第一話 1ー2

 目指す場所は、駅から歩いて十分くらいの、閑散とした駅の更に外れにある、自動車やホバートラック、マルチキャリアの修理業者の店。当然、修理を依頼しに来たわけじゃない。それとは別の、私にとって重要な依頼。


 寂れたシャッターだらけの商店街を抜け、錆びた空き地の看板に沿って進む。ここまで来ると、全く人影はない。それに建物が少ないせいで、一面のススキがゆらゆらと揺れている。灰色の空が、私の先行きを示しているようで、ちょっとムカつく。


 そんな町の車道から少し外れた路地の先に、私の探していた店、『ミタテ修理』はあった。


 これを店と呼んでいいものだろうか。店というより、廃屋にしか見えなかった。奥に見える修理場はともかく、手前の受付と思われる家屋は、今時珍しい瓦屋根の木造だ。一応看板は真新しいプレートとLEDで飾られてたけど、これが無かったら営業中の店だとは思わない気がする。


 受付のカウンターに、手作り感のある安っぽい看板が掛かっていた。


『奥の修理場で作業しているので、用事のある方は修理場まで』。


 汚い字。油性ペンで適当に書いただけ、そんなガサツな雰囲気がする。受付で少し待ってみたけど、人っ子一人来そうにないので、諦めて修理場に向かうことにした。受付横の細い通路を抜け、錆びついた門をくぐる。


 門を抜けると、小さな修理場が三棟並んでいた。安っぽい鉄とトタン製の壁が、如何にも貧乏個人経営の雰囲気を漂わせている。それぞれにペンキで雑多に『1、2、3』と書かれていて、手前の2つは明かりがついていたけれど、奥の3番目は使っている様子もない。


 一番近くにある、黒く『1』の文字が書かれた修理場に入ると、ギュルギュルと工具の音がして、整備油の臭いがほのかに漂っている。このレトロな雰囲気、うちの工場そっくり。でも、その壁面の汚れや床に散乱したゴミや工具は、綺麗好きなパパが見たら卒倒するかもしれない。


 正面門の傍に、部品の一部が解体された自動車がジャッキで持ち上げられていた。タイヤは外され、ボンネットは開いてエンジン剥き出し。その下からカチャカチャと金属の触れ合う音がする。誰かが下に潜り込んで作業しているみたいだ。


「すいません、ここの方ですか?」


「うーん? 何、お客さん?」

 私の声に気付いたのか、車の下から作業着を着た女性が現れた。一瞬その姿にどきりとする。浅黒い肌が健康的で、快活そうな女の人。日本人らしくない高い鼻や、魅惑的な目つきが、不思議な愛嬌を醸し出している。正直、整備士には見えないくらい綺麗。だけど、この人は私が捜している相手ではない。


「そうだけど、なんかの修理? ただ、こっちも忙しくて。飛び入りの依頼だと暫らく待ってもらうことになるけど――」


「いえ、ミタテという人、いませんか」


 彼女の言葉を遮り、私は尋ねる。看板にも書いてあった、この修理屋の主人と思われる名前。いや、私はミタテという人物が何者かを知っている。知っているからこそ、ここに来たのだ。


「あー、たっつんね。奥でマルキャリ弄ってるよ。まあその前に私が話聞くから5分待って」


 たっつん、マルキャリ。彼女なりの略称なのだろうか。多分マルチキャリアのことか。大抵はMCと呼ぶし、マルチキャリアをそう縮めるのは初めて聞いた気がする。語呂が悪い、変なあだ名。

 

 彼女が指差したのは、隣の『2』と書かれた修理場だった。何としても彼に会い、約束を取り付けないといけない。ぎゅっと拳を握り締める。


「分かりました、ありがとうございます」


「あ、コラコラ、勝手にそっち行っちゃダメだって!」


 彼女の声を無視して進んでいく。彼女が私を追いかけようとしたみたいだけれど、部品の落下音と共に彼女の悲鳴が木霊する。そして私には、それを助けようとする気持ちの余裕はない。


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