青の瞳

あんず

プロローグ

 どこかで子どものすすり泣く声が聞こえた気がした。小さく消えてしまいそうなその声が必死にしがみつくように、いつしかその声は自分の頭から離れなくなった。


「たすけて、いたいの……」


 とうとう自分はその声に耐えられなくなって、耳を塞いだ。


「おかあさん……おとうさん……」


 頭をも抱え込む。いい加減、早く離れてほしかった。頭の中で幼い子どもの声がいつまでもこだまする。加えて、今まで体験したことのないようなひどい脱力感が自分を襲っていた。こんな状態なのだから……

 何もできない。何もできないんだ。自分はそう思った。重い頭を起こしてまぶたを開けてみる。ぼんやりと見えた景色の奥で、赤い風が暴れていた。その色はどこかの村が燃えているようにも見えるし、見えもしないのに血の色であるとも思った。

 しばらくぼうっとその色を見つめる。そして心の中で言い訳をした。仕方がないのだ。どの道、今自分があそこに向かったとしても救える命なんてないのだから。

 すると一瞬、今までずっと聞こえていた幼い声が跳ね上がった。短い悲鳴が響き、そしてそのあとは遠い風音が聞こえるだけで、子どもの声はぱったりと途絶えてしまった。

 死んだんだな。浮かび上がってきたその考えは、大した引っ掛かりもなくすんなりと自分を納得させた。声の主がどこにいたのかは知らない。そもそも自分の幻聴かもしれない。だが、どうせあんなところにいたら助かりもしなかっただろう。炎に呑まれて__魔法使いに襲われて。

 魔法使い……。

 目を閉じた。もう何も感じたくなかった。しばらくはそうしていた。

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青の瞳 あんず @anzu0721

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