マーメイドグール02

 天宮が言っていた山の中にある寺。それは前に寿が聞いたことがある。

 なんでも人魚の肉が封印されているらしく、なぜ寿がそんな話を僕にしたかというとその人魚の肉を食べると不死になるからだ。

 そしてそれがなくなった。何か嫌な予感がして廃ビルへと赴き、問いただすと

「君にしては早かったね伏見くん」

 僕を馬鹿にするように迎え入れてくれた。

「伏見くんは世間に無頓着だけど僕は仕事柄、情報集めが得意でね。警察が調べる前に入ったんだ、その寺に。だけど何処にもなかったよ、あったはずの人魚の肉が」

 なんか問題発言してた気がするが聞かなかったことにしよう。

「あったはずのって、それって人魚の肉は本当にその寺にあったのか?」

 吸血鬼がいるのだから人魚がいたとしても不思議ではないがそれを狙う人がいるなんて

「ああ、僕が実際にこの目で確かめに行ったかは間違いないよ。結界が張ってあったから心配ないと思ってたんだけどね〜。今回は僕の怠慢が招いた失態だよ」

「失態ってお前にしては悲観的だな」

 いつもはふんぞり返って何があってもヘラヘラしている感じなのだが今回は心なしか笑顔が固い。

「そりゃあ僕だって一応社会人だからね。責任の一つや二つ感じるよ。特に今回は最悪のケースになっちゃったからね」

「最悪のケース? そういえば、グールって何なんだ?」

 天宮から噂を聞いた時に聞けばよかったがそれでは僕が無知なのが露見してしまうのは今後のことを考えるとよろしくないので寿に聞くに限る。

「なんだいそんなのも知らないのかい。全く困ったちゃんだね伏見くんは」

「ああ、困ったちゃんでも何ちゃんでもいいから教えてくれよ」

 もうこいつの扱いには慣れた。真剣に受け答えしても事態が悪化するだけだから受け流す。

 寿 流だけに。

「仕方ないな〜。いいかい伏見ちゃん。グールとはこう書くんだ」

 どこから取り出したかわからない『食屍鬼』と達筆な字で書かれた半紙を僕の目の間に突き出した。

 若干、年の離れた同性の知り合いをちゃん呼ばわりしたのに引いた僕だが冗談にしてもそれは笑えない。多分、今の顔は未確認生命体でも見つけたような顔をしているだろう。

「文字の通り、死体や人肉を食べる怪物なんだ。吸血鬼みたいに不死だから厄介な相手だよ」

「だけど刹那ほどではないんだろ?」

 目を潰しても、首を跳ねても、みじん切りにしても、次の瞬間には元の姿に戻る彼女ーー吸血鬼。これに勝る不死を僕は知らない。

「さあね。普通のグールならそれほど気にすることはなかったけど人魚の肉を食べているとなると話が別だよ」

 人魚の肉を食べた者は不死を得る。だがその者が元から不死だった場合ーー専門家である寿にもこれは予測できないらしい。

「だけど、寿がどうにかするんだろ? 不死の専門家なんだから」

「無論だよ。でもまずは様子見だね。人間を食べてないとなると人魚の肉を食べて何かしらの変化があったと見るべきだし」

「そもそもだけどさ。そのグールってのは人肉しか食べないのか?」

「僕が知る限りだとね。まあ、人魚の場合、文字通り、半分人間だから間違えて食べちゃったってのが事の顛末なんだろうけどね」

「間違えて食べちゃったって、そんな簡単な話か? 何かしらの目的があってわざわざあんなオンボロ寺に祀られてた人魚の肉を食べたんじゃないか?」

 でないとこんなわざわざ森の奥に来るなんて考え難い。人間なら掃いて捨てるほどいるんだから。

「あっはー。想像力豊かだね伏見くん。でも現実はがっかりするほど単純なんだよ」

 吸血鬼や不死鳥がいる時点で現実的ではないこの世界に現実の話をされてもピンとこないが確かにそうかしれない。

 実際、寿と会うまでは毎日が同じに思えた。

 単純で、それを何度も何度も繰り返される。まるで機械だ。

 だけど、僕はあの時、死んで、寿と会って全てが変わった。世界の歯車になりたくなかった僕に逃げ場をくれた。

 代わりに不死になってしまったけれど昔より生きていると実感できる。

 だから知っている現実がどんなものか。

「ならそれでいいよ。例え故意であっても事故であってもどうせお前が何とかしてくれるんだろ?」

「おいおいおい、伏見くん。頼ってくれるのは嬉しいけど僕にも出来ないことがあるよ。今回がそれ。さっきも言ったけどまずは様子見」

 相手が次何をしてくるかジッと息を潜めて待つ。ただそれだけ。

「見て見ぬフリをしろってのか。被害が出てからじゃあ遅いんだぞ」

「言いたいことは分かる。でもニュースでも取り上げられる通り、グールは何故か人間ではなく動物を食べているようだから暫くは放っておいても大丈夫なんだよ。万が一のことがあっても僕がさながら異能バトルに出てくる最強主人公みたいに事を抑えてみせるから」

「お前ならそれをやってのけそうだから末恐ろしいな」

 主人公というより、それに手を貸していつもは戦いを見物してるだけだけどいざ戦うと超強いキャラがぴったりだと思うがな。

「あっはー。恐ろしい敵も味方にすれば頼もしいに変わるだよ、伏見くん」

「え? 何それ。誰かの名言とか何か?」

「いんや。僕の知り合いの受け売りだよ。君は知らなくていい。とってもとっても厄介だからね」

 どうやらその知り合いを毛嫌いしているらしくそれ以上教えてもらえなかったが今は関係ないか。

「ふ〜ん。とにかく、グールの件は全部お前に任せていいんだよな?」

「ああ、任せてくれ。もっとも君の不死の力、それと吸血鬼ちゃんの力を借りる事になるかもしれないけどその場合はよろしく頼むよ」

「言われなくても僕はお前に逆らえねえよ。そうだろ?」

 寿は頷くわけでもなく、ただいつものように目を細めて口の端を吊り上げるだけだった。それが笑っているのかそうでないかは見分けられなかったが僕にはいつもと違ったように見えた。

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