イモータルヴァンパイア08

「ほう、隠れず妾に立ち向かうか。隠れ鬼の隠れの部分を完全に無視しておるが嫌いではないぞ。少なくとも何処ぞかに隠れて高みの見物をしておる臆病者よりはの」

 寿が決めた深夜三時にあの公園で待っていると、まるで何もかもお見通しかのように彼女はゆっくりと、堂々と正面から歩いて出現した。あの怪物が。

「よお、吸血鬼。それともヴァンパイアって呼んだ方がいいか?」

「吸血鬼でよい。ヴァンパイアはちと嫌いぇの。それにしてもお主、本気で妾に勝てると思うておるのか?」

 伏見は不死だけだが、吸血鬼は不死だけでなく色々な能力がある。その差があるのにまだ戦うのかと敵ながら彼女は問いたくなってしまった。

「勝てる勝てないの話じゃないんだよこれは。やるかやらないかの話だ。そして僕はやると決めた。ただそれだけの話だ」

 決めたのは寿じゃない、僕だ。

 僕の町を僕の手で守りたいと思ったからだ。誰かに左右されての事じゃない。だからこそこんな武器一つだけでも勝機が全く見えないこの場でも正気を保っていられる。

「つくづく理解出来んの人間というのは。お主は妾と同じく、不死の身体を持ち合わせておるのだから違うと思ったのじゃが…やはり不死になったとて人間は人間という事か」

 長年、人間という人間を飽きるほど見てきた怪物にとって、それが人情なのだという事は知っているがそれがどうゆう仕組みなのかが未だに理解出来ないでいた。

「あんたの考えがあるように、人間には人間の考えってのがあるんだ。」

 徐にギターケースに入っていた銀色に輝くそれを取り出し、伏見は屁っ放り腰で構えた。

「ほう、銀の杭か。中々面白い物を用意したの人間」

「用意したのは僕じゃなくて、隠れて高みの見物をしてる臆病者だがな。覚悟してくれ。これでお前の心臓に風穴をあけてやるよ」

 見た目が普通の人間と変わらないので少し抵抗感はあるが体があの冷たい牙を覚えてしまって自然と目の前にいるのが敵なのだと判断出来ている。

「やめておけ人間。その構えからしてお主が戦いに不慣れな事は一目瞭然じゃ」

 これは自慢ではないが僕は確かにこの吸血鬼が言うように戦いに不慣れだ。喧嘩なんて妹と何度かやったくらいで、しかもその何度かの全ては負けてしまっている。不慣れと言うより不得手と言った方が正しいだろうが僕の選択肢には『逃げる』はない。

「だから言っただかろ。僕はお前を殺ると決めたってな」

 銀の杭を強く握り締め、自分に言い聞かせるように叫ぶ。

「そうか、なら恨むなよ人間。例え相手が素人だとしても妾に刃を向けるのなら手加減は出来ん」

 正確には刃ではなく杭なのだがどちらも命を狙っているの変わらない。だから彼女は冷淡な目から殺気のこもった目へと豹変していた。

「うっ……だけど僕にはこれが」

 左腕を動かして心臓と一直線になるように調節しようとしたが手応えがない。

「まさか気付かなんだか?」

 手応えがないだけではない。僕の左腕は肘から下がそこにはない。地面に転がって赤い沼をつくりだしていた。

「いっ……てぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎」

 次の瞬間、ようやく自分の左腕が何かに切り落とされた事に気づいて激痛を声を大にして訴えた。

「痛い? お主、まだそう思えるのか。妾は慣れてしもうて腕を切り落とされた程度では何も感じんがの」

「僕はお前みたいに産まれついての不死じゃないんだよ。何処切り落とされても痛いって感じられるよ。けど……」

 歯を食いしばって痛みを我慢しつつ、左腕に力を込めると断面から黒い霧のようなものが現れて、それが収まるとそこには新しい腕が生えていた。

「ほう、中々の回復力じゃ。しかし、茶番に付き合っておる暇なぞない。早々に終わりにさせてもらうぞ」

「それはこっちの台詞だ。もう銀の杭とか必要ない。僕は僕のやり方でやらせてもらう」

 強がってみせたが、そう何度もあの激痛に耐えられるかどうか分かったものではない。

 利害の一致。

 次の一撃で終わらせる。バトル漫画で良くある場面を僕らは繰り広げると決めた。

 僕は近くにあった時計塔をへし折って小脇に抱える。それほど高くもなく、棒の部分も細くて心許ないが僕にはこれくらいが丁度いい。

 だが、しかし、それでも彼女は武器を持たない。代わりに鋭く尖った爪の先端を突き立て、鷹揚に構えた状態になって、そして時が止まった。

 残った力を振り絞って華奢な体の横っ腹目掛けて時計塔を振るったが、途中で景色が一変して、気づくと僕は地面に横たわりながら頭から飛び出したピンク色の何かと、三時十五分で止まった時計を見ていた。

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