十一章06:黒服は、厨二を示し抜刀し

 元・火の勇者バートレット・オヴニルは、釈放からほどなくして職務に就いた。というのも大陸最高峰のヒーラー、シンシア・オルデシア・ナシメントと、マクスロク・セロ・ローゼンタールの集中治療を三日三晩受けたのだ。この十全たる医療体制により全治を果たしたバートレットは、リベラシオンの聖堂から出てくる頃には、往時の威勢を取り戻していた。


 一方、バートレットが無防備になる数日を山と見て、魔眼による監視を怠らなかった僕ではあるが、そのじつ映し出されたのはシンシアによる羨ましい治療の風景。画面いっぱいのおっぱいに包まれるバートレットを羨みながら、僕は僕の治療の番が回ってくるのを待つ他なかった(なお、シンシアが僕を診てくれている間は、マクスロクが代役として治癒を買って出ていた)


 かくてユリによる散髪も終わり、髭も剃られ、晴れて男前の面目を躍如したバートレットは、装いも新たに、用意された黒のコートに袖を通す。


「ちったあ気恥ずかしいが……まあ確かに、ただでさえ浮く着物姿よりかはマシか」


 袴よろしく、足下まで伸びたロングコートは、ケイとユリのエルジア組に見繕わせた一品だ。ケイ曰く「ボクのシックなメイド服に合う色合いで」ユリ曰く「兄者にはだーくひーろー系・・・・・・・・が似合うでござる」との事で、この怪しげな一張羅がチョイスされた。おまけにここに黒の仮面が加わるとなると、第二の僕と言わざるを得ない程の不審者ぶりだ。


「すまないな。一応身の回りの許可は取ったが、いきなり元勇者エイセスが城内を闊歩すれば、ほうぼうで混乱が起きるのは必至だからな」


 が。その衣装に理由の無い訳ではない。なにせほんの少し前に罪人認定されたばかりの勇者エイセスである。それが面を晒し堂々と往來を歩くとなれば、周囲の困惑は隠しきれないだろう。――事前にエクスキューズを取った、将軍たちドゥーチェスらは兎も角として。


「構やしねえですよ。こっちもいちいち、誰かの視線を気にする必要がねえほうが楽ですから」


 黒ずくめに日本刀を携えるバートレットは、しかして満更でも無さげに抜刀の構えを取る。その答えに安堵の念を滲ませ、さりとて悟られないように、僕は仮面の下で頷く。


「流石でござる兄者! 黒い召し物も似合っているでござる! だーくひーろーさながらでござるよ!」


 と、囃すのは彼の妹、ユリ・オヴニル。どうやら本人もやる気は十分なようで、バートレット用とは別に、自分用のコートも揃えてきている。ベルカに来てから観せられた、マクミラン製の「おたくあにめ」とやらに影響を受けているらしい。


「いま巷では、エルジア刀とてっぽう・・・・の組み合わせが流行っているでござる!」


 と、兄が表に出てきてからユリはずっとこの調子だ。これまでの意気消沈がウソのように、或いは年相応の少女のようにはしゃぎまわる姿は、同じく義妹を持つ身として微笑ましくもあり――、そんな関係を断つ切欠を作ってしまった自身への、言いようのない呵責すらも感じさせられた。


「おいおいユリ。サムライは刀一筋って相場が決まってんでい。俺はこれまで通り二刀流で行くからな。――まあ、今は一刀流だが」


 そこで「すまない」と僕は割って入る。あの洞穴で、バートレットの獲物を折ったのは他ならぬ僕である。国宝にすら匹敵する業物を平然と無碍にした点も、或いは昔日の過ちと言えよう。


「気にするこたあねえです陛下。俺も暫くは初心に帰って一刀流いっぽんで修行に励みますよ。体力は戻りつつあるとは言え、腕の衰えは自分でも分かるってもんで」


 ユリの手で整えられた長髪をかき上げ、バートレットはぶっきらぼうに答える。いずれはフィオナに頼んで、LE級レジェンダリーアーティファクトを仕込んだ刀剣を、バートレット用に設えるべきかもしれない。――などと僕が一考を巡らせていると、背後から聞き慣れた二つの声が聞こえた。




「ご支度は済みましたでしょうか?」

「やっほー!! 迎えに来ましたッ!!」


 振り向いた視線の先には、グレースメリア騎士団副団長の、ユーティラ・E・ベルリオーズと、ブリジット・S・フィッツジェラルドの両名。この二人たっての願いもあり、元・火の勇者エイセスバートレット・オヴニルは、稽古という名の御前試合に望む段取りになっていた。


「来たか。ユーティ、そしてリジィ」

「はい。名のある・・・・方との御試合ですから。わたくしも大変に楽しみで」

「モチのロンッ! やるからには、勝つつもりで行きますからねッ!」


 しかして。二人のテンションはてんでバラバラで、片や静謐のなかに情動を滾らせるユーティラに、意気込みを隠そうともしないブリジットと、分かりやすい凸凹に僕は笑みを零しつつ応じる。


「という訳だ、バートレット。病み上がりのところ悪いが、この二人に稽古を付けてやって欲しい」


「ははあ、しかしいいんですかねえ、全盛期より劣るとはいえ、将軍たちドゥーチェス程度なら、今の俺でも十分やれますぜ」


 事前に聞いてはいたがと、改めてかぶりを振るバートレット。なにせ将軍たちドゥーチェスの一人、アマジーグ・M・シリウス・ヴェニデを一刀の下に切り伏せた猛者である。彼らより力の劣るであろう一介の女騎士相手に、困惑を隠しきれないのも無理からぬ話であった。


「なに、なら自らの手で試してみるといい。少なくとも、お前が思っているよりはデキる筈だ」


 そう保証する僕の眼前では、地剣の使い手、ユーティラと、氷剣の使い手、ブリジットが鼻息も荒く気を高めている。


「ま、陛下がそう仰るんならやりましょうか。行くぞユリ。俺再就職の、最初の見せ場ってヤツだ」

「は、お供致します、兄者!」


 こうして黒服の二人と、銀鎧の二人、白と黒の気勢が熱を帯び始める頃、僕を含む五人は、地下の鍛錬場に立っていたのだった。

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