マミーストライキ05

「そっちの方から会いに来るだなんて珍しいっすね。何かあったんすか?」

 深夜のとある公園。

 そこは霧場 蓉子が良く通っていた公園で彼女の目の前には上司として例えていた白衣の男がいた。

「要さん。今までお世話になりました」

 深いお辞儀をしながら手渡したのは一冊のスケッチブック。その中身は今まで命令されて描いた絵である。

「俺っちバカだからこんな物渡されてそんなこと言われても何がなんだか分かんないっす。ちゃーんと言ってくれないと」

 嫌な言い回し。

 いつもの蓉子なら口ごもってしまうが火夜との出会いで変わった。素直に自分の気持ちを言葉にして答える。

「もう貴方の指示には従うことが出来なくなりました。それは最後の仕事だと思ってくれれば」

 パラパラとその中身を興味なさそうに確認しているその顔はあの集会で見せたそれとはまるで雰囲気が違う。

「ふ〜ん、こんな大事な時期に困るっすね〜。何か事情でもあるんすか?」

 現在、この白衣の男は不死コレクターを集めて計画を進めている。それを邪魔をされるのは彼には不快でしかない。

「はい。私には友達が出来ました。私はその友達に顔向け出来るような存在になりたいので要さんたちには付いて行けません」

「ふ〜ん。あ、そうっすか〜」

 頭を掻き毟りため息を吐くと表情が一変した。

「舐めてんじゃねえぞ糞アマが!」

 それはつい先ほどの調子の良い男とはまるで別人ーー否、彼とこの男は別人と言ってもいい。

「友達? けっ、反吐が出るぞ。一体何処でんなもんつくってきたが知らねえがそんなもん俺様たちの計画には関係ないんだよ」

「在羅さん」

 それは白衣の男のもう一つの顔。

 蓉子のように彼の直属の部下しか知らないもう一つの人格、在羅と呼びれる男。

 何故彼が存在するようになったのかは彼の配下でも知る者は少なく、残念ながら蓉子は知らないが彼の恐ろしさは知っている。冷酷で惨忍で不死身の化け物でさえ慄く。

 そんな男がジリジリと蓉子を距離を詰め、手を伸ばそうとしたその時赤髪の吸血鬼がその間に割って入った。

「ようやく本性を現したようじゃの」

「吸血鬼か。邪魔しないでくれるか? 俺様は今からこのなまいき生意気な女を調教する予定なんだよ」

 不死身の怪物の中で最も有名で恐れられている吸血鬼を前にしても一切動揺せず、むしろ気迫が増す。

 一触即発の状況に更に複雑化をさせる人物が軽快な笑いと共に現れた。

「あっはー。調教だなんて穏やかじゃないね」

「寿 流。テメェまで来るとは出来過ぎてんなぁ」

 蓉子を睨みつけるが寿はその疑いを首を横に振り、代わりに答えた。

「彼女は何もしてないよ。ただ彼女を追跡させてもらっただけさ。まさかこんな修羅場になってるとは思ってもみなかったけど」

「あっそ。でも出てきたのは間違いだったな。俺様がなんの警戒もなしにここまで一人で来たと思ってんのか」

 そう言うとまるでそれが聞こえていたかのように空から少女が降りて来た。だがただの少女ではない。彼女の額には角が二本生えている。

「まさか。君ほどのものが自分を危険に晒すヘマをするわけがない。もしここで仕留めることが出来たらどんなに楽だったか。今回はちょっと挨拶がてらに寄っただけさ。思わぬ拾い物があったけど」

 霧場 蓉子。

 包帯だらけの少女。既に彼女の気持ちは決まっているのでどちらの味方でもないが再び要たちの元に戻ることはないので寿側に流れるのは必然。

「ふん、そんなもんくれてやる。だが今度会った時はそのアマだけじゃねえ。貴様らにも絶望を与えてやる」

 少女は不敵に戦線布告をする在羅を抱え、上空の彼方への消えていった。

「ふう、行ったか。正直ヒヤヒヤものだったけど流石にここでやり合うのは奴さんもごめんだったみたいだね」

 寿側は刹那、在羅側には角が生えた少女がいる。もし勝負になっていたらどちらが勝つかは誰も分からない。

「あれを本当にここで逃して良かったのか? 彼奴は危険な存在じゃろうに」

「分かってはいるけどあれに勝てる確証はないから。それとも君は同胞をあんな惨めな姿にしたあいつが許せないかい?」

 寿も刹那も姿をくらましていたのはあの男について調べていたからである。寿は不死コレクターについて、刹那は吸血鬼の成れの果てについて調べていた時に彼の存在へとたどり着いた。

「別に他の連中になぞ未練はないわ。じゃが、奴はこの街で不穏な動きをしておる。このままだと妾の主がまた面倒なことに巻き込まれるからのう」

 まだ知り合ってからの期間は短いがその内容はとても濃く、既に刹那は伏見がトラブルに巻き込まれやすい体質であることは頭が痛くなるほど理解している。

「へー、随分と伏見くんが気に入っているんだね」

「そうじゃの。一緒にいると退屈せんし何より落ち着く。それよりその者に説明をしてやったらどうじゃ?」

 指を差したのは何が起こったのか分からずポカンと口を開けている霧場 蓉子。

 それもそのはず。

 ただ自分の悩みを解決するために来たのに見知らぬ男女が突然出てきて意味不明なやり取りが目の前で行われたのだから。

「おっと、これは僕としたことが。君はあれの手下だった人だよね。初めてまして、僕は君の味方だ。でも何かを強要したりはしないけどこちらからは助力する。何かあったらここに連絡をしたらすぐに駆けつけるよ」

 紙に書かれた携帯番号。

 他の二人は知らないが寿は携帯を持っていない。なのでこれは伏見の番号である。しかもその本人は勝手に番号を渡されていることを実際に電話がかかってくるまで知らない。

「あ、ありがとうございます。でも本当にいいんですか?」

「無論、ただというわけにいかないよ。君の知っている情報は教えてもらうよ。これはその見返りと思ってほしい」

 寿なりに調査はしていたが実際に下で動いた者の方が詳しい事情を知っている。なので少しでも情報が欲しい寿にとって彼女はある意味魅力的だったのでかなりの好条件を出した。

 それは蓉子も承知している。

「分かりました。知っていることは全てお話します。ですがお二つだけお願いがあります」




「やあ、火夜ちゃんまた会ったね」

「伏見さん……」

 公園で二人は出会った。

 一人はただいつもの習慣で、一人はある人に頼まれて。

 とりあえずベンチに座ると火夜が神妙な面持ちで伏見に質問した。

「伏見さん、伏見さんはお友達はいますか?」

「何それ。流石の僕にも友達くらいいるよ」

「それは何人くらいですか?」

「かーー両手で数えられるくらいかな」

 ちょっとくらいは見栄を張らせてくれ。知り合いも友達ということで。家族を入れてないだけでマシだと思ってくれ。

「私は数えられないくらいいます。学校にいる人は大体友達ですから。でも友達って数じゃないと思うんですよ。友達百人出来るかな? っていう歌がありますけどそれはまるでたくさん友達をつくれと言っているようにしか思えません。百人の友達よりもたった一人の親友がいるだけでいいのに」

 僕の見栄は無駄というかむしろ微妙な感じになっちゃったじゃないか。ていうかこんな考え方をするなんて捻くれているというかそういうものではない。

「本当に小学生?」

 今の小学生は道徳でそんなことを習ったりしていたりするのか? もし、そうだったら今後小学生を見る目が変わってくるのだが。

「伏見さん、私は色々とあって覚醒したんです。これからはネオ火夜ちゃんと呼んでください 」

「じゃあ、ネオ火夜ちゃん。今日はちょうど渡すものがあったんだ」

「お金ですか?」

 冗談でも小学生が高校生に金をたかるなんていう光景は見たことない。てか今がその光景なのだが。

「もう何だか呆れ通り越して尊敬に値するよそのキャラ。でもこれはきっとお金よりもうれしいプレゼントじゃないのかな」

 カバンから取り出したのは一冊のスケッチブック。その表紙には『霧場 蓉子』と書かれている。

「これは蓉子さんのスケッチブックじゃないか⁉︎ どうして伏見さんがこれを?」

「知らない方がネオ火夜ちゃんのためだよ。それじゃあ僕はこれで」

 頼まれごとを済ませた伏見はすぐさまその場を去った。

 一体どうして伏見がこれを持っていて、こうして手渡すに至ったかはどんなに考えても分からないので一人になった火夜はスケッチブックを一枚一枚確認した。

 ほとんどは白紙だったが最後の一枚だけ笑顔の火夜とその下には『またね』とかかれている。

「うん、またね」

 火夜は絵に負けないほどの笑顔で答えた。

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