危険な「お菓子」
「なんか風が爽やかだなぁ……」
十月に入って制服も衣替えし、それまでの白基調の学校内の光景が、いつの間にか紺色が主体になっていた。そして僕も紺のブレザーを着ている。
今日も放課後になり、僕はいつものように生徒会室に向かう。しかし廊下を歩いていると、なんだか騒がしい感じが……
「あははははははっ」
生徒会室から、とてつもない大声の笑い声が聞こえる。
「この声……さっちゅん先輩だな……もう廊下中に響き渡ってるよ……」
僕は半ば呆れながら、いつものように生徒会室に入る。
「おつかれですー」
「あぅ、トモっちだー! あははははははははっ」
「さっちゅん先輩、どうしたんですか? そんなに大笑いして……」
丸テーブルのさっちゅん先輩の座ってる前には、何やらお菓子の包みらしき銀紙が散らばっている。そして、小瓶のような形をした銀紙にくるまれたお菓子のようなもの……
これってもしかして……よくあるウィスキーボンボンとかいう「お酒」の入ってるチョコなのかな? 何か嫌な予感がする。
「会長、さっちゅん先輩に何食べさせたんですか?」
「トモ、あたしは何もしてないぞ。さっちゅんが優子の持ってきたチョコを、ろくに確かめもせずに食べたらこうなったんだ」
どうやら小夜子会長の仕業ではないようだ。普段はこういうイタズラをやりそうな人なんだけど、今回は違うようだ。
「どうしてこのチョコが生徒会室にあるんですかー……」
僕は疑問に思い会長に聞くと
「なんか優子の会社のデパートで、このチョコの輸入販売権取ったとかでサンプルらしいんだけどなぁ……まさかお酒入りとはなぁ……しかもかなり濃いし……」
ふと見ると、「東西百貨店」の包装紙に包まれた「お酒入りのチョコ」の箱が五箱くらいもある。そして、すでに開封されたとみられるチョコの箱が五箱……
僕も試しにチョコをひとつ口にする。
「うわっ、何これ……」
チョコの中には、やっぱりウイスキーなのだろうか、とてつもなく濃いお酒のようなもの……僕はなんだかとてつもなく危険な予感がした。
「あれ~? トモっちがふたりいるー……あははははは」
「まったく……さっちゅん先輩、まさか酔ってるんですかぁ?」
「トモっち、あたいは酔ってなんかいないわよぉ……」
酔っ払いの定番の台詞だ。困ったもんだ。どうやら、さっちゅん先輩は酔うと「笑い上戸」になるようだ。
「もう、さっちゅん先輩っ……しっかりしてくださいよぉ……」
「あはははは……大丈夫っ……字だって読めるんだからぁ……なまとかいむろ……なーまーとーかーいーむーろーーっ!」
「さっちゅん先輩、もぉ……『生徒会室』を変な読み方しないでくださいよぉ……」
「トモっちー……」
さっちゅん先輩は、そう呟いたとたんにテーブルにうつぶせになった。そして、
「くー……くー……」
どうやら寝てしまったようだ。だめだ……このお姉さん……
僕はこの「危険なお菓子」を持ってきた優子ちゃんに事情を聞こうとする。さすがに、さっちゅん先輩のこんな状況はまずいと思うし。
「優子ちゃーん……どうしてまたこんな危険な物持ってきたんですかぁ?……」
すると、
「なんだぁ……トモくんかぁ……」
そこには、いつもの物腰が柔らくて、おしとやかで、眩しい笑顔の優子ちゃんはいなかった。顔がうっすら赤くなり、完全に目が据わっている。
「トモく~ん……わたし何か悪いことした~? ねぇ~?」
どうやら優子ちゃんまでもが酔っているようだ。しかも、優子ちゃんの前には、さっちゅん先輩をはるかに越えるチョコの銀紙が散らばっていた。
銀紙の中には、優子ちゃんが折ったのだろうか、折り鶴らしきものもある。まったく、酔っているのに器用なことをするもんだなと。
しかしまあ……どう見ても、さっちゅん先輩よりも多くチョコを食べているどころか、チョコの空き箱らしきものが三箱くらいもある。まさか、これ全部優子ちゃんが食べてしまったのだろうか……そうだとしたら「お酒」の量も相当なもんだ。
「トモくん! わたしはねぇ~……トモくんはすごーく真面目でいい子だと思ってるけどね、でもね~、内気でぇ~、おっとりしすぎでぇ~、引っ込み思案でぇ~、甘えんぼなとこはどうかと思うのっ!」
優子ちゃんは僕に、くどくどと「お説教」のように話し始める。どうやら優子ちゃんは、さっちゅん先輩以上に酒癖が悪いようだ。
「トモくんっ! わたしの話、ちゃ~んと聞きなさいっ!」
「はっ……はいっ……」
僕は「酔っぱらい」の優子ちゃんに完全に捕まってしまったようだ。
「さよちんもこっち来なさいっ!」
小夜子会長も優子ちゃんに捕まってしまったようだ。
「おいっ、トモっ! あたしまで巻き添えになってしまったぞ、どうすんだよ……」
「かっ、会長っ……僕のせいじゃないですよぉ……」
「だいたいね、さよちんはいつもいい加減だし、トモくんは自分から動かないし、あなたたちって生徒会役員としての自覚あるんですか~? ねぇ?」
僕と小夜子会長に対しての、優子ちゃんの「お説教」は、延々と続く。しかしまあ……酔っぱらいにそこまで言われたくないなぁ……
「あの……優子ちゃん……僕……ちょっと中座してもいいですか?」
僕はとにかく、優子ちゃんの「お説教」から逃れたかった。僕の優子ちゃんへのイメージを維持するためにも……
「トモく~ん、わたしが今話してるんですよぉ~、どうしてそんなこと言うかなぁ~」
なんか今日の優子ちゃんはとてつもなく怖い……
「優子ちゃん……僕……あの……ちょっとトイレに……だめ……かな……?」
さすがに、トイレ行きたいとか言えば開放して貰えるかと思った。事実、僕はちょっとトイレに行きたかったこともあるし……すると優子ちゃんは、
「トモく~ん、わたしから逃げる気でしょ~? え~?」
「いやっ……逃げるとか……僕はそういうわけじゃ……」
そう弁解すると、
「だいたいトモくんはねぇ~、いっつもそうやって何かと理由付けて逃げるんだよねぇ~、男の子なんだからぁ~、た~ま~に~は~、自分から行動起こすとかぁ~できないのかなぁ~」
もう完全に、今の優子ちゃんは「いつもの優子ちゃん」ではなくなっている。電車のガード下を千鳥足で歩く人みたいになっている……なんだか悲しいけど……それが現実だ。
「会長~、優子ちゃんなんとかならないんですかぁ~……」
僕は小夜子会長に助けを求める。
「あっ、あたしに言われてもなぁ……優子がここまで酒乱だとは思わなかったし」
どうやら、小夜子会長にも手に負えないようだ。
「だから~、トモくん、さよちん、わたしはねぇ~……生徒会とはなんぞやと……」
優子ちゃんの「お説教」というより「愚痴」が延々と続く。
まったく、自分が持ってきたお酒入りのチョコで、自分がいちばん酔うなんて……まあ、普段はおしとやかな優子ちゃんの意外な一面が見られたのは事実だ。
翌日……
「いいですか? このチョコは封印しますよ」
僕は残った「お酒入り」のチョコの箱をガムテープでぐるぐる巻きにして、「とりあえず」誰も食べられない状態にして、扉付の棚の奥の方に入れる。さすがに捨てるわけにもいかないし、かと言ってそのままにしておくわけにもいかないし……
「でも……このチョコ……どうしよう……」
僕が考えても仕方がないことだが。
昭和五十八年十月……すっかり日も短くなってきた今日この頃……
【後書き】
ご注意
本小説はあくまで架空の物語であり、未成年者の飲酒は法律によって禁止されています。尚、本小説は未成年者の飲酒を推奨するものではありません。ご承知置きください。
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