第一話 天川鈴音、交渉!

第一話 1-1

住谷すみや重機の関西工場からアームキャリアが盗難:住谷重機は本日、関西工場から軍事用のアームキャリアが盗難されたことを発表した。これで住谷重機のアームキャリア盗難は今年4度目。現在計六機のアームキャリアが盗難にあったことが分かっており、警察発表では犯人の目星はついていない。住谷重機は警備体制の見直しを進めており、警察が捜索と、付近への警戒を呼び掛けている。(三島トオル@Mishima_News)』


 タブレット端末のニュース番組を見るのをやめて、駅の改札をくぐる。私の住んでいる最寄り駅から片道三十分。都心からはだいぶ離れた、各停しかないローカルな駅。その駅舎から出て、外の景色を一望する。小さな駅舎と同様、周囲の建物もこぢんまりとしていて、あとは殺風景なススキ野原が広がっている。


 九月だというのに、少し肌寒い。今年は寒い冬になると気象庁が発表していた。もう少し着込んでくるべきだっただろうか、と思いながら薄手のカーディガンのボタンをしめる。


 不慣れな町の勝手がわからず、近隣の地図を端末に呼び出す。地図の情報が確かなら、あと数分歩いていけば見えてきそうだ。天川鈴音は人通りの少ない道を歩きながら一人、焦る。



 あの六月の大敗からはや三か月。次の個人戦のエントリーは来年の春。だけど、そんな先まで待っている余裕はなかった。


 パパとおじいちゃんの会社――天川重工は、既に経済的にかなり危うい状態にまで陥っていると、私は薄々気付いていた。


 元々大手とは言えないまでも、ホバー技術を安価且つ高性能に製造できることを売りに、中堅運送重機メーカーとして地道に頑張っていた。でも、今や当時の栄光は何処へやら。世の中の不景気もあるとはいえ、ホバートラックの売り上げは前年から更に下がり、打開案として試作的に開発したマルチキャリア、『アンドロメダⅠ』に至っては全く売れていない。作った機体も大半が倉庫で埃を被っている。娘の私でも分かるんだから、経営が苦しくないわけ、ない。


 パパはそんなそぶりを見せていないが、そろそろ借金を本格的に検討しているかもしれないし、おじいちゃんの表情も最近暗い。工場員の人々もどこか不安そう。くちびるを少し噛む。だってその責任は、私にあるから。


 経営難の打開策の一つとして考えられたのが、この前のマルチキャリア大会に出場することだった。地区を勝ち抜き全国出場、あわよくば全国大会優勝でもすれば、宣伝効果としては絶大。苦肉の策とはいえ悪くない、ということで出場することになった。


 だけど、私が地区大会の準決勝で敗退してしまったせいで、アンドロメダⅠはお茶の間やニュースに取り上げられる機会すら訪れなかった。それどころか、対象の運送業各社からも声の一つもかからない。私が、負けたせいで。


 皆が気にしなくていい、と言ってくれたが、そもそも私がマルチキャリアに乗ることになったのは、私のわがままのせいだ。工場の人たちでは年齢や体格面で不都合があったのは確かだけれど、パパとおじいちゃんを助けたい、そんな一心で私はこっそりマルチキャリアの搭乗資格を入手し、勝手にアンドロメダⅠの操縦士として大会に登録してしまった。


正直、可愛い女子高生がパパと祖父の工場を救うためにマルチキャリアに乗りけなげに頑張る――なんて美談にテレビが食いついてくれないかな、という邪な期待も少しはあった。


 今更だけど、パパたちからすればあまりに身勝手な行動だ。本当に出るなら、ちゃんと選手を雇うとか、アマチュアの大会出場者に声をかけるという手が取れたのに、私はそうしなかった。勝てるって思ってた。


 でも、実際私はあっさり負けて、個人戦のエントリーは来年。プロに任せればよかったんだ、と面と向かって言う人はいなかったけど、それはみんなが優しいからだ。でも、私が間違っていたのは、私が一番よく分かっている。


 だから、私がした失敗の責任は、私が取らないと。


 そんな思いから、私はある場所に向かっていた。勿論、パパにもおじいちゃんにも内緒だ。これは、私の独断で決めたことだから。静かに、緊張する胸を押さえながら、私は歩道を早足で行く。


 

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