四章:ノーデンナヴィク、望郷の魔都の名を

四章01:故郷は、或いは忌まわしき魔都

 エスベルカからプルガトリアの西端、ノーデンナヴィクまでは、降雪時を除いて魔導列車が走っている。魔法都市ノーデンナヴィクが有する魔法技術と、帝都とナヴィクの間に位置する工業都市、マクミランの古代技術が手を結んだ移動の手段は、エスベルカ以西への交通の利便を、飛躍的に向上させた。


 最初の外遊先にノーデンナヴィクを選んだ僕たちは、貨物室の一区画を丸ごと借受け、そこに霊柩馬車ハースを繋ぎ置いた。結界と魔眼の二重の備えで目を光らせると、あとは先頭車両のファーストクラスで、目的地までの三時間を寛いで過ごすだけだった。




*          *




 ――ノーデンナヴィク、五角形の城壁に守られた西端の魔法都市。そこは僕らの故郷であると同時に、勇者たちエイセスによって簒奪さんだつ蹂躙じゅうりんを受けた忌まわしい魔都でもある。


 あれから街がどう変わったのか。ルドミラの曰くでは、都市を守れなかった事で信頼を失った教授プロフェゾーレたちが、今回の政変に乗じ捲土重来けんどちょうらい躍起やっきなのだとか。勇者エイセスを悪とする事でお互いに利益が生じる以上、ことナヴィクにおいては、相互同盟の締結は容易なものの様に思えた。大陸の文化と芸術をも司る学術都市は、傍から見る限りは以前と変わらない整然たる趣だ。




「お待ちしておりました。レイヴリーヒ皇帝陛下」

 そう駅前で降りた僕たちを迎えたのは、フローベル・ルイ=ヴァンテ・アン。彼女は半年前の防衛戦で命を落とした魔法剣士ゾーレフェヒターの一人、ジャン・ルイ=ヴァンテ・アンの妹だった。


 十八歳で魔法剣士ゾーレフェヒターの末席に立ったフローベルは、当時こそ最年少の才媛と持て囃されたが、その座は今やエメリアに奪われた後。青の法衣に身を包む、兄と同じブロンドの彼女は恭しくこうべを垂れたが、視線はと言うと僕の隣に立つエメリアを向いていて、瞳には帰って来たライバルへの対抗心が燃えたぎっていた。


「ありがとうヴァンテ・アン卿。兄上の件は残念だった。そして貴公の勇猛さは、エメリアより聞いている」 

 そしてエメリアの名を出したからだろうか、手を差し伸べる僕に一瞬だけフローベルは眉をひそめた。



 

 肩まで伸びたツインドリル。紺碧の双眼の、スレンダーで気の強そうなお嬢様然とした外貌。そして一対の健脚を包む黒いタイツ。


 実のところ僕はこの女性をよく知っている。――と言うのもクラスメイトとして三年を付き合った、まさに正真正銘の同級生の一人だからだ。


 数多あまたの名士を輩出はいしゅつするナヴィクの名門、ヴァンテ・アン家。その家督を継ぐ兄妹のうちの一人がフローベル。結界術を得意とする魔法剣士ゾーレフェヒターだった。

 

 しかし何かにつけてはちょっかいを出され、小馬鹿にするようにからかって来たフローベルを、僕は正直そこまで快く思っていない。エメリアが選挙を経て会長に取って代わるまで、副会長として彼女にこき使われた苦い記憶が脳裏を過る。


 


「差し当たっては貴公らの推測通りだ。半年前のナヴィク襲撃事件。今日はその黒幕を連れてきた。――会談に土産も無しでは話も進むまい」


 しかし今の僕はベルカの皇帝だ。本題のため指を鳴らし合図を送ると、ユーティラ、ケイ、シンシアに連れられた勇者たちエイセスが、後ろ手に縛られたままおずおずと前に歩み出る。当時とは余りにかけ離れた彼らの外貌に、たじろいだフローベルだったが、次の瞬間には元の表情に戻っていた。


「左様でございましたか。お気遣い痛み入ります。――これで兄も報われるでしょう」

 思えばフローベルも、家名に対する誇りだけは人一倍に強かった。家督の後継者として期待されていた兄の死は、まだ剣士になりたての彼女の心に、深い哀しみを背負わせたに違いない。


「陛下。教授プロフェゾーレと、それからナヴィクの民の元へ。真の英雄の凱旋を、皆が心待ちにしております」


 そのフローベルもフローベルで、飽くまでも完璧なお嬢様を演じながら、市街の門へ手を伸ばす。気のせいか彼女が以前より大人びて見えるのは、ジャン去りしヴァンテ・アンを継ぐ領袖りょうしゅうの、その覚悟とでも言うべきなのか。


「分かった。貴公の様に美しく勇敢な戦士に導かれるのは光栄の至りだ。エメリアにユーティラ、勇者エイセスの監視を怠るな」

 世辞を返しながらグレースメリアの団長と副団長にことづけた僕は、ケイに荷物を持たせるとフローベルの後に続く。

 



 *          *




 やがて門をくぐった僕たちを待ち受けていたものは、熱狂的なまでの民衆の歓声だった。どうやら既に根回しは済んでいるらしく、かつての英雄だった勇者エイセスへの声援は微塵も無い。遠目には娘の無事を喜ぶエメリアの両親や、少し背の伸びた孤児院の子どもたちの姿が見える。


 先導するフローベルに従い、坂を登ってアカデミアに歩を進めると、その校門では四人の教授プロフェゾーレたちが、頭を下げ僕らを出迎えた。


 身動きがしやすいよう設えられた魔法剣士ゾーレフェヒターの法衣と違い、より魔力を蓄える為に帯魔性の布を幾重にも織り込んだ青のローブ。両脇に立つ壮年から老齢の男女たちの中央、見た目にはフィオナとさして変わらない小柄な少女が、正面に歩み出て告げる。


「お待ちしておりました。レイヴリーヒ殿。わたくしがノーデンナヴィク最高評議会議長、ゾディアック・アルバ・ポーラスターです」




 ――ゾディアック・アルバ・ポーラスター。

 額に魔石を埋め、それを隠す事も無くおでこを出した亜麻色の髪。

 それが齢の百と囁かれながら少女の姿を保ち続ける、プロフェゾーレ最高戦力にして、ナヴィク代表者の名だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る