十一章01:免訴は、仇敵とて区別なく
「――私は特に、異論ないけど」
「ボクも別に……今さら敵って訳でもないし」
「アタシも……かな。実験材料ならリンクス39で足りてるから」
「お姉さんもですよう。――くすくす」
久しぶりに一同に介した四人の女性たちは、口々に「だからどうした」と興味なさ気に肩をすくめる。一応はと思い呼び寄せた僕だったが、案の定とでも言うべき状況に、漏れるのはせいぜいがため息だ。
「――じゃあ釈放って事で構わないな」
まあ結論が分かりきっているとはしても、礼儀としてのエクスキューズは必要だ。関係各位への説得に回るよりも先に、僕は僕にとって最も重要だった、エメリア、ケイ、フィオナ、シンシアにその事を告げた。
今回の議題の内容は、ざっくり言えば
――という訳では僕は、火の
「いいんじゃない? 私もそろそろ退屈してたのよね……もう
四人の中で最も不遜げなのは、誰あろうエメリア・アウレリウス・ユリシーズだ。なにせ
「それを言うならボクもだよね! バートレットならボクだって倒せるし!」
続くケイも意気軒昂だ。恐らくはプルガトリアNo.2の座に居座るであろう僕の
「――アタシも、かなあ。新式の兵装を
……だが現実は非情だった。戦闘狂ならぬ実験狂の我が義妹、フィオナ・ヴィシリーヴナ・オベルタスは、
「分かった。分かったよ。早晩バートレット・オヴニルを釈放しよう。万が一の拘束具については、フィオの作った制御輪を採用する。――とは言え義妹のユリを握っている以上、あいつもそうそう馬鹿な真似はしないと思うが」
僕および側近との戦力差以外にも、その気になれば彼の妹、ユリ・オヴニルの命を奪う事すら容易いのだ。そんな状況でバートレットが叛意を見せるとは考えづらい。
「大丈夫ですよう。その辺はお姉さんが保証します。だってあの旅の道中、お姉さんが一番彼と一緒にいたんですよ? 大船に乗ったつもりで信じちゃって下さい」
――と、大船ならぬ大胸を揺らしながらシンシアもお墨付きを与えてくれる。あの忌わしの半年。バートレットの夜伽に付き合っていたシンシアの弁だ。ここまでくればもう確定だろう。あとは他の数人に許諾を取れば、晴れてバートレットは僕の軍門に下る筈だ。
「シンシアがそう言うなら尚の事だな。ソルビアンカ姫を迎えに行く前に、ちゃっちゃとケリを付けてしまおう」
そうして散会した僕は、背後に四人の雑話を残しつつ、他のメンバーの待つテラスへ向かった。
* *
「――私は異論ありませんね。陛下がそうあれかしと望むのであれば」
「
「あたしも、かな。ユリちゃん良い子だし。だからきっとそのお兄ちゃんも悪い人じゃないのかなって」
僕が次に相談を持ちかけたのは、宰相代行のルドミラに、グレースメリア聖騎士団副団長のユーティラ・E・ベルリオーズ、それにブリジット・S・フィッツジェラルドの三名だった。
ルドミラとユーティラは、上司の意見に沿うとそっけない反応を示し、ブリジットはというとやや情にほだされたのか、バートレットの義妹、ユリ・オヴニルを引き合いに頷いてみせる。
「助かる。一応はと言うか、全員の了解は取り付けておきたくてな。このあと
「――あら、嬉しいですわ。お父様より
その言葉にはにかんで見せるユーティラ。エスベルカの剣を自認するこの家系は、彼女の父親レオハルト・E・ベルリオーズが
「信頼も期待もしてるさ。ここの所のお前たちの成長は目を見張るものがある。
「ふふん! それならララトさんのパワーをゲットしたあたしだってッ!!! って感じですよねッ!! あれから食欲も性欲もツユダクマシマシ!!! どんとこい
ブリジットも負けじと拳を握りしめる。食欲から性欲に至るまで余人の何倍も
「ルドミラは良かったか? 強制になってしまったようですまないが」
「お気になさらず、と申し上げた筈です、陛下。シャムロックとはそういう家系。国家と私情を天秤にかけるのなら、いつだって前者を選ぶのは必定です」
かくて残されたルドミラは、褐色の肌に赤縁の眼鏡をくいとさせて無表情に告げる。
「すまない事を聞いたか……悪かった」
「いいえ。ご相談頂けただけでも十分です。私は……陛下の言うことになら……なんだって従いますから」
* *
ここまでの経過は順調と言えた。妹の喪失から
「なあララト。随分と忙しそうなとこ悪いンだが……聞いてくれ。――ちょいとした面倒毎になりつつあるンだ」
――リザ・ヴァラヒア。シャムロック子飼いの隠密機関、もとい歴代勇者監視機関の頭目たるこの女は、褐色の肌に巨乳を揺らしながら僕ににじり寄る。
「いやお前こそ待て。まだ居たのか?
忌々しげに告げる僕。なにせこの女、見た目のドSぶりを裏切るかのような真性のドMで、その性癖の発散に付き合わされている僕としては、とんだ災難とでも言うべき天敵なのだ。
「それはそうなンだが……そんな邪険にしなくたっていいだろう? オレの身体、飽きちまったのか……? い、いや……それはそれとしてだ。今日は別の案件っつーのかな……まあウチらの失策と言えば、失策っつーか」
リザ・ヴァラヒアにしては歯切れの悪い物言い。何事かと訝しむ僕は、畳み掛けるように問い詰める。
「まさかお前、また何かやらかしたんじゃないだろうな?」
「ご、誤解だ誤解。むしろアンタらを助けようと思ってやった事……ではあるんだ、一応な」
どうにも言葉尻を濁すリザは「ちょいと……寄り道だ」と耳元で囁き、人気のない男子トイレの、個室の中まで僕を誘う。
「おい、ここは男子トイレだぞ」
「おう……なんかこのシチュ、肉便器っぽくてよくないか……その、オレが」
言うや俄に頬を赤らめるリザ。ああそうだ……こういうヤツなのだ、こいつは。
「――話は聞いてやるんだ。真面目にしないと奴隷契約、解除するぞ?」
「いや、それは困る……頼むから、オレを捨てるって言うのはやめてくれ……」
奥の個室で、間抜けに立ちすくむ僕の、股間に語りかけるようにリザは言う。……そこじゃないぞ僕の顔は。そう突っ込む僕の、本来の顔を見上げてリザは、ようやっと口を開いた。
「そ、それじゃあ話すぜ。イントッカービレが一人、フランシスカ・D・グリーンファミリアについての面倒事をな……」
そう語られる女性の名に、僕はふと思い当たって首を傾げる。
「……フランシスカって、行方不明なままの
それは確かに、フランシスカ・D・グリーンファミリア。かつてベルカ随一の女傑と謳われた、天才騎士の物語だった。
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