七章06:一夜は、水着まとうケイと共に

「――やっぱりエメリアすごかったねー」

 それから国賓こくひん用の一室に通された僕とケイは、部屋備え付けの大浴場に居た。なんでもひのき風呂と言うらしい。すがすがしい森林の香りが、鼻孔一杯に広がって心地が良い。もしここに甲冑なしで入れたら、どれだけ愉悦に浸れた事か。――ちなみにケイはというと、すくみずとか言うエルジアの、児童用のそれを着ている。


「ああ、リザの一件でそうとう鬱憤うっぷんが溜まってたからな……」

 兜だけを外した僕は、一足先に湯船に浸かるケイの隣に座ると、はあと一息をつく。エメリアと別れたのは半刻前だが、鬼気迫るというのはああいうヤツなのだろう。今は呼び寄せられた他のカオルーンたちも交え、八対一の総力戦になっている筈だ。


「エメリアさ、センパイの魔力とか貰わなくたって、本気で勇者エイセスを超えそうだよね……」

 やや引きつった笑いを浮かべるケイだったが、確かにその通り。カオルーン戦を前に魔力を送ろうとした僕を制して「悪いけどララト、一人でやらせて」とつかを握ったエメリアの顔を思い出す。恐らく先のレッドラムで、リザ・ヴァラヒアに嘲笑あざわらわれた事を気にしているに違いない。


「かも知れないな……アイツの原動力が何処にあるのか知りたいよ。僕はたまたま力を手にしたけど、アイツは……」

 独りごちる様に呟いた僕に、一度湯船に顔を埋めたケイが浮き上がって言った「――多分センパイと同じ、想いの力だよ」と。


「ま、でも想いだけじゃああそこまでは出来ないか……ボクだっていくらセンパイのことが好きでも、エメリアには勝てる気がしないもん」

 寂しげな表情を浮かべるケイは、すくみずの肩紐をぴょいと引っ張る。日焼けの跡の黒と白がくっきりと分かれ、些かに艶めかしい。


「そうだな……だけどアイツは、その誰よりも完璧であろうとする強さの所為で、却って危なっかしく見える時があるんだ。ふとした拍子に砕けて壊れてしまいそうな……僕は、それが怖い」


「ふーん……なんていうか、センパイもエメリアも、そうやってお互いを想い合う余り反発する、磁石の同極みたいなんだよね……ふふ」

 くすくすと笑ったケイは、にわかにじゃぶりと湯船を立つと、僕の目の前で屈んで言った「そういう不安な事とかさ。ボクに話して貰えるだけでも、ボクは嬉しいんだ」と。




*          *




「――ねえセンパイ、ボクがなんで、センパイの側に居られるか知ってる?」

 そして暫くの沈黙を経て、ケイの柔らかな唇が、僕の唇に微かに重なる。


「それはね。ボクが、センパイの一番に決してなろうとしないって、エメリアは知ってるから」

 僕の返答に先んじたケイは、そう言うとまた笑った。濡れた黒のショートカットから、水滴が滴り落ちる。


「ボクはエメリアに勝てない。そして、センパイと釣り合うのはエメリアだって分かってる。だけれどボクはセンパイが好きだ。二番でも三番でも四番でも、一番目の女の子の次の次ぐらいに愛して貰えるなら、それでいい」


「――その事をボクはエメリアに許可して貰ってるからさ」と、ケイは耳元で囁くと、そこで一度身体を離した。




「ああ……その、エメリアの僕への想いは最近知った。あと、裏で色々されてた事も」

 僕は脳裏に、昨日エメリアから聞いた衝撃の事実を思い浮かべた。まさか僕への好意が悉く彼女の手でシャットアウトされていたなんて。


「気づくのが遅いよ……センパイは。ま、ボクたちはちょっと変わってるかもね……普通の女の子だったら、きっとすぐに勇者エイセス連中になびいてるだろうし」


 ――女の子のほのかな恋心なんて、そんなものだよ。と口笛を吹きながら、今度はケイはへりに座った。


「お前もよく折れなかったな……でも良かった……ケイが挫けてたらって思うと、僕は……」

 そこまで言いかけた僕を制して「そういうこと言うから、残酷なんだよなあセンパイは」とケイは笑う。


「でもいいけどね。何番目でも良いからさ。とにかくボクのこと愛して、側に置いてよセンパイの。一番目の女の子の悩みだってちゃんと聞くし、ムラムラって来たら、ボクのこと使ってくれて全然いいから」

 すると不相応に淫靡いんびな笑みを浮かべたケイは、すくみずの胸元を開く様に手で伸ばした。


「ほら。昔より全然えっちぃでしょ。ボクの身体。エメリアに手を出しづらかったら、ボクが居る。センパイ専用の専属メイド。好きにしていい。僕はエメリアよりも弱いけど、そのぶんきっと頑丈だから」

 そのままゆっくりと立ち上がったケイは、ざぶざぶと湯船をかき分け僕の視界を覆う。


「……ケイ」

 日焼けあとの残る褐色肌の後輩を抱きしめ、僕は呟く。


「いいよ……センパイ。エメリアに言えない事があったら、シンシアに甘えられない事があったら、フィオナに頼れない事があったら……ぜんぶ、ボクに……」

 

 そのとき僕の脳裏を掠めていたのは、もし、シンシアの他に「代償」の秘密を明かせる相手がいるとすれば、それはケイ・ナガセなのではという漠たる思いだった。


 残酷である事は承知している。非道である事も分かっている。だが、それでも。一国どころか人類全てを背負う羽目になってしまった今、心の何処かで縋るべき何かを、甘えるべき何かを求めている自身の弱さに、改めて僕は気付かされつつあった。

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