ねぇねぇ、今どんな気持ち?

 桜の花弁が現実ではありえない燐光を伴ってはらはらと舞い踊る。

 百数十メートルの樹高を誇る巨大な幹から伸ばされた枝は天を覆い尽くさんばかりに広がり、枯れる事のない桜の花を咲かせ続けていた。

 通称『幻想桜』。商業都市リュミエールの玄関先にぽつんとそびえる観光名所である。

 勿論、枯れない桜なんて物が現実に存在し得るはずがない。

 これらは『World's End Online』に存在する電子データに過ぎなかった。

 けれども、桜を囲うようにして集まった数百の人影は決して偽物ではない。

 プレイヤーと呼ばれるゲーム参加者。色々な場所から特殊な機械を使ってこの世界を堪能している現実の人間達だ。

 彼らはみな、幹の根元で穏やかな笑みを浮かべている一人の少女を食い入るように見つめていた。


 男ばかりが集まっているのも手伝って小柄な少女の姿は一際異彩を放っている。

 年の頃は10の半ば。無邪気な笑顔からは幼さが抜け切れていないにもかかわらず、目を見張る程の美貌を兼ね揃えていた。

 銀に少しの金を足した絹のような腰までの長い髪が吹き抜けて行く風にのってさらさらと泳ぐ。

 ぱっちりと開いた蒼玉の瞳は優しげで、見る者を自然と綻ばせる魔力が宿っているかのよう。

 白地の布に金色の刺繍を施された豪奢なドレスによって着飾られた肢体は極限まで露出を抑えられているのに、首筋から僅かにうかがえる白磁に似た艶の肌からは幼いながらも色香を感じずにはいられない。

 服を押し上げる2つの膨らみは大きすぎず、されど小さすぎず。少女らしさを維持しながらも女性的な柔らかさを兼ね揃えた理想的なサイズに留まっていた。

 ゲームの中で操作するキャラクターの姿はアバターと呼ばれ、プレイヤーが自由にカスタマイズできる。

 少女のアバターは数多くのプレイヤーを差し置いてあまりに完成度が高く、これだけの人が集まる場においても飛びぬけていた。

 虫一匹殺せなさそう優しさと、押せば頷いてくれそうな気弱さを兼ね揃えた少女。

 にも拘らず、詰め寄せた観衆から寄せられる視線には遠慮も容赦もない。


 ある者は血走った眼差しで食い入るように。

 ある者は不愉快そうな眼差しで悔しそうに。

 ある者は呆然といった様子で打ちひしがれ。

 ある者は隠しきれない愉悦を漏らしながら。


 喜怒哀楽。顔に浮かんだ感情は人によって大きく異なっている。

 これだけ様々な感情を、これだけ多くの人間に抱かせるだけの経緯が、視線の先に佇む少女にはあった。

 否、少女が作り出したと言うべきだろう。

 

「いったいあれは何なんだよ! どういうことか説明しろ!」

「今まで騙してたってのか!? 何とか言えよっ!」

 怒りに顔を歪めながら罵声を浴びせる集団が居た。


「セシリアさん、何かの冗談だったんですよね!?」

「俺には事情があるってちゃんと分かってる! セシリアの力になるから話してくれ!」

 困惑しながらも対話を求めて声を張り上げる集団が居た。


「うはwww哀れな男共多すぎだろwww」

「はーい、こちら例の現場から実況中でーす! あそこにいるのが被害者(笑)ですかね。見てください、感情系の物理演算が振り切れるくらい顔真っ赤です!」

 そんな彼らを愉快そうに眺めまわした後、大樹の麓で佇む少女に期待の眼差しを向ける集団が居た。


 屈強な大男でもこれだけの人数に取り囲まれれば尻込みせずにはいられないような状況にもかかわらず、セシリアと呼ばれた少女に浮かべた笑顔を絶やしたり怯える様子は微塵もない。

 例えプレイヤーが現実の人間であってもここはゲームの中。現実にあるセシリアの肉体を傷つける術などないのだ。

 互いに届けられるのが言葉だけ。であるならばここはもっとも安全な世界と言っても過言ではなかろう。

 一部の男達が盛んに喚きたてる罵詈雑言の類が唯一許された精神への攻撃と言えなくもないが、今のセシリアには子守唄のような心地よさしか伴っていなかった。

 一つセシリアの名誉の為に付け加えておくならば、別にこうした行いで悦楽を感じる性的趣向を持っている訳でもない。

 例えるなら、大の大人が3歳に満たない子供に悪口を言われたとして本気で激昂するだろうか?

 相手はまだ精神的に幼いのだ。短慮からそうした言葉を口にしてしまう時もある。いちいち反応するのは余裕がない……以前に大人げない。

 小さな子どもと大人では立場がまるで違うのだ。同じ土俵に立っていない相手から何を言われたところで『しょうがないにゃあ』くらいの感想しか抱かない。

 飽きることなく罵詈雑言を吐きつける男達とセシリアの間にはそれだけの立場の差が、言うなれば精神的な優位性が生まれていた。

 故に、何を言われたところで遥か高みに位置するセシリアの笑みが崩れることはない。


 これが、これこそがセシリアが望んだ破滅の光景だった。

 かつての雪辱を晴らす為に、数多くの日々を苦難に満ちた鍛錬に費やし、知略の限りを尽くしてようやく得られた結末。

 ぐるりと辺りを見渡してから、覚悟を決めて二度と戻れない最後の一歩を進める。

「話をしたいと思います」

 聞いているだけで心が安らぐような穏やかでいて温かみのある声が響く。

 それがセシリアの発した物だと気付いて、ある者は息を呑み、ある者はますます気勢を上げた。


「まずはブログに書いた内容。私がネカマだというのは紛れもない事実です」

 ネカマとは、現実の性別が男性なのにインターネット上の世界では女性だと偽る行為の事だ。

 完全感覚同期(フルダイブ)システムが開発される前の前時代的なMMORPGではそういったプレイヤーもごくありふれていたが、仮想世界の性別が現実世界の性別に与える影響のデータがないという理由からこのゲームでは異性アバターの作成が禁止されている。

 とはいえ抜け道も用意されており、現実世界の男性がこの世界で女性のアバターを使い女性として振る舞う事も不可能ではない。

 セシリアはこの抜け道を使ってゲーム内では女性として振る舞い、数多くのプレイヤー達と交流を深めてきた。

 これだけリアルなゲームなのだ。交流の果てに可愛らしいセシリアへの恋愛感情を育む輩は少なくない。

 だが、彼らはみなセシリアが現実世界でも女性だと思ったからこそ恋愛感情を抱いたのだ。それが嘘だったと、本当は男だったという告白を『騙された』と感じても無理なかった。

 気勢を上げているユーザーの大部分はそうした裏切りを許せなかった者達である。


「みなさん、言いたいことも聞きたいことも沢山あると思います。時間は沢山ありますから出来るだけ話したいとも思ってます。どうか私の話を聞いてくれませんか?」

 ぺこりと頭を下げる姿にセシリアを囲うプレイヤー達からもどよめきが広がる。

 当然ながら騙された事への恨み辛みを抱くプレイヤーが簡単に押し黙る筈もなかった。

 音声はおろか、手入力の文字チャットまでが怒涛の勢いで流れに流れ、もはや誰が何を言っているのかを理解するのは不可能だろう。

 混沌とも言うべき状況に、進展を期待するプレイヤー達が『静かに!』や『ちょっと黙れ!』と場を納めようとするが中々思うように聞き入れられない。

 セシリアもこれでは何も伝えられないと思ったのかそれ以上の言葉を続けようとはせず、人形のように穏やかな笑みを浮かべながら静観を続けた。

 永遠に続くかと思われた喧騒も、このままでは何も進展しないと理解したプレイヤーによって徐々に治められ、ようやく静かになった頃合いを見計らったセシリアが形の良い眉を寄せながらさも残念そうに告げる。


「はい、みなさんが静かになるまで13分と54秒掛かりました。先生は残念です。もしこれが非常時ならきっと半分くらい死んじゃいます」


 途端に様子を見守っていたプレイヤー達が喧騒を取り戻す。嘲笑を意味する『草』と罵倒が飛び交い、チャットは以前よりもさらなる加速を果たす。

 てっきり騙していた事への謝罪から入ると思っていたプレイヤーにとって、セシリアの言葉は煽りにも等しい。否、実際問題として、セシリアには謝罪するつもりなんてほんの一欠けらもなかったのだ。

 中でも特に口汚い言葉を吐き連ねていた一団が遂に我慢の限界を迎えセシリアへと詰め寄る。


「&$*@<~¥%!!!!!」

 重なり合った罵声は既に言語の意味をなさない、怒りの感情で塗り潰されたかのような雄叫びとなって鼓膜を揺さぶる。

 ゲームと言えど彼らのアバターが纏う雰囲気は尋常ではない。だが、セシリアはさして気にする様子もなく、それどころかさっきよりも朗らかな笑顔を浮かべていた。

「あはっ、もう何言ってるか分かんないですよぅ。私にも分かる言語でお願いします」

 その中の一人を見繕うと相手の唇に人差し指をちょこんと押し当てながら小首を傾げる。その姿は絵画に残しても様になる程で、セシリアの可愛らしさをこれ以上ないくらい前面に押し出していた。

 アバターを操っているのはゲームをプレイしている人間に他ならない。プロネカマを自称し、日々研鑽を重ねたセシリアは何をどうすれば可愛らしさを最大限に演出できるのかさえ完全に熟知していた。

 剥き出しの感情をぶつけていた青年は指先が触れた瞬間から面白いくらいしどろもどろになるも、乱雑に腕を振り払ってから荒い息を吐く事で若干の落ち着きを取り戻し、なお消え去る事のない怒りを吐きつける。

「ふざけんな、犯すぞ!」

 無論、全年齢向けのゲームでこのような暴挙が許されるはずもない。システム的に不可能な脅しにもならない滑稽な言葉に観衆からは次々と失笑が湧き出し、青年の心を苛立たせる。

 どうすれば目の前のセシリアが浮かべている笑顔を恐怖に歪められるか。泣き喚きながら謝罪の言葉を吐かせられるか。青年の中にぐるぐると渦巻く憎悪はセシリアの懺悔と絶望を求めやまない。

 それが叶うのであれば嘘でも何でもよかった。


「お前の住所なんて知り合いのハッカーに頼めばすぐに分かるんだからな! IPアドレスも分かってんだよ!」

 ここはゲームだ。電子世界ではお互いに言葉の応酬くらいしかしようがない。

 でも現実世界は違う。毎日くだらない理由で喧嘩や暴行、果ては殺人まで起きている。

 これだけの人数に罵倒されても平静を保てているのは絶対的な安全圏であるゲームの中だからこそ。もし住所が暴露され被害が現実に及ぶと知れば余裕の笑みなど軽く吹き飛ぶだろう。

 事実、青年の決定的な言葉にセシリアは表情を失っていた

「そんな……住所が分かるなんて……」

 震える声が形勢の逆転を知らしめる。青年は心からの愉悦を隠し切れない。

「今さら後悔しても遅せぇんだよ! オラ、泣いて謝れよ。そしたら許してやらない事もないぜ?」

 青年にとってはこれ以上ないくらいの勝利宣言を突きつける。頭の中では既にセシリアが這いつくばりながら許しを請う姿が鮮明に映し出されていた。

 そんな青年の妄想を、せめて最後までは黙って聞いていようと思いながらも我慢の限界に達した嘲笑が空気の漏れるような音となって漏れ出す。


「ぷくく……。ま、まさかの友達がスーパーハカー来ました! ちょ、ほんとに待って、笑い死ぬって言うか流石にありえないでしょ! 何十年前のテンプレだと思ってるんですかそれ!」

 一度亀裂の入った堤防が決壊するのは一瞬だった。言い終わるまで待てたのは奇跡と言わざるを得ない。

 セシリアは心の中に留めていた突っ込みの数々を爆笑の渦と共にぶちまける。

「リアルで一体いくつなんです!? 仮に若いなら情弱丸出しですし、もしいい歳こいてスーパーハカーとか言っちゃうのはやばいですってホントに。今の情報化社会で生きていけてます? 実は数十年来の引きこもりなんじゃ!? ちょ、だとしたら本気でやばいですよ。私なんて口説いてる場合じゃないですって、早く社会復帰してください!」

 お腹を抱えながらころころと笑うセシリアは、それでも可愛らしい仕草を捨てることもなく、その範疇で許される限りのリアクションを繰り広げた。

 予想外の反応に困惑する青年は憔悴を隠し切れない表情でダメ押しとばかりに叫ぶ。

「な、お前、本気で住所晒されたいのか!? 俺が頼んだらすぐなんだぞ!」

 現実の情報をばらされて怖くない筈がない。慌てない筈がない。確かにその通りだ。現実の住所を暴露されて顔を青くしない人なんて早々居ないだろう。不特定多数の人間から憎しみの感情を向けられているのなら尚更。

「どうぞどうぞ、お好きになさってください」

 ただし、それが『本物』であればという条件が付くが。


「お、俺は本気で……!」

「ふふ、最初の1発目から飛ばすぎです。もういいですから周りを見るといいですよ」

 なおも同じ話題で食らいつこうとする青年に、ようやく笑いの渦が収まってくれたセシリアは腕を広げながらくるりと回転する。

 怪訝な表情で青年が視線を向けると、そこにはセシリアと同じように爆笑を堪えきれず、中には腹を抑えながら地面を転がっている人達の姿が並んでいた。

 中には自分と一緒にセシリアを糾弾していた人達まで含まれていて、言葉が出ず顔を白黒とさせる。

「おいあんた、流石に今どきスーパーハカーはないっての!」

「しかも友達とか笑えるわwww大法螺吹くならせめて自分で出来るくらい言えよwwwどれだけ自信ないんだwww」

「最盛期の頃からニート化して数十年経ち今に至るパターンですね、分かります!」


 青年の言い分を信じる人なんてどこにもいない。……いるはずもない。個人情報の管理が騒がれる時代になって何年経つと思っているのか。

 個人情報の照会には国家権力であっても幾重に施された認証手続きを潜り抜けなければならない。

 仮に万分の一の確率で知り合いにスーパーハッカーがいたとして、住所情報を漏えいの心配なく自在に得られるのだとしたら、青年はもっと前段階で現実世界のセシリアに手を伸ばしていただろう。

 もし億分の一で今のこの瞬間に復讐を誓うのであれば、こんな脅し文句なんて言わずにさっさと行動に移ればいい。わざわざ自分から痕跡を残す必要なんてないのだ。

 以上、青年の脅しが完膚なきまでに妄言である事の証明を終了する。

 なにより彼の発言は一字一句余すことなく、ネット明瞭期の頃に流行ってコピペ化もされた典型的妄言なのだ。ネットゲームに手を出すような人種はこの手のネットスラングにも精通しており言われるまでもなく気付いている。


「えっと、初っ端からこんなに濃いのが出るとは思いもしませんでしたが、断じて『仕込み』ではありません。いえ、私もちょっとこれは出来過ぎだなぁって思ってるんですけど」

 未だ笑いの渦が収まらない聴衆に向ってセシリアが申し訳なさそうに告げる。

 信じてやまなかった未来が跡形もなく瓦解したせいか青年の反応は薄い。指先は一定の感覚でわななき、見開いた眼は一体何処を見ているのか、荒れ狂っていた憤怒も今は鳴りを潜めている。

 言うなれば完全に燃え尽きていた。これだけの人々に腹の底から笑われる経験などそうそうあるまいて。きっと彼は自らの愚行を未来永劫、事あるごとに思い出して悶絶する日々を過ごすのだろう。

 自業自得とはいえ憐みを禁じ得ないのだけれども……。

「それではみなさん、そんな彼とどんな馴初めがあったのか知りたいですよね? 今日はまだまだたっくさんの時間がありますから、全部話しちゃおうと思います!」

 手元のパネルを操作し、予め名前順にソートしていたフォルダの中から動画ファイルを一つを選ぶと選択。ゲーム内で撮影した映像をホログラムの要領で虚空に投影する。

「彼との出会いは録画して保存してありますので、まずはVTRをご覧ください!」

 セシリアは止まらない。この世界での全ては、今この瞬間の為だけにあったのだから。




『こんにちは、レベル82の汎用支援ですが構いませんか?』

 動画はセシリアが声を掛けるところから始まる。背後に見える特徴的な城塞から、野良パーティーを募集している人達が集まる広場である事が窺い知れた。

 視線の先にはスーパーハカーを友人に持つ青年が目を閉じながら樹に寄りかかっている。

『かまわないさ……』

 セシリアの声に気付いたのか、額に手をかざし眩しそうに目を細めながらも溜めに溜めた声で返す。ぶっちゃけ日陰なので眩しいはずがない。つまりこれは気怠げな主人公が醸し出す退廃的云々の演出である。

『良かった。足を引っ張らないように頑張りますね』

 しかし、当のセシリアは特に気を払う様子もなく安堵の笑みを浮かべて見せた。

 瞬間。薄目を開けていた青年の瞳が驚愕に染まる。先程までの退廃的な演出はどこへやら、口を半開きに呆ける姿はなるほど、こうして映像で見るとまるっきり馬鹿っぽい。聴衆からもくすくすと忍び笑いが漏れていた。

『それで、ドコに行きましょうか。2人だとあまり危険な場所には行けませんし、もう少し人数を増やしますか?』

 セシリアもそんな青年の様子に気安さを感じたのか、失礼とは感じさせない可愛らしい苦笑の後に言葉を続け。

『ふつ……おれがきみを守さ……。だからこわがらなくていいんだよ……』

 予想外の返答にぴしりと凍りついた。


『えっと……あ、ありがとうございます』

 5秒ほどの間を置いてから、困惑を押し込め平静を装いつつおずおずと答える。

 普通の人なら笑い出すか全力で回れ右をするであろう状況下で、相手を傷つけまいと配慮するセシリアの行いは褒められてしかるべきだ。

『あの、他にも誰か募集しますか?』

 気を取り直し、普通の会話に軌道修正すべく話題を切り替えようと話しかけるのだが……。

『おれは君さえいればいらない……』

『えぇ……。それならええと、†たかし†さんはどんなステータスタイプですか?』

『ふつ……。†たかし†は仮の名前だ。生憎、俺の真名は生前の咎により失われている』

『は、はぁ……前世で一体何が』

『それを探すのが俺の目的だ。おっと、こいつは他人に漏らすなよ。俺の過去を知れば君もまた狙われる……。俺はそれを……望まない』

『ひゃい……』

 方向性の調整など考えられないまでに会話が通じていなかった。もはや未知との遭遇である。目の前の青年は人の皮を被った地球外生命体と言われても不思議はない。

 10人中10人が裸足で逃げ出すであろうファーストコンタクト。にもかかわらずセシリアは去ろうとしない。

 動画の中でセシリアがにこりと微笑む。だって、こんなにおいしいネタは早々に転がっていないんだもの。ターゲット、ロックオンみたいな。

『わ、分かりました。なら2人で行けそうな場所のポータルゲートを開きますね』

『無理はするなよ……?』


 狩その物は難易度を落としたのと、セシリアの支援が的確だったのもあって問題なく進んでいた。

 問題があるとすれば、道中の青年の言動である。

『この俺の動きについて来れるとは……』

 †たかし†は端的に言うと勇者だった。伝説のとかのそれではない。MMORPGにおいて勇者とは、パーティーメンバーを気遣うことなくただひたすら敵へ猪突猛進に突撃する迷惑なプレイヤーを指し示す。

 いわば典型的なまでの自己中心型プレイヤーであった。

 俺が守ると言っておきながら支援職のセシリアの近くに敵が湧いても目の前の敵に釘付けで見えていない。

 セシリアがそれを告げても『ふつ……雑魚の分際で面倒な』などと呟きはするものの、対処する気はない。

 無茶な行動で酷使されたセシリアが心許ないMPを回復すべく休憩を申し出ると腕を取り肩を抱こうとする始末。

 押しの弱いセシリアが躊躇いがちに遠慮しても青年は聞き入れず、挙句の果てに。

『こうして肌に触れて分かった。君は、俺の姫だったんだね』

 と意味の分からない妄言を呟いた後に背後からお腹へ手を回し抱きつこうとする。幸いと言うべきか、警戒していたセシリアの対応が勝り辛くも難を逃れる。

『あの、そういうのはちょっと……』

 迷惑だと遠回しに告げても。

『そうか、君も記憶が戻っていないんだね……。なら、俺と共に居ればいい。あの世界で君を助けたように、きっとこの世界でも君を取り戻して見せる。そして一緒になろう』

 己の設定をセシリアに押し付けるばかりで、拒絶の意を酌もうとはしなかった。


 動画はそこでいったん途切れ別の場面に切り替わる。

 右下に表示された日付からして、先の映像よりもずっと後に撮られた物のようだ。

 セシリアと青年†たかし†が2人、穏やかな月の光に照らされた朱色の小さな橋の上に並んで立っていた。

 足元をさらさらと流れて行く清流の音だけで会話はない。突っ込みどころ満載だった先の動画に比べるとあまりに見どころのない映像に観衆が首を傾げ始めた時、ようやく†たかし†が動きを見せる。


『月が綺麗だな』

 唐突な台詞にセシリアが視線を向ける。確かに月の綺麗な夜だった。ところが†たかし†の表情はガチガチに緊張していて、ろくに月なんて見ていやしない。

『……? そうですね、人気だって言われるだけのことはあります』

 セシリアは†たかし†の様子に若干の疑問を覚えたようだが、特に気にする事もなく満面の笑みで頷いた。

 だというのに†たかし†の表情は納得がいかないとでも言うような不満がありありと見て取れる。

『だから、月が綺麗なんだよ』

『えっと、はい……』

 苛立ちの滲む声色を隠そうともせず同じ言葉を繰り返す†たかし†にセシリアは困惑顔だ。

 当然だろう。言葉は通じていても意味が通じていないのだ。


 †たかし†の言葉は夏目漱石になぞらえた『あなたを愛しています』という意味が含まれている。

 当時は男性が『愛している』なんて言わない時代だったので、教師だった彼は『I Love You』の一文を『月が綺麗ですね』に置き換えたのだ。流石は文豪と言うべきか、実に情緒溢れた言い回しである。

 とはいえ、言葉は時代の流れによって形を変える。当時は革新的だった言い回しも、日本人が『愛している』と言える時代になってからは使われる筈もなく、ネットを漁れば出てくる程度の情報に成り下がった。

 有名な人物の逸話なので知っている人も多いとはいえ、万人に通じると思うのは早計なのだが、†たかし†には考えが及ばなかったらしい。

 これも仕方ないことなのだ。†たかし†は僕の考えた最高にクールな告白の方法を考えるあまり変な方向に暴走してしまったのである。要するに経験が足りていないのだ。ぶっちゃけゼロだったのだ。

 練りに練り上げた作戦が最初から頓挫したことで†たかし†に焦りの色が浮かぶ。


『これからも傍にいてほしい』

 うっとりと月を眺めるセシリアの隣で百面相を始めた†たかし†はどうにかそれだけを口にした。

 愛の告白を『月が綺麗だな』で済まそうとしたシャイボーイである。好きだとか愛しているだとかの直接的な表現なんて口にできるはずもない。彼はまさしく夏目漱石の時代の男児だったのだ。

 それに対するセシリアの返答は実に明快だった。

『勿論です。†たかし†さんと一緒にいると楽しいですから』

 ともすれば告白への了承と聞こえなくもない言葉に†たかし†は露骨にほっとした後、セシリアを抱すくめようと腕を伸ばす。

 しかしセシリアはまるでそれを予期していたかのようにくるりと身を翻し、腕の届かない絶妙な距離を開けていた。

『それに、†たかし†さんは寂しがり屋さんですからね』

 何も掴めなかった腕を引き戻す頃合いを見計らってセシリアが距離を戻し優しげに†たかし†の頭を撫でたのだった。

 こうして†たかし†は告白を受け入れられたものと思い、ますますセシリアに耽溺することとなる。


 だが、常識的に考えて欲しい。

 このやりとりを愛の告白と思える要素が夏目漱石の言い回し以外にあっただろうか。

 セシリアからすれば、ちょっとズレた面白い言動で楽しませてくれる知り合いと狩に出て、綺麗な月の見えるスポットを通りがかっただけの話だ。

 『月が綺麗だな』の真意に気付けなかったのであれば『これからも傍に居て欲しい』と言われた所で、『俺、友達居ないからこれからもPTを組んで欲しい』としか思えない。

 実を言えば彼の本意に気付かなかったわけではない。入念に作られたセシリアの設定では勘違いするだろうと判断を下したまで。

 以後、セシリアは†たかし†の発言をそう扱うことにしたのだった。



 ある者は唖然と、ある者は爆笑しながら流れ続ける動画を眺めること10分。

 折角の音声が掻き消えないよう、即座に文字チャットへ切り替える辺り意外と連携の取れた観衆である。

 見るからに恥ずかしい言動の数々だが、悲劇はこれに留まらない。

 思い出して欲しい。†たかし†がこの場で最初にセシリアへと詰め寄った時、彼の言葉遣いがどうであったか。動画に映っていたほど大仰な物ではなかった。

 怒りに我を忘れていたから地が出た? 断じて違う。彼の痛い性格は長きにわたるセシリアとの交流で少しずつ改善されたのだ。ぶっちゃけ矯正と言っても過言ではない。

 †たかし†の心を傷つけないよう細心の注意を払いながら、そうと気付かない程の優しさと丁寧さで諭すのはいかにセシリアでも骨が折れた。

 昔のままの†たかし†がこの動画を見たところで恥など感じまい。孤独の殻に閉じこもった彼には観衆の嘲笑すら堪えなかったはずだ。

 それでは面白くない。セシリアの目的はただ一つ、自分に愛を囁いた者達を一人残らず絶望の底に叩き落とす事なのだから。

 たったそれだけの為に、セシリアは†たかし†を真人間と言えるレベルまで鍛え直したのである。

 今の†たかし†にとって、セシリアと出会ったころのあれこれは完全なる黒歴史へと進化していた。過去の事は忘れて欲しいと土下座された事もあるくらいだ。

 全てをこうまでも完全に暴露されては顔を青くするしかない。まさに最悪の最悪の最悪。これ以上があるとも思えない地獄のどん底に叩き付けられたわけなのだが……。


「あぁ確かにそんなこともしたよ! 今は自分でもきめぇって思ってるよ! 最初から全部録画なんて悪趣味な真似しやがって、これで満足したのかよ、あぁ!? だけどな、お前の頭もどっかおかしいんじゃねぇか!?」

 失う物はもう何もないと開き直ったのか再び顔を赤くして詰め寄る。

 彼の行為が傍から見て奇異だったのは自他ともに認めざるを得ないが、面白いからと言って一部始終を録画し、嘲け笑う為に利用するセシリアの性根も腐りきっているのだと。

「ええ、おかしいですよ。でなきゃこんなことする筈ないじゃないですか」

 セシリアはそんな彼の主張をいとも簡単に認めた。元より一連の目的は復讐にある。他のゲームで女キャラを使っていたセシリアをネカマ野郎と罵ったのは彼ではない。もはや誰とも知れない相手に復讐する術もない。だから同じような相手を探し出して貶める。

 これがどこまでも自己満足に過ぎない行為だということくらい、セシリアは最初から気付いていた。それでも止めようとは思わなかったのだ。

 この日の為だけにさんざ苦労してきたセシリアの根も常人には理解が及ばないほど深い。


「ふふん。これで終わりとは思わないでくださいね。まだ一つ、とっておきの隠し玉が残ってるんです。でもその前に一つだけ聞きたいことがあります」

 口汚い罵声の数々に怯むこともなくセシリアは尋ねる。

「動画で見たかつての日々を後悔していますか?」

 唐突で意図の読めない質問に彼はどう答えるべきか分からず息を呑んだ。どう考えても何らかの悪意が含まれているのは明確。かといって『答えない』という選択は逆に利用されるだけだ。

 数秒の間の後、結局彼は観衆が一番受け入れられそうな答えを口にするしかなかった。

「してるに決まってんだろ。タイムマシンがあるなら過去の自分をぶん殴ってる。お前と一緒にな!」

 計らずともそれは本音だった。


「では、反省していますか?」

 またしても意図の読めない質問に罵倒の言葉を投げかけたくなるが、セシリアの視線が今までとは比べ物にならない真剣さを宿している事に気付いてどうにか飲み込む。

 何故か、先程の質問が前座に過ぎないと理解できた。セシリアの真の目的はこの答えなのだと。

 だが、反省とは何か。痛すぎる言動のせいで孤立無縁だった自分には仲間なんていなかった。気味悪がられ、或いは笑われ、距離を開けられるだけだった。

 唯一の例外が目の前のセシリアで、だからこそ彼にとってセシリアは特別な存在になったのだ。

 もしも、セシリアがかつてのセシリアのままであれば確かに痛い言動の数々を謝罪すべきだろう。というか既に謝罪はしている。土下座で過去のあれこれをなかった事にしてほしいと頼み込んでいる。

 セシリアも『仕方ないですね。でもちゃんと責任は果たしてくださいね』と言って受け入れてくれたのだ。今この状況を鑑みれば、謝罪すべきはこの場で過去を掘り起こしているセシリアの方ではないか。

「ねぇよ」

 自分を裏切り、約束を違えピエロに仕立て上げたセシリアへの情愛はとうに失せている。

「……その答えが聞きたかったんです。これで私も遠慮なんて必要なくなりました」

 汚らわしいと言わんばかりの吐き捨てるような口調だというのに、セシリアはにこりと微笑んだだけだった。


「さて、こんな†たかし†さんが一体どんなリアルを送っているのか興味はありませんか?」

 彼がセシリアに吐いた嘘が、今度はセシリアから彼に向けられて発せられる。

「お前、何を言って……」

 出来るはずがない。†たかし†が言うのも難だが、個人情報と言うのはセシリアの言う通り頑丈なセキュリティによって幾重にも守られているのだ。

 個人でどうにかできる問題ではないし、仮に不正な手段で入手した情報を公開すれば刑事罰は免れない。

 ネット上では軽微な犯罪であっても過剰なまでに誹謗中傷を繰り広げられることもある。どうでもいい情報の一つや二つ漏れたところで、目の前のセシリアに誹謗中傷が投げかけられるならそれでも良かった。

「やれるもんならやってみろや!」

 先程同じ手口でさんざ笑い者にされたばかりなのだ。今度はセシリアの番だと強気な態度を取るのも当然。精々惨めな気分を味わうがいいと嗜虐的な笑みを浮かべる。


「実は私、†たかし†さんの外部SNS『呟いたー』のアカウントを知ってるんです!」

 セシリアによって矯正された†たかし†は以前と見違えるほどの社交性を得てゲーム外の交流の為に外部サイトを使うようになった。

 ……もう少し言い方を変えると、セシリアが断れないのを承知の上で一緒にやりましょうと誘い加入させた。

 最初こそぎこちない呟きが多かったものの積極的に絡んだセシリアの助けも手伝って慣れ始め、もとい調子に乗り始め、リアルの情報を書き始めるのにそう時間はかからなかった。

 それからは交流の幅もさらに広がり、このゲームは元より好きなゲーム仲間を幾人か作っては盛り上がっている。

 情報化社会が進むにつれて個人情報の取扱いが厳重を極めているのは間違いない。

 しかしながら、情報に触れる機会の多くなった人達が軽い気持ちで厳重に守るべき個人情報の数々をインターネット上に自主公開するようになったのもまた事実なのだ。

 別に不正な方法を使わずとも、警戒心が薄い相手であればかなりの個人情報をいとも簡単に手に入れられてしまう世の中なのである。

 問題はゲームと直接関係のないサービスのアカウントをどうやって紐付けるのかだが……誘った張本人がそれを知らない筈もない。


 †たかし†の呟いたーは矯正後に始めたのも手伝って炎上するような類の呟きはなかった。しかしだからこそ甚大なダメージとなりえる。

 このサイト上で繋がった百数十人の友人は†たかし†の辿ってきた痛い過去を知らないのだ。

 今日の出来事は有名サービスであるが故にこのサービス上でもすぐ、或いは既に、多数の人達から発信されるだろう。

 彼自身が触れなくても、友人の友人から、まとめサイトからこれらの情報が流れてくる可能性は非常に高い。

 †たかし†にとって過去に触れられる事は苦痛だった。公然と触れられるのは勿論、気付かない振りをされても裏では笑われているのではと考え出せば止まらなくなる。

 サービスを退会した所で疑念が消えることはない。新しいアカウントを作っても本人と知られれば同じ結末を辿るだろう。

 人との交流の楽しさを知った彼からすればどちらを選んでも苦痛に違いない。


「なんで……どうしてこんな真似すんだよ!」

 まさか合法的にゲーム外の繋がりを漏らされるとは思わず、怒りを通り越して悲痛な叫び声を上げた。

「楽しいからに決まってるじゃないですか」

 掴みかかろうとしてハラスメントコードに阻止されている†たかし†に向かい、セシリアは言葉と裏腹に冷めた口調でそう告げた。

「ふざけ……!」

 抑制していた感情がタガを外し、拳を振り上げて殴りかかる。前衛職である彼の攻撃力からすれば、小柄な支援職のセシリアは手酷い傷を負うだろう。

 もっとも、ここがPvP許諾エリアだったらの話しだが。

「いい加減にうるさいです。少しは監獄で反省してきてください」

 セシリアが細い指を虚空に滑らせる。たったそれだけで†たかし†の姿は跡形もなくこの場から消え失せてしまった。

 ハラスメント対処の実行。警告が出てもなお行為を改めないユーザーに対し強制隔離を行う為のシステムコマンドだ。

 今頃は王都の地下監獄に閉じ込められ、GMからのお説教を終えれば反省の度合いによって何らかの制裁措置を受けることとなる。

 少なくとも、この祭りが終わるまでに戻って来ることはないだろう。


 セシリアは小さく溜息を吐いてから視線を上げる。

「結局はどこまでいっても自己満足か……」

 誰にも聞こえないくらい小さな、演技を含まない素の声が零れる。

 もし彼がほんの少しだけ冷静であれば、これまで絶やさず浮かべていた笑顔が『楽しいからに決まっている』と告げた時にだけ失われていた事に気付けたのだろうか。

 もし彼がほんの少しだけ冷静であれば、無駄に容量と処理を食う録画機能を出会う前から使っていた矛盾に気付けたのだろうか。

 誰がいつどこで痛い言動を発するかなんてセシリアに分かる筈がない。それを求めて常に録画するなんて容量がもたないし面倒に過ぎる。

 仮にセシリアが痛い人を見つけた好奇心から録画に走ったのだとすれば、『セシリアが青年に声を掛ける』部分が動画に含まれるはずないのだ。

 にも拘らず含まれていた理由なんて一つしかない。最初から彼がそういう言動の持ち主だと知って近付いたからだ。

 今この場でしたように嘲笑う為かと問われれば悪びれもなく『勿論』とセシリアは答えるだろう。


 セシリアは最初から彼の噂を耳にしていた。

 曰く、痛い騎士が時々パーティーを募集している。

 曰く、毎回変な言動で逃げられている。

 曰く、可愛らしい女性のアバターが近づくと強引にしつこく迫ってくる。

 最後の噂がなければセシリアは動かなかったし、それが真実でなければ録画データなんてさっさと捨てていたであろう。

 他人と関わるのが苦手なだけで、誰かと一緒に遊びたいというだけであれば、そうしたロールプレイを好むギルドを紹介したかもしれない。

 だからセシリアは反省しているかと問うたのだ。

 かつて土下座で過去をなかった事にしてほしいと謝罪された時、『ちゃんと責任は果たしてください』と条件を課した事を忘れてはいないかと。


 結論から言って、セシリアは自分に謝罪してほしかったわけではない。元より謝罪が必要なのが自分の方だと理解している。

 謝るべき相手は、かつての言動で迷惑をかけた女性プレイヤー達へ、だ。

 しつこく付きまとわれた人の中にはうんざりしてキャラクターを作り直した人もいる。

 過去の彼は迷惑をかけていると思ってすらいなかったから、諭したところで理解できなかっただろう。

 彼にとって、強引に迫った女性達はみな前世で生き別れた姫なのだ。自分に好意こそありすれ悪意などあるはずがない。迷惑に思って居るはずがない。頑なにそう信じ込んでいたのだから。

 それをどうにかして矯正し、過ちだと理解させたまでは良かったものの、今度は過去の自分が恥ずかしすぎて直視できなくなってしまった。

 情けない話ではあるが、仕方のないことでもある。だから過去の全てを忘れて欲しいと頼まれた時、迷惑をかけた人達への責任だけは果たすように条件を付けた。

 それが守られたかは……この状況を見れば明らかだった。

 今まで迷惑をかけた全てのプレイヤーに直接謝罪するのなんて不可能だし、逆にその行為を迷惑に思う人もいるだろう。

 反省している。同じ間違いは繰り返さない。ただそれだけで良かったのに、彼はすべてをなかったことにした。最初に約束を違えたのは彼の方だったのだ。


「ま、わざと曖昧に伝えたのは私なんですけどね」

 全ての直結厨に制裁を。目的に復讐が含まれている以上、何から何まで手助けしてやるつもりはないが、過去の行いを反省した相手まで追い詰めるつもりはない。

 告発対象は今なお直結厨のままであり続けている人達だけに留めると最初から決めていた。

 これまでの布教活動で随分な数の直結厨を矯正してしまったのだ。あまり数を減らしすぎると祭りのコンテンツ量が物足りなくなるのである。

 さぁ、次は誰にしようか。今のが少しばかり重かったから、希望を持たせる意味を込めて軽いのにすべきだろうか? いやいや、更なる絶望に突き落としてやるのも面白いかもしれない。

 全ての直結厨に制裁を。彼らが少しでも他人の心を理解してくれることを願って。

 セシリアは次なるターゲットを選別しようとした瞬間、『ソレ』は起こった。

 ……起こってしまった。

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