四章02:議会は、翻意し我らと手を携え

「――半年前の戦で、我が国は甚大じんだいな被害を蒙りました。この度のご厚意、ナヴィクを預かる者として、民心を代表し御礼申し上げます」


 通された評議会の、五角形の議事堂の中央。ゾディアックを筆頭とした四人の教授プロフェゾーレに壇上から囲まれる形で、僕はかつての恩師たちの、さながら威圧にも似た謝辞を賜っていた。入室を許されたのは侍従のケイ一人という点を省みても、ナヴィク側がベルカへの警戒を解いた訳で無い事は容易に分かる。


「礼には及ばないさゾディアック。私の目的は勇者エイセスを排した後の、魔族に対する互助同盟の創立。その為に非道を為してきた罪人たちに然るべく罰を与えるというのは、戦後処理として当然だろう」


 飽くまでも仮面を外さず、黒い甲冑に身を包んだまま高圧的に話す僕に、先刻から教授たちプロフェゾーレの訝しむ視線が突き刺さる。




「わたくし共もヴリーヒ殿の理想には心から共感します。しかし実情はどうあれ、これまで勇者たちエイセスが対魔族の中心的な役割を果たしていた事は事実です。なればこそヴリーヒ殿、貴殿の力を是非とも見せて頂きたいのです。勇者エイセスを継ぐに足るお力をお持ちなのか。同盟の旗手足る資格はおありなのか……お恥ずかしい話ですが」


 初めて僕がレオハルトと会った時と全く同じ趣旨の、寧ろこちらにとって好都合な話題を振って来たゾディアックに、僕は仮面の下で笑みを零しながら応じる。


「もちろんだ、賢明なるゾディアック・アルバ・ポーラスター。確かナヴィクには魔蓄基……オーメルがあったな。ディジョン同様、自分でけしかけた魔族を滅する事で証しが立てられれば容易いが、生憎と私はそういう演技が苦手でな」


 半年前の顛末てんまつは、勇者エイセス側の自演劇として決着が付いていた。正確には「限りなく黒に近い灰色」とでも呼ぶべきだが、この際委細はどうでもよい。ここで重要なのは、教授たちプロフェゾーレの威信を回復し、市民の尊崇を得るに足る存在にまで、もう一度立ち位置を戻すという一点のみだからだ。


 そうして僕がパチリと指を鳴らすと、俄に堂内の明かりが消え、周囲にどよめきが走る。




「――な、何が?」

 暗闇の中で低い声が錯綜し、どうやらゾディアック以外の教授たちは状況が飲み込めていないらしい。


 魔法都市ノーデンナヴィクには、魔蓄基オーメルなる魔力を貯める装置が巡らされ、エレベーターや列車といったライフラインを維持している。


 たった今都市が一瞬だけ落ちた・・・のは、全市街に渡る全ての魔蓄基オーメルが、その許容値以上の魔力を瞬時に受け、オーバーロードを起こした事が原因だった。実際すぐに明かりを取り戻した議長席では、事を見透かしていたであろうゾディアックだけが、静かな微笑みを湛えこちらを見ていた。




「成る程……これはどうやら勇者エイセスの比では無いようですね。ご無礼をお許し下さい。ヴリーヒ殿」

 

「流石はゾディアック。噂に違わぬ慧眼けいがんだ。既に気づいているとは思うが、ナヴィク全域のオーメルに、三ヶ月分の魔力を溜めさせて貰った。それから市外には結界もサービスでな。魔に通ずる君たちの事だ。私の証明はこれで充分だと信じてはいるが」


 僕の発言に、外貌だけは少女といったゾディアックが、深い翡翠ひすい色の瞳で微笑んで答えた。


「はい。全ては知り終えました。我々ノーデンナヴィクは、総意を以てベルカとの軍事同盟に賛意を申し上げます」


 同意の代わりに無言のままこうべを垂れる他の三人の教授プロフェゾーレを置いて、ゾディアックはさらに続ける。


「ヴリーヒ殿。こちらからも贈り物がございます。――暫しのお時間を、わたくしに与えては下さりませんか」


 すっと議長席を立ち、立った所でフィオナと同程度でしか無い身の丈のゾディアックの視線が、議場の下で見上げる僕の仮面の奥を見据えていた。




*          *




「――アカデミアの地下に、こんな施設があったとは」

 ケイと別れ、ゾディアックに連れられた僕が歩くのは、理事長室、すなわち彼女の部屋の本棚の裏から続くエレベーターの、その先に広がる巨大な地下施設だった。


 石造りを基調とするナヴィクの建造物とは異なり、無機質な機械の壁に覆われたそこは、魔法都市にあっては異質な空間と言えた。


「ここはわたくし以外の人間は通さない様にしていますからね。当時の施工者も他界した今、存在自体を知る者も居ないでしょう」


 ふふふと笑いながら前を歩くゾディアックは「もう良いのですよ。そんな演技をしなくとも。ここには誰も居ませんから、ララト君」そう続けた。




「――いずれ正体は明かすつもりでしたが、バレていましたか」

 僕は正体を喝破かっぱされた事よりも、在学中もろくに会話を交わさなかったゾディアックが、自分の名を覚えている事実のほうに驚きながら仮面を外した。


「それにしても意外ですね。エメリアたちなら兎も角、余り目立たなかった僕の名を覚えていて下さるなんて」


 そう背後で頭を振った僕に、ゾディアックは「目立たない? 冗談でしょうララト君。ナヴィクが誇る眉目秀麗びもくしゅうれい才媛さいえんたちに囲まれて……あなたの名を知らない者のほうが少ないくらいですよ。まったく自覚が無いのだから……」と、立ち止まって振り向き、さも呆れたといった具合に首を傾げた。――耳元から垂れる翡翠のピアスがカシャリと揺れる。


「あなたは凡庸であったがゆえに、周囲の才能を支え活かす力を持った。それは恐らく、皇帝となったこれからだからこそより顕著にあらわれるでしょう。そして自覚を持ちなさい。自分がかなりの女殺しであるって事実に」

 

 最後にもう一度「ふふふ」と笑ったゾディアックは、また前を見るとヒールを響かせ歩き出した。少しでも理事長としての威厳を出そうという装いなのであろうが、残念ながらフィオナが薄い胸をこれでもかと張る時の様に、小柄な少女の可愛い背伸びにしか見えない。




「僕が女殺しだなんて、買い被り過ぎですよ理事長」

 冗談をと笑う僕に、やれやれとゾディアックは溜息を漏らす。


「まったくねえ……あのフローベルだって、あなたが居なくなってどれだけ悲しんだか……疎い鈍感もここまで来ると残酷の類ですよ」


「フローベルか……駅で会いましたが、元気そうで良かった。兄君の事は本当に残念で」

 

 ゾディアックにフローベルの名を出され、僕はあの勝ち気で高慢なヴァンテ・アンのお嬢様を、咄嗟とっさに脳裏に思い浮かべた。




「あの娘だってねえ……もう時効だから言うけど、ララト君の事を好いていたんですよ。エメリアを打ち負かして正々堂々と、って彼女の願いは、残念ながら果たされませんでしたけれどね」


 最後は憐れむ様に肩を落としたゾディアックは「ですからねララト君。フローベルにも出来たら無事を知らせておあげなさいな。あの娘、今回の外遊でエメリアたちが来ると聞いて、きっとあなたの姿を血眼になって探しているでしょうから」と締めた。


「まさかそんな事が……いやでも生徒会のよしみでもあるし……帝都に戻る前に声だけはかけて行ったほうがいいかな……」

 ぶつぶつと独り言の様に呟いた僕に、今度は返事も無いままゾディアックは歩を進める。




「さて……そろそろですね。この長い長い地下回廊は、全てここに至る為のへその緒の様なもの。フリーゲ・ヴリーヒ=ムーシュ・ララト。皇帝となったあなたに、わたくしのとっておきの切り札を託します」


 ラボと思しき自動扉の、その前で立ち止まったゾディアックが右手をかざすと、開く扉の奥から、俄にまばゆい光が差した。

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