十二章05.隊長は、己が力で勝ち給う

「なるほどね……ボクの力も勇者エイセスの力にカウントされちゃう訳だ……」

「まあ……陛下の力を得ているとすれば、そうでしょうね」


 ブリジットと別れて尖塔に戻った僕を待っていたのは、ケイとアンフェールフランシスカの死闘――、その顛末だった。


 録画された魔眼の観測によれば、いつも通りの全力で試合に臨むケイを、アンフェールの煉獄の鎖アンガージュメントが瞬時に補足。力を封じられ焦るケイだが、アンフェールの絡繰りは既に割れた後。状況を察知し、レイヴリーヒの魔力に頼らない戦法に切り替えて応戦――、現在に至る。


「驚くべきはキミの素の戦闘力です。僕の鎖アンガージュメント勇者エイセスの力を封じてなお、こうして渡り合っている。――将軍たちドゥーチェスの二席を経て、イントッカービレの暗殺術を修めた、この僕と」


「はは……生身で将軍たちドゥーチェス程度とやりあえないようじゃ、ボクに先輩……陛下の隣に立つ資格なんてないからね」


将軍たちドゥーチェス程度と来ましたか……まあ確かに、勇者エイセスを越えようというキミの目からすれば、将軍たちドゥーチェスなど通過点の一つに過ぎない……それは道理です」


 会話の応酬を繰り広げる間にも、ケイは魔力の消費量が多い黒弓、ナイトレーベンを放り投げ、代わりにダガーを取り出して臨戦態勢に入っている。それは先日、フィオナから託されたLE級レジェンダリーアーティファクト。オリハルコン製のダガー本体が振動することで、魔力に頼らず切れ味を増す試作品だった。――確かシュテルベンと言ったか。


「ボクはね……アンフェール。もともと天賦の才なんてない人間だ。好き勝手に闘ってたら、すぐに魔力なんて尽きちゃう。だからね……ボクの戦い方は、常に、引き算で考えられてるんだ。もしアレがなくなったらどうしよう。その前に、まずなくならないように、どうしよう……ってね」


 そこまで語り終えたケイは、スニーキングの術で風景に溶け込む。魔力そのものが減ったことで、大仰な技の行使はできなくなったが、一度覚えた術自体は扱える。たとえばこのスニーキングなら、持続時間は短いものの、僅かな小競り合いの間なら十分に保たせることができるだろう。


「なるほど、スニーキング……サラの術ですか。これはあのユリシーズ卿より厄介かも知れませんね。臆さない為に臆病な人間は……強いですから」


 アンフェールもまた、煉獄の鎖アンガージュメントに頼ることを止めたらしい。目を閉じ、周囲の殺気に神経を向けている。並の戦士になら効果もあろうスニーキングも、絡繰りを知るアンフェール相手には分が悪いだろうか。


「そこですね!!」


 やはりというべきか、アンフェールの獲物、フラジールが孤月を描き空間を断つ。使用者を中心に円状の結界を作り上げる彼女の鞭は、煉獄の鎖アンガージュメントも相まって盤石の布陣を築き上げる。


「!?」


 だがフラジールの一閃は空を切る。否、正確には断ち切ったのはメイド服だ。細切れになった黒い布が宙を舞う頃、上空で声が響く。


「発現せよ――、魔弾フライクーゲル

 

 ――ケイ・ナガセは空にいた。先程放り投げたナイトレーベンを構え、三本の魔弾を放つ。それはアンフェールをどこまでも追い詰め、必ず仕留める必中の魔弾だ。


「魔力を服に乗せましたか……!! ですが、それだけです。今のキミには、魔弾を連射するだけのストックはない!!!」


 煉獄の鎖アンガージュメントとフラジールの多重結界。いかなる飛び道具も、アンフェールにたどり着く前に叩き落とされれば無意味である。事実それを行使しようというアンフェールだが、魔弾に気を取られた刹那、確かに彼女には隙が生まれた。


「――誰もさ、魔弾で仕留めるなんて言ってないよね」

 

 魔弾を放った直後、再度のスニーキングで身を隠したケイ。フライクーゲルが奥の手と踏んだアンフェールが、総力で以って迎撃を試みた時、それは訪れた。


「なっ――」


 煉獄の鎖アンガージュメントとフラジールが魔弾を捉えた瞬間、ケイの峰打ちはアンフェールの脇腹に直撃していた。呻きながら倒れるアンフェールを、ケイは勝ち誇りもせずに見下ろす。


「負けないんだよ、ボクは。エメリアみたいに勝てないけど……ボクは――、負けない」


 暫しの沈黙の後、ペストマスクから血を零しながらアンフェールが体を起こす。


「なるほど……強い……強いですね……キミは。僕なんかより、はるかに」


「頑丈なだけさ。それに勝てなくても負けずにいれば……さ」


 僕は立っていた。二人の試合の終わりを見届け、そして拍手を漏らす。


「――先輩が来てくれる。いつだって、絶対に」


 対勇者エイセス特効兵装、煉獄の鎖アンガージュメント。僕以外の勇者エイセス持ちには絶大な力を誇る武装ではあるが、なるほど闘って勝てぬ相手ではないらしい。――最もそれは、素の状態で将軍たちドゥーチェス、イントッカービレの構成員に並ぶだけの戦闘力を有していればという前提条件つきではあるのだが。


「よくやった、ケイ。それからアンフェールも」


 ちょうど決着のタイミングを見て駆けつけた僕に、満面の笑みを浮かべ、ケイが抱きついてくる。もうM2機関ムラクモ・ミレニア指揮官の威厳も何もないが、こういう時ぐらいは僕の後輩でいさせてあげよう。僕を優しく抱きとめた後、頭をわしゃわしゃと撫でてあげた。


「ごめんね先輩。メイド服、ボロボロになっちゃった……まあ予備は……あるけど」

「気にするな。そんなものまた買えばいい。お前が無事なら、それでいい」


 囮に使ったメイド服がなくなった手前、今のケイはスポーツブラにスパッツ姿だ。僕は僕の外套をケイに被せ「今日は一緒に寝よう」と耳打ちする。全員に背中を向け赤面する彼女の肩を叩き、僕はアンフェールに声を掛ける。


「息災か? アンフェール」

「え、ええ……醜態を晒しましたが……問題はありません」


 壁に体を預けながら僕たちのほうを見ていたアンフェールは、ペストマスクを被り直すと咳き込んで答える。


「ファンタズマ、ユリ、今日の稽古は無しとしよう。アンフェール……休め」

「……はっ」

「「はっ!」」


 半ば不服げに答えるアンフェールと、ファンタズマたちの声が重なる。対勇者アンチエイセスのチート能力を保持しているとは言え、僕に呪いを食われたばかりのアンフェールもまた、本調子とは言えないはずだ。イントッカービレとしての戦法を指南して欲しい向きもあったが、明日からの遠征に備え休んで貰うのも、戦士としての務めだろう。


「ルドミラも、付き合って貰いすまなかった。共に食事を摂ろう。一息ついたら、午後からの公務も、よろしく頼む」

「はっ」


 かくて為すべき事は為したとばかり、背伸びをして寝室に向かうケイ。肩を落とし部屋を出るアンフェール。その背後で抜刀し修行に励もうとするファンタズマとユリ。僕は僕でルドミラを連れ立って、こうしてそれぞれの午前が終わった。

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