九章04:幼女は、義体を駆り首都を訪れ

「待ったかのう? おはようじょ!」

 ゾディアックらと別れた僕が研究所アナトリアに着いた時、そこにいたのは機械人形テルミドール――、すなわち幼女型の義体に入り込んだ、ギルドマスター・アンサングだった。


「おはようじょ! じゃないだろまったく……どうしたんだ、本体は」

 本人曰く、確か老人の義体でやってくるとかのたまっていた筈だが、目の前には幼女と、それから彼の秘書たるオープニングしか見当たらない。


「ほっほっほ、影武者じゃ影武者。ちゃんとじいさんの機械人形テルミドールも用意しておるぞい。今頃来賓らいひん室でうとうと眠っておるじゃろう」

 ――つまりあっちのじいさんは殺されても良いって訳か……一体どっちが本体なんだよと内心で呟きながら、僕はアンサングと歓談するフィオナに目を向ける。


「いいじゃん別にお兄ちゃん。アタシもおじいちゃんとお話したかったんだよ。なんかシワシワよりこっちのほうがさ、とっつきやすいじゃん」

 幼女のおかげでさして変わらない身長のアンサングを指し、フィオナは応えた。


「まあフィオがそう言うなら良いか……」

 なんというか。挨拶回りもすっ飛ばし、先ずは自分の興味に飛びつく所が、技術大国たるマクミランの盟主らしい。 


「で、用件は何だ? 午後から式典が始まるんだぞ。余りあちこち動かないでくれ」

 フローベルという嵐が過ぎ去ったかと思えば、この幼女(?)だ。まったくと頭を抱える僕に、アンサングは「ちっちっ」とジト目を送り笑った。


「つれんやつじゃのう。お主の鎧の解析結果を、わざわざわしが持ってきてやったと言うのに」

 ――どうじゃ凄かろう。と頭を突き出すアンサングを、僕はよしよしと撫でてやる。普通の女の子はこういう所作を嫌がる訳だが、それを好むぞと思い込んでいる所が実におっさんだ。


「よいぞ。もうちょっとわしわししてくれ……うむ。オープニング。地下まで荷物を持っていってやるのじゃ。フィオ君ひとりでは辛かろう」

 猫のようにふみゃーとするアンサングを横目に、言葉をかけるのを諦めたフィオナが、オープニングを先導し地階へと降りていく。


「土産のアーティファクトじゃ。役に立つと良いのう……」

 しかし足音が遠のくに従い、アンサングは急に静まって冷静に言い放った。




「ところでお主……身体に不調は出ておらんかの?」

 ふみゅうとした表情から一転し、身体を離したアンサングは、いつになく真剣な眼差しを僕に向ける。


「不調って……何の事だ?」

 そう言いながらも、僕は警戒し一歩後ずさる。確かにヴェンデッタの代償として損なわる肉体の実感は、日増しに募るばかりだ。


「いやいや……答えたくないのならそれで良いのじゃ……或いはフィオ君に言わない方が良いのならわしは黙る」

 黒いカチューシャに付いた、耳めいたリボンがぴくぴくと揺れる。前回の外遊の折、先方に残してきたデーターから何かが分かってしまったとでも言うのだろうか。


「だが……フィオ君は賢い。わしや、或いはお主が隠した所で、早晩そうばん真実に辿り着くじゃろう……」

 こつこつと床を歩き、一度離した身体をもう一度アンサングは近づける。セーラー服越しに、義体の触感が伝わって来る。――こいつは、その為にわざわざ二人きりになったとでもいうのか。


「何のことだろうな……私は至って健康だ。なにせこの力があるのだから」

 なおも知らぬていを決め込む僕に、遂に業を煮やしたのか、アンサングは頬を擦り付ける様に下半身に滑り込んだ。――下半身?


「そうは言ってもじゃ。こっちは不満じゃと嘆いておるぞ。わしが、ほら。わしが処理を手伝ってやろうか?」

 アンサングの視線も手も、明らかに僕のナニに向かっていて、困惑した僕が事情を察するにはさらに数秒を要した。


RIPリップから聞いたぞい……お主の魔力、それはもうアヘアヘ言うぐらいに快感なのじゃと……わ、わしにもほら……ふふ……よかろう? こんな可愛い幼女じゃぞ……な?」

 ――おいおい、そういう事かよ。うっかり心配した僕が馬鹿らしくなって、次には吹き出してしまいそうになった。不調って、そっちの不調か。回りくどい言い方をするから面倒な……


「だったら身体に教え込んでやろうか? 私の魔力の、真髄しんずいってヤツをッ!」

 すると何だか無性に腹ただしくなった僕は、だったらいっそ居てこましてしまおうかと反転攻勢で、アンサングを押し倒すや口を塞ぎ秘部に手をあてがった。


「おふふ……!! やっぱりよっきゅうふまん・・・・・・・・だったのじゃな……!!?? よいぞ。わしの身体を存分に使うのじゃ……おにいちゃん♡」


 ――いいやお前はおじいちゃんだろ。と内心断固として反対の声を上げながら、僕は彼女(?)のショーツをずり下げる。ええいままよである。いや逆に考えれば、マクミランの首長を手篭めに出来るなら最高の外交的成果では無いか。


 しかし僕がそう思って――、魔力を注入せんと仕掛けた時だった。聞き慣れた声と共に、研究室アナトリアのドアが勢い良く開いたのは。




「陛下!!! 大変です! 鍛錬場に、カオルーンの二席が!!!」

 そうして急いで来たのが丸わかりのケイ・ナガセは、滴る汗を脂汗に変えながら場の状況に身を固まらせた。


「――」

「……お、おはようじょ」


 言葉を失う僕に、相変わらず逆効果の返しをするアンサング。がくんと膝をついたケイは、項垂うなだれて小さく呟いた。


「酷いよ……ボク頑張ってお仕事してたのに……センパイ、あっちでもこっちでも盛っちゃってさ……なんなの……」


 その時僕の脳裏に過ぎったのは、ケイに対しすまないと思う気持ちの一方、ここに来たのがエメリアじゃなくて本当に良かったという暗澹たる安堵だった。

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