第一話 1-3

 隣の『2』の修理場はさっきとは雰囲気がだいぶ違った。格納庫とか、整備場と言った方が正しい内装に見える。壁に掛けられたMCB用のケミリア塗料ライフル、ケミリアナイフ。無造作に放置されたペンキ塗料の缶の隣に、模擬戦用のケミカルリアクションペイント――通称ケミリア塗料も並んでいる。


 やっぱり、ここはマルチキャリアの整備場だ。それも、輸送用MCではなくて、競技用の。

 シンナー系の臭いがツンと鼻につく。照明も奥に一つだけ揺れているだけ。足を踏み入れるのを少し躊躇する。


 でも、行かないと。自分を奮い立たせると、一歩ずつ奥に進んでいく。布の擦れる音。油とシンナーの混ざり合った臭い。足元には小さなネジやナットが散乱している。

 そして、奥の照明が照らすモノを見た時、私はこの場に探している人物がいることを確信する。


 あの日見た、マルチキャリアだ。


 三か月前、あの準決勝で相対し、完膚なきまでに私を叩きのめした機体。

 緑色の塗装に、頭部が胴体に埋まった寸胴な体型。胴体の真中を一直線に走るオレンジのセンサーが目を引く、機体名、『リーゲルM42』。大手企業イーヅカ製の主力製品で、開発から既に十数年は経っているけれど、輸送業界では現役として活躍している。

 搭乗者の安全と積載量を重視した設計に、それを実現する堅牢で武骨な合金装甲とシンプルな関節構造。それを支え破格の安定性を実現する太く頑強な脚部に大型タイヤ。事故での致死率が殆どないことから、業界での評判はいい。しかし、精密性や敏捷性に欠けるためマルチキャリア大会のような、戦闘行為には向いていない――というのは、大会が終わってから知ったことだ。


 あの時は、見るからに鈍足そうな旧式マルチキャリア、とたかをくくっていたけれど、実際に対戦した時、私はこのリーゲルという機体に手も足も出ずに一方的に『撃破』された。あの日味わった敗北の味は、いまだに口の中にジワリと広がる。


 リーゲルはカタログスペックだけで見れば、私のアンドロメダⅠに耐久性以外完全に劣っている。十年と言う年月は、技術面に大きな差をもたらした。それでも圧倒的大差で私が負けたのは、その乗り手の技量、としか思えない。少なくともこの機体の搭乗者は、マルチキャリアという乗り物を知り尽くし、鈍重な機体を自身の肉体を動かすように華麗に、正確に乗りこなし、私を一蹴したのだ。

 人人人。三回書いて飲み込んで、私は覚悟を決めた。

御舘立仁みたてたつひと、そこにいるんでしょう?」

 リーゲルの目の前に仁王立ちすると、私は大声で叫んだ。狭い整備場内に、私の声が反響する。

 一瞬、リーゲルの頭部カメラがこちらを向いた。多分、内部の機器の調整をしていたのだろう。少し間を置いて、後頭部のハッチが開くと、そこから一人の男が顔を出した。


 

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