機の中で騒ぐなっ!」
僕の隣には小夜子会長が座っている。その隣が優子ちゃん、そして通路を挟んだ隣がさっちゅん先輩だ。
「……せっ……せめて優子ちゃんが隣だったらよかったのに……」
「トモっ! 何か言ったか?」
小夜子会長の地獄耳だ。
「いっ……いやっ……何も言ってませんけど……」
「業務連絡、客室乗務員はドアモードをオートマチックにセットしてください」
そうアナウンスがあった後、飛行機が後ろへ、ゆっくりと動き出す。しばらくすると、今度は前に動き出し、滑走路へ向かうようだ。
「ポーン! ポーン!」
チャイムらしき音が鳴る。
「まもなく、当機は離陸します。ベルトを装着されていることを今一度お確かめ下さい」
「うわっ……だめっ……だめっ!」
僕の意思とは関係なく、飛行機は滑走路を加速する。
「トモっ! ちったぁ黙ってろ!」
「そんなこと言っても会長っ……うわっ……ああっ……」
ふっと、宙に浮いたような感じがする。とうとう離陸したようだ。僕は意識がもうろうとしてきた。
しばらくして、窓から日差しが入る。
「眩しいなぁ……」
僕はおそるおそる窓の景色を見た。眼下には、僕たちの住む横浜の町並みが広がる。
「きれい……だなぁ……」
町並みはみるみる小さくなる。そして、今まで見たことのない景色が広がる。
しばらくすると、なんだか見慣れた円錐形の山……あれは富士山だ。僕は思わず声を上げる。
「会長! 見てくださいよっ! あれっ、富士山ですよー!」
「わかった、わかったから静かにしろって!」
どうやら僕は、怖いと思っていた飛行機にすっかりはまってしまったようだ。食わず嫌いとはよく言ったもんだ。
「まもなく、当機は福岡板付空港に着陸いたします……」
空の旅は、あっという間に終わったようだ。
昭和五十八年八月……僕たち生徒会メンバーは九州の地に降り立つ。
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