イモータルヴァンパイア14

「朝顔作戦?」

 決戦の前、寿から聞かされたのはそれだった。

「そう、朝顔ってのは朝に咲く花だからそう命名されたんだけど朝顔の上に何かを被せて太陽の光を遮れば朝ではなくても花を咲かすんだよ」

「それくらい僕でも知ってる。でもいくらお前でもあの吸血鬼に昼と夜を誤解させるなんて不可能だろ」

 吸血鬼は夜に生きる化け物だが、それでも時間を勘違いするほど感覚は狂ってはいないはずだ。

「普通はね。でも今の彼女は君という存在に気を取られている。上手くいけば騙せる。その為に準備をしてきたんだから」

「お前が策、策って自信満々に言うからどんなものかと思ったらただ騙すだけかよ」

 僕はもっと複雑難解で説明がやたら長くなる策かと思っていたので拍子抜けだ。

「騙すだせとは簡単に言ってくれるね。伏見くんはその騙す手伝いをしていたというのに」

「手伝い? 僕が一体なにを?」

 したことといったら寿に指定された場所であいつと戦って、二度とも返り討ちされたくらいだが。

「公園の時計塔、君の腕時計。どれも深夜の三時を指していた。これで彼女に僕らが攻めてくるのは深夜の三時というのを印象付けられた」

 寿にとって場所は全くもって問題ではなかった。杭と聖水もただのカモフラージュ。彼女に三時に来ると認識させる為だ。

「だからといって昼の三時と夜の三時を間違えるわけないだろ」

 どんな生活を送っている人でもそんな間違いなどする人などいまい。

「いやいや、伏見くん。考えてもみてよ。僕らは一体どうやって昼の三時か夜の三時かを確認する? 勿論、二十四時間表示のものの時計はなくて腕時計みたいに数字が十二までしかない時」

「は? そんなの外を見れば一目瞭然だろ」

 外に出て、明るいか暗いか。

 たったそれだけで事足りる。別に外に出なくても窓から確認すれば。

「そう、僕らはね。でも彼女はどうだろう? そうやすやすと外を見られるかな? もし、その時が昼の三時だったら彼女はどうなる?」

 太陽が弱点の吸血鬼が無闇にそんなことなどするはずがない。自分から崖に落ちて行くのと同義だ。

「で、でもこれまどうしてたんだよ。長年生きてるんだからそれくらい……」

「それがそうじゃないんだよ伏見くん。吸血鬼ってのは大抵眷属がいてその眷属に外を調べさせているんだ。でも今の彼女に眷属はいない。君を頑なに眷属にしたがる理由はそれさ」

「つまりあいつを騙せると?」

「確率は低いけどね。伏見くんがどれだけ囮として役に立ってくれるかにかかっている」

「わかった。必ず指定の場所まで誘き出してみせるさ」

 こうして僕は一階のあの部屋まで逃げて諦めたフリをして囮役を全うして合図の電話をかけた。

 結果は成功。

 外から壁を壊して侵入してきた球体が直撃して上半身が吹き飛んで、それを再生し終えたら日陰に逃げようとしので切り落とされた腕で足を掴んでそれを阻止すると彼女は太陽の光によって灰になった。

 残ったのは瓦礫と僕だけだ。

「いや〜、それにしてもこれどうしよう?」

 大きな黒い球体をぶつけてビルを壊すこの重機。何処から持って来たかは知らないが僕が戦っている間に免許を取っていたらしい。

 それにこの廃ビル。どうやら寿がわざわざ用意したらしい。見た目はちょっと変わった中年おじさんなのに一体どこにそんな金があったのやら。

「後片付けはお前の仕事だろ」

「そうだね。伏見くんは気にせず学校に行きなよ」

「今日は休みだ。学校の創立記念でな」

「そうだったね。制服だからつい…僕が指示したのに忘れてたよ」

 彼女にさながら学校に行ってそのまま来たと思わせる為にと制服を着るように言われたのだが、実際効果があったかは定かではない。

「普通、月曜日は学校があるからな」

 所々ボロボロになり、買い替えなくてはいけなくなったがこの程度安いもんだ。

「じゃあ、また何かあったら頼むよ伏見くん」

「ああ、またな寿」

 こうしてこの町にやって来た化け物退治を終えて何とも言えない焦燥感を噛みしめつつ、天真爛漫で横暴な妹と友人の家でお泊まり会をしていた姉が帰ってきているであろう我が家へと歩みを向けた。




 激闘から三週間後。

 いつもと変わらない授業をこなして家へ帰る途中、僕はまた彼女に会った。

 美しい吸血鬼、この町を襲った怪物、メリーレ・ヴァン・ホルミレに。

「お、お前死んだはずじゃ……」

 僕の目の前で灰になった空に散ったはずだ。それなのに、それなのに彼女は以前と変わらぬ姿で平然と現れた。

「吸血鬼に不死という概念はない。灰になった後、またこの体を形成したがやはり力は衰えておる。正直、この体を保つのもしんどいしのう」

「僕に復讐しに来たのか?」

 太陽の出ている時には手を出さないとこちからから約束してそれを破っただけでなく、正々堂々勝負すると思わせて騙した男だ。怒るのは無理もないか、と身構えていたが彼女はそんな僕を尻目に盛大に笑ってみせた。

「ふっはっ! 誇り高き吸血鬼はそんな真似せん。妾はお主が眷属にならんなら妾がお主の眷属になろうと思って来たまでじゃ」

「は⁉︎ お前が僕の眷属?」

「どうせ暇を持て余しておったし、これも何かの縁じゃ。ま、本音はお主と一緒なら退屈しなさそうだからなんじゃがな」

「おい! ったく、寿もお前も僕の年上の知り合いは自己中な奴が多いな。でも、助かるぜ。えっと……」

 残念ながら名前が長すぎて覚えていない。知り合いならフルネームで覚えられる自信があるがつい最近まで敵だったのでヴァンの部分しか記憶にない。

「刹那でよい。妾の名前を繋ぎ合わせるとこの漢字になるからの」

 あ、本当だ。皆もぜひ試してみてほしい。向きを変えたり、少し強引にやれば確かに『刹那』になる。ヴァンは省かれているが。

「なら刹那、これから色々とあると思うが仲間として一緒に頑張ろうぜ」

 これまで彼女がしてきたことを許すわけではないがこの世にはまだ不死の化け物は数多くいる。それらを全て倒すには力が必要。ただそれだけの理由で仲間として受け入れる。

 これでは寿のことをどうこう言えないな。

「待て待て、お主の名前をまだ聞いておらんぞ」

「おっと、そうだった。僕は伏見 かい。改めてよろしくだ。だけど僕の眷属になったんなら人を襲うとかはやめてくれよ。血が必要なら僕のをいくらでもやるから」

 また吸血鬼騒ぎが復活して燗南ちゃんの動きが活発になってしまう。

「ああ、分かっておる。では末長くよろしくの」

 こうして僕と吸血鬼との戦いは固い握手で幕を閉じた。何とも呆気ない終わり方だがそんなもんだ。

 人生と同じで終わりなど、例え伝説の吸血鬼が相手でも呆気ない。そして僕の平凡な生活もたった三週間で呆気なく終わりを告げた。

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