九章03:級友は、プロフェゾーレの頂を

 それからエメリアと別れた僕は、先んじて着いたというナヴィクの面々を迎える為、郊外の駅に歩を進めた。同伴者はユーティラとアンジェリカ。本来なら後者だけでもと思いはしたのだが、ユーティラが居ないとむずがるアンジェリカの事、人選はやむを得ずと言った所だった。




「――お久しぶりです。ララト君」

 そう言って最初に列車を降りてきたのは、他ならぬノーデンナヴィク教授プロフェゾーレ、ゾディアック・アルバ・ポーラスター。齢の百を超えるというのに幼女さながらといった外貌は、相変わらず元気そのものだ。


「お久しぶりです、理事長」

 警備の都合で完全に閉鎖された郊外の構内は、僕たち以外にベルカの関係者は居ない。仮面を取って手を差し出す僕に、ゾディアックもまた笑顔で応じる。


「元気そうで良かったわ。――アンジェも、なんだか懐いてくれてるみたいで……ママは嬉しいわ。あ・な・た」

 そう破顔する見た目は少女に、僕はぎくりとしながら一歩後ずさる。




「――ママ!」

 しかし本家ママの姿を見つけたからだろう、アンジェリカもユーティラの腕からすっと抜け出すと、ゾディアックの元に駆けていく。ふと寂しそうな表情を見せたユーティラだったが、一人頷いて見せると、眼前の母子の光景に微笑みを向けた。


「やっぱりアンジェちゃんも、本当のお母さんが良いんですよね……はあ。わたくしも、自分の子供が欲しいですわ……」

 身長差のさして無い我が子を抱き上げるゾディアックの姿に、目を細めたユーティラが小さく呟く。


「……ユーティならきっと良い旦那さんが見つかるさ。僕が保証する」

 黒い鎧ヴェンデッタの胸をぽんと叩きフォローする僕に「――もし見つからなかったら、陛下が旦那様になって下さいますか?」とユーティラは悪戯げに笑った。


「――ユーティが奥さんか。それも悪くないな」

 いけしゃあしゃあと返す僕に「最近は素顔のままでもからかうのですね。陛下にはユリシーズ卿という方がいらっしゃるのに!」と、ユーティラは頬を膨らませ怒った真似をした。


「別にエメリアと結婚するって訳じゃないさ。今の僕は皇帝だ。恐らくめとるとしたらベルカの姫君だろう。――まあ何て言うのかな。だから……ユーティの旦那になる人は幸せだと思う。それは本当」

 僕はそうとだけ告げると、アンジェリカを抱き上げるべくゾディアックの側に歩を進めた。


「なっ、酷い逃げ口上ですわ……女の幸せはそういう事じゃあありませんのに……」

 背後で小さく聞こえるユーティラの声が、アンジェリカの笑い声に掻き消される。




*          *




「――そういえばフローベルは?」

 暫しの一時を親子・・として過ごした僕は、まだフローベルの姿が見当たらない事に気づき、ゾディアックに問いかけた。しかしその瞬間に車内から聞こえたのは、出番を待ちわびていたかの様な甲高いあの声だった。


「あらあら、あたくしの事を探して下さるのです? 史上最強のエスベルカ皇帝、レイヴリーヒ陛下ともあろう御方が?」

 おっほっほと笑いながら、ゾディアックと同じ法衣を纏ったフローベルが階段を降りてくる。相変わらずのツインドリルは健在で、それをふぁさと掻き上げる高慢ちきな仕草までもが在りし日と同じだ。




「ふふ……フローベルはねえ、ララト君に呼んで貰うのをずっとずっと待ってたんですよ」

 くすくすと笑うゾディアックに、フローベルは「何を仰りますの理事長!!」と頭から湯気を出してムキになる。


「――どっちでもいいよ。来てくれて嬉しい、フローベル」

 素直に手を差し出す僕だったが、フローベルは案の定ツンツンとしていて「ララトが来てくれって言うから、仕方なく来て差し上げましたわ!」と、目も合わせぬまま手を握り返してきた。


「いつもと違う服も素敵だ。――行こうか、あと数刻もすれば会議が始まる」

 ナヴィクの魔法剣士ゾーレフェヒターと言えば青服が基本だった。にも関わらず白の、教授プロフェゾーレの法衣を纏うフローベルに、僕は素直に褒め称えた。


「――あら、ご存知無いのですの? あたくし、先般教授プロフェゾーレに昇格したばかりですのよ。そ・れ・も、史上最年少で」

 えへんと胸を張って見せるフローベルの、そのツンとした乳房が微かに揺れる。なんというか、こう高飛車で無ければ普通に可愛いのにと思いながら、僕は「それは凄い。おめでとう!」と返すに留める。


「ふふふ……あなたの幼馴染みにだけ良い格好はさせられませんものね。――そして約束は果たして頂きますわよ。このあたくしを強くする、という……あの約束を」

 片眼鏡をくいと上げたフローベルは「やることはやりましたわ」とばかりに満面の笑みを浮かべる。


「――分かってるさ。暫くこっちには居るんだろ? 時間は作る。任せろ」

 そう言いながらフローベルの手を取った僕は、エスコートする様に優しく腰に手を回す。修行による火傷の跡を隠す為だろう、彼女の両腕には、ヴェールの代わりにグローブがはめられていた。


「んっ……本当にララト、レディの扱いが上手になりましたわね……い、一応あたくしだって社交の嗜みはございますから! まぁ……気が向けばダンスでも何でも、お誘いになれば宜しいですわ」


 そのままコツコツと歩く僕に、ユーティラが仮面を渡す。前方で屈託なく笑うのは、ゾディアックに抱かれたアンジェリカだ。




「ありがとうユーティ。城に戻ったら、会議まで休むと良い。付き合わせて悪かった」

 

「いいえ、こちらこそ。陛下のお隣に居れて嬉しかったですわ。ふふ……出来たら今度、わたくしもどこかにお誘い下さいね」

 小声でくすりと微笑んだユーティラは、次には凛とした表情でナヴィクの客人にこうべを垂れた。




「ようこそおいでくださいました。ゾディアック・アルバ・ポーラスター様。フローベル・ルイ=ヴァンテ・アン様。これより先はわたくし、ユーティラ・E・ベルリオーズが城内の案内を仰せつかります」


 にこやかに頷くゾディアックとアンジェ、それから見下す様に髪を掻き上げるフローベルを連れて、僕たちはベルカの城の地下へ向かった。

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