第一話 1-7

 帰ろう、そう思って修理場の出口へ向かう。まだ涙は止まりそうにない。帰り道ずっとこうだったら、恥ずかしいというか、みっともないというか。

そう思ったその時、出口からさっきのお姉さんが入ってきた。

「全く、勝手に行くなって言ったのに……って、どうしたの?」

 まさか彼女が来るなんて思ってもいなかったので、慌てて顔を覆って涙を拭く。だが、真っ赤になった顔を誤魔化せるわけがなく、その女の人が一瞬驚いた顔をした。しかしすぐに近寄って来て言う。

「あーあ、顔真っ赤にして。可愛い顔が台無しじゃない。ほら、顔拭いて。あ、これ私のタオルだからちょっと整備油とかで汚いけど……」

 タオルの綺麗な面を探しながら、彼女が私の顔を拭う。整備油や汗の匂いが混ざり合っているのに、不思議と不快感はない。

「……その、すいません」

少し落ち着いた気がしたが、やはりまだ涙は止まりそうにない。女性は私の顔と奥のマルチキャリアを見比べて、合点がいったらしく、呆れたようにため息をついた。

「いいのいいの。あれでしょ、たっつんに散々言われたんでしょ。アイツ、デリカシーの欠片もないバカだからね。ごめんね、ホント」

 そこまで言うと、彼女はタオルを私に手渡し、そして奥のリーゲルに向かって大声で叫んだ。

「おーい、この根暗不潔バカ! マルチキャリアに没頭すんのはいいけど、こんな可愛い女子高生泣かせるとか最低だな! その臭いコクピットから出てこいバーカ!」

 唐突な品の無い大声の主が、横の女の人であることに驚く。

そして、その声を聴いた途端、リーゲルのコクピットが勢いよく開くと、先程の御舘立仁が血相を変えて這い出してきた。さっきの陰気な様子とはずいぶん違う。

「ああ? 泣かせてなんかいねーよ! ただ俺はマルキャリバトルの現実ってやつを――」

 そこまで言って私と目線が合って、なぜ怒鳴られているのか一瞬で察したらしい。顔に「やっちまった」と書かれているのが見えた。作業服の女性が怒鳴る。

「なーにがマルキャリバトルの現実だよ、女子高生泣かせるのがアンタの言うご大層な現実なのか!」

 立仁が一瞬怯んだが、すぐさま彼女に負けない勢いで怒鳴り返した。

「俺は間違ったことは言ってねえ、思ったことをそのまま口に出して、何が悪いってんだ!」

「言うにしても、伝え方ってモンがあるでしょ! 誰でも分かるような気配り一つ出来ないんなら、修理屋なんてやめちまえ!」

「テ、テメェ言わせておけば……ああ、いいぞやめてやるよ、そしたらお前も食いぶちなくして、野垂れ死にだなバーカ!」

「へへーん、アタシは転がり込める男の家があるもんねーだ、バーカ!」

「な、なんだと、この……バーカ!」

 突然の口論に、私はぽかんと口を開けてしまう。まるで子供のケンカだ。立仁は先程までの冷徹な口調とはうって変わって、随分とむきになって怒鳴ってる。

 それとは対照的に女性の方はこの会話を楽しんでいるかのようだ。バーカ、バーカ、と、どんどん会話ですらなくなっていく。

 私はしばらくこの奇妙な言葉の応酬を黙って聞いていたが、最終的に立仁が折れた。深くため息をついて、ふてくされたようにリーゲルの頭部に座り込む。

「――ええい、クソ、分かったよ。俺が悪かった。唯一の従業員まで辞められたら困る。んで、どうしろってんだ」

 ふん、と顔を背けたままの彼を見て、女性の方が優しい口調で諭すように言う。

「まあ、彼女の依頼について、もう少し詳しく聞いてあげなよ。わざわざ来たんだから、なんか事情があるんでしょ」

 彼女は私を見てにっこりと笑った。どうやら、一連の流れは、私の話を彼に聞かせるためだったらしい。その愛嬌たっぷりの笑顔を見て、この人は天使の生まれ変わりかもしれない、と本気で思ってしまう。

 そして、立仁はマルチキャリアの上でふて腐れている。その様子は、お母さんに叱られた小学生そっくりだ。すっと、肩の力が抜けた気がする。大丈夫、まだ私は見捨てられていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る