マミーストライキ04

 特定の人物に会うにはその人がよく行く場所かその人がいつもいる場所を訪れるのが有効。

 私は今まで前者でしたがそれが出来なくなったので後者を選ばざるを得なくなりました。

 私の家から遠いですから今まで蓉子さんの家に行くことはなかったのですがこの際仕方ありません。

 友達から聞いたマンションへと向かいます。

 あまり行かない方向にあったのでところどころで道を聞きながらようやくたどり着きました。

 一階の奥の部屋というのは知っていたのですぐにそこへ行き、ちゃんとそこに『霧場』と書かれているのを確認してインターホンを押します。

 もう小学四年生ですか 背伸びをしなくても押せます。

「突然すいません。蓉子さん、いらっしゃいますか?」

 一応カメラには映らないようにしました。ドッキリというお茶目ともしかしたら私に会いたくないからあの公園に来なかったかもだからです。

 でも私はどうして蓉子さんに会いたい。わがままで押し付けがましいかもしれないけどその一心でここまで来たんだから。

「火夜ちゃん、どうして?」

 どうやら何かの事件に巻き込まれたわけではないようで蓉子さんはちゃんと家にいて、この反応からして私が嫌いになったわけでもないようです。

「言ったじゃないですか。私が蓉子さんのお悩みを解決してみせるって。それに私たち友達ですから」

「ええ……ええ、そうですね。とりあえず中に入って」

 よく見ると蓉子さんの目は赤く、くまが少しあります。これは相当悩んでいるようですね。

 ゆっくりと部屋へ入るとそこには大量の絵が飾られており、火夜は一瞬何もかも忘れてその光景に魅入ってしまった。

 水彩画、油絵、鉛筆だけで描かれたものなど多種多様の絵はとても中学生が描いたものとは思えないほどの代物だったがそれらの扱いはぞんざいである。

「うわぁぁ、すごい。これ全部蓉子さんが描いたの?」

「うん。他にもあるんだけど流石にそれも置くと部屋が狭くなっちゃうから」

 彼女は絵を描くのが好きなのであってそれをコンテストに出したりはしない。なので絵の扱いはそれほど丁寧ではない。

「へぇ、それにしてもその格好今日は学校お休み?」

「ちょっと最近は色々あって……」

 蓉子は制服ではなく、普段着となっている。もちろん包帯はいつも通り巻かれている。

「その色々は教えてくれないんですか?」

「火夜ちゃんには分からないと思うけど知らない方がいいことってあるの」

 そっと包帯を触って意味深なことを言うが火夜はキョトンと首を傾げ、知らない方がいいと言われたのでそのまま話を続ける。

「でも一人で悩んでても何も変わりませんよ」

「そうだね。けどこれは私の問題だし、それに頼れる人なんていなくて」

「目の前にいるじゃないですか頼れる人が!」

 ドンッと真っ平らな胸を叩いて自信満々に言い切る火夜だがそれに対して蓉子は戸惑うばかりで。

「え? でも!……」

「全部話さなくていいんです。断片的というかどういった状況になっている分かる程度で。そしたら私が私なりの意見を出します。蓉子さんが望んでいる答えを出せる自信はありませんが話すだけでも楽になると思いますよ」

「それじゃあ……、この前絵のことは話たよね。好きだけど退屈になる時があるって」

 真実を言えない、言わないと決めている蓉子は前回同様に例えを加えて話すことにした。

「上司で例えてくれたやつですね。覚えてますよ」

「実はそれがずっと続いててね。最初はすぐ終わるって聞かされてたんだけど全然終わらないの。描きたくもない絵を何枚も何枚も何枚も描かされて、もう自分が何をしたかったのかも分からなくなっちゃった」

 無造作に置かれた絵がカモフラージュとなって火夜は気づかなかったが丸められた残骸がゴミ箱一杯に入っている。それは彼女が如何に苦悩したかの表れ。

「じゃあ転職したら? 転職した先が天職だったていうのはテレビでよく聞くよ」

「そ、そうなんだ。でもその人には今までとてもお世話になってるからあまり裏切りたくはないの」

「辞めることはその人を裏切ることになるんですか?」

「え?」

「だってそもそも先に裏切ったのはその人じゃないですか。契約した時の内容と実際働いてみて実際にそれと異なったらサギと同じですよ。ピュアブラックです」

「ピュ、ピュアブラック? でもやめるにしてもなんて言ったらいいか分からないし」

「そうですね。やめたとしてもその後会うことあるかもしれないので禍根を残さないやめ方をしないといけませんね」

「禍根を残さないやり方」

 蓉子は一体小学四年生が禍根という言葉をどこで覚えてきたのか疑問に思いながらも、何故か彼女を頼もしく思えた。

「まずは自分も相手も悪くない状況をつくりましょう。本当は蓉子さんの要望も知らないで仕事を押し付けている上司さんが悪いんですが一方的にそっちが悪いと言っても聞いてくれないと思います」

「何で? 私の……その上司は結構話は聞いてくれる方でその業界って言えばいいのかな。その中では温和な方だし」

「この際その人の性格だとかは関係ないんですよ。だって蓉子さん、やめたとしてその後はどうします?」

「それは決めてないけど私にしか出来ないことをしようかなって」

 乱雑に置かれた絵を見つめながら決意を込めた一言を小学四年生に口にした。

「だったら今やっていることが足を引っ張ります。完全に関係を絶つにしろ絶たないにしろ」

「うん。でもそれは覚悟してるよ。だって過去は変えられないから」

 それは経験によるもので誰もが変えられない真実であり、火夜も頷くしかない。

「確かに過去は変えられませんがやめ方によっては蓉子さんが望むようになるのでは」

「やめ方でそんなに変わる思えないんだけど」

「いえいえ、考えてみてください。やめたいからやめるのと、事情があってやめるのとでは随分と印象は違いますよ」

「じゃあ、そういう風に言ってみるよ」

「です。ストライキ、ストライキを起こしましょう!」

「それだとやめることじゃなくなるよ火夜ちゃん」

 つい先程とは打って変わって子どもらしいところのギャップで蓉子は自然と笑みを浮かべた。

「やっと笑ってくれましたね。では私はこれで帰ります。あまり遅いとお姉ちゃんが心配してしまいますので」

「ありがとう火夜ちゃん。私、やってみるよ私なりのストライキを」

 ストライキの使い方を完全に使い間違えているが彼女はその単語が気に入った。

「はい。では成功したらいつもの公園でお話を聞かせてください」

「うん。約束」

 小さな小指に包帯だらけの小指。

 交わるはずのないものが交わり、運命は動き出す。

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