第一話 1-8

「んで、なんだよ。俺とマルキャリバトルのタッグ戦に、しかもあんな試作機で出たいんだろ?」

「そう。私はどうしても、あの機体と一緒に全国に行かなきゃならないの」

「わざわざあの機体指定ってことは、なんか理由があんのか。そんぐらいは教えて貰いたいもんだな」

 聞いても依頼受けるとは限らねーが、と彼は念を押すように言う。最初は言うつもりはなかったけど、もう隠す必要もないだろう。私は正直に話すことにした。天川重工の経営状態、挽回策として考案されたマルチキャリア、そして夏の個人戦に出場、敗北――一応、立仁は黙って私の言葉を聞いていた。私が言い終えるのを待ってから、立仁が口を開く。

「はっ、親孝行の為に、か。お涙ちょうだいの美談みたいだな。まあ、その話が世に出る前に俺に負けたわけだが」

 そこまで言って従業員の女性が睨んでいることに気付き、立仁は咳払いし、こう答えた。

「ま、まあ、嬢ちゃんが必死なのは分かったさ……条件次第で依頼を受けてやってもいい」

「本当?」

 希望の光が頭上から差し込んできたのを感じる。諦めないで良かった――そう思うのも束の間、立仁は私を指差す。

「待て、俺は条件付きと言った。嬢ちゃん、依頼を受けるに当たって、幾つか条件を飲んでもらう」

 条件を飲む、という言い方が、なんかスパイみたいだな、と思った。でも、何を提示されるかもわからないので、とりあえず気を引き締める。

「いいわよ。条件って?」

「まず、金の問題だ。一口に出場すると言っても練習の為のケミリア塗料代金、摩耗した部品やバトルで破損した装甲の交換費用……アンタは親持ちでも、俺は自腹だ」

「そ、そうね」

「で、賞金の話なんだが、ヘレナ、今の賞金額って幾らだっけか」

 男が作業員の女性に話を振る。あ、この人ヘレナっていうんだ。外人っぽいなとは思ってたけど、本当に外人らしい。ニコニコ聞いていた彼女は、少し考え込んだ後に、賞金額を言う。

「あー、多分だけど、ペアは優勝で一億くらいだっけ?」

 一億。そんな金額は会社以外では、宝くじのCMでしか聞いたことが無い。立仁がにやりと笑う。

「そう。しかも、本来はスポンサーの企業に半分以上持って行かれて、その後に相方と二分割するから貰えるのは実質四分の一なんだが、嬢ちゃんの場合はスポンサーのご令嬢だ。だから、俺が半分を貰う」

 急にスケールが大きくなった気がした。尤も、マルチキャリア自体何百万とするものだってあるし、それを扱う天川重工はもっと大きなお金の流れを管理している筈だ。それでも、月のお小遣いのやり繰りで困っているような一介の女子高生の私には、ケタが大きすぎて混乱してくる。

「ま、まあ、ペアなんだし半分は当然よね」

 騙されていないだろうか、という不安がよぎる。こういう賞金の分配なんて話は経験したこともない。それに対し、相手は大人だ。私よりはお金の流れに慣れているだろう。一言一句聞き漏らさないように、細心の注意を払う。

「そもそも優勝できなけりゃ意味がねえ。だから、いい結果を出す為にもお前を俺が鍛えてやる。んで、その為の授業料も払ってもらうぜ」

「な、なによそれ。私じゃなくて、パパやおじいちゃんの会社からも搾り取ろうって言うの?」

 随分と金に執着しているというか、ケチというか。

「バカ、天川重工から直接金貰う気はねえよ。そうじゃない、お前が自分で金出せ。やるからには本気でやってもらう。マンツーマンで教えるんだ、その間俺は修理の仕事が出来ねえ。それじゃあヘレナ頼みのニートと変わらん」

既に立仁の外見はニートっぽい、と言ったら怒るだろうな、と思ってやめる。しかし、私に要求されても、お金なんてほとんど持ってない。今になって、お金の話を考えてなかったことを悔やむ。いや、お金の事考えてなかった私がバカなんだけど。

「い、いくらよ。いくら払えばいいのよ」

 うーん、と立仁が考え込む。パパやおじいちゃんに負担を掛けさせるわけにはいかない。でも、自分の財布の中から出すのは難しい。お小遣いの金額はパパの方針で月ごとに決まっているし、金額も一般的な高校生の平均程度だし。

「あー、そうだな……まあ修理代分の時間って考えると、月々でも普通にウン万で済まなくなるよなあ」

 万、という単位の時点で払える訳がない。そもそも、お小遣いを全額取られたら、お昼はお弁当だからいいとしても、一月洋服もスイーツも化粧品も買えない。それはちょっと、女子高生として終わってるので、できれば避けたいけど。

「その、私のパパ……父が企業の社長と言っても、私はそんなにお小遣い貰ってないし、万単位なんて払える訳が……」

「じゃあこの話は無しだ。さっきみたいにわざと突き放してるわけじゃない。俺にも生活が懸かってるんでな」

 先程のように馬鹿にした様子はなく、男の表情は真剣そのものだった。金額は明言しなくても、最低限貰うつもりはあるのだろう。もう一度助け舟を出してくれないかと期待してヘレナさんを見るが、彼女も困ったような笑みを浮かべていた。

「あー、いや、ホラ、ココはちっちゃい修理屋だから、働き手が一人減るだけで、手が回らないから。そうなるとこのアホはともかく、私も路頭に迷っちゃうし。だから、お金の話では助けられません、ゴメンネ!」

 わざわざ天使のような笑顔まで添えて謝るヘレナさんに、私は文句なんて言えない。関係ないけど、この人、年上だという事は分かるけど、いくつなんだろう。作業着や顔は油汚れでくすんでるけど、普通に着飾れば女性誌の表紙に載っていてもおかしくないくらいきれいなんじゃないか。私だって自分に自信が無いわけじゃないけれど、彼女には何もかもで負けている気がする。

「んで、どうするんだ。払うか払わないか、早めに決めてくれよ。こっちも嬢ちゃんにずっと付き合っていられるほどの余裕はないからな」

 立仁の声で、私は現実に引き戻される。そうだ、今一番の問題はお金。お金。お金。何事にもお金がつきまとう。これで立仁が『お前の話に感動したから金なんぞ要らん、共に優勝を目指そう』とでも言いだしてくれたらいいのに。

 しばらく考えてみたが、特に何も思い浮かばなかった。こういう時にスパッと名案が浮かんでくれればいいけど、生憎そこまで私は頭の回転速くない。考えても考えても、頭の中では数羽のヒヨコがくるくると回ってるだけ。その間にも、立仁の目線が早く結論を出せと迫ってくるような気がした。先程の賞金の話といい、あまりに話の規模が大きすぎる。

「す、すぐには払えないわ」

「じゃあ、いつ払うんだ? 後払いくらいなら認めてやるが、その挙句に踏み倒したりはさせないからな」

 多分払わず逃げようとしたら、地の果てまで追いかけて来るつもりだ。そう思わせるほどの凄みを発している。帰りたくなってきた。それにこのオッサン、か弱い女子高生相手に手加減の一つもしてくれない。大人げないにも程がある。

脱線していく思考をまとめようと必死になり、しばらく顔をしかめて唸っていたが、ふと、ある一つの答えが思い浮かんだ。多分、もう少し冷静だったら、ちゃんと考えたと思う。けど、弱り切った私は、すぐにその回答に飛びついた。半ば自棄になりながら、私は言い放つ。


「いいわ、こうしましょう。後払いだけど、貴方の言い値で。優勝してもしなくても、言われた額をキチンと払う。勿論賞金の半分とは別で。それに優勝すればそのくらい余裕で払えるもの。それでいいでしょ、どう?」


 咄嗟の思いつきとはいえ、我ながら中々いい答えなのではないだろうか――と内心微笑んだが、目の前の男のぽかんとした表情を見て、失言ではないかと焦りを覚える。

 立仁はしばらく呆気に取られていたが、はっと思い出したようにヘレナさんに声を掛ける。背中をつぅ、と冷や汗が流れる。

「ヘレナ、聞いたか今の? 録音したか?」

 録音、という不穏な響きを聞いてヘレナさんの方を向くと、いつの間にか彼女はタブレットを手にしていた。今の一連の会話をいつの間にか録音していたらしい。

「うん、ばっちり録音したよ! 証拠確保、収入確保!」

爽やかな笑顔と共に彼女が立仁に向けてサムズアップする。

「え、あれ、なんか私、ヘンなこと言った……?」

「あのな、その条件だと俺が手を抜いて一回戦負けしても、お前は俺の言い値を払わなくちゃならなくなるんだぞ」

 男に言われて、私はようやく気付いた。自分の言った言葉が何度も脳内で反響する。しかも録音までされてるし。なんてバカなんだ、私。

いや、まだ大丈夫だ、未成年の契約は保護者の許可が無ければ無効、多分無効。無効だと思い込めば無効になる。無効なものは無効。無効無効無効。

ひたすら無効と念じる私を見て、立仁が軽くため息をついた。

「まあいいさ、アンタの必死さは分かった。その条件なら、受けてやるさ。やるからには勿論全力で優勝を狙って協力する。金の話としても、勝てりゃ悪くはないしな」

 しばらく、立仁が何と言ったのか分からなかった。立仁の表情は、どこか諦めたような雰囲気を漂わせている。だが、それでも私は疑惑の目を向けずにはいられなかった。

「え、今なんて……」

「なんだよ、嬉しくないのか。依頼受けるって言ってるんだ。アンタはその為にここ来たんじゃないのか」

 確かに、御舘立仁は、私の依頼を受けると言った。

 ようやく、実感が湧いてくる。依頼を受ける、立仁はそう言った。間違いなく言い切った。色々な感情が押し寄せてきて、また目頭が熱くなる。でもさっきとは違う。私が今日ここに来たことには、ちゃんと意味があった。心の中で、いや全身でガッツポーズをした後、目元を押さえる。

 立仁はフン、と鼻を鳴らした。そして、ようやくマルチキャリアからスタッと降り立つ。そして、すっと背筋を伸ばし、私の前にやってきた。

 デカい。身長差もそうだけど、体格が全然違う。遠目でも筋肉質だとは分かってたけど、引き締まった肉体には無駄が無い。アスリートとか、武道家みたいだ。ごくり、とつばを飲み込む。

 気圧され、少し見惚れていた私に、立仁が言う。

「だが安心するなよ。少なくとも俺が最初に言ったことは事実だ。俺だけで勝てる程甘くはない。大会までにお前が、あのポンコツで戦えるようにならなきゃいけないんだ」

 そうだ、私は、今ようやくスタートラインに立ったのだ。道のりはまだ遠い。地区予選を超え、全国の猛者を相手取らなければならない。頼もしい味方がいるけれど、結局走るのは自分自身。二人三脚で、足を引っ張る訳にはいかない。

「ええ、勿論その為にはいくらでも努力して見せるわ。私の成長の早さに驚かないことね」

 うん、いつもの自分を取り戻しつつある。昂った感情も徐々に収まり、強張っていた全身の緊張がほぐれていく。

「ふん、言ったからにはやってみせろよ。少なくともこいつはガキの口約束じゃねえ、大人の契約なんだからな」

 彼の口調は相変わらず刺々しかったけど、少し思いやりが感じられる気がした。なんだろう、意外に悪い奴じゃないかも、なんて、さっきまで考えていた事とは真逆の事をふと思う。

 向かい合う私と立仁の間に、ヘレナさんが割って入り、双方の肩をポン、と軽く叩いた。

「ほーら、そういう時は握手握手。これから一緒にやっていくんでしょ、握手くらいしておかないと」

 そう言って、双方の手を取ってハイ、と握手を促す。そうだ、まずは挨拶から。彼女に促されるまま、私は姿勢を正すと立仁にまっすぐ手を差し出した。

「……改めて、私、天川鈴音、と言います。えーと、よろしくお願いします」

 今年の全国個人戦優勝者――御舘立仁は、妙に困ったような表情を浮かべた後、少しぎこちなく私の手を握り返した。硬い。無数のたこが積み重なって出来た、分厚い手のひら。

「俺は、御舘立仁だ。よろしく頼む。あと、今更敬語なんか使うな。最初から目上の大人に生意気な口をきくようなじゃじゃ馬に、後から敬語で話されると気持ち悪い」

 じゃじゃ馬、にカチンと来て、繋いだ手にありったけの力を込めた。無論、私の握力程度じゃ、立仁は気にも留めてない。子供っぽい意地の悪い笑みを浮かべているだけ。なら爪でも立ててやろうか。そう思った時、手を握ったまま立仁の表情が変わった。

「おい、そういえば今日は何日だ」

 なにその質問。今日は九月十七日。何の変哲もない普通の――待った。自分の中で何かが引っ掛かった。立仁も同じような事を考えている気がする。

「九月の十七日ね。でもたっつんの誕生日でもなければ、私の誕生日でもないよ」

 ヘレナさんが口を開く。彼女には特に何も思い当たらないみたいだ。ヘレナさんには関係ない、私と御舘立仁にしか覚えのない日付――

「「マルチキャリアタッグ地区大会の、参加募集最終日!」」

 二人で声が重なる。そうだ、マルチキャリアタッグ大会の参加募集は、インターネットでの事前申し込みと、そして主催への参加費振り込みが必要になる。そもそも、今日ここに来たのは、その期限が迫り、悩みに悩んだ結果じゃないか。本当に最後の手段と考えて来ていたせいで、その後の事もほとんど考えていなかった。思いつめ過ぎて、まともにほかの事まで頭が回っていなかったらしい。

 時計を確認する。今は午後の四時半過ぎ。申請の締め切りは確か六時だったか。色々やっていたらギリギリの時間だ。

「こ、こんなとこで油売ってる場合か! ヘレナ、何でもいいからネット使える端末持って来い!」

「あいあいさー、持ってくるよ」

 女性が修理棟の外に小走りで取りに行った。ここに無い、という事はあの正面の店にでも置いてあるのだろうか。

「でもウェブマネーで払えばすぐじゃない、そんなに慌てなくても――」

「バカ、こんなボロ小屋で修理業なんぞしてる奴が、電子通貨なんて持ってると思うな。どっかの振込端末ある場所……そうだな、コンビニか銀行にでも行かないといけねえ」

 このご時世にウェブマネーすら持っていない? 時代遅れにも程がある。というか、電子通貨、って呼ぶ人おじいちゃん以外で見たことなかったんだけど。

「ま、まあコンビニならどこにでも――」

「駅前見ただろーが。少なくとも徒歩圏内にはねえ。確か、隣町の駅にはあったが、マルキャリ走らせて十五分は掛かる」

 信じられない、と頭を押さえる。確かに来るのには電車で三十分近くかかったけど、なんでこんな辺境で修理屋なんてやってるの、このオッサン。

「ド田舎にも程があるわよ……! それに、そもそもウェブマネー持って無いなんてアンタ本当に現代人なの?」

 呆れてため息をつくと、途端に立仁の顔が険しくなる。それに心なしか赤い。

「うるせえ、そう言うテメエも期限ギリギリに来るなんてどういう神経してやがるんだ、バカ!」

「バカですって? 私より何十年も歳食ってるからって何でも言っていいってのは大間違いよ!」

「何十年、だと? 俺はまだ三十三だ、何十年も離れてねーよクソガキ!」

「ク、クソガキ? もー我慢ならない! 散々言いたい放題言って……このクソジジイ!」

「クソジジイ? テメエ、言わせておけば――」

 そのまま、私と立仁はその場にヘレナさんが来るまでの数分、子供のように怒鳴り、喚き散らしていた。そして、その日申請を終えるまで、品の無い小学生のような不毛な会話を繰り返し、何度も火花を散らしていた。それをヘレナさんに茶化され、申請方法でも再び意見が食い違って喧嘩を初め――申請が終わったのは、それこそ締め切りギリギリの時刻だった。

 こんな状態で大丈夫なのだろうか、という不安を胸に抱えつつも、どうにか参加が決まる。

 私――天川重工の一人娘で会社の為に優勝を狙う天川鈴音と、その依頼という形で参戦する個人戦の優勝者御舘立仁という、どこまでもアンバランスなペアの第十一回マルチキャリアタッグ戦への出場が、決定した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る