四章06:列車は、故国を発ち次なる地へ

 翌朝。ナヴィク外遊を終えた僕たちは、来た時と同じ魔導列車に乗り込み出発の時を待っていた。


 カノンフォーゲル。車体が砲弾の様に発射する様からそう呼ばれた十両編成のこの列車は、ノーデンナヴィクを起点にマクミランを経由し、最後にエスベルカの帝都に至る。




 教授たちプロフェゾーレを筆頭に見送りの声援に押され、しかし警護の都合から駅まで付いてきてくれたのはゾディアックとアンジェリカ、それにフローベルの三人だけだった。


「それじゃあララト君、わたくしたちの娘、アンジェリカを頼みますね」

 からかう様なゾディアックの言葉に、フローベルとエメリアが珍しく挙動を合わせぴくりと肩を震わせる。


「その言い方はやめて下さい理事長。あ、フローベル、分かってると思うけど、僕の正体については内緒だからね」


 この場が僕の素顔をする面子だからこそ許される遊興だ。話を向けられたフローベルは、銀縁の片眼鏡をくいとさせそっぽを向いて言った「分かってますわ! あたくしを誰だと思ってますの!」と。


 昨晩話題に上ったフローベルの実際にくすくすと笑いを零したユーティラが、フィオナの手を引いて車内に入り、続きエメリアとフローベルが、互いの視線で別れを告げる。シンシアとゾディアックが意味ありげに礼を交わした後、アンジェリカを抱く僕の背後に、影の様に付き従ったケイがドアを閉めた。




*          *




「――で、娘って、どういう事?」

 列車が動き出すや否や、真っ先に問いを投げかけてきたのはエメリアだった。

 機嫌が悪い時特有の、ブロンドを大仰に描き上げる仕草でつかつかと詰め寄ったエメリアは、眼下に立つアンジェリカを見下ろす。

  

「ああ、言葉のアヤ・・みたいなものだよ。気にしないでくれ」

 フォローしたつもりだった僕の隣で、しかしてアンジェリカが火に油を注ぐ。


「レベル51。ママには不適格。ねえパパ」

 そう冷静に袖を引っ張るアンジェリカの前で、エメリアの顔にみるみると血の気が上っていくのが僕には分かった。


「私の知らない所で子供まで作って……ララト、あなたって人は……」

 怒髪天を衝くとはこの事だろう。メラメラと文字通り烈火のごとく怒るエメリアの長髪は、オーラを伴ってゆらゆらと空に揺らめいていた。




「ちょ、ちょっとエメリア……こんな子供相手に大人気ないよ!」

 とてとてと割って入ったフィオナが「ごめんね。本当は怖い人じゃないから。でも言葉遣いには気をつけようね?」と、赤縁の眼鏡をくいとさせながら彼女なりのフォローを試みてくれた。


「魔力値ゼロ。あなたは?」

 さらっとフィオナの魔法不適合障害カナヅチを見抜きながら言葉を返すアンジェリカに、それでも無理な笑顔を作ってフィオナは答える。


「アタシはフィオナ。あなたのパパの異母妹。よろしくね」

 身長も胸板もさして変わらない少女を相手に、握手の手を伸ばすフィオナに、アンジェリカもまた握手で応じる「よろしく。おばちゃん」と。


「お、おっ、おば……?!」

 確かに僕をパパと仮定した場合、異母妹のフィオナは厳密にはおばに当たる。だがその無慈悲なる定義を聞かされたフィオナは、遂にここで堪忍袋の緒が切れたのか、わなわなと肩を震わせた。


(……ねえお兄ちゃん。こいつ実験台にしちゃっていい?)

(……頼む、それだけはやめてくれ)


 囁きに囁きで応酬した僕が、頭を抱えながら前を向いた時、そこには笑顔で菓子の乗ったトレーを持つユーティラの姿があった。




「まあまあ皆さん、ここはお茶でも飲んで落ち着きましょう?」

 しれっとカモミールの、鎮静作用のあるハーブティーを用意したユーティラの機転に、背後ではシンシアがうんうんと感心した様に頷いている。お嬢様の一言で渋々と席についたエメリアたちは、仕方ないといった風にカップを口に運ぶ。


 ――ちなみにケイがなぜ一言も騒がないかと言えば、昨夜ホテルの一室に忍び込んだ彼女には、出立前にアンジェリカについて事前に説明を終えていたからだった(最もケイからは、僕とユーティラが二人きりでいた事についてガッツリとお咎めが入ったのだが……)




*          *




「……と言うわけさ。アンジェリカはホムンクルスで、たまたま強い力を持っていた僕が、便宜上のパパになっているだけなんだ」


 僕が説明と言う名の釈明を終える頃には、事情を知るケイはこくりこくりとうたた寝を、エメリアは不承不承ふしょうぶしょう納得を、フィオナはと言えば、今度は逆に興味をそそられた様に身を乗り出し話に聞き入っていた。


 他方渦中のアンジェリカは、何故かシンシアには懐いている様子で、彼女の膝の上でくーくーと寝息を立てている。


「説明不足ですまないとは思っているんだが、まさかここまで地雷を踏み抜いてくるとはな……とにかく、生まれたばかりの子供である事に変わりはないんだ。広い心で接してやってくれ」


 頭を下げた僕に「まあまあ陛下も、お茶を飲んでお休み下さい。アンジェちゃんはわたくしたちが責任を持って帝都で預かりますから」と、ユーティラが助け舟を出してくれた。ちょうど彼女とはここで別れ、マクミランを経て帝都で落ち合う予定だった。


「すまない、助かる。アンジェリカが懐いている様だから、シンシアも一度戻ってくれないか。マクミランには僕とエメリア、それにケイとフィオの四人で行くから」


「……ふふ、お姉さんにまかせて頂戴」

 シンシアはそう微笑みながら、僕に治療薬の入った小瓶を投げる。ナヴィクでフローベルに薬を使った手前、実のところ手持ちはなくなりかけていた。


「ありがとうシンシア。エメリア、フィオも、暫く頼む」

 眠っているケイを省き、二人の顔を交互に覗きながら告げる僕にエメリアとフィオナも頷いて同意を示す。




「ふぅ、それじゃあ決まりだな。残りは一時間弱だが、皆ゆっくり休んでくれ。ノーデンナヴィクの外遊は成功だ。ありがとう」

 

 こうして些かに不穏な空気を見せたナヴィクの出発は半刻ほどで平穏を取り戻し、僕たちは揺れる列車の中で蒸気都市、マクミランへの到着を待ったのだった。

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