アクロバティックキョンシー02
家族が寝静まり、家の鍵だけ持って外へと駆け出す。無論那恵ちゃんの言っていた件の真相を確かめるためだ。途中で刹那と合流して適当に街を歩き回る。
「お主と妾が会ったのもこんな夜じゃったの」
満月ではなく、星もそんな出ておらず、普通の夜。あの時もそうだった。
「ああ、悪い思い出だ」
なんたって会っていきなり拳サイズの風穴を開けられたのだ。雰囲気は良くてもあの思い出が良いとは言えない。むしろ良いというやつはドMだ。そして正常な僕はムードを無視して何の躊躇いもなくこう答える。だがそれは彼女は織り込み済み、動揺はしない。
「まあの、妾としては力のほとんどを失ってしもうと原因でもあるからの。じゃがお主とこうしていられるのは悪くはないぞ櫂」
「それりゃあどうも。でも本当に現れるのかキョンシーなんて」
あの後、天宮と箕鵜先輩に聞いてあれが那恵ちゃんの作り話などではなく本当に噂にあるのを僕に伝えだがだけと裏付けできたけどキョンシーは中国の妖怪とかじゃなかったか? ここは日本だというのに、とこれは吸血鬼にも言えてしまうか。
「ふん、知らんわ。その可愛い可愛い後輩とやらの情報なら現れるんじゃろ」
「あれ、僕那恵ちゃんのこと話したっけ?」
たまに部屋に来るのでその時に噂のことは懇切丁寧に説明した気がするがそれを誰から聞いたとかは口にした記憶がないんだけど。
「いいや、ただお主の体には妾の一部を常時忍ばせておるから大抵の事は分かるのじゃ」
「な、僕の自由は一体どこに?」
つまり盗聴器が体に仕掛けられているのと同義じゃないか。それも絶対に取れない盗聴器。
「気にするでない。そのお陰でこの闇の中でも視界は良好じゃろ?」
「あ、そういえば確かに」
吸血鬼の一部が体にある恩恵なのだろう。街頭や周りの明かりは一切ないのに昼間のように道の先が良く見える。
「感謝せい頼りないお主の為に力を分けてやっておるのじゃ」
「言われなくてもいつも感謝してるよ。僕はお前を騙して灰にしたっていうのに協力してくれるからな」
理由は退屈だから、楽しく過ごしたからという永年生き続けてきた吸血鬼らしあ理由ではあるが頼もしい。
そしていつか僕もそういう風になるのだろうか?
不治の病かかって間死なず、年を重ねて死なず、今いる知り合いが全員死んでも死なず。退屈となった僕は期待していた誰かに裏切られても許せるだろうか?
いや、僕には彼女がいる。同じ不死で殺して死なないやつが。ならば今そんなことを悩む必要はないか。
「だからそれはもういいと言っておるじゃろ。力と引き換えに太陽を克服したと思えばどうというほどでもない。それにまだそれなりに戦える力は残っておるしの」
全盛期ではないにしろ吸血鬼は吸血鬼。誰もが知る吸血鬼の力があるのだ。キョンシーなど恐る必要などない、と僕を励ましてくれているんだろう、きっと。ただの自慢とかではない…と思う。
「でも僕的にはキョンシーって結構強いイメージがあるぞ。不死なのはもちろん、怪力だし」
関節が動かないのはマイナスポイントだけどそれを差し引いても人間が敵う相手ではないのは確かなはず。
「なに、例え筋力であちらが上回っておろうと関係あるまい。妾は腕相撲で戦うのではない、殺し合いで戦うのじゃ。そこにルールがない以上幾らでもやりようはあろう?」
気のせいか刹那が寿に似つつあるのはなぜだろう? それとも僕が今まで知らなかっただけでこれが彼女の本性なのだろうか?
「だな、とにかくキョンシーに会えなきゃ何も始まらないけど」
もしかしたら今日は会えないかもしれない。キョンシーだって毎日人を追ってるわけじゃないし、追うのが僕らだとは限らない。だとしたら当たり、というか外れを引くまで夜の散歩を続けなくてはいけない。となると妹からは毎夜トレジャー本を買いに行ってると誤解されてしまう。それは兄の威厳を保つために阻止しなくはならない。
だがそんな心配は全くもっていらなかった。僕がこの一言を発した直後聞こえたのだ。足音ではない、何かが地面に着地する音が。
その音はある一定のリズムでだんだんと近づいて来て真後ろで止まる。
僕らが振り向くとそこには人間とは思えないほど肌の白い女性が関節を曲げず立っていた。
更に間髪入れず口を開き
「久しいなメリーレ」
と挨拶したのだ。怪物が怪物に。
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