最終話 答案返却 光洋、相撲部屋強制収監回避なるか?

翌日、木曜日から中間テストの答案が続々と返却されていく。

「あっぶねえーっ」

 最初に返却された数学Ⅰ、光洋は三一点だった。

「本当にギリギリだな、光洋」

「さっきおいら、リアルに心臓止まりそうになったぜ。全部返却されるまで、眠れない日々が続くな」

「俺は八八点だった。もう少しいけると思ったけど」

 梶之助はここで一喜一憂せず、次に向けて頑張ろうと感じていた。

 秀平は見事一〇〇点満点。

 男子の分を配り終えると、続いて女子の分が返却される。

「利佳子ちゃん、私、谷風と白鵬の連勝記録と同じ六三点も取れたよ。めっちゃ嬉しい」

 麗は返却されたあと、すぐに報告しにいった。

「決して良い点ではないけど、平均点は超えていたので、麗さんにしては上出来かな。期末ではさらに良い点が取れるように頑張りましょうね」

「うん、私、さらなる高みを目指して頑張るよ!」

 利佳子に励まされ、麗は堂々と宣言する。

「よかった、九〇点も取れた」

 秋穂も自分の結果に満足出来たようだ。

「おめでとう秋穂さん、稽古の成果が出たわね」

 利佳子も喜ぶ。彼女は秀平と同じく満点を取った。

 この日返却された他の科目、光洋は現代社会六〇、化学四一、古典四七、世界史A五六点で何とか全て赤点回避に成功。

 ちなみに秀平はこれらの科目も、全て一〇〇点満点であった。

         □

翌日金曜日四時限目までに返却された科目。光洋の点数は現代文五三。数学A三九。

 五時限目、いよいよ光洋が最も心配している英語だ。

「では今からテストを返しますね」

担任の寺尾先生によって返却されることになった。

「今回、皆さんかなり悪かったです。でも、七月にある記述模試はもっと難しいからね」

 一呼吸置いてこう付け加えて、答案を出席番号順に返却していく。

「光洋、いよいよ運命が決まるな」

「あっ、ああ。今までなんとかなったから、ひょっとすると、いけるかも」

「絶対あるって」

 梶之助は勇気付けてくれる。

「大迎くん」

「あっ、もうおいらか」

 呼ばれた光洋は慌てて立ち上がり、答案を取りに行く。

 梶之助も彼のすぐ後なのですぐさま教卓の方へ向かった。

(三〇点、あってくれ、あってくれ)

 光洋は心の中で何度も唱えながら、寺尾先生から答案を受け取る。

「うわぁぁぁっ、予想通り赤点かぁ」

 得点を知った瞬間、思わず嘆き声を漏らす。光洋の目から、涙がぽろぽろ流れ出た。

 席に戻ると、うずくまってさらにしくしく泣き出す。

二七点だったのだ。

「光ちゃん、男の子が泣いちゃダメだよ」

 麗が近寄って来てくれ慰めてくれる。

「光洋、元気出せ。三点くらいの差だったら、何とかなるかもしれないよ」

 梶之助は慰めてあげる。彼自身は八一点を取っていた。

「無理だよぉ。絶対」

 光洋はうおーっんとオットセイのような鳴き声をあげて、さらに激しく泣いてしまった。

「赤点を取っちゃった子は、来週月曜の放課後に追試を行いますので、この土日はしっかり勉強して来てね」

 全員に返却し終えた後、寺尾先生はまだうずくまって泣いていた光洋の方を少し気にかけながら伝えたのであった。

 この授業が終わり休み時間に入ると、

「大迎君、元気出したまえ」

「光洋さん、かわいそう。相撲部屋に入れられるのね。なんとかしてあげたいよ」

「ワタシもだよ。コウちゃんが高校辞めちゃうなんて寂しいよ」

 秀平、利佳子、秋穂も彼の側へ近寄って来て慰めてくれた。

「私も光ちゃんを助けたい! 力士っていうのは、ただ体が大きいだけじゃダメだもん。高い身体能力と強い精神力も伴ってなきゃ。光ちゃんが入門したって、きっとすぐに弱音を吐いて逃げ出しちゃうよ。光ちゃんを相撲部屋強制収監から救う会、ここに結成だねっ!」

 麗は突如思いついた。ルーズリーフ用紙を一枚外し、黒ボールペンで『光ちゃんを相撲部屋強制収監から救う会』と大きな字で横書きし、その下にそれよりやや小さめの字で会員名として自分の名前を書く。

「ワタシ、会員になるよ」

「わたしも協力します」

「……俺も」

「ボクもなるよん。ボクの掛け替えのない親友だからね」

 秋穂、利佳子、梶之助、秀平の四人は快く用紙にサインした。

「ありがとう、皆の衆ぅぅぅぅぅぅぅ」

「コウちゃん、これで涙を拭いてね」

 光洋は秋穂からもらった可愛らしいリス柄のハンカチで、滝のように流れていた涙を拭いた。

「光ちゃん、相撲部屋に入りたくないってこと、みんなで一緒におば様おじ様に交渉してあげるからね」

 麗はとても心配してくれる。

「なんか、悪いけど。頼みます」

 光洋は自分の力だけの説得では絶対無理だろうと感じ、この五人に協力を求めることにした。


「皆さーん、帰りのホームルーム始めますよ」

 七時間目終了後、ほどなくして寺尾先生がやって来る。

「起立」

 学級委員長からの号令。

「大迎くーん」

「……あっ!」

 寺尾先生に叫ばれ、慌てて椅子を引きガバッと立ち上がる。

さっき光洋一人だけ、座ったままだったのだ。

「光洋、大丈夫か?」

 梶之助から心配された。

「いやぁ、ちょっと考え事してて」

本当に説得が上手くいくのだろうか? 光洋の頭はそのことでいっぱいだった。

「気をつけ、礼、着席」

 学級委員長は号令を続ける。

 全員着席したのを確認すると、

「あのう、五時限目に返却した英語の試験について、皆さんに大変重要な連絡があります。英語のテスト、平均点が四八点で五〇点未満でしたので、赤点の基準は半分の二四点以下の子になります」

寺尾先生は突然、こんなことを伝えて来た。

「そっ、それじゃ……」

光洋は思わず呟く。

そして、

「うおおおおおおおっ、やったぁーっ!」

次の瞬間、彼は他の教室にも響き渡るくらい大きな歓喜の声を上げた。顔の表情も瞬く間に綻ぶ。目にも、ちょっぴり涙で潤んでいた。

これにて思いがけず、赤点回避となった。 

「大迎くん、よっぽど嬉しかったのね」

 寺尾先生はそんな彼を見て優しく微笑む。

「よかったな、光洋」 

 梶之助だけでなく解散後、

「光ちゃん、よかったねー」

「大迎君、おめでとうございます! まるでイベントでアニメ化が発表された時のような叫び声でしたね」

「光洋さん、見事な大逆転劇ね」

「コウちゃん、おめでとう。よかった、よかった」

 麗、秀平、利佳子、秋穂も光洋の側へ駆け寄って来て、パチパチ拍手を交えて大喜びしてくれた。

        □

「母ちゃぁん、父ちゃぁん、これ、見てくれよ」

「どうしたんよ、こうちゃん? そんなに興奮して」

 光洋は帰宅するとすぐさま、今日返却された三科目の答案をリビングで夕方の報道番組を見ていた両親にかざし付けた。

「赤点、一科目も無かったんだ。英語も、平均が四八で五〇点以下だったから、赤点の基準が平均の半分以下の二四点以下になったんだ!」

「本当かなぁ?」

 母は微笑み顔で問う。

「本当だって! 嘘だと思うんなら梶之助殿に聞いてくれよ」

 光洋は大きな声で強く主張した。

「こうちゃんがそこまで言うんなら、信じるわ」

 母がこう言ってくれると、

「どう、おいらもやれば出来るでしょ。これでおいらの角界入りはチャラだね」

 光洋はにっこり笑った。とても機嫌良さそうだった。

「光洋、じつは、おまえを相撲部屋に入れようとしたのは、嘘だ」

 父はくすくす笑いながら唐突に打ち明ける。

「えっ!」

 光洋は両目をぱちくりさせた。

「光洋が角界に入ったってやっていけるわけがないことは、おれはよく分かっていたさ。せっかく淳高に入れたんだ。もうこの際勉学に懸命に励んで、大学まで行け」

「こうちゃんを中学出たら角界に入れようとしてたのも、じつは全部嘘だったのよ。だってこうでも言っとかないと、こうちゃん、真面目にお勉強してくれないからね。これからは、お勉強の方をしっかり頑張ってね」

 両親は優しく微笑む。

「もう、エイプリルフールはとっくに過ぎてるのに。おいら今、テレビアニメ化がガセだったのを知った時の心境だよ」

 光洋もにっこり笑った。

「光洋、どうせ大学行くなら大学受験界の東横綱、東大を目指せ」

 父は大きく笑いながら勧める。

「それはおいらには天地がひっくり返っても絶対無理だよ父ちゃん」

 光洋も大きく笑いながら言った。

 こうして今日も平和に大迎家の夜は更けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る