第一話 1-4

 忘れもしない、無精ひげの冴えないオッサン。目の下のクマも相変わらず。体格は見てわかる程度には筋肉質だけど、猫背気味でだらしのない印象を受ける。でも、そんな第一印象に騙されてはいけないと、私は半年前に学んでいた。


「確かに俺は御舘立仁みたてたつひとだが、誰だアンタ。修理の依頼なら、第一修理場にいたヘレナに頼んでくれ」


 如何にも鬱陶しい面倒な客を追い払うような、愛想の欠片もない応対。それに、私の事は全く覚えていないらしい。まあ、地区予選の相手なんて覚えてないかもしれない。けど、その余裕がムカついてくる。今すぐ近づいて引っ叩いてやりたいくらいだ。

 それでも、私はこの男に協力を求めなくちゃいけないんだ。


「そう、あなたが御舘立仁。第十一回MCB全国大会個人戦、初出場にして八位。前回の第十二回が三位で、今回はなんと念願の初優勝。合ってるわよね?」


 ネットで調べ出した情報を叩き付ける。歴史の人物以外でも少し有名になればウィキに書いてあるから便利。でも、男の顔は険しくなった。


「ああ、そうだ。悪いが、取材かなんかか? こっちも忙しいから、冷やかしなら帰ってくれ」


 彼の口調は淡々としているけれど、はっきりと拒絶の意志が感じられた。その目つきが、大会の最後に見たあの冷たい目と同じで、少したじろぐ。怯むんじゃダメ、目的を忘れるな、スズネ。そう自分に念じて、更に言葉を続ける。


「で、今のところ個人戦には出ているけれど、タッグ戦には出場してない、そうよね?」


「そりゃあ、一人だからな。ペアでの競技に出れるわけがないだろう」


 やっぱり私の予想は正しかった。MCBは、個人とタッグの2競技が主流だ。大半の個人戦出場者は、相方を見繕ってタッグ大会にも出ていることが多い。特に個人での上位入賞経験者は他の選手と組んでタッグ戦にも出場している。だけど、この御舘立仁は、過去にタッグ戦には一度も出てなかった。


「なら、もし今度のタッグ大会で相方がいたら、出るつもりはあるの?」


「まあちょうどいい相手がいればな。修理業だけで食うのも難しい。入賞すればそこそこ金にもなるしな。……んで、質問は終わりか」


 いやいや、話の流れで私の目的に気付いてよ。彼の無関心な返答に、もう一度自分に問い返す。本当にこんなオッサンに頼るの、と。

 これは大事な選択だ。ここでの決断で、私だけではない、パパやおじいちゃん、更に従業員の人達にまで迷惑をかけるかもしれない。それでもなお、こんな中年のオッサンに賭けても、いいのだろうか。

 だが、一度決めたことを捻じ曲げたくない。今日だって引き返す機会はいくらでもあった。でも、私はこうして彼の前にいるのだ。今更迷う必要はない。後悔は話してからすればいい。一度息を吸い込むと、言わなければならないことを喉から、口から、音として発する。


「じゃあ、私と組んで、第十一回マルチキャリアバトルのタッグ戦に、出場して貰えないかしら」


 口に出すと、自分の考えが馬鹿げているような気がしてきた。私がここに来た目的、それは――この男に一月後に開催されるタッグ戦のパートナーになって貰い、出場し、そして優勝すること。この個人最強の男と組めれば、優勝は夢物語ではなくなる。

 勿論、バカな考えだとは思う。いくら最強でも、即席の相方で勝てるほど甘い世界じゃない。だけど、私はもうなりふり構っていられない。


 ごくり、とつばを飲み込んで、彼の返事を待つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る