マーメイドグール03

 僕の姉、伏見 麗嘉れいかは料理が得意だ。

 仕事が忙しく、いつもコンビニの弁当で済ましている母さんなんかよりずっと美味しいものをつくってくれる。

 一番年上だからといって僕と燗南ちゃんの弁当をつくってくれるが何故か母さんにはつくらない。

 まあ、家に帰ってくる頻度が少ないから渡すのが面倒なだけで嫌っているわけではないだろう、きっと。

 母さんよりも母親らしい姉さんは燗南ちゃんとは違って人によって態度を変えるがそれでも僕たちの為に一生懸命働いてくれている母さんとはそれなりに仲良くしてる、はずだ。

 けど、僕はいつも弁当を受けるとき申し訳ないと思ってしまう。

 姉さん程ではないにしても料理くらいできるんだから自分の弁当くらい自分でつくろうとしたのだが

「そうしたら野菜とか入れなさそうだからダメ」

 と丁重に僕の食わず嫌いを理由にして拒否されてしまった。

 だからいつも、毎度のように入っている苦味の爆弾を避けつつ食べなくてはいけない。

 しかし、何故か姉さんはこれに対して一度も怒ったことなどなく、だからこそ続けているんだけどそれは妙だ。

 だって姉さんが弁当をつくるのは僕がバランスを考えず野菜など決して入れないだろうという予知があってのことで姉さんが弁当をつくろうが僕が野菜を食べなかったら結局同じじゃないか。

「それは簡単だよ。その野菜はフェイク、つまり罠で他の何かに野菜を混ぜているんだと思うよ」

 天宮に言われてハンバーグを箸で半分にしてその断面を良く見てみると確かに緑黄色がちやほらと。

「驚愕の事実だ。僕は四年間ずっと騙されてきたというのか……」

 この場合、僕が四年間それに気づかなかったのも驚愕だろうが……。

「でもむしろこれは喜ぶべきことじゃない。だって伏見くんはハンバーグと一緒にだけど野菜を食べられたってことだよ」

「よく親御さんが幼稚園児に使う手法だがな」

 それに今更、「なら野菜をもりもり食べよう」とは思えない。嫌いなものは嫌いだ。それは変わらない。

「それはそうと例のグールさんどうなった? 僕はあまりニュースから見ないから」

 何か動きがあれば寿から連絡があるんだろうけどやはり気になってしまう。

「ん? 珍しいね、伏見くんがそういった話に興味をもつなんて」

「同じ変食としてちょっとな」

「伏見くんの場合、変食じゃなくて偏食でしょ。でもグールさんか。それは私も気になってたんだ。最近、近くに来てるみたいだから」

「何で近くに来てるってわかるんだ? もしかして見たのか?」

 だとすると狙われる危険性があるが天宮は首を横に振る。

「動物の変死体が近所で見つかったから。たまに見かける猫もグールさんに……」

 前はあの寺の地域にいたのに少し移動している。まるで台風だ。

「なるほど、でも誰もグールさんを見てないんだよな」

「うん。だから警察は計画的犯行だろうって。でも怖いよねそれって。計画的ってことはちゃんと考えてあんなことしてるんだもの。まだ狂っていた方がマシ、その行為が間違いであることには変わりないけれど」

 そうなのだろう。正論だ。

 しかし、天宮は知らないだろうがグールさんは本当に人間じゃない。

 人を食べる怪物。

 正論など通じない。

「警察は何してるんだ。そんな事件が続いてるんならもっと大掛かりで動いててもおかしくないだろ」

 だが学校までの道のりはいつも通りで本当にこの街にグールがいるのかと疑ってしまう。

「皆を混乱させない為にだよ。本当はグールさんを信じてないからかもしれないけど」

「天宮はグールさん信じてるのか? 愉快犯とかじゃなくて、本当にそういった類のものを」

 化け物、人外の類を。

「うーん、どうだろう? 私の知らないところでいるのかもね」

「それは信じてるのか、信じてないのか?」

 曖昧な反応に戸惑う僕に天宮はただ天使のような笑顔でこう言った。

「さあね、私のみぞ知るだよ」




 可愛らしく、なあなあの返答を頂き昼休みが終わるとあっという間に放課後。

 帰りの最中、寿に呼び出されてとある住宅街に来ていた。

「さて、様子見だけど結果は二つ。一つは人魚の肉で暴走なんてしていなかったこと。もう一つは何か目的があって動いていること」

 前者は目撃情報がないことから知っていたが後者は知らない。グールの動きに一貫性がなくそのまで辿り着けなかった。

「お前にしては随分と大雑把だな。てっきりグールが何しにこの街に来たのかわかったから僕を呼んだのかと思ったんだけど」

「あっはー。僕にも無理なものは無理さ。それにそんな調子良くなんていかないよ漫画や小説じゃないんだからさ」

「それもそうか。でもそれだけだと何処にいるかわからないな。それに、相手がどんな奴かわからない以上戦っても勝ち目があるかどうか……」

 グールの元からある不死の力と人魚の肉を食べたことによって得た不死の力は計り知れない。

「その点に関しては問題ないよ。刹那ちゃんの力を借りればまず負けはない」

 吸血鬼は不死身としてトップクラスで有名な怪物だ。有名ということはそれほど力があり、漢字があまり知られていないグールなど敵ではない。

「だけど寿。刹那の時は太陽で灰にしたけどグールも不死身なんだから殺しても意味ないんじゃないのか?」

 何かしら手を打たないと殺して復活して殺して復活しての繰り返しだ。

「大丈夫、大丈夫。グールは鉄を恐れると言われているからね。グチャグチャにして再生するまでの時間を長くしてれれば僕がこんな時にと用意しておいた鉄製の棺桶の中に入れればそれで解決だから」

「つまり、僕はグールをグチャグチャにすればいいと?」

 血にはもう慣れた。

 それに不死を殺すことが間違いでないと無垢な幼女に教えられた。

 迷いはない。

「そ、後のことは僕がやっておくから安心して暴れてくれ。倒れた勢いで建物を壊したり、送電線引きちぎって、最後には多くの人に迷惑をかけたことなど無視してジュワッチと叫んで空の彼方に帰ってくれてもいいんだよ」

「僕は光の戦士じゃない。てか、そんな言い方するな。子供の夢をぶち壊す気かお前は」

「僕が壊すのは常識的さ、伏見くん」

「かっこいいこと言っても何も変わらないからな。とにかく、僕はもう帰る」

「おいおいおい、良い子ぶっちゃっても駄目だよ伏見くん。今帰ってもらっちゃあ困る。それだとここに呼んだ意味がないだろ」

「なんだよ、まだ僕に用事があるのかよ」

「まだというか、これからが本題だよ伏見くん。言ったろ、僕はグールの目的を知ってるんだ。そう、ここから徒歩一分にある天宮家ーーいや、天宮 司本人が狙われている」

 その天宮家まで徒歩で一分、走れば十秒くらいで着くこの場所で寿から衝撃の事実を告げられ嫌な予感がしたので一心不乱に天然天使委員長の家の玄関前まで走ると血に塗れた何かがビニール袋に入った弁当をビニールごと貪っていた。

 しかし、それよりも僕の目を奪ったのはそれを落としたであろう天宮とその誰が見ても最近巷を騒がせているグールであろう何かの顔とが一緒だったことである。

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