第8話 まっすぐなまなざし

ひんやりとした静けさに沈む森を、小さな光がふわりふわりと飛ぶ。それはまるで、一匹だけ森の奥に迷い込んだ、こぼれ蛍のようだ。

柊は、人ならば決して、まして夜はなおさら通れるはずのないけもの道を、人間離れした軽やかな身のこなしで突き進んでいた。柊が通りやすいように、森の木々たちが枝をしならせ、身をたわませて、かぼそいけもの道を可能な限り確かなものにしてくれているおかげだ。


「あとどれくらいだっ。」


柊の焦りを帯びた声に答えるように、光が夜にこぼれて揺れた。


― 間に合ってくれ、たのむから! ―


祈る脳裏に浮かぶのは、はるかかなた遠い昔。

記憶の中のそこは、ひんやりとした風が吹き抜ける野山が、きらびやかな黄金こがね色や深い茜色に染まり、鳥が美しい声でさえずっている。古くからある神社の傍らには、柊の杜といわれる柊の木ばかりが生い茂る森があり、そこに立つ、樹齢何年かもわからないほどの大木にあでやかに咲いた柊の花が、惜しげもなくかわいらしい雪をふらせ、こまかな花の舞い散る薄衣をまとった清水が軽やかな音を立てて流れてゆく。その柊の大木の太い枝に、ひとり座って、自分の住んでいたさびれたちいさな農村を、つまらなさそうに見下ろしている、ぼろをまとった幼き少年の姿があった。

周囲にあふれる清らかな美しい者たちに目もくれず、人の汚れた部分や醜くずるい部分を全てを見通し、見通して、見通すことに疲れ、嫌気がさして人であることを放り投げたがっていた少年は、かたくなで諦めたような、けれど、どこか悲しげでさみしげな背中をしていた。


― 決めてしまうのは、まだ早いんだ。もっと、もっと、知ってから決めるべきなんだ、水城! ―


少年は知らなかったのだ。どんなに心を見通せても、本当に見通せてはいなかったものの存在を。感情という、あざやかでありながら不安定でうつろいやすいものの根底にある、見えにくい、けれど確かに変わらぬものの存在を。

人の理を外れて、外れたからこそ知った、まるで雪の下で春を待つ草木のようにひっそりと、けれど確かに息づいているぬくもりを。


― それを知ったうえで、そのうえで決めても遅くはないんだ。 ―


だから。だから!


― はやまってくれるな!あの日の、俺のように!! ―


もしも果て無き世界のどこかにいるのなら、と柊は柄にもないことを考える。


― あいつを、水城を、守ってやっていてくれっ、神様。俺が、あいつの背中に、追い付くまで! ―


森の先に、きらきらと光る何かが見えた。


「あそこか!」


けもの道に、足場に、と太い枝をさしだしてくれた木に飛び移る。そこからさらに幾本かの枝を経由して大きく飛び上がり、満天の星空へと一気に駆け上がった。舞い上がった空から下を見下ろした柊の目に飛び込んできたのは、大きなお屋敷と、凍り付いて、月の光に照らされた氷の彫刻と凍った床が、青白く輝くバルコニーだった。









「こっちだ小春!」


家の人々が起きて、騒ぎが起きないよう、物音を立てないように注意を払いながら、小声で小春をいざなう。急いでバルコニーに降り立つと、そこには輪郭を失って、氷の結晶化した雪乃の姿があった。純度が限りなく高い氷のせいで、寸の間でも目を逸らせば、どこにいるかわからなくなりそうなほど透明度が高い。

さわろうとした柊の手が、一瞬にして凍り付き、指先からナイフを刺すような痛みがはしる。

「いつっ・・・。」

見ると、雪乃の体から、ドライアイスのような冷気の白煙が出はじめていた。

光が心配するようにふわふわと柊のまわりを飛び回る。

「部屋の中からタオルケットを持ってきてくれ!そのままじゃさわれない!」

光はすぅ~っと部屋に入り、タオルケットを持ってきた。柊は、それを雪乃の体にふわっとかけ、上から雪乃にふれる。だが・・・。


― ・・・・・だめだっ、届かない・・っ。 ―


どうやら状況は、思っていたより難解らしい。

「今日の星占い、結構上位だったんだぞ、俺。もぅ絶っっ対、朝のニュースの星占いとか見てやらねぇし、信じねぇ。」

腕まくりをして、タオルケットをバサリ、と傍らに投げ捨てる。

投げ捨てられたタオルケットは、まるで一枚の石板であるかのように凍りつき、からんからん、と涼やかな音を立てた。

光が警告するかのようにまばゆく光り、素手でふれようとしている柊を止めるかのように小刻みに震える。


「ん?大丈夫かって?」


柊は冷や汗の流れ落ちる顔でにやり、と笑った。


「俺はそぅ簡単に死にやしねえよ。」


奥歯をぐっ、と噛みしめ、肌がきしむような痛みをこらえて、雪乃の体に直接ふれる。


「追いかけるにはっ、・・・これが一番効率がいいんだっ・・・。」


指先から、まるで生き物のように氷の結晶が這い上がってくる。

― もって十五分ってところかっ・・・。 ―

ぴしぴしと音を立てて凍ってゆく己の体を見つめながら、深く、深く、息を吸った。

― ぜったい、連れ戻してやる。 ―

ひとりぼっちで渦巻く闇の中を、迷いもなく突き進んだ少年の、思いつめたような痩せた背中が脳裏をよぎる。あの時の少年に、もしも、止める人がいたならば・・・。もしも、力づくでも、一度でも、・・・・命をかけてでも、連れ戻してくれる人がいたならば・・・。


― あの時の俺には、そんなやつはいなかったな。 ―


闇を進む少年の目の奥から滲み出していたのは、口に出せずにいた、やり場のないさみしさ。


― だが。 ―


濃い茜色が空を彩り、皆が次々と家に帰ってゆく中、柊の木の上で一人、夜を過ごす自分を、案じてくれる人のいない、むなしさ。


― 今の水城には、俺がいる。 ―


つなごうとして、無邪気にのばしたちいさな手を、あたたかさのかけらも含まない、凍るようなまなざしで、にべもなく、ふりはらわれた痛み。



「ひいらぎは・・・」

― 俺は・・・っ ―



「用心深く、先見の明を持ち、忍び寄る魔から人を保護する、鬼除けの樹木。」

― 馬鹿みたいに純粋で、阿呆みたいに、真正面から向き合って他人の悪意に律儀に傷つく、けれどどんなに傷ついてもまっすぐで、いつも自分を守ることは後回しで、おのれの傷を労わることも忘れて、目の前の他人ばかり気遣っている不器用な間抜けを、 ―



「その化身の俺はっ、」

― いろんなことをたったひとりで、傷も癒えないその華奢な背中に、全て背負わせたまま、 ―



「これくらいの氷に負けやしねえよっ。」

― ひとりぼっちで闇の先になど、行かせはしない。 ―


強い想いを映すかのように柊の瞳が蒼く光る。それに続くかのように、柊の体が冬の午後の日差しを思わせる、あたたかなオレンジ色の神々しい光を帯びた。





― 水城・・・ 水城・・! ―


雪乃は誰かに呼ばれた気がして、ゆるゆると目を開けた。あたりは真っ暗で何も見えない。上も下も、前も後ろもわからない暗闇のなかで、かすかだが、確かに聴いたことのある声がこだまする。


― もどってこい・・水城・・。 ―


オレンジの光は見えないが、たしかに、その声はオレンジの光とともに聴こえていたあの声だった。

よろよろと体を起こす。漆黒とはまさにこのことだろうか、自分以外は何も見えない。もどるにも、どちらに進めばよいのかわからなかった。自分はどうしてこんなところにいるのだろうか、ここはいったいどこなのだろうか、と考えて、まぶたを閉じる前に自分に起きた変異を思い出す。

ぼんやりとしていた頭が思考を結び始める。はっとして、あわてて自分の手を見てみた。

白くやわらかに光ってはいるが、見慣れた手が確かな輪郭を持って、そこにあった。

ほっとして、胸をなでおろす。なでおろした後で、はっ、と聴こえ続けている声を思い出す。


― まだ行くな・・・まだはやすぎる、もっと知ってからでも遅くないんだ・・。 ―


言っていることの趣旨がよくわからなかったが、とりあえずわかったのは、声の主は雪乃にここにいてほしくはないようだということだった。


でも・・・。と雪乃はうつむいた。華奢な背をおおう、艶めいた長い髪が、さらさらとこぼれおちて、影が差した雪乃の横顔をかくす。

ここにいてはいけないのなら、雪乃はどこにいけばよいのだろう。

ここでもまた、死んでもまた、居場所がないなんて・・・、と雪乃の顔に、やりきれなさと痛みをこらえたような、苦しげな笑顔が浮かぶ。

もどったからといって、雪乃の居場所はどこにあるだろう。

聴こえる感情、知りたくもなかった想い、表向きだけの気遣い、ゆがんだ暴力。

そこには、雪乃がどれだけの想いを抱いていても、それを届けようとしても、届かない暗がりがあった。たとえ居場所ができたとして、その居場所はとこしえのものではないことは、これまで生きてきた短い人生の中で、嫌というほど身に染みていた。それは、浅い春の、少し肌寒いやわらかな風にもふるえ、はらはらとこぼれてゆく桜の花びらとともに消える、はかない夢。どれほどの想いも、離れ行く人の心をつなぎとめることはできないと、悲しいくらい、知っていた。

雪乃は自分がとても疲れていたことに気づいた。人として生きることに、もうだいぶ前から、疲れ果てていたことに、気づいてしまった。

それに比べて、と雪乃は思った。ここは倒れた時に見る夢の中と同じ、見渡す限り、墨汁を薄めずにこぼしたような、濃密な闇が広がり、声の主以外の感情も聴こえない。まるで、とこしえの、深く静かな夜のとばりの中にもぐりこんだようだと思った。大好きな、終わらない夜の中に、いま、自分はいるのかもしれない。

突然、このままここにいれば、この身は人でなくなれるのではないか、という奇妙な考えが浮かんだ。自分でもなぜそんなことを思いついたのかわからないけれど、ふとそんな気がしたのだ。

それもいいかもしれない。雪乃は悲しげな笑みをこぼした。もともと人でいるべきではなかったのかもしれないのだ。うまく、生きられなかった自分は、母にも父にも愛されず、友達もいなかった。みんなのお荷物だった自分は、きっともどってもうまくやれはしないだろう・・・。雪乃の思考が暗いほうに傾く度、取り巻く闇が濃さを増してゆく。

― もどってこい・・。 ―

いまだあきらめずに呼びかけてくる、誰だか最後までわからなかった声に、ついに雪乃は自らの意志で首を横に、ふるふるとふった。

― いままでずっと・・ありがとう・・・。でも・・もぅもどれない。 ―

こんな自分に、もどっておいでと言ってくれる誰か。雪乃が一番苦しい時に、いつも雪乃に言葉をかけてくれる、誰か。雪乃を闇から掬い上げるように包み込み、光った、オレンジ色のほっこりとした光。

― きっと、もどれば迷惑をかけてしまう。やさしいあなたに、やさしい、あの人たちに。 ―

たとえ、きっかけは柊に仕向けられて、だとしても。

やさしくしてくれたのは、彼らの嘘偽りない心。雪乃をいたわり、気遣い、共感しようとしてくれた、それはまるで陽だまりのような、泣けてくるほどにやさしい、人を想う気持ち。擦りむき、えぐられ、傷だらけだった雪乃の心を、綿のようなやわらかさでくるんで癒してくれた、ひっそりと灯る、ちいさなちいさな明かり。それを守れるなら、どんなことでも耐えられると思ったあの日の夕暮れを、雪乃は思い出す。

けれど、その明かりさえも、今の自分ではもう守れない。異様な姿になってしまった、輪郭の消えてしまった体の自分がいれば、きっと、間違いなく、その明かりはかき消されてしまうだろう。今の自分は、もぅ、守る側ではなく、壊す側になってしまった。壊すくらいなら、あの笑顔を曇らせるくらいなら・・私は・・・。

― だめだ!行くな! ―

物思いから我に返ると、雪乃の目前に、今まではなかった扉が、口をぽっかりあけて開いていた。扉の向こうは、透きとおったやさしい光がこの世のものとは思えないほどに、幻想的な蒼さで闇を濡らしている。

雪乃は、蒼さに魅せられたようにふらり、と立ち上がった。扉の向こうから、雪乃を誰かが呼んでいる。


それは、聞き覚えのある、どこかなつかしい声。


一歩、また一歩、扉に吸い寄せられるように歩く雪乃の髪が、扉の向こうから吹く風をあびて、ふわり、となびいた。妙になつかしい香りが、鼻をくすぐる。


― シロツメクサの香りがする・・・。 ―


扉の向こうに人影が見える。

その人影は、逆光で顔が見えなかった。

だが・・・。


― あれは・・・シロツメクサのかんむり・・。 ―


頭にシロツメクサのかんむりをかぶった人影は、雪乃に向かって、やさしく手招きした。雪乃が顔をよく見ようとして、扉に手をのばした、その時。


「雪乃!」


雪乃の体が、びくり、と反応して動きを止めた。

背後から聞こえてきた声に、体中の神経が耳を澄ます。

呼吸が乱れて、多少かすれてはいるが、低く、少しざらついた、あたたかな声。

冬の午後の日差しを思わせるぬくもりの中に、確かな力強さを持つ声。


もう、二度と聞けることはないだろうと、一度は、あきらめた、声。


雪乃のまんまるに見開かれた目から、思い出したように胸いっぱいにせりあがってきた切なさのかけらが、ぽたり、ぽたりと落ちはじめる。


「雪乃。行くな。こっちにこい。」


低い声の中に、底知れぬ悲しみを感じて、気にかかって思わず振り返る。


「・・・柊・・せんせ・・・。どうして・・・。」


最期に一目、そう思った。この身がたとえ、柊の目に留まらなくとも、一目でいいから、と。あいたかったその人が、なぜか、にじんでこぼれる度に、不安定にゆれる視界に、幾度となく雪乃を闇から連れ戻した、あの、オレンジの光を体に帯びて、確かにいた。

― じゃあ・・・それじゃあ・・・。 ―

倒れるたびに聴いた声は、輪郭が薄れそうな闇の中の雪乃を包んだ光は・・・

― 柊先生だったんだ・・・っ。 ―

胸の内を、わしづかみにされたような苦しさが走る。幾度も助けてくれた。陰ながら守ってくれた。ずっと見守っていてくれた。その人が、今、自分を闇から、居場所のない現へ再び連れ戻そうと、わざわざ、追いかけてきてくれてしまった。

うれしさとかなしさが、ないまぜになった想いが、胸を所狭しとかけめぐる。


「行っちゃだめだ。まだ早い。」


柊はゆっくりと、大きな手を、雪乃のほうに差し出した。


「帰ろう。」


雪乃の顔が、こらえきれずに、くしゃくしゃにゆがんだ。


「でも・・・っ。」


こみあげる想いが、熱をもった涙とともにあふれて、言葉としての形をとる前に流れてゆく。


「だいじょうぶだ。」


おびえたように首をすくめる雪乃の、ゆらめく水面みなものような目をまっすぐに見据えたまま、柊はその水面の奥を射抜くようなまなざしで、少しの迷いもなく、言い放った。


「俺がいる。」


想像もしなかった言葉を耳にして、いぶかしげな表情を浮かべた雪乃に、たたみかけるように、続けた。


「おまえの居場所がないのなら、見つかるまで、俺が、おまえの居場所になってやる。」


しばし茫然とした後、雪乃は首を横に振った。

「迷惑を・・かけてしまうから・・。私は・・・普通じゃな・・・。」

「あいにく俺も、おまえと同じ、なんでな。」

さえぎるように発せられた言葉に、雪乃の目が見開かれる。

「俺は。」


― たのむ。もう少し、もってくれ。 ―

うつつに残してきている体のまわりで、光が狂ったように飛び続けている。


「人の心が読める。」


柊は、額に浮かんだ脂汗をぬぐいながらも、雪乃の目から目を逸らさずに、はっきりと言った。


「ついでに言うと、俺は人間じゃない。」


― あとちょっと。水城を連れて帰るまでは・・。 ―

思いのほかてこずったせいで、少し時間を過ぎてしまっていた。

額だけでなく、体中から冷や汗が流れ始めた。このままでは、柊は凍死するだろうし、運良くしなかったとしても、休眠しなくてはならなくなるだろう。けれど雪乃は・・・。

― そうはさせるかよ。 ―


「900年前に、人であることをやめた、あやかしだ。」

「うそ・・・。」

「嘘だと思うか?」

柊の怖いほどにまっすぐな視線は、とても冗談を言っているようには思えなかった。

「俺が怖いか?」

雪乃は、ぶんぶんと首を横に振った。

かすかに柊の心を気遣う色の混ざるまなざしに、柊は、ふっ、と苦笑いし、改めて、手を差し出した。

― あともぅ少しだから、心配するな、小春。 ―

「詳しい話は、帰ったらちゃんとしてやる。だから・・。」

― 帰ったら、ちゃんと陽に当たるよ。いつもより多めに。だから・・。 ―

そこまで言って、柊の体は、ぐらり、とかしいだ。

「せんせっ・・。」

その瞬間に、今まで胸に渦巻いていた自分の痛みや迷いなどを全てほったらかして、目の前の柊を心配し、駆け寄ろうとする雪乃の姿に、柊は苦笑いする。

― こんな時にまで、人の心配とは・・・。そんなだから、周りから、おのれの限界を超えてもなお、甘え倒されるんだぜ・・・。 ―

渦巻いていた濃密な闇が、一瞬にして薄まった。

膝をついた柊を支えようとする雪乃を、柊は片腕でぎゅっと抱きしめ捕らえた。

「はは・・・自分から飛び込んでくるなら・・最初からこうすりゃよかったかね・・。」

「だいじょうぶですかっ?」

柊の事だけを、まっすぐに案じてくる混じりけのない感情と、泣きはらして薄紅色に染まった目から注がれる、澄み切ったまなざしに、柊は、小春の影を見た気がして、なんとも言いえない気持ちになる。

「大丈夫だ。俺は結構タフなんでね。」

「・・・っ。・・・よかっ・・・た・・。」

「さぁ、帰るぞ。ここに長居は禁物だ。」

返事がないのをいぶかしく思い見てみると、張りつめていたものが切れたのか、雪乃の華奢な体は、力なく、くったりとしていた。

「ったく・・・本当に無茶ばかりしやがる。」

― 俺も、人のこと言えねえかもな。 ―

柊は、雪乃の体を横抱きに抱えた。闇が薄まって帰りやすくなっているはずなのに、歩き出そうとすると、足元がふらつく。

「久しぶりにここまで来てしまって・・ちょっと・・長居しすぎた・・・かもな・・。」

― あと少し・・もて!・・もってくれ! ―

よろめく重い体をひきずって、雪乃をしっかりと抱えた柊の姿は、扉とは反対側の、朝焼けが空を一瞬にして塗り替える前の、ほんの一時、まだ夜の夢から覚めやらぬ街の静けさを色づかせたような、淡い群青色が控えめに、さわさわとさざめく、やわらかな光の中に消えていった。


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