アクロバティックキョンシー01

 仁宮寺じんぐうじ 那恵なえ。僕の唯一の後輩で人生の先輩でもある。というのも彼女は高校に入ってすぐ重い病になり入院生活が三年も続き、学校に一切来れなかったからだ。今では完治して一年生としてやり直しているようで、実際箕鵜先輩に聞いて確かめたところ本当らしい。

 なので複雑な関係だが要は僕の後輩だ。帰宅部なのに後輩? と思う人もいると思うが後輩に部活がどうこうは関係ないのだ。

 それなら唯一ではなくなってしまうが、親しい後輩は彼女だけということでそれ以外の一年は知らない。

「先輩、先輩、伏見先輩じゃないですか」

 だから僕は背後から突然手を振って話しかけてきた時は、先輩という魅惑の響きにニヤけていたことだろう。

「どうしたの那恵ちゃん。僕に何か用?」

 肩まで伸びている艶やかな茶髪、何を考えているかわからない整った顔、やけに綺麗な爪、何処を見ても怪しいというのが僕が初めて彼女に会った時の第一印象だった。今となってはそうではない、ただ人と少し違う(不死である僕が言うのもなんだけも)だけだった。

「やだな〜先輩、何か用がないと話しかけちゃいけないんですか?」

「別にそうじゃないけど那恵ちゃんがなんの用もなしに話しかけてくるとは思わなかったから」

 初めて会った時もそうだった。あれは何時だったか……あれ? 忘れてしまった。それくらいどうでいいことだったのだろう。しかし、その時も那恵ちゃんは僕になんらかの用があって話しかけてきた。

 だから必要な時以外は決して喋らない。そんなドライな関係だとそんな風に思っていたがそうではないらしい。ちょっとした朗報だ。

「心外ですね。こう見えても私、お喋りで有名なんですよ。だからどうしても先輩にあの話をしたくて」

「わかったよ、話を聞けばいいんだろ」

 どうせ放課後の僕は常時暇だ。それは自分でも自覚しているし、この暇な時間を可愛い後輩に割いてやるのは先輩として当然の責務だろう。

「流石、先輩。話が早くて助かります」

 少し間をあけてゆっくりと語り出す。

「これは最近この街では有名な話なんですけど、夜中出歩いていると後ろから音がするらしいんです。それも足音じゃありません。トン、トンと何かが着地する音です。怖いな〜、怖いな〜と思いながら振り向くとそこには側転をしながら追ってくる白い肌の女性が! どうも彼女の目当ては襲うことではなかったようで今だに捕まった人とか怪我をした人とかはいないんですけど目撃者は多数います。次の被害者は貴方かもしれません」

 と、どこぞかのホラー番組みたいに僕を指差すが反応に困ったので正直な感想を述べる。

「いや、ごめん。シュールなギャグにしか聞こえなかったんだけど」

 背後に誰かが! というパターンはホラーにはよくある話だがこれは全然怖くない。時間とか喋り方とか雰囲気とかあるだろうがまず話の内容が全くイメージできない。その点が大きいだろう。

「ただ女性が側転しながら追ってくるだけって、僕を驚かすならもっと荒唐無稽じゃないと」

 こちとら吸血鬼に襲われた経験がある。残念ながらこの程度では眉ひとつ動かさない自信がある。

「誤解ですよ、これは先輩を脅かそうとかじゃなくて本当にこの街で最近噂されてる話なんですよ。それに、側転と言いましたが目撃者が言うにはその女性は関節を一切曲げていなかったそうなんです」

「ん、それはおかしくない那恵ちゃん。手のひらを地面につけるから手首が必然的に曲がると思うんだけど」

「ええ、普通ならそうですね。しかしその女性は手のひらではなく指先だけを地につけて側転していたようなんです」

 なるほど、それなら関節は曲がっていない。だが普通の女性(側転で人を追いかけてる時点で普通ではないが)が指先で体重を支えるほどの筋力があるだろうか? それになぜ頑なに関節を曲げないのか それじゃあまるで

「まるでキョンシーみたいですよね」

 まるで僕の心を読み取ったかのように発言したので驚いたがただの偶然だろう。こんなこと聞かされたら誰でもキョンシーかよとツッコミたくなるし。

「あ、ああ……でも僕のイメージと違うな。手を前習えの状態で、そのまま両足で飛んでる感じしか思い浮かばないけど」

「学んで成長するのは人間だけじゃないんですよ先輩。動物が環境に合わせてその姿を変えたように、キョンシーは新たな移動手段を本能的に学んだのではないでしょうか?」

 後輩ながらもっともらしい意見だ。ただ僕はその画期的な移動方法を教えたのではと、とある人物を疑っているので同意はできない。

「それで、那恵ちゃんは僕にこんな話をして何を伝えたかったの?」

「先輩、それじゃあ私が全部計画を進める為に行動は全て意味がある不思議ちゃんみたいじゃないですか、私は嫌ですよそんなキャラ。先輩好き好きキャラですから」

「全然そんな素振りは見せないけどな」

 こうやって話しかけてくれるけど好意を見せてくれたことなど一度もない気がする。僕が気づいてないだけかもしれないけど。

「分かってないなー先輩、女の子は本当のことは恥ずかしくて逆の態度をとってしまうんですよ」

「それってツンデレのことだよな? じゃあ女の子って全員ツンデレなの?」

 別にツンデレが嫌いな訳じゃないけどクーデレやヤンデレ好きな人にとってそれは受け入れ難い現実だ。

「無論、私も。なので先ほどの会話は先輩が夜にエッチい本を買いに行かないように仕向ける為なんです」

「エ、エッチい本なんて知らないなぁー、健全な僕はそんなもの一冊も持ってないからわからないなぁー」

 本を壁にしてその上に大きめの雑誌を置いて隠してるとかないし、そして朝起きるとそれが忽然消えていて弁当に野菜がたっぷりとかなんてことはない。

「確か先輩が好きなジャンルは……」

「あーー! 急に用事を思い出したぞ。早く帰らないとー」

 と強引ながら切り上げたのは何を言っても高確率で当たる可能性があったかとかそんなのではない。

 決して。

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