十章02:女神は、慈悲も無く勝利を得
「おい、目立ちすぎてないか」
「フフ……そりゃあ、かの
正門を出て直ぐ、やはりエメリアのオーラ圏内には誰一人として立ち入れないものの、とりまく人の数は時を追うごとに増えていった。
そもそもこちとらお忍びな訳で、じゃあ地下から外に出ようかとの提案は、一応したのである。而してエメリアの「見せびらかせたいから」の一言に根負けし、結果こうして如何ともし難く衆目の只中に晒されている訳だ。
(おいエメリア。お前こうなるの分かってたな……)
(ララトこそ、こうなると思ってもいなかった訳?)
馬鹿じゃないのと鼻でせせら笑い、エメリアはタップを踏むとにこやかに駆け出す。当然の如く声援もまた、沸き立ちながら彼女の後を追う。
「あれは……エメリア様じゃないか……?」
「馬鹿な……近衛騎士団長自らがこんな市井に……」
「だがこのオーラは……くっ……神々しすぎて近づけない……」
「誰なんだよ、あの隣にいるぱっとしない男は……」
背後から聞こえる羨望怨嗟入り混じった声に耳を傾けながら、僕は渋々エメリアに付いていく。
「あ、あのカフェに入りたいなあ? ね、ダーリン!」
「ぬおっ」
そんな俯き加減の僕を誂う様に、エメリアは腕を巻きつけて大声を出す。どっと沸き立つ周囲の中で、僕にブーイングを浴びせかけた数名が膝をついて倒れる。
(待てエメリア……ケイが見てるんだ。犠牲者が増えるぞ)
(お生憎様。見せつけてるんです、こっちは。……ふっふっふ。ケイちゃん、これでどっちがララトに相応しいか思い直す事でしょう)
クククと悪辣な笑みを浮かべるエメリアと、ケイの手によって積み上げられていく
(お前……最初からそれが狙いだったのか……)
(まさか。でもララトがお面を外してお外に出たら、護衛のケイちゃんは絶対に付いてくるでしょ)
そう言いながら僕の手を引くエメリアは、町でも人気のオシャレカフェにすたすたと入っていく。
「いらっしゃいま……アッ」
早くもオーラに当てられた店員が意識を絶たれ、辛うじて生き残った店主らしきだけが、右手で視界を覆いながらオーダーを取る。恐らくは職務への挟持だけで精神を維持しているに違いない。中々の猛者と見た。
「二階……窓際のお席へ……どうぞ……」
茫然自失とする先客らを庇いながら、初老の店主は誰もいない二階席に僕たちを案内する。そして片手でCLOSEDの看板を表にすると、心配そうに見守る厨房に親指を突き立て、決死の面持ちでコーヒーを運んできたのだった。
「当店……自慢の……コーヒー……コフィッ」
はあはあと肩で息をする店主は、辛うじて二人の前にカップを置くと「お次は……ケーキを……」と言い残し踵を返す。おいおい、こんな有様で大丈夫なのかと不安げな僕に反し、エメリアはさも上機嫌にコーヒーを啜る。
「フフ……ここのブレンドコーヒー、南方のマグリブが原産なの。中深煎りの浅い酸味が、チーズ系のスイーツにばっちり合う訳。正にマリアージュ」
「いや、それより……お前の女神オーラがここまでとはな……恐れ入ったよエメリア」
うっとりとコーヒーの解説をするエメリアに、唖然とする僕。明らかに温度差のある二人の間に割って入る様に、日焼けした腕がにゅっとケーキを差し出す。
「おまたせ致しました。ソルスティア産チーズの、シフォンケーキになります」
随分と落ち着いた、というかソレ以前に聞き慣れた声。僕がはっとして振り向くと、そこには案の定、黒のメイド服で全身を覆った、ケイ・ナガセの姿があった。
「ケイ……お前……」
「店員の皆様がグロッキー致しましたので! ボクが! 代わりまして! お料理を! 提供させて頂きます!」
明らかに怨嗟の滲む怒声と共に鼻息を荒らげるケイに、エメリアは勝ち誇った笑みを向ける。
「あらケイちゃん。お忍びで尾行だと思ってたのに、いいのかしら。こんな風に出てきちゃって」
「ええ、ええ。どこかの誰かさんが派手にオーラをぶちまけるもんだから! ボク以外に出る幕がないんじゃないかな???」
大人しく引き下がると思ったケイも、ここぞとばかりに存在を主張する。一体これの当初の目的が何だったのかと思いを巡らす間もなく、僕の隣では静かな火花が散り盛っている。
「そうか。お前がスニーキングを解いてくれてよかった。暫くの間だが、頼む」
「ま、センパイの為なら! センパイの為ならボク頑張りますけど!? メイドですから? そりゃもう冥土の果てまでメイドですから!?」
プリプリと背を向けて去っていくケイを横目に「ムキになっちゃって、ケイちゃん可愛い」とエメリアが口に手を当てる。いやいやお前はそれで良いかも知れないが、夜に顔を突き合わすこっちはどうすりゃいいんだと、内心で僕は毒づく。
「おいしいねえ。やっぱりコーヒーにはケーキ。ケーキにはコーヒーよ。ね、ララト」
「ああ。しかしお前、どうやってこんな美味しい店を調べたんだ。ろくに外出も出来なかったろうに」
ここ一ヶ月、ただ鍛錬に明け暮れたエメリアを見るにつけ、よくもまあこれだけの店を一発で探し当てたなと僕は褒める。
「フフ。いつララトとデートになってもいいように、ありとあらゆる手段で以てコースのプランニングは終えているわ」
えへんと胸を張るエメリアは、副団長のユーティラとブリジットから、ベルカ市街の美味しいお店を教えてもらっていたのだと明かす。
「ちょっと高級寄りならユーティ。庶民派の味ならブリジットね。今回は半休だから……ブリちゃんの一押しで決めさせて貰いました」
まったくどうしてそこまで僕に拘るのかと、何年幾度も喉元まで出かかった疑問を制し「そっか、ありがとう」と僕は返す。
「ね。もちろんケーキは団員に買ってきてもらって、ちゃんと味見はしてるから大丈夫。私の見立てでは、これが一番おいしいの」
フォークを刺して黄金色の一欠を口に運ぶエメリアは「とろける」と目をハートにしてうっとりとする。なるほどと味わう僕も、そういえばこんな風に二人でお菓子を食べるのも久しぶりだなと思いを馳せる。
「じゃ、ケイちゃんが来る前に逃げちゃおっか」
口の周りのチーズを拭き取り、悪戯げに微笑んだエメリアは、お代を卓上に置くと、窓を開けこちらを見る。
「は?」
「お金は置いたわ。さ、ララト。昼は短し恋せよ乙女。デートの続き、続き」
こう言ったら聞かないものなあと溜息を付き、僕はちらと後ろを振り返りつつもエメリアの手を取る。一瞬だがバルコニーから見える大通りは人だかりで、麗しき女神騎士を人目でも見ようと、人海で埋め尽くされていた。
「あっ、あれは?」
「なんて眩さだ……」
「美しい……うわっ」
しかしその喧騒も、瞬時姿を現したエメリアの威光で一瞬にして沈黙に置き換わる。それを満足げに
「ねえララト。私はきっと、これからもずっと、あなたにとって
吹いた風が瞬間を切り取る様にエメリアのブロンドをふぁさと揺らし、それから数刻、僕とエメリアのデートは続いたのだった。
* *
「ふう……楽しかったなあ、ね、ララト?」
あの後ショッピングからスイーツ巡りと付き合わされ、シメに湯宿の貸切風呂を経て僕の部屋に至っていた。帰りは正門を通らず、駅ナカから続く王族専用の地下水路を通っての帰宅。道中背後のケイに敢えて見せつける様に迫ってくるエメリアに時に応じ、或いはギリギリで躱しつつの道中は、中々に胃に来るものがあった。
「ああ、ちょっとばかりスリリングだったが、楽しかった」
どうやらエメリアは、自身の女神オーラを全開にする事で、ケイが出張ってこざるを得ない様に仕向けているらしい。従業員がダウンする度にスニーキングの術を解き、メイド服姿で乱入するケイの視線は「あとで覚えてろよ」と僕を睨み憤っていた。まったく気持ちは分からぬでは無いが、今晩が怖いと僕は
「フフン。これで誰がどう見ようと、ララトの正妻は私って事になるわよね。ま、勝負を仕掛けてくる奴がいても、私が名実ともに叩き伏せちゃうけどね」
ペロッと舌を出すエメリアは、明らかに表情とは真反対の剣呑を口にベッドを立つ。
「じゃあね、ララト。二人で頑張って、早く魔王を倒そうね」
そしてモデル張りの腰をくねくねと振り、エメリアが部屋のドアに手をかける寸前、ガチャリとノブが回って人影が姿を現した。
「陛下、お戻りになったと伺いまして――ッ」
言うや宰相代行のルドミラは、眼前に立つエメリアに息を呑む。
「ユリシーズ卿……失礼、致しました……」
褐色の肌に銀髪のショートカット、そして身を包むのは黒のミリワン。言うなればエメリアの真逆とも言える外貌のルドミラは、物怖じする様に数歩下がると、俯きがちに言葉を発した。
「お疲れ様ですシャムロック卿。私も職務に戻りますので、陛下を――、ララトを宜しく頼みますね」
僅かに冷徹とも取れる笑みを口元に残し、エメリアは髪を掻き上げて去っていった。ルドミラは所在なげに頷くと「……はい」と答えたきり、一瞥もしなかった。――バタリと閉まるドアの音が、静まり返った室内に乾いて響いた。
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