二章07:後輩は、誓いを告げ微睡み
ガサと音がして、積み上げられていた薪の山が少し崩れた。
僕の腕の中でびくりと震えたケイは、音の正体を知ると何事も無かったかの様に笑った。
まるで、孤児院に来たばかりの頃だと僕は思う。
あの時も、ケイはいつも何かに怯える様にびくびくとしていた。
それから彼女自身の努力が、今の勝ち気な性格を形作ったが、
その原因は言うまでも無く、サルバシオン、忌まわしい地の
「――ねえセンパイ」
「なんだ」
安心したのか、ケイはそのまま上目遣いに僕を見上げた。燃える暖炉の火が揺らめいて、彼女の頬に紅を灯す。
「あの日、サルバシオンにボクが穢された……時」
「……ああ」
そう言うケイの身体から、太陽の匂いが微かにした。昔はそうだった。いつも外を飛び跳ねて回る彼女の身体からは、陽だまりの暖かい匂いがしていた。
「ボクの事、好きって言ってくれて……ありがとう。そして――、真っ先にアイツを殺ってくれて……ありがとう」
「いいんだ……あれは僕の意志でやったんだから。気にするな」
「……うん」
「頑張ったよ、お前は」
僕がケイの頭を撫でると、今度は暖炉の所為では無く、彼女自身の体温で頬が染まる。
「えへへ…一回言っておきたかったんだ、センパイと二人きりの時に」
ケイは続けた「待っててねセンパイ。今度はあんな連中に負けない様に、ボクはきっと強くなるから」と。
「馬鹿言え、アイツはもう居ない。今のままでも充分強いさ、ケイは」
「……それじゃ駄目なんだ。怖かった事を乗り越える為には、自分自身が強くなるしかないんだから」
たしなめた僕を否定し、ケイは俯くと、暖炉のほうに目を向けた。
「センパイが昔、ボクを守ってくれた様に。それからボクが、強くなれた様に」
「そうだな……悪かった。じゃあ帝都に戻ったら一緒に特訓だな。今度は今までと違って、僕がケイよりも強いけどな」
笑いながらハグした僕に「もう、ふざけないでよセンパイ」とケイはもう一度こちらを見て膨れた。
思えばケイは、弱かった自分を振り切る様に強くなってきた。
「ボク」という一人称も、ユニセックスな短髪や衣装も、全て異性に負けたくないという意志の現れなのだろう。
ケイをいじめから守った結果、不良の連れてきた用心棒に僕がこてんぱんに伸された時、一週間後に潰されていたのは連中のグループだった。
定時制の魔法科で番長となり、それから進学したアカデミアでは無敗を誇り――、ケイの武勇伝は、エメリアに次ぐ伝説として当時は語り継がれていた。
格別な魔法の才に恵まれた訳でも無いケイの戦いは、だから常にギリギリの戦術で、敵に囲まれたらどうするか、囲まれる前にどうすべきかが考えつくされている。
短弓の先端に魔力を集中させる戦法も、小回りの効くダガーを用いる戦法も、全ては彼女自身の特性を鑑みた選択だった。
「――ねえねえセンパイ」
さっきで言いたいことを言い終えたのか、ケイは僕の膝の上でゆさゆさと身体を揺らし問う「帝都に戻ったらさ、皆はどうするの?」と。
「そうだなぁ、エメリアは騎士団長、シンシアは孤児院の院長だろ……フィオには研究を好きなだけやらせてあげたいなあ」
朧げに考えていた事を僕が呟くと「ボクの席が無いじゃん!」とケイが怒った。
「ケイは僕のボディーガードでいいだろ」
ケイはエメリアとは別の団の団長でも良いと思ったが、どうしても上下関係が出来てしまう。元々隠密向きのバトルスタイルだった訳だから、さして難しい事もないだろう。
「えっ……センパイとずっと一緒? やったね!」
瞬間僕に抱きついてくるケイの口を「おい、皆が起きちゃうだろ」と手で塞ぐ。むぐぐと唸ったケイは、今度は手を離した瞬間に「ぷはぁ」と息を吐き「それじゃあボク、もっともっと頑張らないとだね」と親指を立てた。
「どのみち全部、帝都に戻ってからさ。――ふああ。眠くなってきたよ。そろそろ寝よう。明日も早い」
ケイが抱きついたままの姿勢で立ち上がろうとする僕の胴に、彼女は足を絡みつかせ落ちるのを拒む。
「じゃあ寝よう。センパイ、ボクの部屋で」
「おいおい」
困る僕にケイは「ねえ怖くて寝れないんだ。センパイ」と耳元で囁き「そう言ったら来てくれる?」と悪戯げに笑った。
「――馬鹿。分かったよ」
僕はもう一度わしゃわしゃとケイの頭を弄ると、彼女はネコの様にふにゃんと胸に頬を押し付けていた。
また何か一悶着あるか、と不安と期待も半ば入り混じった感覚で床についたが、何のことは無い。久しぶりの湯船の温もりに微睡んだケイの寝息が、数刻もせずに隣からは聞こえてきた。
フィオナの曰くでは、
もしそうだとすれば、僕の魔力をケイやエメリアに与える事で、
自分の中のサルバシオンを殺す為、今ケイが強くなる事を望むのなら、僕は可能な限りその手助けをしてあげたかった。何よりそれは、これから彼女の進む、未来への安全の保障にも繋がるのだから。
……ケイ、可愛い僕の後輩。
頬を染めたまま眠る少女は、縮こまった仔リスの様に愛くるしい。
この笑顔にもう二度と涙は零させまい。
そんな事を考えているうちに、いつしか僕も眠りの底に落ちていた。
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