四章03:嬰児は、人非ざるホムンクルス

 まばゆい光の先に立っていたのは、ゾディアックと同じ背丈の少女だった。

 淡い青のショートカットに、透き通る雪の様に白い肌。少女は感情の無い凍った灰の瞳で、じっとこちらを見つめていた。


「この子はアンジェリカ。わたくしが対勇者エイセスの為に造り上げた生命体。ホムンクルスの娘です」 


 そうとだけ呟いたゾディアックは、つかつかと部屋の中央にまで歩み行くと、アンジェリカと呼んだ少女をひしと抱きしめる。法衣でも制服でも無い、少女の青いボンテージに包まれた薄い胸板が、同じくらい薄い理事長の胸に埋まった。




「ホムン……クルス? まさか本当に存在するとは……」 

 ホムンクルスとは胎内を介さずに生まれ出る、人造の生命体を指す。


 三元素トゥレースの秘蹟を知った今、何が常世とこよにあろうともさして驚く事は無いが、それでも人形と呼ぶには余りに生気に満ち、人と呼ぶには無機質に過ぎるアンジェリカの外貌に僕は息を呑む。


「――わたくしも勇者エイセス一辺倒の時代には疑義を抱いておりましたからね。ここ半世紀の間、こうして彼らを超えるに足る力を持つホムンクルスの、研究に勤しんでいた訳です。そのオリジナルがこの子、アンジェリカ……そしてアンジェリカのパパになるのが、もう分かりますね。ララト君、あなたです」




「はい……は?」

 何が「分かりますね」か分かりかねるが、ゾディアックは僕の聞き間違えでなければ相当に飛躍した一言を最後に付け加えた様に思う。うっかりした返事を、僕は疑問符で即座に打ち消した。


「いや、パパって。理事長?」

 たじろぐ僕をちらと一瞥し「コホン」と一息ついたゾディアックは「あ、ごめんなさいね。順を追って話しますから」とアンジェリカの頭を撫でながら続けた。




「先ずこの子は、自分より強い個体しか親と認めません。わたくしは母として合格、ところが父はというと……悲しいことにナヴィクには適合者が居ないというのが現状です。その点あなた、ララト君なら及第点――」


 ――なんてうそうそ。この地上で最適合者。と口元に手をあてて笑い、ゾディアックはアンジェリカの手を握ってこちらに向けた。


「ほらアンジェ、パパにご挨拶なさい」

 しかしじっとりとした目で僕を見上げるだけのアンジェリカは、一言も発してはくれない。そりゃあそうだ。幾ら人型をしているからといって、知能までが発達しているとは限らない。




「……レベル311。総魔力値はママの9.5倍。カテゴリーSSSトリプルエスオーバーと判定。パパとして存在を許可します。――パパ」

 

 ――と思った矢先、ルドミラすら尻尾を巻いて逃げ出すほどの冷淡な口調で、アンジェリカは理路整然と僕の分析を述べた後、最後にパパと付け足した。


「……あ、ああ」

 狼狽うろたえる僕の眼前のアンジェリカのレベルは50の半ば。レオハルトよりはまだ弱いが、ゾディアックを除く教授プロフェゾーレよりは幾分か勝るといった所だ。


「あらあら、ララト君たら照れちゃって。それともわたくしみたいなおばあちゃんが奥さんになるのは、ちょっと嫌だったかしら」

 

 悪戯げに微笑む見た目は・・・少女は、アンジェリカを僕に押し付けながら、自分の身体も近づけてきた。繰り返すが百歳という年齢さえ知らなければ立派な子供だ。絶え間ない彼女の攻勢についに白旗をあげ、僕は折れた。




「わ、分かりました理事長。嫌なんて事はありません。でも結婚もしてないですけどね? いや誤解しないでください。理事長は可愛いです。アンジェリカのパパになるって事も百歩譲って認めます。――ただ結婚はしてません。してませんから」

 

 もはや自分でも何を言っているのか分からないまま、近寄ってくるゾディアックを避ける様にアンジェリカを抱き上げ「ほーらほーらパパですよー。アンジェ、僕がパパですよー」と、半ばヤケクソ気味に僕は父を演じた。


「パパ……パパ」

 笑みも無く透き通った声を響かせるアンジェリカを傍目に、僕はエメリアたちにどう言い訳するかと考えを巡らせていた。なに、対魔族の戦力が補強されたとでも言えばどうにでもなるだろう……いや、なって貰わないと困る。




*          *




「それじゃあ理事長。一応は僕がこの子を預かって行きますけど、期待はしないでくださいね。子育てなんてした事ないんですから」 

 半刻程をアンジェリカとの遊戯に費やした僕は、疲れきった表情でゾディアックにそう伝えた。


「大丈夫大丈夫。公務中はシンシアに任せておけばオッケーですから」

 だが相変わらず百歳とは思えない無邪気さで微笑むゾディアックは「ん、じゃあ最後にアンジェの調整をしてしまいますから、ララト君は先に戻って頂戴」と続けると、出口までの道を示してくれた。


「はぁ、分かりました。では後ほど」

 肩を落として踵を返す僕の後を「いってらっしゃい、あなた」とゾディアックの、アンジェリアとさして変わらない幼い声が追う。




 答えるのも嫌になった僕は右手を振って合図とし、ラボの扉はプシューと閉まった。そして閉まった陰で独りごちるゾディアックの声を、僕は聞きそびれたままだった「――ねえシンシア。……これで、これで本当に良かったんですよね」と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る