第一話 1-5

 清水の舞台から飛び込む思いで放った一言は、彼の呆気にとられたような顔がその結末を端的に表していた。『何言ってるんだ、コイツ』――そんな心の声が聞こえてきそうだ。男が眉間にしわを寄せる。


「……記念出場のつもりなら、頼む相手が違うんじゃないか」


「違うわ、狙いは優勝よ」


 私の言葉を、彼は冗談か何かと受け取ったらしい。マルチキャリアの上で頭をぼりぼりと掻いて、それから苦虫を噛み潰したような顔で言う。


「いい加減にしてくれ、からかうつもりなら――」


「違う、本気よ! 私は本気で優勝を目指してる。だからこうしてあなたに依頼してるの」


 男が目元を抑え、少し考え込む。手に隠れて表情は見えない。時間としては数秒程度のはずだけど、私にはものすごく長い間待っているような気がした。

 そして、男が顔を上げた。


「悪いが他を当たってくれ」


 再びの沈黙。


 そんな。承諾を渋るだろうとは思ってたけど、こんなに速攻で断られるとは思ってなかった。どうすればいいか混乱する脳内を必死にまとめようとして、なんとか言葉を捻り出す。


「な、なんで? 条件とかも聞かないで断るのは早いんじゃない?」


 げんなりしたような顔で、立仁があのな、と切り出した。


「……まず、こんな風にいきなり押しかけてきて、自己紹介もせずにタッグを組めなんて言ってくるやつと、協力なんぞ出来る訳がないだろ。どこのどなた様なんだ? 見た感じ高校生か?」


 確かに。そうだった、私、まだ名乗ってない。私は彼の事を知ってるけど、彼は私を覚えてないんだ。当たり前のことじゃないか。次に何を言うべきか。緊張し過ぎて、頭の中で散々シミュレートしてきたのに、どっかに吹き飛んでしまった。慌てて、自己紹介をする。


「そ、そうね。じゃ、えーと、私は天川鈴音。十六歳だけど、マルチキャリアの免許は取得済み。個人戦にも前回出たわ」


「そうか。戦績は?」


 さっそく言葉に詰まる。組むならある程度優秀な相方を望むのは当然だ。私だってそう思ってここに来たんだし。でも、前回個人戦初参戦、そして目の前の御舘立仁に負けて地区予選敗退。まともな戦績だなんて、とても言えない。言ってしまっていいものか迷ったが、嘘をつくのは嫌だった。


「……ぜ、前回が初めての参戦。地区予選の準決勝で敗退したわ」


 彼は首をかしげると、何か引っかかることがあるのか視線が宙を泳ぐ。その間、私は待たされているわけで、じれったい。というか、私を負かしたのあなたでしょ。思い出してよ。


「ふーん、準決勝敗退で、アマカワ、アマカワ……あ」


 ようやく思い出したらしく、頭の上に豆電球が灯る。このオッサン、冷たい目付きや無気力な雰囲気とは裏腹に、何を考えているのかは結構分かりやすい。


「ああ、アレか。アンタ俺の地区予選の対戦相手か。しかもアンドロメダに乗っていて名前が天川ってことは、天川重工の関係者か。なるほどなるほど」


 一人合点したようにウンウンと頷いている。覚えているなら、まだ余地はある。なんとしても、タッグを組んでもらわないといけない。


「そうよ。確かにあなたに負けたけど、それなりに腕にも自信はあるわ。私の機体だって最新鋭のマルチキャリアよ。悪くない条件じゃない?」


 少し胸を張る。私の腕はまだまだかもしれないけど、マルチキャリアに関しては自信がある。あれは私のパパとおじいちゃん、そして工場の皆の自信作だから。しかし。

 ぽかん、と口を開けたあと、唐突に立仁は嘲るように笑い始めた。


「な、なにが可笑しいのよ」


「腕に自信? 最新鋭のマルチキャリア? 俺の乗ったこの旧式機体に負けたくせに?」


 立仁が自身のマルチキャリアをコンコンと叩いて示す。さっそく出鼻をくじかれた。このオッサン、私のことを思い出したせいか、それとも私を子供と侮っているのか、さっきよりも辛辣な口調になってないだろうか。恥ずかしさで顔が赤くなりそうなのを、懸命に堪える。


「そ、それはあなたが全国一位の実力者だから仕方ないわよ。でも、あなたと当たるまでは順調に勝ち進んでいたし、アンドロメダⅠは今までのマルチキャリアとは違うわ」


 これは本当のことだった。実際、私のアンドロメダⅠは、その性能で地区大会のトーナメントを破竹の勢いで勝ち進んでいたのだ。


 天川重工の娘として詳しく言わせてもらうなら、天川重工初のマルチキャリア『アンドロメダⅠ』、その最大の特徴、ホバークラフト機構。それ自体はすでに開発されている技術だ。二十一世紀初頭に一回廃れてしまったが、耐久性の向上に軽量化、エネルギー供給機の小型化、コストの削減などで改めて見直されてきている。


 特に、アンドロメダに搭載されたホバークラフトは今まで以上に装置全体を小型化し、マルチキャリアの脚部に搭載できるサイズにまでなったのだ。さらに周囲の空気を圧縮して噴出するエアスラスターを内蔵したこの機構により、アンドロメダの最高速度はマルチキャリアとしては破格の160㎞/hを誇る。平均的なマルチキャリアが100㎞/hだから、アンドロメダはレーシングマシンに迫る速度があるわけだ。


 更に更に、二脚というマルチキャリアの性質を活かし、なんと垂直に6mも跳躍できる。既存のマルチキャリアには出来ない立体的な動きが可能――要するに、ホバーで速くてジャンプも出来る凄い最新機体、なのだ。まあこれは、天川重工の一人娘として、こんなのは当然の知識。


 マルチキャリア免許を取ったばかりの私には、そんな新型を乗りこなすのはとても大変だった。それでも、毎日学校から帰って必死に練習したおかげで、結構上手く操縦出来るようになった。


 そして私が大会で取った戦法。それは、圧倒的な速度で相手に突っ込んで、そのまま跳躍し上からケミリア塗料の弾幕を降らせる方法だった。言い表してみると単純だけど、これが意外にマルチキャリア相手には有効なのだ。一般的なマルチキャリアは飛んだりしないから、視界範囲が上までカバーできてないことが多い。相手の視点からすると、まるで私の機体が突然消えたように見えるだろう。


 実際に、大半の対戦相手はその三次元的な動きに着いて来れずに、私に一方的に攻撃され敗北していた。地区予選の実況者にすら、『これは期待の新星ですね』といわしめていた――にも関わらず。


「ふーん、最新鋭で、今までとは違う、ねぇ……」


 立仁が、ぼそりと呟く。彼は、そんな私の動きに微塵も動じなかった。跳躍している私目掛けて、ケミリア弾頭ロケットを1発。更にペイントマシンガンをフルオートで1マガジン分。空中では回避もままならず全て正確に胴体に直撃し、塗料の許容限界をあっさり突破して『大破』判定を喰らい――そのままアンドロメダⅠは虚しく地面に叩き付けられ、私もエアバックに叩き付けられた。


 私も連勝で調子に乗ってたとは思う。でも、敗因は私の油断以上に、この御舘立仁の実力だ。私はそこまで操縦技術も悪くはないと思うし、アンドロメダⅠという機体に絶対の自信がある。


「どう? もう一度考え直してみてよ。悪くはないと思うわ」


 今度こそどうだ、と意気込んだ二度目の誘い。でも、御舘立仁の言葉はそんな私のわずかに残った自信すらも粉々に打ち砕いた。


「……んじゃあはっきり言わせてもらおうか、アンタはな――」

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